表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/74

繰り返す世界

 時間旅行の原因となるそれを探し始めてはや三十分。昇降口と呼ばれる範囲をくまなく探すが、一向に見つかる気配はない。

 そもそも探し物の正体がわかっていないので見つけようもないのだが、メイ曰く魔法を行使する場合なんらかの魔力反応を示すので、それが目の前にあれば普通は気付くはずなのだという。

 俺は魔法を使われても目で見ないとわからないことが殆どであるので、実際はあまり力になれていない。

 したがって、結局はメイが全てを見て周ることになった。

 それでも見つからないということは、その時間旅行の原因となるそれはここにはないのかもしれない。


「そもそも、そんなものがあるかどうかすら怪しいんだけどねぇ」


 もう三度は見たであろう掃除用具入れを覗きながらメイは言う。


「おいおい、今更そんなこと言わないでくれよ」

「って言われてもねぇ。本当のことだからどうしようもないさ」


 メイはその頭を軽く掻き毟ると、くるりと反転し俺に向き合った。


「タイムトラベルが行われて辿り着く場所と時間が同一であり、その記憶を保持しているのがあんたということは、タイムトラベルの要因となるそれはこの場所に存在すると考えた。だから私たちはこうやって下駄箱やらなんやらを探してるわけだ」


 俺に確認をするように彼女は言う。


「でも、もう一つの可能性をまだ確かめていない」

「もう一つ?」


 その可能性とやらは一体なんであるのか。それを聞くと彼女はなぜか俺を指差した。


「お、俺?」

「そう、正確にはあんたの持っている何か、ってことね」

「俺の持っている何か……」


 と言われても、何か心当たりのあるものはない。鞄の中身も筆記用具と教科書と空の弁当箱だけだ。ポケットの中身も携帯電話が入っているだけで、特に何かがあるわけじゃない。


「あんたが気付いてないだけでその中に何か入ってるかもしれないし、何の変哲もないものが起因になったりもするんだ。だから――――――」


 すると、気のせいか彼女の口の両端が僅かに上がったように見えた。


「身包み全部剥ぎ取って調べさせてもらうよ」

「じょ、冗談だよな……」

「この状況で冗談なんか言うもんかい」


 ですよねー。

 でも、さっきは冗談を言っていた気がするから、今回も冗談だと信じたい。

 嗚呼、でもそれは冗談ではなかった。


「い、いやあああぁぁぁ!」


===========================


「……ふむ」


 小さな白い封筒を手に考え込むメイ。先ほど胸ポケットに仕舞った特別サービス券である。


「確かに、一番怪しいといえば怪しいが……」


 その白い封筒と睨めっこをする彼女だが、それでも何がそこに隠されているのかわからないようだ。

 何かしらの魔法的なものが施されているのならすぐにわかるはずなのだが、メイにもそれがわからない。ならばどうしてその白い封筒に目をつけたのか。

 メイはその封筒を手にした時、違和感を覚えたのだという。

 その封筒だけこの空間にそぐわないような気がした、と彼女は言った。具体的にどうだと言うことはできないらしいが、この状況下で何かを感じ取ったのならば疑ってかかるべきだろう。


「この封筒を渡したのは鈴木とかいう男だったな。そいつが関係しているとは思えないが、話を聞いてみるのはありだと思う」

「そうだな、何か手がかりが見つかるかもしれないしな」


 ということで早速鈴木に電話をしてみることにした。


「――――――あ、もしもし、さっき貰った封筒のことでちょっと聞きたいことがあるんだけど」

『何だよ、藪から棒に』

「まぁまぁ」


 電話口から聞こえてくる鈴木の爽やかボイスの後ろがやけに騒がしく感じたが、今は気にせず続けた。


「この封筒ってただの封筒だよな?」

『はぁ?』


 返ってきた言葉はいぶかしむ彼の声だった。まぁ、質問の内容が意味深過ぎるので当然である。


「ああ、えっとだな……」


 どのように聞こうか考えていると、隣で様子を見ていたメイが舌打ちをした。


「この封筒はどこで買ったものなのか、あるいは誰が買ったものなのか。中身は誰が書いたのかを聞けばそれでいい」

「あ、ああ、わかった」


 彼女に言われたとおりの言葉をそのまま繰り返して鈴木に聞いてみた。しかし――――――


『どこで買ったかなんて覚えてない。それに中身も誰が書いたかは知らん』

「知らん、ってお前らが千草に頼んだことだろ」


 普通、女の子にコスプレを頼むなんてそうできることじゃあない。

 その道の人ならともかく、ただの女子中学生なら尚更である。

 それを忘れるなど紳士にあるまじき行為だ。

『――――――ああ、そうだな。だったら千草さんに聞いてみたらどうだ?』

「聞いてみたらどうだ、って随分と投げやりだな」


 普段の鈴木は確かに協力的とは言えず外から見ているだけの人間だが、答えを持っているならきちんと答えてくれる。

 本当に知らない可能性もあるが、それにしてもいつもよりいい加減だ。

 もしかして、俺が誕生会を断った事を怒っているのだろうか。それならありえない話ではない。寧ろ謝るべきはこちらだ。


「なんか、悪かったな」

『なんだよいきなり』


 怪訝そうに声を上げる鈴木だったが、今は色々と説明している余裕もない。とりあえず謝っておきたかったのだ。


「……いや、なんでもない。ありがとう、それじゃあ千草に電話してみるよ」


 それだけ言って電話を切ろうとすると、その直前に再び電話口から訝しげな彼の声が聞こえてきた。苦笑いだけで返すと、向こうも何かを察してくれたのかそのまま電話を切ってくれた。


「――――――やっぱり、あいつらには悪いことしたな」

「でも、それは全部そいつらのためでもあるんだろう? なら仕方のないことさ」


 隣で覗き見るメイは先ほどとは打って変わって優しい口調で声を掛けてきた。

 いきなりの変わりように驚いているとすぐに彼女は元に戻り、


「あんたねぇ、今だから私はこんなだけど、普段はもっとお淑やかなお姫様で通ってるんだよ」


 と、彼女はお淑やかとはとはかけ離れた物言いで話す。

 ならば、今もお淑やかでいて欲しいものだ。


「なんか言ったかい?」

「い、いや、何も。と、とりあえず、次は千草に電話しなくちゃな」


 慌てて携帯電話のアドレス帳を開き千草に電話をかける。内心早く出て欲しいと思うが、こういうときに限って出てくれないのが現実である。

 メイに睨まれながら数コールの後、千草の気だるそうな声が聞こえてきた。


『もしもし、高村君。何か言い訳でも考えてきた?』


 そして第一声がこれである。


『そりゃ私は事情を知ってるからいいけど、皆は知らないんだからその辺の事をもう少し考えてよ』

「う、面目ない」


 そんなことはわかっているのだ。わかっているけどできないのが現状なのである。


『それで、今日は何があったの? 誕生会を断って、その相手にわざわざ電話をしてくるんだから、私が何か関係してるんでしょ?』

「ああ、関係してるかどうかはまだわからないけど、とりあえず教えて欲しいことがあるんだ」


 ということで、早速先ほど鈴木にした質問を千草にもすることにした。


『その封筒なら私がデパートで買ったものよ。あと、中身も私が書いたけど』

「そうだったのか」


 あのマジックペンで彩られた特別サービス券を千草が描いたとは少し驚きである。

 あんなにデコデコしたものは千草のイメージからかけ離れていたので、てっきり舞が描いたものだと思っていた。


『それで、それがどうしたの?』

「いや、それがだな……」


 時間旅行の事を話すべきか迷ったが、そもそもこの封筒自体に何が施されているかもわかっていないのだから十分な説明もできなかった。

 そこで、隣のメイに助けを仰いだのだが、ありのままを伝えたらどうだ、と彼女は言う。


「まぁしょうがないか」


 事情をわかってくれている彼女になら話しても問題はないだろう。

 そうして、事のいきさつを簡潔に彼女に話すことになった。


『ふぅん、タイムトラベルねぇ』


 千草は半分ほど信じていないような口調で呟く。


「やっぱりそんな反応になるよな」


 当事者からしたら一大事なのだが、彼女にしてみれば何も変化がないので信じられないのは当然である。


『でも、原因とかわかってないんでしょ? じゃあ、私が協力できそうなことはなさそうね』

「ああ、そうだな。もしかしたらまた何か頼むかもしれないけど、大丈夫か?」

『ええ、大丈夫よ。こっちは今日の予定がなくなっちゃったからね。誰かさんのせいで』


 それを言われるとこちらは謝るしかできないのが辛いところだ。


『ふふ、冗談よ』


 電話口から聞こえてくるいたずらな笑い声。

 女の子のこういう声は、つくづくずるいと思う。


『それじゃあ、何かあったら連絡してね。私にも手伝える範囲でなら助けるからさ』

「ああ、ありがとう。じゃあな」


 そして電話を切って溜息を一つ。

 隣で何か考え事をするメイを黙って見つめる。


「千草凪、か……」


 白い封筒を見つめ続け彼女は呟いた。


「なにか気になることでもあるのか?」

「ああ、ちょっとだけ、ね。少し前に千草凪とやりあったことがあるんだが」

「やりあう?」

「そう、殺りあう」


 それはもしかしなくても「殺りあう」という字を書くほうのことだった。

 そんな話は千草から一言も聞いていない。


「まぁそれはどうでもいいんだ」

「いや、どうでもよくないだろ」


 しかし、メイはそのまま話を続け、ひとまずメイの話を聞くことにした。

 そもそも、なぜメイは千草と殺りあう事になったのか。その原因はドディックジュエリだという。

 たまたま千草が拾ったドディックジュエリを回収しようと彼女に接触したところ、殺りあう羽目になったのだとか。


「ちょ、なんでそれで殺し合いが始まるんだよ。普通に渡してもらえばよかっただろう」

「仕方がないだろう。その時はまだあいつは私達のことを知らなかった。だから気付かれずに奪おうとしたんだ」


 だがしかし、気配を消して尾行していたにもかかわらず、それに千草は気付いてしまった。

 普通なら気付くはずもないが相手が悪かったのだ。あの千草には全てを見通せるほどの目がある。死角でさえも見えているのではと思えるほどなのだから、尾行にもすぐに気付いた。

 それで仕方なく目の前に出て行くことになったのだという。


「って、それでもおかしいだろ。気付かれたなら気付かれたでもう少しやりようがあっただろ」

「それこそ仕方がないさ。向こうが私を暗殺者呼ばわりしてきたんだから。そうなりゃやるしかないだろう?」


 確かに、気配を完全に消して尾行してくる人間は普通ではない。暗殺者という言葉は一番しっくり来るだろう。


「それに、こっちは時間が無かったしね」

「時間?」

「そ、最初の尾行のときに変な奴に邪魔されてねぇ。それで、次は邪魔される前にやらなきゃいけなかったから、強硬策に出たのさ」


 その邪魔した者は黒髪おかっぱ頭のロングヘアで、白いTシャツとチェックのスカートを穿いていた小さな少女だという。

 どこかでそんな格好をした女の子を見た気がするが、よく覚えていない。


「そいつは私達のことを知っていた。しかも、ガラシアの人間じゃあない。恐らく地球の人間だ」

「地球の人間?」

「そうだよ。まったく驚いたねぇ。魔法なんて存在しない星だと思っていたのに、よくあんなのを隠していたもんだ」


 彼女は肩をすくめると、近くの壁にもたれ掛かった。

 地球にも魔法を使える人間がいる。にわかに信じ難いことであるが、なぜだか驚きはしなかった。

 実際に目にしていないからというのが理由だろう。この地球では魔法という空想が溢れ返っているせいで、実感しなければ驚きさえできない。


「ああ、今はその話じゃあないんだったね。――――――そう、千草凪はドディックジュエリを持っていた。そして、それは未だに回収できていない。つまり、まだ千草凪がドディックジュエリを持っている可能性があるってことだ」

「それってもしかして……」

「そう、それはつまり、千草凪がドディックジュエリの影響を受けた可能性があるということでもある」


 ――――――なんということだ。一度だけでなく二度も彼女を巻き込んでしまったのか。

 もう二度と巻き込みたくないと願ったのに。そうならないようにと誓ったのに。

 いつも後手に回っている。何かが起きるまで俺は何もできないでいる。これでは守るどころの話ではない。


「――――――高村月海、あんたはどうしてここにいるんだ」

「……っ!」


 仮面の奥から覗くメイの鋭い瞳が優しく突き刺さる。

 その言葉で十分だった。己の成すべきを思い出した。


「ありがとう」

「ふん、礼なんかいらないよ」


 彼女はもたれ掛かった壁から背を離すと、出口の方へ歩を進めた。


「その封筒はまだ開けるんじゃないよ? 何が要因かわからないんだ。もしかしたら、開封が起因になっている可能性もある」

「それじゃあ、このまま開けなかったらタイムトラベルも起きないかもしれないってことか?」

「一応、ね」


 確率は低くとも可能性はあるかもしれない。

 不用意に開けないように注意をしておくべきだろう。


「まだあやふやでわからないことばかりだが、なんとなくはつかめた。私はお母様にこのことを伝えておくから、あんたはルースたちに話しておきな」

「ああ、わかった」


 まだ解決策が出せる状況ではないが、だからこそ話す必要がある。

 少なくとも足掛かりになりそうなものを見つけたのだ。これで彼女たちからも何か意見をもらうことができるはずである。


「――――――ルース、俺だ。ちょっと話したいことがあるんだけど……」


 そして彼女に時間旅行の話をする。彼女にそれを話すのは二度目だったが、今回は新たな手がかりも手に入れた。それに今回は一度目と違って色々と整理ができている。


『タイムトラベル、にわかには信じ難いですね』

「言うと思ったよ」

『まぁ、信じる信じないはともかく、解決法を模索するお手伝いはさせてもらいますよ』


 なんだかよくわからない言い回しだったが、とりあえず協力してくれるのは有り難い。


『それにしても、どうして先に連絡をしなかったのですか。よりにもよって敵であるメイと行動を共にするとは。済んだ事なのであれこれ言いませんが、もう少し考えて行動してください』

「す、すみません」

『反省しているのなら構いませんが、次からは気をつけてくださいよ』

「わ、わかりました」


 ルースの短い説教を聞き終えると、今度はアレスの声が聞こえてきた。


「つきクンがいるのは学校なんだよね。それじゃあ今からそっちに向かうからちょっと待っててね」

「ああ、頼む」


 念話を切ると、外にある時計に目をやった。時間は四時過ぎで、時間旅行が起きるまでまだ時間はある。

 朝日公園に向かったのが五時ごろ。そこから更に二十分ほど掛かったのだからそれなりに余裕はあった。

 時計に移した目を出入り口にいるメイに向ける。彼女もエリザベッタさんに念話で連絡を取っているはずなのだが、なんだか様子がおかしかった。


「どうしたんだ?」

「いや、なぜかわからないが、お母様と連絡が取れないんだ」


 メイは続けて連絡を取ろうとしたが、やはり無理なようである。


「仕方がない。直接お話しするしかないか」


 彼女は言うと校舎から外へ向かい、体をくるりと反転させ鋭い目つきで睨みつけた。


「言っておくが後をつけようとか考えんじゃないよ」

「わかってるよ。そんなことしないって」


 もしそんなことをしたら、なにをされるか想像したくもない。


「ならいい。それじゃあ、そっちはそっちで頼んだからね」


 メイは再び身体を翻すと、影のように一息でその場を飛び立って行った。

 こちらはルースたちが到着するのを待つだけだ。この封筒にも下手に触れることはできない。しばらくは校舎の片隅で待機をすることになりそうだ。


===========================


 黒い影が街中のビルの屋上に降り立つ。そして眼下の人ごみを見つめる。

 黒い影、メイは時間旅行を行ってから妙な違和感を覚えていた。自分以外の世界そのものがぎこちなく見える。その違和感がなんであるのか考えていたのだがどうにも正体が掴めない。

 そう、例えるならば、演劇を観客席からではなく舞台袖から見ているような感じだ。演劇はもちろん観客に見せるためのもので、舞台袖にいる人間に見せるものではない。

 この人々、否、世界そのものは誰かに向かって世界の日常を見せているようだ。少なくともその誰かはメイではない。メイはこの演劇の役者でもなければ観客でもない。例えるならば照明の係員といったところだろう。


「ま、今はそんなこと考えてる場合じゃないね」


 彼女は屋上から再び飛び立ちある場所へ向かう。そこはエリザベッタがこの地球の拠点とする場所である。誰にもそこを見つけることはできないよう、幾重の結界を張り巡らせてあり、メイですら外から中に入るには時間がかかる。

 しかし、今はその結界の効力が弱まっているのか、すんなりと入ることができた。


「失礼いたします、お母様」


 メイはその一室に入り、母エリザベッタに向かい頭を下げる。


「先ほど念話で連絡を差し上げたのですが、応答されなかったので参りました」

「……」


 エリザベッタはメイの言葉に何の反応も示さず、じっと彼女を見つめていた。


「あの、お母様?」

「……それで、用件は何かしら」


 ようやく開いた口から漏れた言葉は、ひどく感情が薄れていた。


「は、はい、実はドディックジュエリの暴走によりタイムトラベルが行われており、そのタイムトラベルに私は巻き込まれました。つまり、今の私は未来の記憶を持った私ということです」


 メイは簡潔に自身の置かれている状況を説明した。


「そこで、その原因を探っていたところ手がかりらしきものを見つけたのですが、どうにも私には理解できないものだったので、お母様にご助力願いたいと思い参りました」

「……」


 しかし、エリザベッタは再び口を閉ざし、何も答えなかった。

 時間旅行は当事者でなければ理解するのは難しい。何も知らないエリザベッタにいきなり時間旅行をしたと言っても話が通じないのは当たり前であった。


「唐突にこんな話をして申し訳ありません。ですが、時間旅行が行われたのは事実です。現に高村月海は二度の時間旅行を体験しています」

「高村月海……」


 エリザベッタの瞳が僅かに動く。


「お母様?」


 何かがおかしい。

 メイは先ほどから感じている違和感を更に強く感じていた。

 目の前にいるのは紛れも無くルーナ国女王のエリザベッタである。それなのに、まるで別人のようにメイは感じた。

 いや、別人というよりは、何か、とても言い表し難い何かを見ているようである。


「どうかされたのですか?」

「いえ、何も問題はないわ」


 何も問題ない。そう、何も問題ないように見える。

 だが、メイはそれ以上に違和感を覚える。

 この感じは一体なんであるのか。ものすごく居心地の悪い気分にメイはなっていた。


「お母様、時間旅行の件なのですが、ご助力いただけるでしょうか?」

「時間旅行……それは私にもわからないこと」

「そ、それはそうですが、しかし……」


 なぜであるのか。

 確かに時間旅行はエリザベッタにさえ扱えぬものである。もしそれが可能であるならとうの昔に高村海斗の死の前に時間旅行をしているはずだ。

 だとしてもだ。エリザベッタが時間旅行を扱えないのは勿論彼女も知っている。しかし、知識は持っている。時間旅行を行うのではなく阻止するのだから、できるできないは関係ない。それならば力を貸すくらいできるはずである。


「……」


 メイは彼女の娘として、そして彼女に傅く者として違和感を覚える。否、それは違和感ではなく絶対的な違いとして何かを感じ取った。


「お母様、よろしいでしょうか?」

「ええ、何かしら」


 エリザベッタは変わらず無感情に言葉を吐く。


「ここの結界がどうやら弱くなってきているようです。張りなおした方がよろしいのではないでしょうか?」

「そのようね。では、あなたに任せるわ」

「……」


 メイにとってそれは確信であったと同時に、こうも呆気なく破られるものかと拍子抜けした。

 彼女は溜息を着きエリザベッタへと歩み寄る。


「まず最初に、ここの結界は私では展開できないほど複雑なものであること。そして次に、一度展開した結界は使用者でないと解除するのに時間がかかる」


 メイは問題点を指摘するように羅列した。


「どちらも不可能ではない。でも、それをわざわざ私にやらせようなんて、普通は考えない」

「そう、それがどうしたと言うのかしら」


 エリザベッタは目の前のメイを虚ろな目で見つめる。

 それに構わずメイは続けた。


「一番の問題点を教えてあげようか? それはねぇ、ここの結界は最初から展開されてなかったってことさ」


 そう、メイがここへ入った時、すでに結界は解除されていた。それ故に目の前の人物がどれほどの者か警戒したのだが、こうもあっさりと尻尾を出すとは思いもしていなかったのだ。


「さぁ教えてもらおうか? あんたは何者で、何の目的があってお母様に成り代わっているのかを」


 メイはエリザベッタもとい謎の人物に詰め寄る。

 しかし、内心でメイは警戒を強めていた。

 この人物は結界を破りかつ本物のエリザベッタをどうにかして追い出したのだ。その人物が只者であるはずがない。


「私はルーナ国女王エリザベッタ。それ以外の何者でもない」


 しかし、この人物は変わらずエリザベッタであることを主張し続けた。


「往生際が悪いねぇ。あんたが偽者だってわかってるんだから、さっさと正体を現しな」


 きつく鋭い眼を仮面の隙間から覗かせる。

 その眼を虚ろな目で睨み返すそれは、再び口をゆっくりと開く。


「偽者ではない。それはあなたが良く知っているはず」

「は、はぁ? あんたいい加減しなよ。そっちがその気なら、こっちだって……」


 メイは腕に巻きつけたリボンを輝かせ、無理やりその正体を暴こうとした。しかし、そこでふと思い留まる。

 時間旅行をしてからずっと感じている違和感。それはもちろんこの人物にも感じていた。この人物はメイではなく、他の誰かに向かってエリザベッタであることを演じているように感じる。目の前にその「誰か」ではなくメイ自身がいるというのに。

 そんな意味のない事を果してするだろうか。実の娘を目の前にして、エリザベッタを演じるのならばどうしてそれを他に見せるようにする。


「他に見せようとする……」


 それはこの人物だけでなく、他の全て、世界そのものが行っていること。


「おかしいのはこいつだけじゃない。他の全てがおかしい」


 それが全て、この世界の理なのだとすれば。他の誰かに世界を世界であると見せる行為が理であるならば。


「この世界は……」


 メイは腕のリボンを光り輝かせる。全てを飲み込むように。


「ダメか。何も変わらない」


 それは世界どころか目の前の人物さえ変化しなかった。


「根本を断たなければ意味がない、ってことか」


 メイは踵を返し出口へと向かう。その途中で立ち止まり、


「申し訳ありません。あなたは確かに私の母エリザベッタでした」


 背を向けながら呟いた。


「それでは、向こうでまたお会いしましょう」


 言うと彼女は一息に飛び立ち、町の空へと消えていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ