怪奇現象?
「で、なんで二人とも俺の部屋にいるんだ?」
いつも座っているベッドの上を彼女たち二人に占領された俺は、普段あまり座らない勉強机の椅子に座ることとなった。占領している彼女たちとは、ファルとアレスである。宇宙船から帰ってくる際に、なぜか二人も一緒に家に来たのである。
「え~、いいじゃん。こっちにいる方が色々動きやすいし」
とアレス。
「私は泊まる場所が無いので、つきみに頼もうと思って付いて来ました」
とファル。
あの宇宙船に何個も部屋があっただろう、と言ったが、あれは一応スティーレの船らしいので、ルーナ人を乗せるのは色々手続きが必要になるらしい。
『こちらにいる方が動きやすいというのは間違っていませんけどね』
当然の如くルースも一緒である。まぁ彼女はアレスの首に掛かっているので、問題はない。
「前も言ったけど、飯なんて出せないからな」
しかも二人分など不可能である。そして当然だが風呂を貸すこともできない。
「いや、母さんが仕事に行ってる時なら大丈夫か」
いやいやそんなことよりも、この狭い部屋の中で三人寝泊りすることが一番の問題である。男同士ならまぁともかく、女の子二人と同じという状況は、どんなハーレムアニメだとツッコミをいれたいくらいだ。
「――――――」
と、そんなことをしていると、玄関の鍵を開ける音が階下からかすかに聞こえてきた。母さんが帰って来たのだ。
「ああもう、ともかく、飯は自分で用意してくれ。後は何とかできるから」
吐くように言い捨てると、部屋の扉を開け外に出た。
今日はいつもより早く帰って来たので、料理を作って待っていると思われる。早く行かないと怒られるのが目に見えるので、急いで階下へと下りていくことにした。
階段を下り台所へ向かうと、今まさに調理中であろう料理の匂いが漂ってきた。この独特の香辛料の香りから察するに、恐らく中華料理だろう。台所から流れるその香りが鼻腔を刺激し、つられてお腹が鳴る。
嗚呼、早くこの空腹を満たしたい! そんな衝動に駆られて台所の扉を開ける。瞬間、先ほどまで僅かに漂っていた香辛料の香りが体中を包み込み、俺を中華料理店へと誘う。
「とか言ってみたり」
しかし、この匂いには耐えられない。早く食べたいと思う気持ちが変わることはないのだ。
「あれ、もう来たの? まだもう少し掛かるから、ちょっと待っててね」
我が母はいつものようにスーツ姿にエプロンを装着し料理を行っていた。それだと臭いがつくから止めた方がいいだろう、と何度も注意するのだが一向に聞き入れる気配はない。
ちらりとその料理を後ろから覗き込んでみると、やはり正体は中華料理であった。
麻婆豆腐。中華といえばコレだろう、と言わんばかりに有名なものだ。よだれが止まらんぞ。
しかし、最近は中華料理がやけに多い気がする。嵌っているのだろうか。
そして待つこと数分。ようやくこの時が来た。テーブルの上に置かれたそれを眺め、手を合わせる。
「いただきます……」
呟いた瞬間。その手に持ったレンゲで大切りの豆腐を掬い上げた。ぷるんと揺れ踊るレンゲの上の豆腐をちゅるりと口の中に含む。
「ふぁふッ!」
旨い、旨いぞッ。語彙力のなさがこんなところで仇になるとは思わないほどに、それは旨かった。
そんなことを考えながら、頭の中では別のことも考えていた。というよりは、無意識にそれを思わざるを得なかった。
目の前にいる母は、本当の母親ではないのだと。十数年の時をこの人と過ごしてきて、疑いもするはずのない母であるという虚実。今更、母親が別の人だといわれても、目の前にいる女性が我が母であることに変わりはない。
だが、しかしだ。本当の母親であるエリザベッタさんは、小さな頃から、それこそ物心がつく前から、母と俺の二人を見てきてくれた。ずっとだ。つい最近どころか、アレスたちと出会ってからも、エリザベッタとしてではなくその人は会っていた。
思えば、その人は本当にルーナ国のエリザベッタとしてではなく、ただの母親として接してくれていたのかもしれない。いや、そうなのだろう。何年も前から俺を見守り続けてくれた。
母親として、否、人間として彼女は間違っていたのかもしれない。でも、彼女は優しい人なのだとわかる。ずっとこの目で見てきたのだから。
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「ふと思ったのですが……」
夜飯を食べ部屋に戻ってくると、出し抜けにファルが言った。
一体何を思ったのか、床に正座するファルに聞いてみると、
「私とつきみは兄妹になるのでしょうか?」
と、いきなりとんでもない事を発言した。
いやしかし、考えてみると確かにそうなのかもしれない。俺はエリザベッタさんから生まれてきたわけだし、母が同じなら兄妹と言えなくもない。だが、かなり特殊な関係である俺たちを兄妹と呼んでよいのだろうか。
「兄妹になりたかったらそうすればいいんじゃないかな?」
と、ベッドの上でくつろぐアレスは言う。
何いい加減なことを言っているんだ、と言う前に、自分の部屋のように過ごしている姿にツッコミをいれたくなった。だが、そんなことを気にすることもなく、アレスは続ける。
「法律的には難しいと思うけど、本人たちの間で思ってるだけならいいんじゃない?」
「なるほど、そういうものですか」
アレスの言葉を受け、ファルは真剣に考え始めた。
そもそも、法律的に難しいと言っているが、俺は地球人でファルはガラシア人だ。その時点で不可能なものだとわかるだろう。
だがしかし、今の俺が地球人であるのはエリザベッタさんの記憶操作のおかげだ。もしそれが解けてしまえば、俺はガラシア人になるのだろうか。それともそのまま地球人なのだろうか。いや、その前に、母さんとの関係や、父として存在した高村海斗はどうなるのか。色々と思考が飛び交いわけがわからなくなってきた。
「つきみ……」
扉の前で思案していると、ファルが立ち上がり近付いてきた。
「な、なに?」
顔と顔がくっ付きそうなほど近くに寄ってきたので、仰け反る形になる。
「やはり、このままでいましょう。私は今の関係が一番だと思います」
「あ、ああ、そうだな……」
傍から聞くと大いに勘違いされそうな言葉を平然と言うファル。意見自体には同意できるが、もう少し言葉を考えて欲しい。
「そ、そうそう、ブイオの調子はどうなんだ?」
ほぼ密着する形にあったファルを引き剥がし、話題を逸らす。まぁ、気になるのは事実だ。
ファルは二、三歩後ろに下がりブイオについて話し始めた。
ブイオが何も話さなくなってしまったのは、メイが何かをしたということで間違いないそうだ。ただし、言葉を発せなくなっただけでなく、ゲレータとしての機能そのものが停止したのだとか。つまり、会話だけでなく、魔法も使えなくなったということだ。
「直すことはできるのか?」
しかし、ファルは首を横に振った。
機能の停止は、機械的にだけではなく魔法的要因もある。簡単に直すことはできない。できたとしても相当な時間がかかるようだ。
「母上を止めると言っておいて、私は戦う事すらできません」
申し訳ありません、とファルは頭を下げた。
「な、なんで謝るんだよ。謝る必要はどこにもないだろ」
頭を上げるように言うと、彼女をアレスがくつろぐベッドへ座らせた。
「別にファルのせいじゃないんだ。そんな顔するなよ」
隣に座りうなだれる彼女に声を掛けるが、機嫌は直らないようだ。彼女らしい真面目な一面であるが、考えすぎなところはどうにかすべきだと思う。
「大丈夫だよ、君がこうして横にいてくれるだけで俺は嬉しい。それで十分だ」
対峙し合った彼女が今は横にいる。それだけで心強く、そして何より嬉しいのだ。
「つきクン。それ、なんか口説いてるみたい」
むすっとした表情で、ファルとの間から割ってアレスが出てきた。
「そ、そうか、別にそんなつもりはないぞ」
と二人に向かって言うと、アレスは変な表情をして、
「実は、案外似たもの同士かもね?」
と言った。
どういうことなのか聞くが、何故かアレスははぐらかしてしまう。
「まぁいいや。ともかく、そんなに気落ちしなくていいって。ブイオも絶対に直るからさ」
「時間は掛かるけどね」
こらアレス、余計な事を言うな。
「ありがとうございます」
ファルはほのかに笑う。
「あなたたちと出会ってから、新しい体験をしてばかりです。共に過ごすだけで、気分が晴れそうです」
俺たちの日常が、彼女にとっての新しい体験。これくらいでいいのなら、いつでも歓迎である。
その後も、彼女たちととりとめのない会話を何度も交わし続けた。今夜は長くなりそうだ。
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翌日。学校へ行こうと準備をしていると、ファルとアレスも付いて行くと言い出した。生徒でもないのに入れるわけがない、と説得したのだが聞き入れてはくれず、結局連れて行くことになったのだ。と言っても、教室に連れて行くわけではなく、どこか近くの誰にも見つからない場所で待機しているように言っておいた。話なら念話で可能なので問題ないだろう。
ということで、普段と殆ど変わりなく学校へ来たのだが、今度は隣の席の彼女が突っかかってきた。
「ちょっと、昨日は話を聞こうと思ってたのに、なんで帰っちゃうのよ」
と、千草はご立腹の様子である。
先日の出来事はまだ千草に話していないのだが、どうやら感づかれていたようだ。手短にあらましを説明すると、納得したような納得してないような微妙な表情を見せた。
「まぁ、今一番重要なのは内容じゃないんだけどね」
「どういうことだ?」
問うと、彼女は教室にできている一つの人だかりを指差した。
「一昨日の夜、一時的にだけど空が昼間みたいに明るくなったの。あなたたちが関係してるんだろうなぁ、とは思っていたけど、それが皆にもバレちゃってるわけ。あれは、とある動画投稿サイトに投稿された動画らしいわよ」
「な……」
なん……だと……? 確かにあれだけ派手にやれば騒ぎになるだろう。しかし、結界を張っていれば空間が切り離されて、外との干渉は少なくなるのではないのか。
ルースに念話で事態の説明をすると、そこまで緊迫した風ではなく普段通りに説明を始めた。
まず、俺とファルが戦っている最中に、結界はフレッドによって張られていたらしい。結界の強度レベルも、あらゆる事態を想定して最高レベルにしていた。一度目のファルが放った禁呪は何とか耐え切ったらしいのだが、二度目の二人による禁呪の打ち合いで完全に崩壊したのだそうだ。その後、余波が収まるまで結界を張ることはできず、その間のやり取りは丸見えになっていた、ということらしい。
「結界ってそんなに簡単に破られるものなのか?」
『そんなわけがないでしょう。そもそも、禁呪を行使する状況が稀であるのに、それを二つ同時にぶつけ合うなんて、それこそ戦争でもそうありませんよ』
とルースの呆れ声が返っていた。
しかし、その割には危機感がない。バレてしまっているかもしれないのに、どうしてそんなに冷静でいられるのだろうか。
「結界が張られていない時間は、恐らく禁呪がぶつかり合っていたその瞬間だけでしょう。あの光に最も近い場所にいたわけですから、人影など見えもしないはずです」
と、当事者のファルは語る。
現にアレスとフレッドは、その二人に一番近い場所にいたのに全く見えなかったらしい。
というよりも、そもそも問題はそこではないような気がする。真っ暗な夜に、まるで昼間と変わらないほどの光をもたらしたその魔法こそが、見られてはいけないものではないのだろうか。
『超常現象として取り上げられるでしょうが、その正体を掴むことは無理でしょうね』
魔法の存在を知らない地球人が見ても、それが何かを見破ることは不可能である。というのが彼女たちの意見らしい。本当にそんなので大丈夫なのだろうか。
心配になってその人だかりに近付き、覗き見てみた。
小さな携帯電話の画面に映っているのは某動画サイトの映像。その映像は先ほどから夜景が映されているだけだ。場所は町を一望できる場所。角度的に山の上から撮っていたのだろうか。かすかにだが、虫の鳴き声が聞こえてくる。そして、何の前触れもなく画面が光り輝きだした。その光は町を飲み込み、あまりに眩しすぎて殆ど景色が映せていない。僅か数秒の出来事だった。光が収まると、そこには先ほどまでの夜景が再び映し出されていた。まるで何事もなかったかのように。
これはバレるとかそういう以前に、何が起こっているのかわからない。これならば大丈夫だろう、と安心して席に戻ろうとしたのだが、
「こっちは隣町から取ったやつで綺麗に取れてるぞ」
と新しい映像が出てきてしまった。しかも、出してきたのは佐藤だった。
いつもなら近付き難いと言われる佐藤の周りに、どんどんと人が集まっていく。
「人気者だな、あいつ」
同じく人だかりからは少し離れた場所にいた鈴木が、可笑しそうにその様子を見ていた。
「そ、そうだな」
いつもなら鈴木と同じくその様子を見守りながら笑い合っていただろう。だがしかし、今はそんな場合ではない。なにしろ、その問題映像の当事者は俺自身なのだから。
続けて映し出された映像も同じく夜景を撮ったものだった。違いはその場所がこの朝日町から随分と離れた場所だったということだ。そして同じように画面が光に包まれる。しかし、先ほどのように景色が見えないということはなく、割とはっきりとしていた。それこそ昼間のような景色だ。だが、光に包まれている部分は勿論見えることはなく、はっきりと見えるのは光に照らされた隣町の風景だった。
「そりゃそうだよな」
どんなに離れても光の中心が見えるはずがない。当然ではないか。なんだか焦って損をした気分だ。
「しかし、すごいな。こんな光、自然現象で起こるのか?」
鈴木は当然の疑問をぶつけてきた。
そう、問題はそこだ。原因がバレないのはいい。だが、その光がなんであるのか、という疑問を持たれるのがやっかいだ。ルースは大丈夫だと言っていたが、やはり心配になるのだ。
「なんだろうな? 専門家でもわからないんじゃないか? あ、はは、はは」
平静を装うが、その笑い声がまったく平静ではなかった。
鈴木は当然の如く疑問に思っていたが、なんでもないと言ってとりあえずその場を退散した。
「どうだった?」
自分の席に戻ると隣の千草が声を掛けてきた。
「……わからん、とりあえずは大丈夫そうだけど」
心配であることに変わりはない。
一先ず様子を見るしかない。あとは極力関わらないことだ。
「まぁ、こういうことは噂だけ広がって、本当かどうかもわからない真実ってやつが暴かれたりして、それで終わるのが世の常よね」
散々な言われようだが、その殆どが当てはまってしまうのが現実だ。今回もそれに漏れず、何事もなく終わる事を願うのであった。
そして放課後――――――
剣術の稽古のついでではないが、屋上で今朝千草に話した内容を詳しく説明した。自身のこともファルのことも全てをだ。聞き出されたからではなく自分からそれを話したのだ。勿論、ファルのことはちゃんと了承済みで、一緒に千草に話すこととなった。
少しでも関わってしまった彼女には知っておいて欲しいと思った。全ての理由と事情を理解して欲しいと思った。その上で俺たちに関わってほしい。隠したままでは彼女は彼女の判断ができないと思ったからだ。
「……」
千草に全てを話し終えると、彼女はしばらく頭の中を整理するように沈黙した。そして、普段と同じように口を開く。
「もう答えは出てるんでしょ? だったらそれでいいじゃない。私が口出しすることじゃないわ」
その彼女はいつもの隣の席にいる彼女と何もかわらない。
いくら自分が理解して、自分が自分であると思っていても、他人からどう思われるのか気になるところである。いつものように接してくれないのではないかと、思ってしまう。
「事情がどうあっても、目の前にいる高村君は変かわらない。なら、私だって変わりようがないじゃない」
と、彼女は言ってくれた。それが普通に嬉しくて、
「ありがとう」
と零していた。
「ほら、やっぱり高村君は高村君だよ。そう思うでしょ?」
彼女は俺を見て横にいた二人の少女、ファルとアレスに同意を求めていた。そして、二人も頷き返す。
「よし、じゃあこの話はおしまい」
千草はポンと手を叩くと、今度はもう一つのいつもの彼女、剣術の先生になっていた。ちょうど二人もいるので、一緒に稽古をしていくかと誘うのだった。
そして案の定、一緒に稽古をすることになったのだが、これがまたいつも以上に厳しいわけで。
「はぁはぁ……ちょ、休憩……していいですか?」
先日の実戦など比べ物にならないほどだった。
終わってみると、見事に全員が倒れこんでいる。もちろん千草自身もだ。
「な、なるほど、私が、負けるわけですね……」
ファルは何故か納得していた。
「と、糖分を、私に……」
うつ伏せに倒れるアレスは、何故か甘いものを要求していた。
「は、ははは、じゃあ、後で食べにいこうか」
全員が息を切らし、そして何故か甘いものを食べに行くこととなった。
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それは、街で買い食いをするという、よくありがちな学生の風景だった。しかし、二人の少女の紅髪と金髪はあまりにも目立ちすぎで、周りの人からの目線が痛いほどに感じられた。そんな視線を気にしながらも甘いものを求める少女たち。女の子は甘いものに命を懸ける、とアレスが言っていたが、そんなに簡単に命を懸けるとルースに怒られそうである。
そして、そんな楽しいひと時? は、あっという間に過ぎてゆく。俺からしてみれば二人の目立ち具合が気になって仕方がなかったが、二人はなかなかに楽しんでいた様子だ。外見など気にしなければ、それは普通の少女たちである。
二人は本来の目的を忘れていたわけではない。頭の中にその目的も意志も持ち、そしてこの今を楽しんでいた。それは彼女が過去にも味わった楽しみだから。
時が流れるのは早い。楽しければ楽しいほど。
商店街の出口で千草と別れると、二人の少女と共に家路についた。そこで、口を閉じたままだったルースが言葉を発する。
『今後の方針は決まりましたが、具体的にどう動くかを考えなければいけません』
唐突だったが、それは今すぐにでも考えなければいけないことである。寧ろ今まで黙っていた方が不思議なのだが、
『言ったは良いですけど、私たちにできることはさして変わりませんけどね』
ということだ。
ドディックジュエリが暴走したらそこへ向かい、彼女たちと接触する。そこで彼女たちを止める。いつもと同じだ。
あの二人の居場所はどう頑張っても見つけるのは難しい。二人とも魔力と気配を隠し、完全にその存在を消すことができる。それはここにいるファルにも可能なことだ。そんな二人と唯一接点があるのは、彼女たちの目的であるドディックジュエリだけ。逆に言えば、こちらがドディックジュエリを持っている以上彼女たちは必ず接触を図ってくる。
だがそれは、最後のチャンスであることを忘れてはならない。それ以降はもうない。そこで必ず彼女を止めなければいけないのだ。
「ファルは二人の隠れ家みたいなところは知らないのか?」
それは一番最初に思う疑問だったが、わかっているのなら最初から話していたはずである。それを話さないということは、ファルもそれを知らないということだ。しかし、一応確認のために聞いたのだが、
「二人は身を隠すために、私とは別の場所に居を構えていました。その場所は私にも知らされていません」
と予想通りファルも知らないようだ。
やはり待つしかないのか。ドディックジュエリの暴走を。
ドディックジュエリは残り四つ。こう見れば接触できる回数は多く見えるかもしれない。だが、彼女たちにとって成し遂げるものが一つであるなら、全てに関与する必要はない。俺たちが集めた後に奪えば良いだけだからだ。こちら側もドディックジュエリを全て集める必要があるのだ。ならば、何度も危険を冒すよりは、最後の一度だけを狙えばよい。
「他に手はないのか?」
『あれば良いのですけどね……』
ルースも他に考えが出ないようである。
『ですが、逆に言えばその間はドディックジュエリの収集に専念できるわけです』
発想の転換というやつだ。ドディックジュエリの暴走もなんとしてでも止めるべきものであるのだから、それだけを考えることができるというのはある意味で幸いだ。
結局、接触できるのは最後の一度だけであることに変わりなくなってしまったが、それはそれで構わなかった。何度もチャンスがあるなどとは最初から思っていない。あの二人と対峙するのならば、その一度が最後であると。そして、その覚悟がなければ止めることは叶わない。彼女たちも全てを捨てて成さんとするのだから。