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二人の関係

 場面の移り変わり。

 何が起きるのかわかっているので、今自分がここに立っていることに驚きはしなかった。

 学校の昇降口。

 隣には舞。目の前には例の白い封筒を渡そうとしている鈴木。後ろでスタンバイをしている佐藤。

 一度目の時間旅行と全く同じであった。

 時刻も同じく三時半。これから舞と共に出かける直前に、また巻き戻されたのだ。


「いきなりで悪いがこいつを受け取ってくれ」


 鈴木に渡されたのは白い封筒。当然だが、中身も同じだろう。


「それはここぞという時に開けろ。もし今開けようものなら貴様は呪い殺されよう。主に二次元を愛す者達からな!」


 そして三度目のこの言葉。まあ今はどうでもいいので適当にあしらい、靴を履き替え外に出る。

 さて、これからどうしたものか。

 前回の二の舞にならないように最初からルースたちに相談するのが一番だと思うが、その場合サプライズ誕生日会をキャンセルしなくてはならない。


「そんなこと言ってる場合でもないか」


 そう、このままでは延々とこの時間をループし続けることになる。逆に考えれば、時間が無限にあるのと同じなわけだが、これを何度も繰り返すのは気が滅入るだろう。ならば、今はこの時間旅行の解決策を見つけることだけを考えよう。

 そうと決まれば早速彼女たちに会いに行きたいのだが、どうやって誕生会を断ろうか……。


「なぁ、舞。ちょっといいか?」

「ふぇ、何?」


 舞は何か他の事を考えていたのか、少し上の空だった。

 恐らくこの後の誕生会について考えていたのだろう。


「今日は俺の誕生日だよな」

「え、あ、うん、そうだね」

「実は大変申し上げにくいのだが、先約が入っているんだ」

「先約?」

「ああ、俺の古い知り合いが誕生日を祝ってくれるって言うんで、急遽その人に会いに行く事になったんだ。だから、今日はちょっと……」


 苦しい言い訳だが、こんなものしか思いつかない。果たして舞は許してくれるだろうか。


「……そっか、予定があるんだ」


 舞はしばらく黙り込み、言葉を探していた。

 さすがに、いきなり断るのはまずかっただろうか。この誕生会は鈴木や佐藤、千草たちも協力してくれたものだ。俺は二度も経験しているからいいが、舞たちにとっては初めての誕生会なのだ。

 やはり断るのはやめよう。ルースたちには念話で話せばいいだけだ。


「舞、やっぱり今のは……」

「うん、わかった」

「――――――え?」

「ごめんね、予定があるのに無理やり誘っちゃって」

「いや、今のは、その……」


 予想外の反応にこちらが戸惑ってしまう。


「私たちはいつでもできるし、いつでも会えるもんね。ほら、つきちゃん、早くその人のところに行かなくちゃ遅刻しちゃうよ」

「あ、ああ……」


 舞に背中を押されて校門から出る。


「じゃあね! 皆にも伝えておくから」


 舞はそのまま校舎の中へと走って行ってしまった。

 舞たちには関係の無いことなのに、間接的に巻き込んでしまっている。

 それでも、今はやるしかない。

 何のために誕生会を断ったのだ。何のために俺はここにいるのか。

 彼女たちのためではないか。


「――――――よし、行こう」


 気持ちを切り替え、早速ルースたちに会いに行こうとした、のだが、


「ちょっと待ちな」


 かなり威圧的な女性の声に呼び止められた。

 瞬間、黒い影が目の前に落ちる。


「メ、メイ!」


 現れるはずのない彼女が目の前に現れ困惑する。


「そう身構えるなって。なにもここでやり合おうってわけじゃない」

「じゃ、じゃあなんでここに……?」


 そもそも、彼女からこちらに接触すること自体が稀である。今回もドディックジュエリの反応を感知しなければ出会うはずもなかった。それがどうしていきなり学校に来るのだ。

 まさか、先の時間と異なる行動を起こしたせいで、彼女の行動が変わってしまったのか。

 しかし、誕生会を断るというたったそれだけのことで、全くの他人であるメイの行動が変わるものなのだろうか。

 いや、あらゆる因果関係が細かく絡み合い、結果としてメイがここに来ることになったのかも知れない。


「随分と悩んでいるようだから答えてあげるけど、私はタイムトラベルをした事を覚えている」

「――――――!」


 メイは今、タイムトラベルした事を覚えていると言ったのか?


「でも、なんで覚えてるんだ? 最初は覚えてなかっただろ」

「一度目がどうだったかは知らないが、さっきはこっちにも余裕があったからね」


 と言って、メイは腕に巻きついたリボンチョーカーを見せた。

 そのリボンチョーカーに溜め込んだフォンテは、魔力を打ち消して魔法の組織を崩壊させる。それで時間旅行の際に起きる記憶の削除を打ち消したのだと彼女は言う。

 しかし、それならば時間旅行自体を消してくれたらよかったのにと思う。


「時間旅行って言うのは私も詳しく知らないからね。打ち消す範囲がわからないんだよ。この頭だけでいいのか、それとも世界全てを覆うのか」


 今回は記憶の部分だけに絞ってやってみたらしいのだが、結果は今の状況だと言う。


「過去への時間旅行は防げなかったが、記憶だけは残っている。これが何かのヒントになるか否か……」


 メイは顎に手を当てポツリと呟き思案する。その姿を見つめているとメイがこちらに気付き、仮面の隙間からその鋭い目を覗かせ睨むようにした。


「あ、いや、悪い」

「なんで謝るのさ」

「その、なんて言うか……」


 言葉に詰まっていると彼女は溜息を吐いた。


「私を怪物か何かの類だと思ってないか?」

「いや、そんなつもりは無いけど」

「けど?」


 仮面を被り黒衣に身を包み、いかにも私は怪しいものですよオーラを放つ彼女は、傍目に見ると畏怖さえ感じる。

 更に、初めての出会いで思い切り蹴飛ばされ、理由がなんであったにせよフレッドとファルをあそこまで傷つけたのを目の当たりにしたのだ。近付きがたいと思うのは当然である。


「せめてその仮面を外してくれると接しやすいと思うんだ」


 と提案するが、


「無理だね」


 と、断られた。


「どうして顔を隠すんだ。別に見られて困るようなことはないんだろ?」

「今は困るから隠してるんだよ。そんなことより、早くこの現象の解決策を見つけた方がいいんじゃないか?」


 メイの言う通りだが、やはり気になるものは気になる。


「っと、そうだ。今更なことを聞くけど、この現象を解決するまでは味方ってことでいいんだよな?」

「本当はあんまり馴れ合うつもりはなかったんだけど、仕方が無いさ。今はこういう状況だ、手伝ってやるよ」


 わざとらしく「やれやれ」と言う彼女に礼を言う。すると彼女は顔を背けてしまった。


「いいからさっさと終わらせるよ」


 と、今度はそのまま一人で歩いていくメイ。それに追いつき何か策があるのかと問う。


「策は無い。だから、この現象を一から辿っていく」

「一から辿っていく?」

「ああ、タイムトラベルの定義がどうであるかなんて今は関係ない。実際にそれを引起しているのはドディックジュエリなんだから、人間が考え付くようなものでない可能性もある」


 そこで、この時間旅行の一番最初の部分、つまり場面が始まる場所から見ていくと言う。

 なぜかは知らないが、俺は最初から記憶が引き継がれていた。だからこれが時間旅行だと認識できた。ならばそこにヒントがあるのではないのかと彼女は考えたようだ。

 メイが歩いて行く先は学校の中である。

 二度の時間旅行で始まる場所はこの学校の昇降口。


「あんたが時間旅行をして始まる場所が、二回ともここだったわけだ。それなら、この場所自体に何かがあるかもしれない」

「なるほど」


 ということで、昇降口を調べることになった。

 下駄箱の中、傘立て、掃除用具箱、他多数。昇降口と呼ばれる範囲の全てを隅々まで調べる。しかし――――――


「何もない」


 探せど探せど見つからない。

 そもそも目で見えるものであるのか。魔法的要因ならば、俺には判別できなものもある。それでも探し続ける以外に方法も無い。


「こら、サボってんじゃないよ」

「わ、悪い」


 メイは黙々と下駄箱を一つ一つ調べていた。その姿があまりにもシュールで、この学校に彼女という構図はあまりに変な感じがした。

 幸い昇降口を通る生徒は少なく、彼女の姿を見た人間はいなかっただろう。見つかりそうになってもすぐに姿を隠す。そのあたりは流石と言うべきか。


「君って結構真面目な人?」

「さぁね。ただ、やるべきことはやると、自分の中で決めてるだけさ。それは人として普通のことだと思わないか?」


 何かをしなければいけないという強迫観念ではなく、自身が望んだこと、任され引き受けたこと、それをこなそうとする思いは普通の感情だ。


「なら、エリザベッタさんがやろうとしている事を手伝うのも……」

「もちろん自分の意思で、お母様に付いて行くと決めたからこそここにいる」


 もしかしたら脅迫の可能性もあるかもしれないと思ったが、やはり違ったようである。最初から彼女はエリザベッタさんと共に歩み、そして全てを擲つつもりなのだ。


「どうしてなのかと聞かれても私はそれに答えられないけど、自分の意思であるのは間違いない」


 彼女にとっても難しいもののようだ。

 なぜそれを選んだのか。

 母だからという単純な理由かもしれない。

 もっと他の損得勘定があるのかもしれない。

 もしかしたら、理由など存在しないのかもしれない。


「理由なんて考えるだけ無駄さ。あんただってそうだろう? 明確な理由があってここにいるわけじゃない。やりたいからここにいる」


 そう、彼女の言う通りだ。今は皆を守るだとか町を守るなどと言っているが、そんなものは後付けで、そうしたいと思ったから行動しただけだった。

 どれだけ最初に理由を考えても、やらなければそれが本当なのかわからない。結局は本能で動いているのと同じである。


「それが許されないのが世の中だ。実につまらないと思うけどねぇ」

「つまらない、か。考えることは悪くないと思うけどな」

「私は悪いなんていってないさ。寧ろそれは必要なものだと思ってる。やってるのに理由が答えられないのは、自分が何をしているのか理解していないって事さ」


 しかし、それは矛盾していた。

 彼女は行動の理由を考えるだけ無駄だと答えたのだ。ならば、彼女のこの行動は理解できていないことになる。


「本当にそうなのかもしれないねぇ。お母様は十六年前のあの時から覚悟をしていた。私は生まれた時からそれに付いてきた。それは確かに自分の意思だったはずだけど、生まれた瞬間から判断できるほど、人間は頭ができていない」


 それでも、自分の意思を持ったときに改めて考えると、彼女は付いて行くと決めていた。


「間違っていると思わないのか?」

「今の自分はね。でも、あんたみたいな環境で育てば別だったかもしれない。ま、無意味な妄想さ」


 言うと彼女は再び下駄箱に向かい合って、一つ一つ隅々まで探し始めた。


「色々話しすぎたかね。まぁ話しついでだ、雑談と言うやつもしてやるよ」

「雑談?」

「そうさ、面白そうな話があるんだけどねぇ……」


 と言ってメイは作業を続けながら話を始めた。


「知ってると思うが、うちの戸籍情報は色々と細工がしてあってね、私とファルが双子だったりとか、いたはずの子供の名前を消したりとかあるんだよ」

「でも、ファルと君は同い年なんだろ? じゃあ双子みたいなもんだと思うけど」

「考え方によってはそうなるね。実際に生まれたのは同じだったはずだよ。ファルがおよそ人の形をはじめたのと私が生まれたのはね」


 ファルは人から生まれたわけではないので、どの時点を誕生と言ってよいかわからないそうだ。

「まぁ今話したいのはそっちじゃないんだよ」

「そっちじゃない? じゃあもう一つの、いたはずの子供の名前を消したって方か」

「そういうこと。回りくどいのは嫌いだからはっきり言うけど、その名前はあんたのことさ」

「――――――な!」


 なんですと!

 いや、ありえない話ではない。この身体がエリザベッタさんから生まれたものであるなら、戸籍がルーナにあってもおかしくはない。


「お母様がこっちに預ける時に名前を消しておいたんだとさ」

「じゃ、じゃあ俺は、本当は……」

「本当も何も、最初からそうだろう? この地球の人間であるのはお母様がそう仕組んだだけさ」


 初めからそれはわかっていたが、改めて言われると複雑な気持ちになる。


「聞いてもいいか? どうしてエリザベッタさんは俺を母さんに預けたのかを」

「そうさね。あんたには聞く権利があるか」


 メイは仮面の奥の紫色に光る瞳を僅かにこちらに向け、そして瞼を閉じた。

 ――――――エリザベッタさんが高村海斗という男を生き返らせようと考えた時、全てを擲つ覚悟をした。しかし、生まれてくる子供には関係の無いこと。自身の子供ではなく、生まれるはずのない人間。だからこそ、係わりの無いように一番近くにいた母さん…藤田千波に預けることにした。


「巻き込みたくなかった、ってことさ。でも、何の因果かあんたのところに偶然あいつらがやってきた」

「アレスたちか……」


 確かにアレは偶然だった。普段は通らないあの公園に偶然あの日は通りかかって、そこで彼女たちを見つけた。

 もし出会っていなければ、全ての事を知らずに平々凡々と過ごしていただろう。


「関わっちまったものはしょうがない。でもやっぱり、あんたのことが心配だったんだろうね。ドディックジュエリの反応が地球から感知されて計画を実行に移し始めて以降、あんたたちには近付かないようにしてたんだけど、何度か様子を見に行ってたよ」


 実際に会ったのは二回だが、それ以外でも頻繁に様子を見に来ていたらしい。

 昔はよく会っていたが、最近は年に一度くらい、そう父の、高村海斗の命日くらいだったからそれでも多く感じた。


「ああそうだ、あんたがこっちに預けられてから、私たちは何度か会っているらしいね。小さい頃だけだから、もちろん私は覚えてないけど」

「そ、そうなのか?」


 小さい時の記憶を辿ってみたが、そんな記憶はどこにもない。やはり自分も覚えていないのだろう。


「でも、あの人にはよくお世話になった記憶があるけど、そんなに頻繁に地球とガラシアを行き来できるものなのか?」

「両方に転移陣を描いておけば無理な話じゃないさ。フレッド姫だってやったんだろう?」


 確かに彼女もガラシアと地球を行き来したと言っていた。

 フレッドのように急ぎの用でなければ苦もなくこなせたのだろう。


「さて、お喋りはこのくらいにしておくか。いくら兄妹だからといっても今は敵同士なんだ。あんまり馴れ合うつもりはないよ」

「……はっ! そうか、君とも一応兄妹になるのか」


 ファルと同じく、母を同じくするなら兄妹になるのは当然ではないか。なんだか複雑な気分である。


「君が妹か……」

「なんだい、私が妹じゃあ不服か?」

「そ、そういうわけじゃないよ。ただ変な感じがするってだけ」


 今更、誰と血がつながっていて、誰が本当の家族だとか言われてもどうしていいのかわからない。俺の知ってる家族は母さんだけ。父さんだって記憶には残っていない。

 だから、目の前の彼女やエリザベッタさん、そしてファルも、事実がそうだとしても俺の中では変わらない。


「家族の定義なんて法律以外は曖昧でいいと思う。だから、君は妹じゃなくて一人の女の子として見るよ」

「普通の女の子ねぇ」


 今度は彼女が不服そうにした。


「ふん、私も不服とは違うよ。私としてはそっちの方が有り難い」

「有り難い?」


 その言葉に違和感を覚え聞き返す。


「そ、私だってあんたが家族だとは思えないからね。ほんと、人間ってのは育った環境で色々変わるもんだ」

「はぁ」


 更に言葉の意味がわからず首を傾げる。


「……今の私だからこの気持ちがあって、今の私じゃなきゃこの気持ちはなかった」


 最後に呟いた彼女の言葉には、ひどく悲しみが乗っていた。

 いや、これを悲しみと表現してよいのだろうか。

 なんとも言い表せない感情。

 そして、その言葉の意味をまた理解できずにいた。


「ま、深く考えるな。私達の今の関係ははっきりしてるだろう?」

「ああ、そうだな」


 今は互いが信じた自分の意志に従って進んでいる。そして、それがぶつかったとしても互いが成さんと突き進むのみ。


「そういうことだ。もっとも、この状況を打破しないと、それさえもできないんだけどねぇ」


 そのための停戦だ。早いところ時間旅行の原因を調べなければ。


「ということで頼んだよ、お・に・い・ちゃ・ん」


 そして、メイは屈託のない(たぶん)笑顔で言った。


「や、やめてくれ、なんか君に言われると変な感じがする」


 すると、今度こそ彼女は屈託のない笑みを浮かべからからと笑った。

 そんな彼女を見ていると、やはりこの子も普通の女の子なのだとわかる。それは当たり前なわけで、お姫様という立場ではあるもののそれ以外は何の変哲もない普通の女の子。こんな特殊な状況でなければ、友人として接することができたはず。

 否、こんな特殊な状況だからこそ彼女と出会えたのだ。十六年前の出来事がなければ、この出会いはなかった。

 過去の全ての出来事に意味はある。それがどんなに辛いことで、後悔したくなるものでも、それがあるから今がある。今、彼女とこうして笑えるのはそのおかげで、この先戦うことになるのもそのせいだ。

 何が良い選択かなんてその瞬間にはわからない。

 エリザベッタさんのその選択が正しいかなんてわからない。

 メイのその選択が正しいかなんてわからない。

 でも、その選択が間違っていると俺は思った。故に、この先の戦いは止められない。


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