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俺と十兵衛は、明け方の街を車の後部席で揺られていた。


行きに俺達を乗せた黒いベンツだ。


流れ行く窓の外は、相変わらずの雨模様で、俺を憂鬱な気分にさせた。


しっかりと撥水コーティングが掛かっている為、大粒の雨が窓を叩き、玉になった雨粒が尾を引いて後方へ流れて行く。


しかし雨足が強い為に、あまり撥水コーティングの意味がない様だ。


まだ薄暗く濡れた街には、殆んど人影が見当たらない。


俺は闇御前と別れて、お目付け役の十兵衛と共に帝都ビルを後にした。


闇御前の茶室を出て以来、十兵衛とは一言も口を聞いちゃいねぇ。


十兵衛も黙ったまま窓の外を眺めていた。


重苦しい空気が車内を満たしているが、俺から話を切り出す義理は無えし、そんなつもりもさらさら無え。


俺は、ぼんやり外の景色を眺めながら、闇御前の事を思い返していた。


まったく凄え爺さんだった。


あんな小さい身体で、皺くちゃの猿みてえな爺だが、ただ座っているだけで圧倒される様な迫力と威厳……。


ぱっと見は皺にしか見えねえが、その奥にある何もかも見透かしている様な眼。


それに見ているだけで吸い込まれそうなあの磁力みてえなもんは、カリスマなんて言葉で表せる程甘いもんじゃねえ。


確かにとんでもねえ化物爺だ。


ウチの爺もとんでもねえと思っていたが、闇御前の爺さんに比べたら可愛いもんだ。


ーーあの爺さんと殺し合う事になるのか……。


ーーそれにこの十兵衛とも……。


そんな事を考えている時、ふと隣に座っている十兵衛から声が掛かった。


「何を考えている……」


十兵衛が言った。


「別に何も考えちゃいねぇよ」


俺は、窓の外に目を向けたまま素っ気なく答えた。


「そうか……」


十兵衛は呟く様に言うと、再び車内に重苦しい沈黙が流れた。


ーー……。


ーー……。


「お前、本当に我らと事を構える気か?」


暫しの沈黙の後、再び十兵衛が口を開いた。


「“ああっ?” そんな事は分からねえよ」


俺は面倒臭そうに答えた。


「御前は、お前をたいそう気に入っておられた様だが、我が眷族の一員となる気は無いのか?」


「無いな。さっきも言ったが、俺はいつでも自由で居たいんだよ。 誰かの上に立つのも、誰かの飼い犬になるのも、誰かとつるむのも嫌いなんだよ」


俺はきっぱりと言った。


「そうか……。やはりお前は恭介殿に良く似ておる。源義経であった頃の恭介殿は知らぬが、恭介殿も群れるのを嫌うお方であった」


十兵衛が、懐かしむ様に穏やかな声で言った。


「だがよう、親父は闇御前の爺さんの部下だったんじゃねえのかよ?」


「確かに御前は、我ら夜の眷族の長である事は違いないし、恭介殿もその配下だったと言えなくもないが、どちらかと言えば御前と恭介殿は、主と従ではなく、互いを信頼し認め合う友の様な関係であった。現に恭介殿は、納得の行かぬ命令は、例え御前の勅命であっても拒んでおられたし、お役目のせいもあるが『内調』や『C・V・U』、それに高野山の坊主共とも度々酒を酌み交わすなど親交を深めておられた。お前の養父とも、その様な関係であったのだろう」


「ああ、ウチの爺からはそう聞いてるよ」


「恭介殿はな、それは立派な方だったぞ」


十兵衛がしみじみと言った。


「だが、その親父を殺したのはテメエらなんだろ」


「確かにな……。だが一つ教えておいてやる。恭介殿を害したのは確かに我ら夜の眷族だが、それを命じられたのは御前ではない」


「何!?」


「恭介殿を害したのは、御前の息子の光牙殿だ。光牙殿は、御前が恭介殿の無事保護を命じていたに関わらず、獣人族の村を襲撃した後、逃亡した恭介殿を追い詰め殺害したのだ。そして御前は、その事を事後報告として知らされ、皆の手前最初から御自分が命じた事にされたのだ」


「何だと……」


「御前は、本当に恭介殿を友として……、いや御自分の息子の様に可愛がっておられたのだ。そして恭介殿も、御前を心から信頼しておられた。現に恭介殿が亡くなられた後、御前が俺にこう仰った事がある……。『私の寿命が尽きた後は、恭介をこの国に暮らす我が眷族の長にしようと思っておったのに、誠に残念な事をした』と……」


十兵衛は、思いもよらぬ事を口にした。


「親父をヴァンパイアの長に……?」


「そうだ」


十兵衛はきっぱりと言った。


「だが今、闇御前の爺さんには、光牙とか言う息子が居るって言ってたじゃねえか!」


「そうだ。御前には光牙殿と夜叉姫様と言う御子が二人おられる。光牙殿は、生まれてからまだ四百五十年程しか経っておらぬが、夜叉姫様は既に九百年程生きておられる筈だ」


「ゲッ!」


俺は驚きのあまり、不様な声を上げちまった。


生まれて“まだ四百五十年”って言うのもとんでもねぇが、“九百年”って言ったらどんなババアなんだよ!?


俺は、つくづくヴァンパイアって生き物の時間感覚に驚かされた。


「だったら、尚更親父が後を継ぐなんておかしいじゃねえか?」


「夜叉姫様は、才能溢れる方だが、何と言うか自由奔放な御方で、政にはトンと興味を示されぬ。また光牙殿は、沈着冷静で頭もキレる方だが、強過ぎる程の野心の持ち主で、更に選民意識と貴族としてのプライドが高過ぎる事を御前は危惧しておられた。その為、この御二人ではなく恭介殿を自分の後継者にと思っておられた様だ」


「だがよう、あんな殺してもくたばりそうもねえ元気な爺さんが、自分の死んだ後の事を心配するなんざ意外だな」


俺がそう言うと、十兵衛が苦笑した。


だが直ぐに真剣な表情を取り戻し、


「御前は……、あまり先が長くない」


十兵衛がぼそりと言った。


片方しかない眼には、哀しげな色が浮かんでいる。


「何でだよ? あんなにピンピンしてやがるじゃねえか? それにヴァンパイアは、病気になんかならねぇんじゃないのかよ?」


「寿命だ……」


「寿命だあ?」


十兵衛が呟く様に言った言葉に対し、俺は混ぜっ返す様に言った。


「そうだ。夜の眷族とは言え、『貴族』や俺の様な『生成り』は、限り無く不死に近いが決して不老不死と言う訳ではない。最も屍鬼は、最初から死んでいるのと同じだから、その意味では不老不死と言えるかも知れないがな。『貴族』は、長命な者でも千年が限界だと言われている。だが何故か眠りに就く事で、更なる延命を図る事が出来る。その為に百年づつ交代で眠りに就く事で、更に永き年月を生きる事が出来るのだ。しかし御前は、この数百年の間眠られた事が無い。俺にも良く分からぬが、御前は『貴族』の中でも“真祖”と呼ばれる世界でも数少ない真の純粋種のヴァンパイアで、永き眠りに就かずとも既に二千年以上生きておられる。だが……、その寿命も遂に尽きようとしておられるらしいのだ……」


ーー千年だの二千年だの、ふざけた冗談にしか思えねえ話だし、そんなに生きておいて今更寿命だなんだと言っても、俺にはどうもピンと来ねえ。


ーーそんなに生きて何になるってんだ?


「俺は太く短く、面白可笑しい人生が送れればそれで良い。ただ長生きするなんて真っ平御免だな」


「だがお前は『貴族』だ。お前が望むと望まざるとに関わらず、お前も千年近き年月を生きる事になるのだぞ」


“ゲッ!?”


ーーその事をすっかり忘れてた!


ーーん!?


ーーだが俺はヴァンパイアと獣人の混血だ。


ーーじゃあいったい俺はどうなるんだ?


「どうした? そんなに長生きするのが嫌か?」


顔を青くする俺に、十兵衛が訊ねた。


「い、いや、そんなんじゃねえが、どうもピンと来なくてよ」


俺は慌てて取り繕った。


「けどよう、さっき爺さんの言ってた何らかの行動って言うのは、闇御前の爺さんの寿命が尽きそうだから、何かするって言う事なのか?」


俺は、コイツらが何をしようとしているか知っていたが、業と惚けて訊ねた。


「ふむ……。確かに半分はその通りだ」


「半分?」


「そうだ。御前が話されなかった事を、俺の口から言う事は出来ぬし、また敵になるかも知れぬお前に話す必要も無いのだが、敢えて言うなら、今この国は、我ら夜の眷族も人間も、とてつもない脅威と危険に晒されている」


「危険だぁ?」


「それが何であるかは言えぬが、御前はこの国を……、この国の国土や、この国に住む我ら夜の眷族や人間達を愛しておられる。御前は、自らの寿命が尽きる前に、この国を脅かす脅威を食い止めようとして、ある行動を起こされようとしておられるのだ。だから御前は、決して自らの私利私欲などで動かれる御方ではない」


十兵衛は、俺の目をじっと見据え、真面目な顔で言った。


ーーそれが真の三種の神器を揃える理由だって言うのか?


ーーだが真の三種の神器でこの国を支配するなんて、どう考えても私利私欲じゃねえか。


ーーこの国を夜の眷族が牛耳る事が、どうしてこの国の人間の為になるんだ?


ーーあの獣吾が持ってきた手紙や、爺や『内調』のオッサン達が話していた内容からすれば、どう考えてもコイツらがしようとしている事は、自分達の私利私欲にしか思えねえ。


ーーだが、この十兵衛の目を見る限り、デタラメを言ってる様には見えねえし、確かにあの闇御前の爺さんが、私利私欲で動くとも思えねえ。


ーーったく、誰の言ってる事が正しいんだ?


俺は、知恵熱が出てオーバーヒートしそうな頭をガリガリと掻いた。


「お前、やはり何か知っているな?」


十兵衛が、覗き込む様に、探る様な眼差しを俺に向けた。


「あ…、あ、いや別に……。な、何にも知らねえよ……」


俺は、十兵衛の視線から逃れる為、返事がしどろもどろになっちまった。


「ふっ、やはりな。あの獣人の事と言い、恭介殿が我ら夜の眷族に殺された事と言い、今の話と言い、既にお前はかなりの事を知っている様だな」


十兵衛は、一人納得した様に不敵な笑みを浮かべて言った。


ーー俺は、何でこんなに嘘や隠し事が苦手なんだ?


ーーあ~もう面倒臭え!


俺のイライラは頂点に達していた。


「ああそうだよ。全部じゃねえが、多少の事は爺や『内調』のオッサン達から聞いて知っているよ!」


「やはりな。最初から、お前の態度や物言いが不自然過ぎたからな。それでお前は、父親の仇として御前に復讐する為、大人しく俺に付いてきたのか?」


「馬鹿言ってんじゃねえ。まあそん時はそん時でオメエらと闘り合うのも仕方ねえとは思っていたが、別に仇を討とうとか思ってた訳じゃねえ。ただヴァンパイアの頭だって言う奴の面が拝みたかっただけだよ。それとオメエらが何を考えて、何をするつもりなのかもな……」


「なる程……。で、お前は何処まで知っているのだ? いや、『内調』は何処まで掴んでいるのだ?」


「それは言えねえなあ。オメエらが隠し事してるって言うのに、俺だけがベラベラ喋る訳には行かねえからな」


「では力ずくで吐かせるしかないかな……」


十兵衛は、ぞろりと言った。


じわりと殺気が漲る。


「闇御前の爺から、無事に俺を送り届ける様に言われてるんじゃなかったのか? まあ俺はどっちでも良いけどよ。俺が勝ったら、オメエがさっき言ってたこの国に迫る脅威とやら色々聞かせて貰えそうだしな……」


そう言って俺は、業と唇の端を吊り上げ不敵に笑ってやった。


その瞬間、今まで黙って運転していた野郎からも、じわりと殺気が滲み出した。


「お前は運転に集中しろ」


十兵衛が、運転している男の背中越しに一喝した。


「はい……」


運転手の男は、視線を前に向けたまま短く返事をした。


狭い車内で、俺と十兵衛の殺気が激しくうねる。


運転手の男は、“ゴクリ”と唾を飲み込んだ。


極度の緊張が、まるで車内の空気を凝縮させて行く様だ。


“ふうっ”


次の瞬間、十兵衛が大きく息を吐いた。


車内を満たしていた緊張が、急速に弛緩して行く。


「まったく大した小僧だ。その歳で、よくもそこまでの殺気を放てるものだ。お前の底知れぬ力を全て引き出した上で闘り合ってみたいとも思うが、無事に送り届けろとの御前からの命令だからな。今は止めておくとするか」


「へっ、そう言うこったな。今闘り合ったら、折角綺麗にクリーニングして貰った服がまた濡れちまうからな」


それを聞いた十兵衛が、いきなり笑いだした。


「ククク……、ハァアッハッハッハッ! 本当に愉快な小僧だ。恭介殿とはまた違うタイプだが、気に入ったぞ!」


十兵衛は、本当に愉しそうに笑った。


「けっ、俺は男になんざ好かれたくねえんだよ」


俺は鼻を鳴らした。


「まあそう言うな。だがお前が既に『内調』と組んでいるのであれば、これだけは教えておいてやる」


急に十兵衛が真顔に戻して言った。


「別に俺は、誰とも組んじゃいねえぜ」


「まあ聞け!」


口を尖らせた俺を、十兵衛が制した。


「良いか。先程言った脅威とは、この国を、いや世界中を支配しようとするある組織が存在すると言う事だ」


「ある組織だ? えらく勿体ぶった言い方をするじゃねえか。それは何処のどいつなんだよ?」


「それはまだ言えぬ……。お前がその組織の事を『内調』に話し、『内調』から現政府にその事を報告した場合、政府の奴等がどう動くか分からぬからだ。政治家などと言う輩は、自分の権力と金、そして保身の為であれば、正邪を問わずどちらにでも転ぶ風見鶏の様な物だ。奴等が自らの保身の為にこの国を売り渡す事でその組織に与した場合、この国の政府が我々を潰しに掛かるかも知れぬ。そうなっては、この国を奴等の脅威から救う事は出来ぬ。だから我々は秘かに行動を起こそうとしているのだ」


「それがオメエらの理由かよ。だがな、オメエらがこの国を支配しようとしてるんなら、オメエらもその組織とか言う奴等と同じなんじゃねえのか?」


「違う! それは断じて違うぞ! 今この国はバラバラだ。皆自らの安寧と欲に捕らわれ、他者を軽んじ目先の自分達の欲ばかりを追い求めている。そんな事では、大きな脅威に対して国が一丸となって闘う事など出来る筈がない。だから我々は、力でこの国を支配し、皆の意思を纏めあげる事で国の統一を計り、その脅威に対抗出来る強い国に作り替えなければならないのだ。例えその行為自体が正義や道徳から外れ他者から非難されるものであっても、この国を護る為であれば、敢えて汚名を着る事も辞さぬ」


十兵衛は、握った拳を振るわせ力説した。


「だがそれはオメエらの理屈だ。何処の誰だろうが、結局の所他人が他人を支配するって事に変わりは無えよ。俺は頭が悪いから難しい事は分からねえが、俺は自分が誰かの上に立つのも下に付くのも嫌いだが、誰かが誰かを力ずくで言う事を訊かせてるのを見るのも嫌れぇだ。目的が何であれ、オメエらがこの国を力ずくで支配しようってんなら、俺は全力でオメエらの企みをぶっ潰すぜ」


俺はきっぱりと言った。


「これだけ言っても分からぬのか……?」


「ああ、俺は頭が悪りぃからよ。だけど、オメエらが、オメエらなりに私利私欲で動こうとしてるんじゃねえ事だけは分かったよ」


「そうか……。ではお前は、どうあっても我ら夜の眷族の敵に回ると言うのだな?」


十兵衛が、鋭い眼差しで念を押す様に言った。


「オメエらが、あくまでこの国を支配しようって言うんなら、俺は絶体認めねえよ」


俺がそう答えた時、車が鉄二達のアジトである廃墟と化したボウリング場の前で停まった。


「着いた様だな」


十兵衛がぼそりと呟いた。


窓の外を見ると、気絶させた鉄二の姿は見当たらねえ。


恐らく此処を離れる際に連絡を入れたマスターが、眠らせた鉄二を運んだんだろう。


俺は、ドアの内側の取っ手に手を掛けた。


「じゃあ行くぜ」


俺は十兵衛に声を掛けた。


「次に合う時は、お前と闘り合う事になるかな……」


「ああ多分な……」


「分かった。御前にはそう御伝えしておく」


「ああ分かったよ。じゃあな」


俺はそう言うと、雨が降りしきる外へと飛び出した。


俺が降りた事を確認して、十兵衛を乗せたベンツは静かに走り出した。


「チェッ! どうせ送るんなら、俺の部屋まで送れってんだ! 結局またベタベタになっちまうじゃねえか! ったく気が利かねえ奴等だぜ」


俺はそうぼやくと、俺と一緒ですぶ濡れになって俺の帰りを待っていた愛車のVーMAXへと跨がった。


これだけの雨に降られてもエンジンは一発で始動し、俺は雨に煙る明け方の街へとアクセルを開いた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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