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俺が着替えを済まし道場に入ると、陽子の親父と鉄二、それに陽子の三人が俺の来るのを待っていた。


道場の畳には、所々染みになってしまった血の跡や何かを燃やした様な焦げ跡が幾つも残っている。


無論俺と爺との決闘の跡だ。


三人は、道場の中央部の畳に車座に座っていた。


陽子と陽子の親父は、既に着替えを済ませたらしく、陽子はピンクのジャージの上下を纏い、陽子の親父は白いTシャツにブルージーンズと言う服装に変わっていた。


鉄二の奴は、俺が持ってくる着替えを待っていた為、まだ濡れたままの白いタンクトップと白いトレーニングパンツを履いている。


この白いタンクトップやトレーニングパンツも、陽子の親父から借りた物だろう。


鉄二と陽子の親父では身長が違う為に、トレーニングパンツの丈がかなり短い。


白いタンクトップも、濡れて肌に張り付いていた。


三人は、陽子が用意した冷たい麦茶を各々口に運んでいた。


冷たい麦茶は、陽子の家では夏の定番の飲み物だ。


三人が俺に気付いた。


「着替えは持ってきた様だな。早く着替えないと鉄二君が風邪を引いてしまう」


陽子の親父が言った。


「へっ、鉄二は大丈夫だよ。昔から馬鹿は風邪引かねえって言うじゃねえか」


「何だと! 馬鹿はテメエだろうが!」


俺の軽口に鉄二の馬鹿が噛み付いた。


「そうよ、アンタの方が大馬鹿よ!」


陽子が鉄二に被せる。


ーーったく何なんだコイツらは。


ーーいつからタッグを組んでやがんだ?


「チッ、煩えなあ……。ほらよ、さっさと着替えろよ」


そう言って、持っていた黒いTシャツとブラックジーンズを鉄二に向かって放り投げた。


鉄二は、投げた服を受け取ると、すっくと立ち上がり、着ていた服を脱ぎ始めた。


「ウンもう、此処で着替えなくたって良いじゃない」


陽子は、顔を赤らめ後ろを向いた。


陽子の親父は、そんな娘を見てにこやかに笑っている。


ーー穏やかな風景。


つい先程まで非日常の真っ只中に居たためか、この風景がひどくほのぽのした物に感じた。


「陽子、私達は少し話がある。濡れた服を持って家に戻っていなさい」


鉄二が着替え終わるのを見て、陽子の親父が言った。


「何よそれ? 何か私が邪魔者みたいじゃない!」


陽子が不平を鳴らした。


「悪いが、男同士の大切な話なんだ。それに母さんに皆の朝食の準備をするよう伝えておいてくれ」


「何が男同士よ。いったい男三人で何の話をするのよ?」


尚も陽子が食い下がる。


「陽子! とにかく家に戻っていなさい」


食い下がる陽子に対し、陽子の親父はぴしゃりと言い放った。


これでは、流石の陽子も従うしかない。


「ったく何よ! 男同士なんて気持ち悪い」


陽子は、口を尖らせてブツブツ文句を言いながらも、鉄二が脱いだ服を拾いドスドスと畳を踏み鳴らしながら道場を後にした。


“バタン!”


けたたましい音を立てて、道場の扉が閉まる。


陽子の親父は、陽子が居なくなったのを確認すると、やれやれと言った表情を見せた。


「恥ずかしながら、どうにもがさつな娘に育ってしまった……」


「まったくだぜ。アイツにやられた場所がまだ痛ぇよ」


そう言って俺は、陽子にやられた腹と頭に手を遣った。


「しかし凄い技だな。あの踏み込みは並みじゃない」


辟易する俺に対し、鉄二の馬鹿は惚れ惚れする様に言った。


「本当に悪かったな。陽子にはよく言っておくよ」


陽子の親父が詫びた。


だが悪びれた表情なんかコレっぽっちもしちゃいねえから、本当に言い聞かせるかどうか怪しいモンだ。


「けどまあ、“金色の悪魔”とヤクザさえビビる恭也をぶちのめすとは、陽子ちゃんも大したものだな」


鉄二の馬鹿が言った。


「馬鹿、何感心してやがる! 俺はフェミニストだから女は殴れねぇだけだよ。アイツが男だったら百回は死んでるぜ!」


俺は、吐き捨てる様に言った。


鉄二と陽子の親父が、互いに顔を見合せ苦笑いしている。


「たがよ、陽子は俺の事をどこまで知っているんだ?」


俺は、改めて陽子の親父に向き直り、殊更真面目な表情で訊ねた。


「昨夜お前が陽子に学校を辞めるとか、部屋を出て行くとか言ったから、陽子なりにひどく心配して眠れなかった様だ。そこへあんな時間に黒田君が飛び込んで来たから、お前の身に何かあったかと思って、お前の帰りを今まで起きて待っていたんだ。だから陽子には、お前の事は何も話していない」


俺が訊くと、陽子の親父も真顔に戻して答えた。


「そうか……、それを聞いて安心したよ」


俺は、“ほっ”と胸を撫で下ろした。


「安心するのはまだ早い。今老師と獣吾君が急いで此方に向かっている所だ。昼前には着くと言っていたから、覚悟しておいた方が良いぞ」


「ま、まさか、今夜の事を爺に話したのか……?」


俺は、思い切り狼狽えちまった。


「ああ。黒田君から話を聞いてすぐ、御山に居る老師に連絡を入れたよ。さっきも老師の携帯に、お前が無事に戻ったと連絡を入れた所だ」


陽子の親父が、さらりと言って退けやがった。


ーーヤバイ、ヤバ過ぎる!


ーー陽子の親父の野郎、あっさりと言いやがって……。


ーーあれ程爺や『内調』のオッサンに言われてたのに、黙って奴等のアジトへノコノコと付いて行った事が爺にバレたとなると、爺が滅茶苦茶ブチ切れる事は目に見えている。


ーー幾らあん時は鉄二を助ける為だったとは言え、興味半分で自分からノコノコ十兵衛に付いて行った事には違いない。


ーー会ったら何されるか分かったモンじゃねえ。


ーーくっそう!


ーー最悪だ!


俺は、背筋に冷たい物を感じた。


蒸し暑いのに冷や汗が止まらねぇ。


「済まない恭也……。只でさえ俺のせいで危険な目に遇わせておいて、更にまたこんな事に……」


今まで黙っていた鉄二が、如何にも済まなさそうにぼそりと言った。


「もう終わった事だ。気にすんじゃねえよ」


「そうだ。済んだ事を言っても仕方がない。君の気持ちも分からなくはないが、事情がどうであれ君の行動はあまりにも軽率で無謀だ」


陽子の親父が、鉄二に諭す様に言った。


どうやら、鉄二から事の成り行きは全て聞いている様だ。


「はい。済みません」


鉄二は、肩を落とし素直に謝った。


「だが本当に無事で良かった。ヴァンパイアと闘って生きているなんて、君は運が良い。それに命懸けで恭也を守ろうとしてくれた事、老師に代わって礼を言うよ」


陽子の親父は、項垂れる鉄二を元気付ける様に肩を優しく叩いた。


鉄二がこくりと頷く。


「だが問題はお前だ……」


陽子の親父が俺に向き直った。


顔が真顔になってやがる。


「ヴァンパイアのアジトでの話は、老師が戻られたらゆっくり聞くとして、陽子に学校を辞めて部屋も出ると言ったそうだな」


「ああ……」


俺は、頷くしかなかった。


「それはどう言うつもりなんだ?」


陽子の親父は、厳しい表情で俺の目を真っ直ぐに見詰めている。


「そりゃあ、俺がここに居ちゃ、周りの皆に迷惑が掛かるかも知れねえからだよ」


「だから出て行くと言うのか? お前は、このヴァンパイアの件から手を引き、普通の生活を送ると老師に約束したんじゃなかったのか?」


「確かに約束したけどよう……。でもしょうがねえじゃねぇか! 俺は、ヴァンパイアと獣人の混血の化物なんだぜ!」


“パァン”


俺が怒鳴った瞬間、俺の頬に陽子の親父の張り手が飛んだ!


「何しやがる! 俺の気持ちなんか、只の人間のオッサンに分かる訳ねぇだろ!」


「じゃあお前は、老師のお気持ちが分かっているのか?」


陽子の親父が、厳しい表情で訊ねた。


「爺の……気持ち……」


「そうだ。確かに私は只の人間だ。だからお前の気持ちは察する事しか出来ない。ならばお前は、少しでも老師のお気持ちを察しようとしたのか?」


「……」


俺は、言葉に詰まった。


ーー返す言葉が無え。


ーー自分の事で精一杯で、爺の気持ちなんて考えてもみなかった。


「良いか。老師は、お前が普通の人間として生きていけるようにする為に、わざわざ御山まで足を運ばれたのだ」


「俺が……普通の人間として……生きる……」


「獣人族に伝わる『阿字観』だけでは、お前が普通の人間として生きていくのは難しいだろうと考えられた老師は、更なる方法を求めて御山の慈海阿闍梨に相談しに行かれたのだ。老師はな、お前を預かってからの十八年間、いつかお前がヴァンパイアとして覚醒するのではないかと言う不安を抱えながら、ずっと一人で苦しんでおられたのだ。お前がもしも覚醒してしまった場合、お前が“渇き”に因って人間を襲わぬようにする為にはどうすれば良いか、どうしたらお前が普通の人間として生活する事が出来るのかを、常に悩んで来られたのだ」


「爺が……、そんな事を……」


「お前が中学を卒業して、老師の下を離れ一人で東京に出たいと言った時も、老師は本当に悩み苦しまれた上で、私の所へ連絡してみえたのだ」


ーー知らなかった……。


ーー俺は、口煩ぇ爺から離れたい一心で……、ただそれだけの理由で、東京に出ようと決めたんだ。


ーーだけどその裏で、爺がそんなに苦しんでいたとは……。


「老師は、もしも別々に暮らしている時にお前がヴァンパイアとして覚醒してしまった場合、お前の“渇き”にいつでも対処出来る様に、私にお前の東京での生活を見守るよう一任されたのだ」


「ちょ、ちょっと待てよ! オッサンは、だいたい何んで爺から俺の事を頼まれる事になったんだ? そもそも何でも知ってるみてぇだが、ヴァンパイアの存在は一応国家機密みてぇなモンなんだろ? 幾ら昔から爺の知り合いだったとは言えおかしいじゃねえか? それに俺が、ヴァンパイアに覚醒してもしも“渇き”とやらが出たら、オッサンはどうするつもりだったんだよ?」


俺は、矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「そんないっぺんに訊かれたら、答えれないじゃないか」


陽子の親父は、困った様に苦笑いした。


「まず私と老師が出会ったのは、まだ私が結婚する前だった……」


陽子の親父は、昔を懐かしむ様に語り出した。


「丁度その頃の私は、幼い頃から習っていた沖縄唐手の流れを汲む古流派の空手道場で師範をしていた。だがある夜、私が稽古を終えて家に帰ろうとした時、細く暗い路地の奥から女の悲鳴が上がった。私は、何事かと思い路地に駆け込んだら、若い女性が男に襲われている所だった。その男は、彼女の首筋に噛み付いていたのだ。私は、男を止めようと直ぐに駆け寄った。すると男は私に気付き、地面に女性を投げ出すと私に向かって来た。腕に自信が有った私は、その男を怪我させない程度に痛め付け、警察に突き出してやろうと考えていたが、現実には一方的にやられたのは私の方だった。その男のスピードとパワーは、とても人間の物とは思えなかった。動きからして、特に空手や拳法を学んだ様には見えなかったが、私の突きや蹴りはあっさりと躱され、逆に男の突きや蹴りは的確に私を捉えた。幾らガードしても、受け切れない程の猛攻で、私の意識は遠くなった。そして私が死を覚悟した時、何処からか老人が現れ、不思議な術と技を駆使してその男を撃退したのだ。それが私と老師の最初の出会いだった……」


「オッサンが一方的にやられるなんて、その男は……」


「無論ヴァンパイアだ」


俺の言葉を引き継ぐ様に、陽子の親父ははっきりと言った。


鉄二は、“ゴクリ”と唾を飲み込んだ。


「その男は、彼女の血で赤く濡れた口元から長い牙を生やし、手にも長い鉤爪を伸ばしていた。眼は紅く充血し、まさに“吸血鬼”そのものだった。男は、老師に深傷を負わされ逃亡し、老師はその男の後を追った。私は、何がなんだか分からないままに、地面に倒れている女性に駆け寄り抱え起こした。だが彼女の首筋には牙で噛まれ痕がくっきりと付いていて、服は傷口から流れ出た血でべっとりと濡れていた。私は、既に意識も無く、失血性のショックで痙攣を起こしている彼女を抱え上げ、急いで近くにある病院に担ぎ込んだ。その病院は、私の幼馴染みの父親が経営する総合病院で、幼馴染みはそこの副院長をしていた」


「その病院って、駅前通りの早坂病院の事か?」


「そうだ」


俺が訊ねると、陽子の親父はこくりと頷いた。


「早坂は、当初私の話を信じようとしなかった。女性は非常に危険な状態だったが、原因がはっきりしない為、取り敢えず輸血以外に打つ手が無かった。だがそこへ何故か再び老師が現れ、早坂に彼女の血液を総入れ替えをするよう告げた。早坂は、見知らぬ老人の指示で患者の生命を危険に晒す様な処置は出来ないと拒んだが、現実にヴァンパイアを間近で見て、しかもそのヴァンパイアと渡り合う老師の姿を見ていた私は、初対面でありながら老師の言葉を信じた。そして老師の指示に従うように無理矢理早坂を説得し、血液透析に使用する機械を使って女性の血液を抽出し、血液を濾過して身体に戻す代わりに、新しい血液を大量に輸血し続けた。老師はその間に何かの薬を彼女に飲ませ、更に針と呪符を使った呪法を彼女に施した。最初は半信半疑だった早坂も、次第に状態が安定して行く彼女の様子を見る内に、私が体験した話と老師の言葉を信じる様になっていった。そして丸二日経って彼女は無事に目を覚ました。その間に私は、老師が呼んだ『C・V・U』の現場検証とヴァンパイアの遺体の処理に立ち会い、更に『内調』での事情聴取に応じた。本来なら『内調』に一時拘束されるか、今回の一件で見聞きした事を他言しないとの誓約書にサインし、一定期間監視を付けられる条件でしか解放されない所を、老師の口利きで誓約書にサインしただけで解放して貰う事が出来た」


「まさかそんな事があったなんて……」


黙って話を聞いていた鉄二が、やっと一言洩らした。


「だがよう、その女は、その後どうなったんだ?」


「勿論無事に暮らしているよ。それにお前も良く知っている人間だぞ」


「ま、まさか……」


「そうだ。俺の愛妻の祐子ちゃんだ」


陽子の親父が自慢気に鼻腔を脹らませた。


“ゲッ!”


ーーそうだったのか……。


ーー何でこんなオッサンが、あんな美人と結婚出来たのか史上最大の謎だったが、これでやっと納得が行く。


「まあそう言った経緯で、私は老師と知り合い、ヴァンパイアの事を知った。その後お前の実父である恭介さんとも老師を通じて知り合い、良く酒を飲んだものだ」


陽子の親父が柔和な笑みを溢した。


「親父とも知り合いだったのか……」


「ああ。それでお前が東京に出て来る際に、老師の事は勿論、ヴァンパイアの事や恭介さんの事も知っている私に、お前を預かるよう老師が頼んだのだ。正に土下座せんばかりの勢いでな……。更に老師は、祐子を助けた一件でヴァンパイアの存在を知った早坂に、もしお前がヴァンパイアとして覚醒して“渇き”の症状が顕れてしまった場合に、病院に保管されている輸血用の血液を秘かに分けてもらえるよう以前から頼んでおられたのだ」


「じゃあこの前見た輸血用のパックは……」


「私が、早坂に言って用意して貰った物だ」


ーーそうだったのか……。


ーーこれで全ての辻褄が合った。


ーー爺が東京に行く事を許した時、何故このオッサンのアパートに住む事を条件にしたのか……。


ーーそして俺が人間じゃないと知っても、どうしてこうも冷静でいられたのかも……。


ーーそれに陽子のお袋さんが、この状況でどうして見て見ぬフリをしてくれているのかも……。


ーー更に俺が捨てちまった輸血用のパックを、爺が何処から調達したのかも……。


ーー全てが理解出来た。


「オッサン……」


俺は、次に続く言葉が出て来なかった。


「これで分かっただろう。どれ程老師がお前の事で悩み、気に掛けて下さっていたか」


「ああ……」


今の俺には、こう答えるのが精一杯だった。


「お前の気持ちも分からないではない。だが老師のお気持ちを考えれば、自分がどうするのが一番良いのか考えるまでもないだろう。それに老師から聞いたが、お前は血を飲まなくても“渇き”が出る事は無いそうだな。ならばお前自身が私達を襲う心配は無いんじゃないのか? それにこのアパートを出ていったい何処へ行くつもりだ? お前が何処へ行こうと、奴等が居る限り何も変わらないんじゃないのか? 我々ならヴァンパイアの存在を知っているし、お前の事情は多少なりとも理解しているつもりだ。ならばお前は此処に居る事が、他の者にとっても、お前自身にとっても一番安全な選択じゃないのか?」


陽子の親父が、俺に教え諭すように優しい口調で言った。


「そうだぜ。テメエみてぇに男の名前も覚えられねえ様な女好きでワガママな奴は、何処行っても人様の迷惑になるだけだ。それなら既に散々迷惑を被ってる俺達の方が、諦めがついてるだけマシってモンさ。陽子ちゃんと言うお目付け役も居る事だしな。それに“金髪の悪魔”と恐れられたお前が、ヴァンパイアの存在を知ったからってケツ捲って逃げ出すのかよ」


鉄二の馬鹿が抜かしやがった。


「バ~カ! このまま此処に居たら、その内陽子に蹴り殺されるから今の内に逃げようと思っただけだよ!」


俺は陽子の親父の前でぬけぬけと言った。


これを聞いた陽子の親父が、流石に苦笑を洩らした。


「まあとにかく、お前は此処に残り、人間として普通の生活を送る事だ。それが老師の願いであり、お前にとって一番の方法だ。例えそれがどれ程大変で辛い事でも、お前はお前の運命と正面から向き合い戦え。分かったな」


陽子の親父は、再び厳しい表情に戻し頑として言った。


「分かったよ……」


俺は、呟く様に答えた。


「それから黒田君、これだけの事を知ってしまった以上、君も普通の生活を送るのは難しいかも知れない。だが今後ヴァンパイアの事は老師や『内調』に任せ、君も普段通りの生活を送るよう努力しなさい。そしていつまでも恭也の良き親友で居てくれ。この通りだ」


陽子の親父は、鉄二に向き直り頭を下げた。


「そ、そんな……。頭を上げて下さい。俺は、コイツが何者であろうと、いつまでもコイツの親友です。だから安心して下さい」


鉄二が、慌てて手をさしのべた。


「ありがとう。じゃあ老師が戻って来られるまでひと休みしよう。後で連絡するかも知れないが、黒田君も一先ず家に帰りなさい。……とその前に、我が愛妻が美味しい手料理を作って待っているから、二人共朝食を家で食べて行きなさい。陽子が手伝っていたら味の保証は出来んがな!」


そう言って陽子の親父は、にこやかな笑みを浮かべるとすっくと立ち上がった。


俺と鉄二もそれに倣う。


外へ出ると、雨は依然降り続いていた。


「普通の生活か……」


俺は、鉄二にも聴こえない程小さな声で、一人ぽつりと呟いた。


そして空を覆う黒く分厚い雲を見上げた瞬間、先程闇御前の爺や十兵衛から聞いた奴等が起こすと言っていた“行動”と、この国に危機を及ぼすと言う謎の組織の事をふと思い出した。


そしてその事実が、鉛の様に俺の心に重くのし掛かっていた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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