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意志をもって挑め

「やあ、お帰り」

 家に着くとフレッドが玄関先で出迎えてくれた。

「ああ、ただいま」

 そんな彼女といつも通りに接した。

 この家の住人でない人がいることに違和感を覚えなくなったのは、少しまずいのではないだろうか、と内心思うのである。

「今日はずっと家にいたのか?」

 と彼女に聞くと、こう返ってきた。

「何を言っているんだ君は。僕はずっと君の側にいたよ。朝から今までずっとね」

 場面がアレならかなり怖い言葉だぞそれは。

 と、そんなことよりも、ずっと側にいたと言うフレッドだが、今日は朝に家を出てから一度も彼女にはあっていない。いったいどこに隠れていたのだろうか。

「君を目視できる場所、とだけ言っておこう」

「千草と特訓してる時もか?」

「もちろん」

 あの屋上に人が隠れられる場所はあっただろうか、と考えていたが、やはりそんな場所は存在しない。本当にどこにいたのだろうか。

 部屋に戻ると制服のままベッドに上に倒れこんだ。特訓の時間が短かったとはいえ、いつものように疲れはある。恐らくだが、千草は俺の成長度合いに合わせて特訓のメニューを考えているのだろう。まぁ、メニューと言ってもただ剣を打ち合っているだけだが。しかし、打ち合う相手はあの千草凪なので、どれだけこちらが成長しようとそれに合わせてくるので疲れ具合は毎日同じである。それが今日は少しマシになった程度だ。

「ところでルース、学校で調べたいことがあると言っていたが、それはどうなったんだい?」

 フレッドは定位置の椅子からまだ首に掛けたままであったルースに向かって聞いた。

『その件ですか。一応あの場所は星の入り口イングレッソですから、あれだけの大規模な魔法が行使されたので何か異変が起きていないか調べていたのです。幸い何も異常はありませんでしたけど』

 小規模な結界の中で禁呪と、更にそれを相殺するための魔法を星の入り口の真上で使用した。それは、星の入り口を通る魔力量の比率を遥かに超える量で、簡単に言ってしまうと、その入り口が詰まってしまう恐れがあったのだとか。それは自然の流れを止めてしまうのと同じで、仮にそれが起こってしまうとかなり厄介で危険なことになるらしい。

「でも、問題がなかったって事は、もう大丈夫なんだろ?」

『ええ、魔力の源フォンテの流れも正常でしたし、なんの心配もないでしょう』

「そうか、よかった」

 ドディックジュエリが暴走しただけでなく、また学校で厄介なことが起きていたら学校側もたまったもんじゃないだろう。

「ルースはこっちでの用事はもう済んだんだよな? ってことはもうアレスのところに帰るのか?」

『そうですね。このまますぐにでも帰るつもりですが、それが何か?』

「いや、なんとなく聞いてみただけだ。特に意味はない」

 と、二人でやり取りをしていると、

「きっとツキミは、まだルースに帰ってほしくないんだよ」

 横からフレッドがちょっかいを出してきた。

『はぁ、なんでまた』

「それはツキミが君と離れたくないからだよ」

 その誤解されそうな言い方は止めてほしい。

『そうですか。ならばもう少しここにいましょう。ツキミさんと一緒にいるのも悪くありませんからね』

 そして、以外にもあっさりと予定を変更するルースであった。

「ほぅ、相思相愛というやつか」

「だから、なんでそうなる」

 フレッドもアレスに影響され思考がそっちに向かっていったのか。それともただのいたずらか。まぁ、彼女の顔から察するにそのようだが。現に今もいたずらな笑みを浮かべている。

『……あながち間違っていないかもしれませんよ』

「え……?」

 ルースまで突然おかしな事を言い出す。

『勿論、恋愛の感情ではありませんが、あなたのことは好いていますよ。まるで自身の子の様に』

 今まで何度となく子と言える人を亡くしてきた。ルースはそう語る。その全ての人たちを須らく愛し、生と死を見届けた。俺もその中の一人としているということだ。それは少しばかり嬉しく思える。

「そういう人がいてくれるのは僕たちにとって嬉しいことだ。でも、君たちは……」

 先ほどまでいたずらに笑っていたフレッドが、いつの間にか神妙な面持ちになっていた。

『自ら選んだことです。あなたたちが気にする必要はありませんよ』

「そうか……」

 ルースの返す言葉にフレッドは頷くだけだった。

「……今日は疲れたから少し休むことにするよ」

 と言うと、フレッドは器用に椅子に座りながら眠り始めた。

 俺も疲れているし休んでおこう。ルースのことは気になるが、これは彼女自身の問題だ。口出しはできない。

 布団に包まり瞼を閉じる。しかし、まだこの時間は暑いので布団の中は蒸すようだ。暑さに耐えながら眠気が来るのを待つが、疲れのおかげそれがやってくるのは存外に早かった。


===========================


 眠りについてからどれだけの時間が経過したのかはわからない。だが、確実に今自分は寝ているのだとわかる。意識があるのは寝ていないのと同じなのではないか。それとも、それ自体が夢なのか。そんな事を考えていると、なにやら物音が頭の片隅から聞こえてきた。それが何かはわからないが、目を覚まさないといけない気がした。

「――――――」

 ゆっくりと瞼を開いてゆく。上半身を起こし、まだはっきりしない意識で辺りを見回す。寝る前に比べると外は少し暗くなっているが、まだ日は沈んでいない。包まっていた布団はいつの間にかはだけていたようだ。フレッドとルースはどうしているのだろう、と彼女が寝ているはずの椅子に目をやった。

 そこには椅子から立ち上がり、窓の外を見ているフレッドの姿があった。

「何かあったのか?」

 俺が起きたことには既に気付いていたようで、彼女は窓の外を見ながら答えた。

「ああ、予想以上に早くその時が来たと思ってね。まぁ、いつその時がきてもおかしくはないんだが」

 その言葉を聞いて大方の予想はついた。ドディックジュエリが暴走したのだろう。

「アレスには既に伝えてある。時期にこちらへ着く筈だが、それを待っていては時間がなくなってしまう。その前に現場へ行きファルスコールと接触する」

 フレッドは要点だけ話すと、窓を開け外へ飛び出た。

「悪いが先に行かせてもらうよ。でないと君を巻き込んでしまうからね」

 言うや否や、空を駆けた彼女は姿を消し目の前からいなくなった。

「あ、おい」

 引き止める声は誰もいない空へ虚しく響いた。しかし、引き止めたところでどうするでもない。ドディックジュエリの暴走だけならば彼女たちの領分だ。問題はその後、ファルスコールがどうするかだ。だが、こんなところで考えていても仕方はない。ともかく俺も向かわなくては。


===========================


 部屋を飛び出し向かったのは深先浜。そのさらに奥の方、つまり海上から反応があるとルースは言う。距離も相当あり、飛んで行ったとしても二十分はかかる。

 フレッドは部屋を出た瞬間に空間転移で向かったので、すでに到着しドディックジュエリの暴走を止めにかかっているはず。ファルスコールも同じように向かっているとして、先に着くのは彼女のほうだろう。その間に事が進まなければ良いのだが。

 空を駆け更に速度を上昇させる。耳を劈く風の音が流れる。彼女たちのように超スピードを維持するのは無理だが、少しでも速くしなければという思いが先行し無意識に駆けていた。

『ツキミさん。急ぐ気持ちはわかりますが、今ここで魔力を使ってしまっては後に響いてしまいます。ご自重下さい』

「でも……!」

 わかっている。ルースに言われなくとも、無意識にそれをしていたことも、それが自分の足を引っ張ることになることも。

 一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせ冷静になる。急いでも意味はないんだ。やるべきことは、彼女とちゃんと話して、そして――――――

『……どうやらドディックジュエリの暴走は収まったようです』

 部屋を出てから十数分。あと少しで浜に着くだろうというところだった。

「あの子は?」

『わかりません。魔力反応を一度も感じなかったということは、ドディックジュエリ暴走の鎮圧には加わっていないのは確かです。しかし、今現在の状況は、気配を消されては探ることもできません』

 彼女が言い終えると、耳には再び風の音が流れた。

 次第に浜が見え始め、波の流れもはっきりわかる場所まで来た。ドディックジュエリが暴走した場所は更に沖の海上だ。そこに目を凝らして見ると、小さな人影が二つ見えた。一つはフレッド。そしてもう一つはファルスコールだろう。

 急いで空を蹴る。この一回くらいはルースも見逃してくれた。

「やぁ、思ったよりも早く着いたね」

 二人のいる場所へ着くと、フレッドは普段と変わらぬ調子で話した。対峙するファルスコールも、これから戦闘を行おうという様子ではなかった。

『話はどこまで進みましたか?』

「いや、まだ何も話していないよ。ちょうど彼女が来たところに、少し遅れて君たちも来たということさ」

 フレッドはルースに答えると、再びファルスコールに向き合った。

「さて、君はこれからどうするつもりだい?」

 問うフレッドにファルスコールは目を瞑り沈黙した。彼女の透き通る金髪が風に揺れ、ふわりと靡く。そしてゆっくり瞼を開き、風に消え入りそうな、それでいてはっきりとしたことばで言った。

「真実を」

 短く、単純で、理解しやすい言葉だった。

「結局、ブイオもエリザベッタ女王もお姉さんも話さなかったのかい?」

 そのフレッドの言葉はファルスコールではなくブイオに向けられていた。

『……アタシたちには無理だった』

「だが、それを僕たちが話して彼女が信じると思うかい」

『わからない。でも、今はそんなこと関係ないのかもしれない。アタシはあの子の――――――』

 ブイオは誰にも届かない声で呟いた。

「まぁいい。ならば君に真実を話すとするか」

 フレッドは深く溜息を吐き続けた。

「ファルスコール、君はガラシアという星を自分の目で見たことがあるかい?」

 その質問の意味がわからない、と彼女は返した。それは当然だろう。フレッドはできるだけ遠まわしに話すつもりだからだ。

 現在のガラシアは、ルーナ、ソル、スティーレ、この三国が存在し共存している。自国では賄いきれないものを他国が補う。それが今のガラシアにある国のあり方だ。そして、そのあり方にどの国の民も反対はしていない。もちろん全員ではないが、一定以上、少なくとも半数以上は納得している。

「……」

 フレッドの話をファルスコールは黙して聞き続けた。

「今から十六年前、何があったかは知っているね。そう、ドディックジュエリがガラシアから飛散しこの地球へと飛来した。そして、その回収中にエリザベッタ女王、正確には前ルーナ国王だが、彼が裏切りの行為を働き罰せられた。そのとき女王が自らの罰として、本来国へ納めるはずのオーリオ鉱石をソルへと渡した。それが今も続いている」

 フレッドはそこで言葉を止めた。それ以上は言う必要がない、そう感じたからだろう。

 ファルスコールもそれで理解したのだろう。静かに彼女は口を開いた。

「それは、事実なのでしょうね……。私自身、疑問がなかったわけではありません。あなたの言う通り、私はガラシアという星を見たことがなかった。母の口からそれを聞き、姉から、ブイオからそれを聞き、それが全てだと。ですが――――――」

 ファルスコールは鞘に収まったブイオに手をかけ、静かにそれを引き抜いた。

「それが真実であるなら、民は苦しい思いをしていないのですね」

 彼女は小さく、とても小さな声で「よかった」とぽつりと零した。

「マリーノ・S・フレッド、ルース・ド・ソル、たかむらつきみ。私はあなた方の言うことを信じます。ですが、この刃を引くことはできません」

 そして、引き抜いた曲刀の刃を向ける。

「ど、どうして!? 君のしていることは間違っている事だってわかったんだろ。じゃあどうして……」

 刃を向けた彼女に問う。硝子のように澄んだ瞳に。迷いのない瞳を持つ彼女に。

「私は私であり、そして私は私ではない。母の、エリザベッタ女王の剣と盾の騎士である。義であろうと悪であろうと、女王の命であるなら私は剣を抜き振るう」

「それじゃあ君の意思は!?」

「意思ならありますよ。私はそれを間違っていると認識している。私の望みは、その間違いをあなたの正しき剣で斬ることです」

「……そんな!」

 彼女は自身の間違いを正したいと思いながら、それを他人に任せるというのか。自身は、それとは反対の命に従うというのに。

「勘違いしないでくださいよ。どちらともそれは私の意思で、これは両方を成すための選択です」

 ファルスコールは右手に持つ曲刀ブイオを突きつけた。

「さあ、剣を抜いて下さい。――――――私と死合いましょう」

「……っ……」

 最早、何を言っても無意味なのか。彼女の意思が揺るがぬ以上、彼女は剣を引く事はない。

 彼女は彼女であると同時に、女王の騎士であることを選んだ。彼女の望みを叶えたいと思うのならば剣を取るしかない。既に戦棍メイスを構えるフレッドは言う。

 本当にそれしかないのか。本当にそれでいいのか。

 ――――――いや、それでいい。それしかない。剣を取ろう。それが自身の選んだ手段ではなかったか。

「フレッド、彼女と一騎打ちをさせてくれないか?」

 睨み合う二人の前に出て言った。

「……本気かい?」

「ああ」

「……」

 暫くフレッドは黙り込み、そして、構えていた戦棍を下ろしゆっくり後ろへと下がった。

「武運を祈るよ」

「ああ、ありがとう」

 彼女に返すと、フレッドは消えるようにその場から去っていった。

「よろしいのですか? わざわざ勝ち筋を減らすような事をして」

「俺の目的は君に勝つことじゃないからね。今でも戦わずに済むようにしたいと思ってる」

「あなたも懲りない人ですね」

 ファルスコールは呆れたように、だが、少し笑みを浮かべて言った。

「ですが、信念とは曲がらないからこそ信念なのでしょう」

「それは君に認めてもらえた、ってことかな?」

 問うと、彼女は首を横に振り、

「それは私の認めなど必要ないもの。私とあなたの間にあるのは唯一つ」

 刃をこちらへ向けた。

「一つ問答をしましょう。これは国も責務も関係ない、唯一つの自分の意志を問うもの」

 彼女はその澄んだ瞳でこちらの目を見つめる。

「人は生きるために死ぬのか、それとも生きるために生きるのか」

 その問いは同じようで全く違うものだった。一つは命を懸けるもの。一つは命を守るもの。だが、答えは出ている。彼女ルースと同じ理想ゆめを持ったのならば、答えは一つ。

「人は生きたいと願うからこそ生きている。命を懸けても散ればそこで終わりだ。今を生きる姿こそ、真に生きている証」

 ファルスコールは答えを聞くと微笑し、

「実に、あなたらしい意見です」

 と答えた。

「私は死こそ生の証だと考えています。命を懸け散らすその瞬間こそ、その人が生きていたのだと証明できる」

 彼女のそれは武人のような、そう、遥か昔この国でもあった武士もののふの生き様と呼ばれるようなもの。

「やはり、相容れませんか」

「そりゃそうだ。俺は騎士でも武人でもない。ただの中学生としてここにいるんだから」

 それを聞くと、彼女はうっすらと笑みを見せた。それは前に一度だけ見た微笑み。ただ戦いだけを楽しむ彼女の顔だ。

「ならば、その意志を見せてもらいましょう。騎士でもないただの人が描く理想を」

 彼女の構える曲刀が夕焼けを反射うつし、紅に染まる。

「その手段はやっぱり戦いなんだな」

「当然です。ある意味で、私はこの時を一番に心待ちにしていたのですから。その力、見せてもらいますよ。全力で、命を懸けて、死合いましょう」

 互いの刃と刃を交える。

 生を彩る為に、二つの生き方をぶつけ合う。どちらかの敗北がどちらかの生を証明する瞬間。だが、そんなものは糞喰らえだ。命を懸けるつもりなどない。

「あなたはそれで構いません。あなたはあなたの意志を貫いてください。そうでなければ、あなたと死合う意味がない」

 交えた刃に力が込められる。

 瞬間、殺気が放たれ冷たく突き刺さる。

 鋭く、ただ相手を滅するという思いが放つ気。だが、その中に彼女の戦いへの愉しみが込められていた。

「では、尋常に」

「ああ、尋常に」

 これは、互いの意志をぶつけ合う死合い。騎士として命に従う少女に、自身の意志は届くのか。いや、届かせなくては。彼女のためにも――――――

「「勝負!」」


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