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序章

登場人物一覧

登場人物が増えてきたので、ここで登場人物の紹介をしておきます。(ただしネタバレを少なくする為に、ここで紹介する登場人物は最小限に止めています。今後新たな登場人物が増えた場合、定期的に加筆・修正を行います)


【御子神恭也側】

◎御子神恭也(主人公)

都立城北高校三年生。満十七歳。

バイトで、BAR『ヘブンズ・ドア』のバーテンと近所のキャバクラやラウンジ等飲み屋の用心棒をしている。

性格 :凶暴・ワガママ・大の女好き

趣味 :パチンコ・パチスロ。

かなりのヘビースモーカー。

自由をこよなく愛し(ただのワガママ)街中の不良達から、“金髪の悪魔”と恐れられる街で最強の不良。

ある喧嘩を切っ掛けにヴァンパイアとの抗争に巻き込まれて行く事になるのだが、ある意味それは偶然などではなく、“必然”であった。


◎李周礼(仙道士)

御子神恭也の養父。

日本、台湾のみならず、中国武林からも“武神” と呼ばれる程の中国拳法の達人であると同時に、ヴァンパイア達にもその名を知られた稀代の仙道士。

『内調』の佐々木や久保と旧知の仲たが、謎が多い人物。


◎当麻獣吾(獣人)

獣人族の生き残り。

李に会う為に岐阜の山奥から出てきた。

ある事件により、ヴァンパイアを憎んでいる。


◎森下陽子(大家の娘)

恭也が、唯一頭の上がらない女友達。

父親の影響で幼い頃から武術を学び、並みの不良では束になっても敵わない程の腕前。

何かと独り暮らしの恭也の面倒を看ては喧嘩している。


◎森下勇三(大家)

陽子の父親。

李とも旧知の仲で、“玄心流”と言う武術の道場を営む傍ら、恭也のアパートの大家でもある。

恭也の事情を色々と知っているらしい。


◎黒田鉄二(親友)

街最強の暴走族『ブラッディ・クロス』のリーダーで、男の名前すら覚えない恭也の、唯一にして無二の親友。

恭也に劣らぬ強者で、喧嘩は強いが儀に厚く仲間思い。

以前ヤクザとのトラブルで恭也に助けられ、それを今でも感謝している。


【『内調』&『C・V・U』】

◎佐々木一茂(『内調』の主任)

エリート集団である『内調』の中でも、唯一『C・V・U』の実働部隊からの叩き上げで、戦闘のプロフェッショナル。

李とは、旧知の仲。

部下や上司の久保からの信頼が厚い。

『内調』の主任と言う立場でありながら現場主義者で、肝心の情報管理や調査の仕事は殆ど部下達に任せている。


◎久保敏臣(『内調』の室長)

『内調』を統轄する責任者。

政府・各省庁・ 主だった民間企業にも太いパイプを持つやり手。

李とも旧知の仲で、エリート組ではない佐々木を主任に抜擢するなど、佐々木に絶大な信頼を寄せている。


◎水野清彦

『内調』の副主任で、生粋のエリート組。

情報処理能力に長けている。


◎杉本

『C・V・U』の現場捜査官

不破の先輩で優秀な捜査官。


◎不破

『C・V・U』の現場捜査官

杉本と共に優秀な捜査官。


【高野山】

◎慈海(阿闍梨)

高野山で阿闍梨の位を持つ老僧。

李とは旧知の仲らしい。


◎円角(高野山三儀天)

高野山でも“三儀天”と呼ばれる特殊な役職を就く若者。

他にも大角・小角と言う仲間がいるらしい。

慈海や座主の命により、真の天叢雲剣の探索の為に御山を降りる事になる。


【夜の眷族】

(ヴァンパイア)

◎闇御前(貴族)

この国に住む全ての夜の眷族の頭目。

古来よりこの国の闇に暗躍し、現在でも政財界や裏社会に絶大な権力を有する老人。


◎宇月光牙(貴族)

闇御前の実の息子。

ヴァンパイアのダミー企業であり、絶大な資金源でもある『帝都グループ』の実質的支配者。

慇懃な物言いで冷酷非情な性格を持つ。


◎夜叉姫(貴族)

闇御前の実の娘にして、光牙の姉。

美しく妖艶な美貌の持ち主。

闇御前の命により八十年の永き眠りから目覚める。


◎柳生十兵衛三厳(生成り)

TVの時代劇や映画・小説等でも有名な伝説の剣豪。

ヴァンパイアとなり現在まで生き続け、闇御前のボディーガード兼約定を破った同族を狩る特務部隊の隊長を務める。


◎ショウ(屍鬼)

本名:飯沼彰二

闇御前が、政府と定めた約定を破り、晶子や村田をその牙に掛ける。


◎斎賀

光牙に支える謎の男。


◎藤巻

光牙に使えるファミリア(使い魔)の一人。

人間ではあるが、頭が切れ光牙のブレインの一人である。

年齢的にははまだ若いのだが、光牙の第一秘書と言う『帝都グループ』の中でもかなり高い地位に居ると思われる。



【その他】

◎高木晶子

ライブの帰りにヴァンパイアであるショウ(飯沼彰二)に血を吸われヴァンパイアと化す。

陽子の同級生で、恭也とも知り合いの仲。


◎村田浩平

恭也との喧嘩に敗れ、その後通り掛かったショウと晶子に血を吸われヴァンパイアと化す。


◎シゲ

本名:宮内茂

恭也や鉄二と同級生で、鉄二率いる『ブラッディ・クロス』の特攻隊長。


◎マスター

恭也が、バイトしていたBAR『ヘブンズ・ドア』のマスター。


設定資料

◎【内調】

『内閣情報調査室対吸血鬼特務分室』の略称。

内閣府直属の超極秘の特務機関で、便宜上『内閣情報室』に属してはいるが、命令系統も職務も全く異なる別組織。

霞ヶ関の総理府ビルの地下にある対ヴァンパイア専門の情報機関で、下部組織である『C・V・U』を統轄し、命令・情報の供与・管理等を主な任務としている。

職員の大半がエリート組で、コンピューターや情報管理・調査のエキスパートである。

また、時にヴァンパイアの存在を秘匿する為に、世間に対し情報操作なども行う。


◎【C・V・U】

『カウンター・ヴァンパイア・ユニット』の略称で、防衛省の市ヶ谷駐屯地の中に本拠地を置いている。

『内調』の下部組織で、捜査班・実働部隊・科学検査局・情報部等の部局に別れており、その存在は市ヶ谷(防衛省)の関係者には公然の秘密となっているが、 詳細を知る者は上層部の中でもほんの一握りの人間しか知らない極秘の部署。

捜査班は警視庁から、実働部隊は自衛隊の各部隊からと、その特異な性質上他の省庁から優秀な人間だけを極秘に引き抜いた職員ばかりで構成されている。


◎【夜の眷族ヴァンパイア

闇御前を頂点とするピラミッド型で構成される独自の社会を形成している。

不死に近い肉体と異常な再生能力を持ち、スピードもパワーも人間とは桁違いの能力を有する。

ただし生命活動を維持する為にも、再生能力を使う為にも、“渇き”と称される吸血衝動を抑える事は出来ない。

“渇き”が生じた場合、麻薬中毒患者の禁断症状の何十倍とも言われる強烈な苦痛に苛まれ、理性を失い悪鬼と化すだけでなく症状が進めば死に至る事もある。

貴族・生成り・屍鬼等の種類によって弱点に多少の違いはあるが、基本的に心臓を完全に破壊されるか、脳を破壊されれば確実に死亡する。


【貴族】:生まれながらにしての生粋のヴァンパイア(純粋種)。

太陽の下でも活動可能で、不死に近い肉体と異常な再生能力を有し、更に人間とは掛け離れたスピードやパワー、そして特殊な能力を持っている。

ただし、肉体的には少しずつ老いて行く為に百年づつ眠りに付くのが慣わしとなっている。

脳を破壊されると死亡する点は他のヴァンパイアと同じたが、心臓を破壊されても完全破壊でなければ復活する事が出来る。


【生成り】:人間を呪術等の特殊な方法で転生させたヴァンパイア。

貴族と同じく太陽の下でも活動可能で、ほぼ貴族と同じ能力を持っているが、特殊能力に関しては貴族より遥かに劣る。

その数は、貴族程ではないが非常に少なく、夜の眷族の中でも幹部や重鎮クラスに属している。


【屍鬼】:ヴァンパイアによって生き血を吸われ、死に至る直前にヴァンパイアの血を飲む事でヴァンパイアに転生した者。

貴族や生成りと違い、既に死人である為に一応不老不死だが、貴族や生成りと違い太陽の陽光に当たると、全身焼け爛れて死んでしまう弱点を持つ。

また人間離れしたスピードやパワーを有しているが、貴族や生成りより遥かに劣り、特殊能力も『誘眼チャーム』しか持っていない。

映画や小説等に出てくる一般的なヴァンパイアは、この屍鬼がモデルになっていると思われる。


◎その他

【餓鬼】:通称ゾンビ。

ヴァンパイアによって生き血を吸われた際、ヴァンパイアの血を飲まなかった事で屍鬼に成る事が出来ず、そのまま死に至った人間は魂を呪われ、ヴァンパイアウィルスにより動く死体……、即ちゾンビと化してしまう。

身体が腐り果てて活動出来なくなる迄の間、“喰う”と言う本能のままにさ迷い、人間を見付けては襲い、喰らい続ける。

意思もなく動きも鈍いと言う欠点を持つが、脳や脊椎を破壊されない限り活動し続ける事が出来る。

ゾンビに喰われたり、噛まれた者は、全てゾンビと化してしまう為に、ねずみ算式にその数を増やして行く。


【ファミリア】:使い魔

使い魔と呼称されているが、実際にはヴァンパイアに支える人間の総称である。

悪魔崇拝者・ヴァンパイア崇拝者等が、将来ヴァンパイアに成りたいが為にヴァンパイアに支え、自らの血を供与したり、支えるヴァンパイアの為に身の回りの世話や運転手、他にも殺人・破壊及び工作活動・スパイ・証拠や死体の隠滅や破棄等、様々な非合法活動を行う。


【帝都グループ】

本来の総帥は闇御前なのだが、現在では息子の光牙が実質的に支配している日本でも有数の巨大コンツェルン。

様々な業種の企業を傘下に持ち、政財界だけではなく、裏社会にも太いパイプを持ち、絶大な権力と豊富な資金源を有し、日本の闇を支配していると言っても過言ではない。

その莫大な資金と権力は、この国のヴァンパイアの活動の基礎となっている。


     序章

     1 

 茹だる様な夜であった。


 空は、分厚い雲に覆われて星一つ見えず、街の灯りは不気味さを一層際立たせるかの様に夜空を照らし上げている。


 濃く湿った濃密な闇が、まるで物質化しているかの如く街にズシリと重く圧し掛かっていた。


 幸い雨はまだ降り出していないが、一滴でも零れ落ちたが最後、堰を切った様に降り出す事はこの雲を見れば誰の目にも明らかだった。


街を……、


ビルの間を……、


そして人と人の間を……、


生暖く湿った風が、まるで濡れた舌で舐めるかの如く纏わり付きながら流れて行く。


 七月の初旬……。


梅雨の只中ともなれば毎年同じ様なものだろうが、この日はやけに重苦しく、また禍々しく感じられた。


 二十三時三十分……。


 深夜と呼ぶには些か早い時刻だ。 


 通りには未だ人が溢れ返っている。


 家路を急ぎ、赤ら顔でタクシーを待つサラリーマンやOL達。


 酔っ払って道に座り込む若い女。


 上司への不満を声高に叫ぶ千鳥足の中年男達。


 派手な化粧に露出度の高い服を纏い、ナンパされるのを待つ中高生と思しき少女達。


 ビルの陰や細い路地裏で、違法なドラッグを売り捌く外国人。


 他にも、喧嘩・売春・恐喝・窃盗・そして殺人……。


 何でも“アリ”だ。


 危険と快楽はいつも隣り合わせで、次の瞬間には自分がその犠牲者になるやも知れぬ現実を、人々はその日の快楽に酔いしれ、平和を貪る事で忘れてしまっている……。


「ねえっ、仕事は何してるの?」


 少女は、自らの細い腕を男の腕に絡めながら上目遣いに訊ねた。


 ブラウンに染められた髪が、緩やかな曲線を描きながら肩の上で柔らかに揺れ、派手な化粧に隠されてはいるがその化粧の下にはまだ十代の幼さが見て取れる。


 総レースの白いキャミソールに股上の浅いブーツカットのジーンズを穿き、ピンクのリボンを飾ったカゴ風のバックを肩に掛け、男に寄り添う様に歩いていた。


 好奇心旺盛な二重瞼の大きな瞳が、ビルの照明に照らされてきらきらと輝いて見える。


「ねえ、聞いてるの?」


 少し怒った様にもう一度聞いた。


「ああ、聞いてるよ」


 男は、ぼそりと呟く様に答えた。


 少しダボついた黒い長袖のシャツのボタンを胸の辺りまで外し、腿にピッタリと張り付く様な細身で光沢のある黒い皮のパンツを穿いている。


 足には、これまた黒い皮のショートブーツを履いていた。


 全身黒ずくめだ。


 全身に黒色を纏っている為か、露出している男の顔や胸が異様な程白く見える。


 いや、最早白いと言うより青白くすら見えた。


 実際に、うっすらと血管まで浮いて見える程だ。

 だが、ひ弱さはまるで感じさせなかった。


 細面で頬骨が少し浮き出た顔はむしろ精悍さを湛え、シャツの間から覗く白い胸も決して分厚くは無いが、無駄な贅肉が一切無く引き締まっている。


 この白い肌を一枚剥いだそこには、獰猛な獣が牙を覗かせる様な、そんな野性味すら感じさせた。


 肩まである長い黒髪は、一歩間違えば蓬髪にも見えるが、それがこの男の野性味に色を添えている。


 一重で切れ長の瞳は鋭くも流麗なラインを描き、薄い唇はまるで口紅を塗った様に紅い。


 かなりの美男子であった。


 歳は二十歳を幾らか過ぎた頃であろうか、しかし若く見えるその風貌の裏には、何所か歳に似合わぬ老獪なものを感じさせた。


 名前は“ショウ“と言うらしい。


 苗字は知らない。


 本名かどうかも分からない。


 無論何歳で、仕事は何をしているのか、何所に住んでいるのかなど全く分からない。


 何故なら、この男とは今知り合ったばかりなのだ。


 少女の名は高木晶子。


 晶子は、都内に住む私立の女子高校の三年生だ。


 最近ハマって追っ駆けをしているインディーズバンドが、今宵ライブハウスでライブをやっていたのでそれを観に行った帰りにナンパされたのだ。


 一緒に観に来る筈だった友達は、彼氏の誘いを断りきれずドタキャンされてしまった。


 友達はそのバンドの然程ファンでもなかった為に、最初から一人でも観に行く覚悟はあった。


 長いアンコールの後ライブが終わり、一人地下鉄に乗って自分の住んでいるこの街まで帰って来たのだ。


 駅を出てどす黒く澱んだ空を見上げた瞬間、後ろからふと声を掛けられた。


 驚いて振り返ると、この男=ショウがクールな顔に涼しげな笑みを浮かべながら立っていたのである。


 晶子は、一見お嬢様風で顔も可愛く、スタイルも良い為に実際モテたし、遊びに行くとよくナンパもされた。


 だが晶子は、同年代の男がどうしても子供に見えてしまう為好きになれなかった。


 別に見た目ほど大人しい訳ではない。


 男は勿論知っていたし、少しファザコンの気がある晶子は、ライブへ行くチケット代や服を買う為に趣味と実益を兼ねて自分の父親程の年齢の男性に“売り“、即ち援交をした事すらある。


 無論罪悪感はあった。


 親には勿論、親友にさえ“売り“の事は内緒にしていた。


 そう言った意味で、ショウは晶子の対象にはならない筈であった。


 しかし目の前に立つこの男は、自分の周りにいる男達とは明らかにどこか違っていた。


 どこがどうと言葉には表せないが、どこかが……、いや根本的に何かが違うのだ。


 顔立ちは丹精で美しく、この蒸し暑い季節に黒尽くめ服装は少々異様ではあったが、この男の持っている雰囲気に妙に合っていた。


 服装の趣味を除けば、今流行のイケメンである事には違いない。


 しかも、見た目の年齢に似合わぬ風格の様なものさえ感じさせる。


 実際にはナンパされているのだが、この男にナンパと言う行為はどこか似つかわしくないように感じられた。


 いつもなら“ツン”と鼻を鳴らして無視をするか、一言で軽く蹴散らす所だが、晶子は男の雰囲気に飲まれ少し戸惑いの表情を見せた。


「なあ、良い店知ってるんだけどこれから行かないか?」


 ショウは、照れる事無く晶子の目を真っ直ぐ見据えて言った。


 ショウのクールな瞳の奥に妖しい光が揺れている。


 晶子は、頭の芯が熱くなるのを感じた。


 鼓動が早鐘の様に鳴っている。


 晶子は、脈打つ鼓動がショウに聞かれるのじゃないかと左胸を庇う様に押さえた。


 ショウは、そんな晶子を見透かした顔で唇の端を吊り上げると、右手で優しく晶子の髪に触れた。


 流れる仕草で左肩にゆっくりと手を置き、次の瞬間そのまま静かに晶子の背中へ腕を回すと、いきなり晶子の身体を力強く引き寄せた。


 驚いた晶子の顔がショウに近付く。


 抵抗する間も無かった。


 あまりに大胆で、しかも一瞬の出来事だった為に面食らったせいもあるが、何より抵抗する気持ちがどこかに喪失していたのだ。


 ショウは、晶子の身体を引き寄せながら自らの顔も晶子の顔へと近付けた。


「素晴らしいトコへ連れてってやるよ……」


 晶子の耳元へ唇を近付けると、甘い声で囁いた。


 晶子の全身を熱い血が駆け巡った。


 ショウの逞しい腕の中で、晶子は“ブルッ”と身震いをした。


 鼓動が更に早まり、秘部が少し潤みを帯びている。


 これまでナンパは幾度と無く経験したが、こんなナンパのされ方は初めてであった。


 会話も……、いや、声を掛けられてまだ返事すらしていないのだ。


 それなのにこの早すぎる展開は一体……?


「あっ、ああ……あの……」


 震える声で必死に言葉を搾り出そうとしたが、一向に言葉が出ない。


「心配しなくていいよ。とても素晴らしい所だからね……」


 ショウは、尚も甘い声で殊更優しく囁いた。


「わ……、分かったわ。ど、何所へでも連れてって……」


 晶子は、ショウの腕の中で何とか搾り出す様に言った。


 ショウは、引き寄せた身体を引き離し、再び晶子の瞳を探る様にじっと見つめた。


 そして何かを確認した様に今度は下卑た笑み浮かべた。


「じゃあ行こうか……」


 そう言うとショウは、勝手に街へと歩み出した。


 晶子は、慌ててショウの後を追った。


 ショウの横に並ぶと、晶子は歩く速度をショウに合わせた。


 ショウの歩みは意外に早く、付いて行くのに精一杯だ。 


ーー私、どうしちゃったんだろう?


 一瞬微かな思いが頭を過ぎったが、すぐに頭に靄が掛かった様になり、その思いは忘却の彼方へと霧散して行った。


「ねえ、名前は何て言うの?」


 晶子は、ショウのクールな横顔を見つめて言った。


「……ショウ……」


 ショウは、ぼそりと呟く様に答えた。


「へぇ~、ショウって言うんだ…」


 晶子は、自分に少し戸惑いを覚ええながらも、ショウの腕に自らの腕を絡めて行った。


 二人は、未だ騒がしい夜の街を寄り添う様に歩いた。


 晶子が問い掛け、ショウがぼそりと答える。


 このスタイルは終始変わらなかった。


 その間、何度もこの風変わりなナンパや初めて味わうこの理解不能な感情、更には自分からナンパを仕掛けてきたのに、一向に自分から会話をしようとしないショウと名乗るこの男の態度に迷いや疑問が生じたが、その度に考える傍からその思いは霧散して行く。


 どうも思考が続かなくなっているようだ。


 そうこうしている間に、気が付いたら騒がしかった街の喧騒を抜け、ひっそり閑散としたオフィス街に出ていた。


 先程までの駅前の繁華街とは違い、こんな時間では人通りも殆ど無い。


 車はそれなりに走ってはいるが、どの車も先を急ぎ通り過ぎるだけだ。


 通りには無論街灯が点いているが、駅前の繁華街と違ってネオンも無く、ビルの照明やオフィスの明かりもこの時間では既に消えてしまっている。


 月明かりさえ無い空のどす黒さも手伝ってか、時折通る車が無ければさながらゴーストタウンと見紛う程だ。


 晶子は、一瞬不安を感じた。


 ショウは、そんな晶子を他所に広い通りから横の路地へと歩を進めて行く。


 腕を組んでいる為、晶子は引かれる様にショウに付いて行くしかなかった。


 今歩いて来た大通りから一つ裏の路地に入った瞬間、晶子は“ハッ”と我に返った。


ーーこの通りは良く知っている……。


ーーこの路地の先の小さな印刷工場は、父が長年勤めている工場だ。


ーーこんな場所に、この時間開いている店など一件も無い筈だ……。


 次の瞬間、頭の中を覆っていた霧が徐々に晴れて行った。


ーー何故私こんな所に……、何故この人と腕なんか組んで……、何故今まで何も変に思わなかったんだろう……、何故……。


 次々と正常な思考が戻ってくる。


 晶子の心に、大きな不安が頭を擡げてきた。


 頭の中を覆った霧を超える不安を、リアルに感じ始めたからだ。


「ここって……、わ、私、一体どうして……」


 晶子は明らかな恐怖と戸惑いの色を浮かべ、不安に身を震わせながらゆっくりショウから離れた。


「あ~あ、もう我に返っちゃったのか。やっぱ俺の『誘眼』(チャーム)じゃこんなモノか~」


 ショウは、悪戯が見付かった子供の眼で、唇を下品に歪めながら言った。


 もうクールだったショウの面影はどこにも無い。


 晶子は、イヤイヤをする子供の様に首を左右に振り、怯えた表情で一歩、また一歩と後ずさった。


 ショウは、晶子のそれに合わせる様にゆっくりと歩み寄って来る。


 晶子の目前まで迫った時、ショウの瞳が再び血の色に妖しく光った。


 その紅い瞳を見た瞬間、晶子は意識がふっと遠のくのを感じた。


 全身の力が抜け膝が折れる。


 晶子は、その場に崩れ落ちそうになった。


 ショウは、直ぐ様抱き止める様に晶子の身体を支え、晶子の耳元へ唇を寄せた。


「良い娘だ。これから素晴らしい世界へ連れて行ってあげるよ……」


 ショウは、意識が朦朧としている晶子に優しく囁いた。


 そしてぐったりとしている晶子を横から支える様に抱き抱えると、灯りの消えた雑居ビルの陰へと連れ込んだ。


 もう抵抗する力も大声で叫ぶ力も出ない。


 朦朧とする意識の中で、晶子は必死に助けを呼んだ。


ーー誰か……、誰か助けて……。


ーーな……何をするの……、助け……て……。


ーーお……願……い、止め……て……。お……父さん……、お……母……さ……ん……。


 だが思いは声にならなかった。


 意識がどんどん薄れて行く。


 晶子の瞳から一滴、また一滴と涙が頬を伝った。


「くくく、その恐怖に怯え泣いた顔も可愛いね……。でも泣かなくて良いんだよ。君はこれから素晴らしい世界の住人になれるんだ。永遠にその若さのままでいられるんだよ」


 ショウは、下卑た笑みを浮かべながら晶子の耳元で囁くと、ゆっくりと晶子に覆い被さって行った。


 晶子の身体がショウの背中で見えなくなる。


 ショウは、覆い被さる様に晶子を抱き締めると、晶子の頬を濡らす涙をその紅い舌でべろりと舐め取り、そのまま晶子の首筋へ顔を持って行った。


 抱き締めた左手で晶子の首筋を触り、脈打つ血管をその指で確かめると、“ぐびり”と喉を鳴らし顔を近付けながら大きく口を開けた。


 見ると、開いた口の中に鋭く伸びた犬歯が覗いている。


 ショウは、晶子の首筋に鋭く伸びた犬歯を迷う事無く“ずぶり”と突き立てた。


 晶子の首筋に鋭い痛みが走った。


 ショウの腕の中で晶子の身体が“びくん”と跳ねる。


 晶子の身体は小刻みに震えた。


 ショウは、身動きが取れぬ様震える晶子の身体を強く抱き締め、首筋から溢れ出る血をゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。


 ショウの黒い影の向こうに、薄っすらと滲むように見えていた街灯の灯りが、更にぼんやりと霞み暗闇に包まれていった。


 晶子の意識は暗黒に落ちた……。


 その瞬間、今起こっている惨状を隠すかの様に、息を止めていた雨が堰を切った様に音を立てて激しく降り始めた。

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