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光牙は、帝都ホテルのVIPルームから、都内にある自己所有のマンションに場所を移していた。


先程電話した藤巻と待ち合わせていたからである。


時刻は、既に午前四時半を回っていた。


藤巻は、必要な調査を終えて二時間きっかりで到着した。


「時間通りとは流石ですね」


光牙が満足気に言った。


ゆったりとソファに腰を下ろし、組んだ脚の膝に手を組んでいる。


テーブルを挟んだ正面には、この様な時刻であるに関わらず、キッチリと紺色のスーツを着込んだ藤巻が座っていた。


光牙からの電話で起こされ、光牙に依頼された調査を終えてこのマンションにやって来たのである。


「調査した内容はまだ書面にしていませんが、調査自体はほぼ終わりました」


「流石に手際が良いですね。それで結果はどうでしたか?」


光牙が訪ねた。


「はい。想像していたよりも状況は切迫しています」


藤巻は、神妙な面持ちで答えた。


「どれ程深刻な状態ですか?」


「はい。どうやら間が悪い事に、高野山に『内調』の佐々木と仙道士の李周礼が来て居たらしく、南部に同行させた者達が、陸自のゾンビ部隊の隊員であった事が、『内調』の奴等に知られたようです」


「何ですって!?」


光牙が、この男には珍しく血相を変えて叫んだ。


「昇月からの報告では、送り込んだ特殊部隊の隊員の中に偶然にも『内調』の佐々木の顔見知りが居たらしく、直ぐにもゾンビ部隊の関与が明らかになった様です」


「それもこれも、南部達が失敗しただけでなく、遺体をそのまま放置して来た事が原因なのですね。何と言う愚かな……」


光牙は、歯噛みする様に言った。


「しかも我々の攻撃に備えて、高野山全体に退魔僧による厳重な警備が敷かれ、更に今日の昼には、『C・V・U』』の二個小隊が高野山に派遣される事になったそうです」


「では『内調』にまで、我々の狙いが高野山に秘蔵されている真の八咫鏡だと知られたと言う事ですね」


「はい間違いありません。しかも真の八尺瓊勾玉が我らの手元に在る事も知られた様で、その為に高野山三儀天の一人円角が、残る真の天叢雲剣探索の為に御山を降りたそうです」


「な、何故その様な事まで……」


光牙が呻く様に言った。


「そこまでは昇月も分からないそうです。ただつい先程、座主が阿闍梨クラスの者達を集めて、現在の状況と今後方針 を語ったそうです」


藤巻は、あくまでも冷静に答えた。


「しかしそれは面白くない状況ですね。我らの目的が『内調』に知れただけでなく、今後我々が高野攻めを行うのに際し、高野山の坊主共だけであれば例の部隊だけでも十分制圧可能ですが、『C・V・U』の奴等まで絡んでくるとなると、些か作戦の変更が必要なようですねぇ」


光牙は、苦い表情で思案気に言った。


「はい。しかも南部達の失敗によって下準備が成されていない今、状況は更に困難になっています」


「貴方なら、どのような手を打ちますか?」


ふと光牙が訪ねた。


「ここまで状況が悪化した今では、取りうるオプションはほぼ無いに等しいと言えます」


「正面からの力押しのみと言う事ですか……」


光牙は、溜め息と共に溢した。


「はい……。それでこちらに来る前に研究所の方へ連絡を入れましたところ、やはり現在行動可能な個体は、全部で六体だそうです。

後四~五日頂ければ、更に二体がロールアウト可能だそうです」


藤巻が、持っていたシステム手帳を括った。


「それでは遅すぎます。全てが『内調』に知れた今となっては、時が経てば経つ程『内調』や政府からの監査や突き上げが厳しくなる事は明らかです。それに事が公になった以上、時間が経てば更に奴等が高野山の警備を万全に整える隙を与えるだけでなく、奴等が直接此方へ攻撃を仕掛けて来ないとも限りません。『C・V・U』や高野山の連中だけならともかく、政府が自衛隊や警察の全てを動員して、市民の犠牲もい問わず一斉に市街戦を仕掛けて来た場合、如何に我々夜の眷族であっても防ぎきる事は不可能でしょう。しかも攻撃して来るのが、昼間であれば尚更です」


光牙は険しい表情で言った。


いつも涼しい顔で冷静さを保っている光牙にしては、珍しく感情を顕にしている。


しかしそれだけ、事態が切迫していると言う事なのであろう。


「今宵御前様が、首相の梶浦との法務大臣の大八木に面会されたと聞き及んでおりますが……」


「流石に耳が早いですね。今回の高野攻めに際し、一応警察やマスコミを抑える様に梶浦達に命じたと聞いていますが、政治家など風向きが変われば、約束事などいつ反古にするか分からぬ連中です。今は自分の保身の為に我々に尻尾を振っていますが、我々の高野攻めが成功し、将来真の三種の神器全て揃った時の自分達の運命を考えれば、自分達の命欲しさにいつ我々に牙を剥いて来るか分かったものではありません。事が高野攻めだけならともかく、真の三種の神器の事を『内調』が知った今となっては、直ぐにでも情報は政府に伝わるでしょうから、我々の真の計画を知った政治家共が手の平を反すのも時間の問題でしょう……」


「左様ですね……」


藤巻も表情を曇らせた。


「……」


光牙も押し黙ったまま思案を続けている。


「ですが……」


ふと藤巻が口を開いた。


「何ですか?」


光牙が視線を上げた。


「ただ一つ方法があります」


藤巻が固い表情で言った。


「方法とは?」


「はい。決して方法と呼べるような物ではありませんが、今回の高野攻めが成功した場合、我々は大きなアドバンテージを得る事になります」


「それは何ですか?」


「この度の高野攻めが成功すれば、夜の眷族が真の三種の神器全てを揃えるのに後一歩のところまで辿り着いたと言う事です」


「そんな事は分かっています」


「もしそうなれば、この国を夜の眷族が支配するのも時間の問題であり、この国を支配した暁においても、奴等政治家共の生命・財産を保証し、我々の庇護の元でより安定した暮らしを送れると約束するのです。つまり……」


“Purururu Purururu Pururur……”


藤巻がそこまで語った時、突如光牙の携帯電話が単調な電子音を立てた。


光牙が、携帯電話のディスプレイに浮かんだ発信者の名前を確認して電話に出る。


『もしもし……』


光牙の耳に低くしゃがれた声が届いた。


「電話をお待ちしていましたよ。どうやら終わった様ですね?」


『ああ……』


電話の相手が、抑揚も何の感情も滲まない言い方で答えた。


どうやら電話の相手は斎賀の様だ。


「怒っていますか?」


光牙が、唐突に“ぽん”と質問を投げ掛けた。


『いや……』


斎賀は、ぼそりと答えた。


先程までの、南部に対して饒舌に語っていた斎賀の面影は何処にも無い。


また無口で感情を表さない元の斎賀に戻ってしまった様だ。


「しかしこの度は、貴方らしくない失敗ですねえ……」


光牙が、涼しい笑みを浮かべながらも咎める様に言った。


『……』


斎賀は黙ったままだ。


「まあ良いでしょう。それで南部の遺体は、ちゃんと処理しておきましたか?」


光牙はさらりと訊いた。


光牙は、先程斎賀が南部に言った通り、南部では斎賀に勝てない事も、斎賀が光牙達の代わりに南部を始末してくれるであろう事も見越した上で、南部に斎賀を始末するようけしかけたらしい。


『亀山パーキングエリアの隣りの公園に埋めた』


斎賀が答えた。


その素っ気ない返事には、一切の感情の揺らぎも見られない。


「そうですか。誰かに見付からなければそれで良いのです。最も例え見付かっても、身元は分からないでしょうから迷宮入りは確実ですが、それでも見付からぬ事に越した事はありませんからね」


『ああ……』


「それと貴方にお聞きしたい事があるのですが、作戦の邪魔をしゾンビ部隊の隊員を殺した者とは、いったい何者ですか? 南部が言うには、人間ではないとの事でしたが、貴方は何か気付きましたか?」


『……』


斎賀は即答しなかった。


「どうしました? 何か心当たりでもあるのですか?」


光牙は、怪訝な表情で訪ねた。


『獣人だ……』


「獣人ですって!?」


あまりの驚きに光牙が叫んだ!


向かえに座っていた藤巻が、思わず光牙の顔を見詰める。


『たぶん……』


「ふぅむ……」


光牙が嘆息を漏らした。


「同族の貴方が言うのであれば、多分間違いないでしょう。ですが、貴方以外にまだ生き残りが居たとは驚きです。何故その様な事が……、しかも今頃になって……」


『分からん』


斎賀は、一言答えたのみであった。


「それに何故獣人が、高野山の様な場所に居たのでしょう?」


光牙が、府に落ちぬ顔で言った。


『……』


斎賀は黙っている。


「丁度その時高野山には『内調』の佐々木と仙道士の李周礼が居た……。ま、まさか、その獣人と『内調』は繋がっていると言う事か……」


光牙が独り言の様に呟く。


「光牙様……」


声を掛けようとした藤巻を、光牙は手で制した。


「何故獣人の生き残りが居て、しかも何故高野山居たのかは別として、我々は高野攻めの準備を早急に整え、今夜中に高野山を落とすつもりです。敵に獣人が居るのであれば、それは脅威と言っても過言ありません。申し訳ありませんが、貴方は今一度高野山へ戻り、我々が派遣した部隊と合流して高野攻めに参加して下さい。問題となる結界は、私の方で何とかします。宜しいですか?」


『……分かった』


斎賀は、光牙の要請にぼそりと応じた。


「では準備が整い次第また連絡を入れます。それまで貴方は休んでいて下さい」


『分かった』


一言そう答えると、斎賀は電話を切った。


それに合わせて光牙も電話を切る。


「相変わらず無口で愛想の無い男ですねぇ」


光牙が、やれやれと言った表情で呟いた。


「光牙様、獣人族の生き残りが居たと言うのは本当ですか?」


藤巻が、驚きを隠せぬまま訪ねた。


「ええ、同族である斎賀が言うのであれば、多分間違いないでしょう。私も驚きました」


「獣人に生き残りが居た事もそうですが、その獣人が高野山や『内調』に協力しているなど、些か信じられません。『内調』はともかく、高野山は獣人にとっても本来敵同士の筈では……?」


「確かに魔を封じる事を使命とした高野山は、魔族の端くれである獣人とも敵対関係にあります。ですが古より獣人族は、朝廷との協定により遠野の隠れ里で人間と関わらず暮らして来ました。その為我々とは違い高野山も獣人とはあまり事を構えなかった歴史があります。しかも先程の貴方の報告から、その獣人が組んでいるのは、高野山ではなく寧ろ『内調』である可能性が高い。となれば、十八年前に我々夜の眷族に因って仲間を殺され、その怨みから我々と敵対する『内調』に協力していたとも考えられます。なんせ奴等は、我々と違い雑食ですから、人間を襲わなくても生きていく事は可能です」


そう言って光牙は、テーブルに置かれていたワインを口に運んだ。


「確かにそうかも知れませんが、獣人が『内調』と組んでいるのであれば、益々高野攻めが難しくなりますね……」


藤巻が言った。


そして光牙とは違い、ペットボトルのミネラルウォーターをグラスに注ぎ一口飲んだ。


「もしかしたら、我々の下に真の八尺瓊勾玉が在る事も、その獣人が『内調』に知らせたのかも知れませんね?」


ふと光牙が言った。


「確かにそうですね……。それは十分考えられる事です」


藤巻が応じる。


「ですが『内調』に敵に獣人が一匹増えようが、我々は何としても高野攻めを成功させ、真の八咫鏡を手に入れなければなりません」


光牙は、いつもの涼しい表情ではなく、あえて厳しい表情で言った。


「はい。それで先程の話の続きに戻るのですが、今回退魔僧や『C・V・U』が護る高野山を完全に崩壊させる事が出来れば、夜の眷族の力を見せ付ける事が出来るだけでなく、夜の眷族に対抗出来る一大勢力が瓦解した事になります。そうなれば政治家共は、生命欲しさに挙って我々に尻尾を振ってくる事でしょう。それに真の三種の神器の二つが揃う事で、残る一つを手に入れるのも時間の問題だと奴等に思わせる事が出来ます。恐怖を与え過ぎれば逆効果になりますが、政治家共に適度の恐怖を植え付け、更に生命・財産の保証と言う飴をチラ付かせば、自分達の安全と引き換えにしてまで我々に歯向かおうなどと言う者も居なくなりましょう。それにこの国は、良くも悪くも文民統制……、シビリアンコントロールを原則としているので、政府の命令も無く、自衛隊や警察が独自の判断で暴走する事もほぼ無いと考えられます」


「確かに貴方の言う通りかも知れませんね。まあ『内調』や『C・V・U』は、政治家共の意向を無視して多少の抵抗をしてくるかも知れませんが、奴等だけであれば捻り潰すのも容易い事です」


「要は一刻も早く、持てる最大限の兵力で確実に高野山を落とし、同時に真の八咫鏡を手に入れる事です」


藤巻は、きっぱりと言った。


「分かりました。獣人まで敵側に居るとなれば、強化人間だけではなく、ゾンビ部隊や屍鬼共の中からも選りすぐりの者を集め、高野攻めの部隊を急いで編成する事にしましょう。編成は貴方にお願い出来ますか?」


「はい、急いで部隊編成に取り掛かります。ですが御前様への報告と屍鬼達を動員する為の根回しだけは、光牙様の方でお願い致します」


「分かっていますよ。如何に私の第一秘書である貴方とは言え、人間である貴方が屍鬼達に直接命令を出す訳には行きませんからね。父上の件も含めその事は此方で遣っておきます」


「宜しくお願い致します。それで高野攻めは今夜で宜しいのですね?」


「ええ、当然今夜決行しますよ。貴方の部隊編成が終わり次第、彼方へ部隊を向かわせる事にしましょう。貴方の言う通り、今は時間との勝負ですからね」


「それで斎賀は?」


「あの男には、再び同族殺しをやって頂きましょう。こんな時の為にあの男を飼っているのですから。それに此度の失敗の責任も取って貰わなければなりませんからねぇ。獣人同士の殺し合いですか、さぞ見物でしょうねえ。ククク……」


光牙は、残忍な笑みを浮かべて含む様に笑った。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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