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魔法少女代行つきみ ~交差する太陽と月~  作者: てらい
第一章 墜ちた太陽と月
6/74

二人の事情

『やっと帰って来ましたね』

 我が家に着き居間へと抜けると、唐突にそんな声が聞こえてきた。いや、聞こえたというより感じた。この感覚は前に一度だけ経験したことがある。初めて彼女に出会ったとき。脳内に直接話し掛けられるような感覚。脳の中に直接文字が刻まれる感覚だ。

『色々とお話ししたいことがありますので、至急部屋まで来て頂けますか?』

 声の主は、恐らく昨日出会った彼女。

「ああ、わかった」

 俺としても聞きたいことがあったので、ちょうどよかった。

「えっと、俺の部屋でいいのか?」

『それ以外のどこにいると思うのですか?』

「そ、そうだよな。今すぐ行くよ」

 なんとも間抜けな声だ、と自分でも思うほどの返事をした。

 その疑問はある意味当然といえば当然なわけで、今日一日の出来事が昼休みごろからしかないないわけである。当然、彼女たちをどこに置いたかも覚えていないし、そもそも昨日の出来事自体が夢であったのではないかと思うほどである。

『あ、できれば飲み物か何かを持ってきて頂けますか』

「了解、飲み物だな」

 と了解したはいいが、彼女が飲み物を飲むのか? と内心不思議に思いつつ、台所の冷蔵庫に入っていたお茶をコップに入れ部屋へと向かった。


 ガチャリとドアを開けると、そこには首飾りの彼女とイヌもどきが俺の机の上にちょこんと座っていた。なるほど、飲み物はこいつのためか・・・・コップに入れたけど飲めるか?

『来ましたね。では、早速ですけど、マスターの目が覚めましたので・・・・』

「この度は危ないところを助けていただきありがとうございました」

「は、はぁ」

 首飾りの彼女が言い終わる前に、イヌもどきがひょいと頭を下げた。それに答えるようにこちらも軽く会釈する。

 しかし、首飾りもそうだが、人外のものと人間の言葉で会話するというのはものすごく不思議な感じだ。

「私、ソルの国からやって参りました、アレッサンドラプリシエス・S・トゥロノファルコーネと申します」

「あれっさんどら・・・・? も、もう一回」

「アレッサンドラプリシエス・s・トゥロノファルコーネです」

 む、無理だ。覚えられん。あと何十回か聞けば記憶可能だがそれは失礼になるだろう。

「ごめん、なんか愛称とかない?」

「愛称、ですか? そうですね・・・・私の母は私的のとき『アレス』と呼びます。ですので、それで覚えていただいても結構です」

「そ、そうか。悪いな、じゃあ、アレスで。俺は高村月海。よろしく」

 軽く握手しようとしたが、どう見ても「お手」になってしまうのでやめておいた。

『えー、ちょっとよろしいでしょうか』

「ん? どうした」

 コホンと咳払いをして首飾りが間に入った。

『色々順を追って話を進めたいので、マスターは少し黙っていてください』

「はぅ! 開始早々、私の扱いひどくない!?」

『そういう役ですから』

 首飾りは意地の悪い声でアレスへ言葉を投げ、話を続けた。

『申し遅れました。私の名はルース・ド・ソルです。ま、あなたはすでに知っていると思いますけど』

 そういえばあの時、変身時に彼女の名を口にしていた気がする。

『私のことはルースとお呼び下さい』

「ルースね、了解」

 確認するように彼女の名を繰り返し頭の中に記憶する。そして、ぽすん、と自分のベッドに腰掛けた。

『ではまず、私たちがどういう存在なのか、というところから説明します』

 ルースは言い改まり、

『先程マスターもおっしゃいましたが、私達はソルの国からやって参りました』

 と静かに語った。

「いきなり話を折って悪いけど、それって何処にあるんだ? やっぱりどこか遠い星とか?」

『場所ですか? 結構この地球とはご近所さんですよ。五つほどとなりの銀河系ですから』

「・・・・・・へ?」

 あまりのスケールのでかさに思わず思考を停止する。

 銀河系ってあれか、この地球がある太陽系みたいなのが何個も入ってるあれか?

「そ、それって距離的にどれ位なんだ?」

『別に答えるのはかまいませんが・・・・ホントに答えて欲しいですか?』

「い、いや、やっぱり遠慮しておく」

 聞いてしまったらとてつもない数字がでてきそうだったのでやめておいた。

『さて、話を戻します。どうしてそんなところからこの地球にやって来たか、ということですが、その理由はこの石にあります』

 そう言って指差した(指はないけどそんな気がした)のは、昨日怪物が落としていった漆黒に輝く石ころだった。いつの間にか自分の手元から無くなっていたので、どこに行ったのかと心配していたが、なるほど、自分の部屋に置いていたのか。

「大切なものだ、って言ってたな」

『そうです。大切なものです。正確には危険なものですけど』

「おいおい危険なものって・・・」

 危険と大切は随分と違う表現だと思うのだが。

『この石が危険だということも含めて今からご説明します』

 この石、彼女達は「ドディックジュエリ」と呼んでいるが、それはもともと彼女達の星にあったものなのだそうだ。

 彼女達の星ガラシアには、ソル、ルーナ、スティーレ、この三国が存在しており、ドディックジュエリはそれぞれ四つずつ三国に保管されていた。しかし、今から十数年前、それらをひとつに集め、より厳重に監視、保管しようという計画が立ち上がったのだ。

「いきなり色んな国の名前が出てきたな。まぁ、それよりも気になったことがあるんだけど、三つの国に分けて保管してたのは何か理由わけがあったんだろ。だとしたらひとつにあつめる方が危険じゃないのか?」

『……あなたは随分と頭が切れるようですね』

 ルースは感心とため息を同時にだした。

『そうです。危険でした ――――― いいえ、危険かどうかは今でも判断できていません』

 不思議な表現をし、そのまま話を続けるルース。

 ドディックジュエリが危険と言われているのには、ひとつに集めることの他に理由がある。

 ドディックジュエリは保管と同時に研究の材料としても扱われていた。それはドディックジュエリに膨大なエネルギーが蓄積されている可能性があったからである。

「可能性? 確定的じゃないのか」

『はい、だからこそ研究の対象になっていたのです。エネルギーが蓄積されていることは判明していましたが、蓄積量が不明だったのです。ですが近年、といっても数十年前ですが、その蓄積量が天文学的な数値である可能性がある、という報告がありました。これにより、どの国でもドディックジュエリの研究が第一に行われるようになりました。そのエネルギーをうまく使うことができれば他国に差をつけることができる。逆に言えば研究が遅れれば差をつけられてしまう。ですから、皆こぞって研究を進めました。一歩でも遅れを取らないように』

 しかし、ある日事件が起こる。ドディックジュエリの研究員が謎の死を遂げたのだ。

「……謎の……死?」

 その言葉を聞き、少し背筋がひやりとした。

「病気とかそういうのじゃないんだよな」

『ええ、研究員はいたって健康体でした。死に至る要因が全くないほどに。――――― そして事件はそれだけでは終わりませんでした。他の国でも同じ様に、それも何度も起こってしまったのです。原因はもちろん、この石です。いえ、もちろん、と言う表現は正しくありませんでしたね。十中八九と言ったところでしょうか』

 ルースは苦笑し息をついた。

 目の前に置いてある石を見つめる。この石が人を殺した。そう思うと寒気がする。

「だから一つにまとめて保管したのか」

『そうです。厳重に。誰の手にも触れられないように。――――― 場所は三国の国境が交わるところ。そこは誰も寄り付かない場所なので絶好の隔離空間でした』

「三国の国境? 普通そういう場所って人の集まりが多いんじゃないか?」

『普通ならそうでしょうね』

 だが、今のガラシアは普通と呼べる状態ではないそうだ。ソルとルーナの間で戦争が起きているのだとか。今は停戦ということになっているが、国家間は緊張状態にあるという。

「だから余計にその石の研究が行われたのか。でもスティーレはどうなってるんだ? 二つの国が戦争なんかしてたらえらいことになってそうだが」

『実は三国の力関係はスティーレが群を抜いていて、ソルとルーナがその下で争っている、という形なのです。スティーレはやろうと思えばいつでも武力行使で二国の戦争を鎮圧することができました。しかし、スティーレの王はそれをしようとはしませんでした。彼はあくまで平和的な解決を望んでいたのです。話し合いの場も設けて頂きましたし、実際それで停戦という形にもっていくこともできました。正直なところ、スティーレの軍事力の前にはソルとルーナ二つの国の力を合わせても打ち勝つことができないので、実質彼らの言うことはほとんど絶対的なものなのですけどね』

 ルースは最後に皮肉ともとれるような言葉を付け足した。

『話を戻しましょう。保管場所は三国の国境が交わる場所。それは戦争で争いの中心部となり荒廃し、停戦した今では誰一人集まることがなくなった場所』

 それは格好の隠し場所だったはず。停戦となった今ではそこにいるのは軍人のみだ。一般人は近づこうともしない。

『スティーレとはソルとルーナそれぞれ行き来可能ですから、亡命しようと無理に突っ込んでくる人もいません。――――― これによって一時的にドディックジュエリの保管には成功しました』

「一時的ってことはまた何かあったのか」

『はい。保管されていたドディックジュエリが跡形も無く消え去っていたのです』

「跡形も無く・・・・盗まれたとか?」

『いえ、それはあり得ません。その保管場所は三国全ての軍事機関が監視を行っています。アリ一匹侵入することさえ許されません。そんな場所に外部の人間が入り込んだとなれば大問題ですし、仮にそんなことが起こったとしてもその人は存在を抹消されるでしょう』

「ま、抹消・・・」

 随分物騒な言葉をさらりと言うルース。

『ドディックジュエリの存在自体、一般には公表されていませんからね。勿論、この保管計画もです。』

 つまり国家機密というものらしい。

「そんな秘密を俺なんかに話してよかったのか?」

 もしかしたら自身も抹消されるのではないかと、若干の不安がある。

『たぶん大丈夫ですよ。まず星が違いますからね。星間で交流があれば話は別ですけど、ガラシアと地球は全く接点がありませんから』

 それは良かったと、内心胸をなでおろす。

『で、ドディックジュエリが消え去った原因ですが……』

 ルースは少しもったいぶるように言葉を止めた。

「おう」

 そこまで言うのだからよほどの理由があるのだろう、と少しだけ期待する。

『それがわからないのです』

「何だよそれ」

 ちょっとだけ期待していた自分がアホらしい。

『大体の予想はついているのですが、なにぶん本物がないので調査ができずにいたのです。恐らくですけど、ドディックジュエリを全てひとつにまとめた、ということが原因のようです。なぜか? と聞かれるとなんとも答えられませんが、今までそんなことが起こっていなかったのに、保管後急に消え去ったとなればそれが原因と考えることが普通でしょう』

「まぁ、俺もそう考えるよ」

『しかし、問題はそこではないのです。消え去ったあとドディックジュエリの反応は完全に消えました。どこか違う場所に移されたとかそういうのではなく、本当に存在そのものがなくなってしまったのです。そして数週間後、この地球に反応が現れました。それもいきなりにです。それまではわずかの反応もなかったのに、あるとき急に反応が現れた。当然、三国の王たちは早急にドディックジュエリを確保するよう命を下しました。そのとき地球に送り込まれたのはソル、ルーナから一人ずつ。マスターの……アレッサンドラ姫の母、ヴァレンティーナ王妃。ルーナの国からは現女王エリザベッタ。この二人が選ばれました』

「二人だけだったのか?」

 あまりにもの人数の少なさに疑問をもつ。

『まず、この地球ほしとは極力関係を持たないこと。できれば全ての行動において極秘でなければいけませんでした』

「だとしても二人ってのは少なくないか? しかも二人とも王族で、それに今は停戦状態だといっても敵国であることには変わりないんだろ」

 そんな二国が手を組むとは考えにくい。

『これは、また話がとぶので簡潔に説明しますと、その二人は魔力がずば抜けて高かった。そして戦闘における能力も。特にルーナのエリザベッタは100年に一人の逸材といわれるほどでした。先ほどは言い忘れていましたが、二国が停戦状態になってからおよそ50年ほど経過しています。二国間の交流はほとんどないに等しいですけど、スティーレを通しての交流は良好です。徐々にですが和解を求める声も国民の中から出てきています』

「だからその二人が選ばれたのか」

 ことの重要性はともかくとして、王族二人が任に着くということは、二国間におけるある種の友好の証だったのだろう。

「でもスティーレからは誰も選ばれなかったのか?」

『・・・説明がメンドイので簡単に言いますよ』

 ルースはやる気なさそうに答えた。

 一応重要な場面だから頑張ってくれ。

『スティーレは機械の国、ソルとルーナは魔法の国、ということです』

 簡単にいいすぎじゃないか。

「えっと、つまりスティーレには魔法を使える人が少ないとかそういうことか?」

『そんな感じです。そのことについてはいずれお話しましょう。――――― そしてドディックジュエリ探索の結果、十一個は見つけることができました』

「最後の一個は?」

『未だに発見できずにいます。いえ、それ以外の全てが今は未発見状態です。あ、一個は昨日見つけたのでしたね。そう、ドディックジュエリは一度回収に成功しかけたのです。しかしその直前にまた飛散したのです』

「全部集まっていないのにか?」

 この石、ドディックジュエリは、全て集められたから保管場所から消え去りこの地球にやってきた。しかし、それが全て集まる前にまたどこかへと飛び去った。

 それはつまりどういうこと?

『その辺りの話は私からお話することはできないので・・・・』

 ルースは今までにない、悲壮感を漂わせる声でつぶやいた。

「そっか・・・・」

 これ以上はこの話には触れてはいけないと感じ、話を進めた。

「それからどうしたんだ?また一からやり直しとか」

『いえ、二人とも一時帰還しました』

「どうしてなんだ。すぐに探した方がいいんじゃないのか?」

『実はまたドディックジュエリの反応が消えてしまったのです。これはなんと説明したらよいのか、この地球ほしにあるのはわかるのに正確な場所がわからない、という状況だったのです。どうすることもできないので二人には帰還命令が出されました。その後この十数年間反応は現れませんでした。そしていまになって、その反応がこの地球、この町から現れたのです』

「なるほど、それでこの町にやってきたわけか」

『はい、そういうことです』

 …………………………






 カチカチと時計の秒針が無音の部屋をつつむ。

 ルースが最後まで話し終わり、しばらく沈黙が続いた。

 気の遠くなるような話だった。およそ普通の人たちにとっては信じることができない内容ばかりだ。実際、俺だって信じることができない。魔法がどうたら違う星がどうたら、なんて信じるほうがおかしい。しかし、今はこの彼女の話を信じる他ない。でなければ、昨日起こった出来事が説明できない。

『ここまで話をしましたが、信じてはもらえたでしょうか? 今、私が話したことは、あなたにとって夢のような話のはずです。それこそ、虚言と言われてもおかしくはありません。ですが、これは紛れも無い事実。もしも、あなたに信じてもらえないのなら我々はここから出て行きます』

 沈黙を破ったルースは、また突拍子も無いことを言い出した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はまだ何も言っていないぞ。それに信じないとも言っていない。たとえ、お前の言ったことが非常識なことでも、俺はお前のことを信じるぞ」

『なぜですか? あなたが私を信じる理由がどこにあるのですか?』

「おいおい、お前は俺に、信じてほしいのか信じてほしくないのかどっちなんだよ?」

 先程と言っていることが真逆の彼女に、苦笑しながら言った。

『・・・・どちらでしょうね。私自身でもそれは分かりません。しかし、あなたが信じるというのなら、私はあなたにできる限りの助力をさせていただきます。反対に信じないというのなら、このことは忘れていただきます。そして、二度と目の前に現れることはありません』

「ったく、だから信じるって言ってるだろ」

『・・・・・・』

 ルースは納得がいかないと黙り込んだ。

「理由がほしいなら教えてやるよ。確かに、俺はお前の言っていることは到底信じられない。でもさ、信じなきゃ何も始まらないだろ。はじめから嘘だ、って決め付けてちゃ、分かるものも分からなくなっちまうだろ。だから、お前のこと信じるよ」

『信じた挙句、それが嘘だとしたら?』

「それはその時だ。俺の厨二全開物語がそこで終わるだけだよ」

 ちょっぴりそれは寂しいと思いながら、はは、と軽く笑い飛ばした。

「それでは、私たちに協力していただける、そういうことですね」

 黙り込んだルースの変わりにアレスが聞いた。

「ああ、そうだよ」

「あ、ありがとうございます。――――今の私ではあの異型のものと戦う力はありません。あなたには魔法の素質がある、とルースに聞かされていましたので、ご協力いただけてとてもありがたいです」

 アレスは深々とその頭を下げた。しかし、それを制するようにルースが声を出した。

『本当に、よろしいのですか? 私たちに協力するということは、この石を集めるということ。それがどういう意味だかわかりますか。一歩間違えれば、いいえ、間違えなくても死ぬかもしれないのですよ』

「・・・・・・」


 死


 確かにそれは恐ろしい。今まで意識したことすらなかったことだが、死が恐ろしいなんてことは当たり前の感情だ。

『よく考えてください。いま私がした話が例え真実だとしても、これはすべてあなたとは無関係なこと。その無関係なことに首を突っ込んであなたが傷つくことはありません』

 いままでと同じような淡々とした言葉だった。

 もっと無愛想なやつかと思っていたがそうでもないらしい。

「なんだ、心配してくれるのか?」

 ちょっとだけ茶化すように言ってみた。

『ええ、もちろんです』

 そして返ってきた言葉が意外なものだった。

『私は人を守るために造られた存在。たとえ星が違っても人であるあなたを危険にさらすわけにはいきません』

 造られた存在。

 ここまで普通に話していたが、彼女は機械なのだ。どういった経緯で、どのように造られたかはわからないが、機械である以上造られた目的がいまの彼女の行動なのだ。彼女はどう感じているかわからないが、それは彼女の意思ではないかもしれない。そもそも意思自体が造られたものである以上、そんな考えすら及ばないだろう。

「お前ってけっこう生きづらいんだな」

『・・・・申し訳ありません。なぜそんな言葉がいま出てきたのか理解できないのですが』

「あー悪い、協力する、しないの話だったな」

 あわてて話をもどす。

「お前がどんなに心配してくれても、俺は協力するぜ」

『なぜですか』

 ルースは静かに聞いた。

「この、ドディックジュエリってやつは人を殺しちまうモンなんだろ? それがこの町にあるっていうなら、やらないわけにはいかないだろ。

それに、お前たちだけじゃどうしようもないんだろ。だったら代わりにやってやるよ。困ってる人がいたら助ける。そうだろ?

―――――確かに死ぬとか言われたら怖いけどさ、でも、今それができるのは俺だけなんだったらやってやるさ。俺にも守りたい人ってのが一応いるからな」

 ふと、さっきまで一緒にいた少女の顔を思い出した。

『甘いですね』

「・・・・え?」

『その考えは甘いと言ったのです。

 ―――――困っている人がいたら助ける。それは人道的に当たり前です。しかし、あなたがこれから足を踏み入れようとしている世界は、それが通用しません』

「・・・・・・」

『別にあなたの考えを否定しているわけではありません。むしろ、それは評価すべき点です。しかし、その考えは死を招く。そういう世界なのです』

 そんなことは分かりきったことである。俺と彼女たちとでは住む世界が違いすぎる。それでも、何もしないまま終わりたくない。誰かの力になれるのなら、それが自分にしかできないのなら、彼女が何と言おうと・・・・

「それでも、それでも・・・・! 俺はお前たちに協力する。例え、お前がやめろと言っても、絶対にお前たちの助けになってやる」

『・・・・そうですか。では、一つだけ忠告をしておきます。もしあなたの身に何かが起こったとしても私たちは一切責任を負いません。それでもよろしいですか?』

 ふぅ、とため息をついたルースは、覚悟しろと言わんばかりの威圧的な声で問い質した。

「ああ」

 そして、短く、はっきりと答えた。

『・・・・わかりました。ご協力感謝します』

 明らかに感謝しているような声ではない、事務的な言葉で、彼女は話を区切った。





「ところで、話は変わるんだけど、お前らこれからどうするんだ?」

『どうする、とは?』

 あまりにも抽象的過ぎる投げかけを、冷静に返すルース。相変わらずの彼女の声だが、心なしか無愛想に答える。

「あー、いや、ほら、泊まる所とかないだろ?」

 彼女たち二人は別の世界のヒトたちであるわけだから、当然、衣食住が存在しないわけである。

『・・・・』

 って、なんでそこで黙るんだ。

『あなたはボケているのですか?』

「は?」

 そして一言。予想外の返答に困惑する。

『それは、すでに昨日の時点で話し合ったではありませんか。食事の面と寝室の提供。この二つをあなたが提案したのですよ』

 食事と寝室? 確かに二人に行く当てが無いのであれば、それくらいはしようと思った。しかし、ルース曰く、すでにその話は済んでいるらしい。

「いや、でも俺は昨日すぐ寝ちまって、話すらしていないと思うのだが」

『・・・・? いえ、確かに了承を頂きました。あなたがすぐに寝てしまったのは事実ですが、その数時間後に起きて私と話をしましたよ』

 ということらしい。

 さらに訳が分からなくなってきた。俺は昨日、ベッド中へ入り込んだ後は一度も起きていないと思うのだが。まぁ、記憶が無い以上、昨日の自分が何をしていたなんて分かるはずもないのである。

『・・・・ふむ。どうやら、あなたと私の間に記憶のすれ違いがあるようですね。』

「記憶のすれ違い?」

『ええ、例えばそうですね・・・・これはどうでしょう。あなたが昨晩の夕食に食べたものは何ですか?』

「え、なんだよいきなり」

 ずばり答えは「何も食べていない」なのだが、それが一体どうしたと言うのだろうか。

『もうひとつ。今朝は何時に起床しましたか?』

 それについてはお答えできません、としか言いようが無い。記憶が無いのだから。

『記憶のすれ違いとは、平行世界との記憶干渉することを言います』

 平行世界。現実とは違うもうひとつの世界。それは無限に存在し、限りなく現実に近く、限りなく現実から遠い。

『簡単に説明すると、あなたが今から行う行動の可能性の種類だけ、未来が存在する。その未来のひとつは現実からの未来であり、それ以外はパラレルワールド。原初から伸びる無数の枝、といったところですかね。よく、if世界とも呼ばれますね。もしも、あの時こうしてれば・・・・と言うものです』

 記憶のすれ違いとは、平行世界に存在する全く同じで全く違う自分自身の記憶が、何らかの影響で現実世界の自身と干渉することである。デジャヴなんかもこれの一種である。

『その影響がどんなものなのかは分かりませんが、身体に悪影響があるわけではないのでご安心ください』

「はぁ」

 まるで、SF世界のような解説に、頭が付いていかなくなる。

『と、さもありなん、みたいな感じで説明しましたが、実際に平行世界が存在するのかどうかは分かっていません。存在することが可能な状況がある、というだけで「実在の世界」であるという確証はありません』

「つまり、仮定だけが存在して、確かめることはできない、ってことだな」

『ええ、まぁ、そうですね』

 ルースはなんとも煮え切らない返事を返した。

『その表現には少々語弊があります。確かめることができないのでは無く、確かめてはいけない。これが正しい表現です』

「確かめてはいけない?」

『そうです。われわれの星、いえ、魔法、またはそれに類似する能力を持った世界、もしくはそれ以上の高度な文明が存在する世界。それらでは禁忌として定めているものが幾つかあります』

 ひとつは死者蘇生。これは道徳的にも反している。死んだ人間を生き返らせることは奇跡であり、それを行って良いのは神のみ。人間が触れていいものではない。もっとも神なんてものが存在するかは定かではありませんが。と、ルースは最後に付け加えた。

 ひとつは時空間、異空間転移。空間を越えるだけならば問題ではないが、それが時を超え、異世界へも干渉するとなると話は別である。時空間、異空間を転移するということは、すなわち歴史を変えるということ。その場所には存在しないモノが現れただけで平行世界の枝が増えるわけである。一つの世界が増えることにどれほどのエネルギーが使われるのか。そんなものは計り知れないが、現在に存在している無数の世界が均衡を保っているのだとすれば、世界が増えるということは大きくバランス崩すことになる。それは、想像することさえできない。

『と、まぁ、平行世界云々、禁忌云々はここまでにしておきましょう。それよりも・・・・』

 ルースは一呼吸付いて

『あなたのそれは、記憶のすれ違いとは少し違うようですね』

 と、また何かよく分からない説明が始まりそうな、そんな言葉で話し始めた。

『記憶が無いというのは、具体的にいつからいつまででしょうか?』

「えーっと、昨日寝てから昼休みまでだから、昨日の18時くらいから、今日の12時くらいまでかな」

『ということは、およそ18時間。睡眠の時間を外して半日ですか』

 と言ってルースは黙り込んでしまった。そして数十分。長い沈黙が続いた。

「ねぇ、つきクン、この指輪綺麗だね。彼女からのプレゼントとか?」

 この沈黙に痺れを切らしたのか、アレスは机の隅に置いてあった指輪を興味津々に見つめていた。それは、綺麗に箱詰めされていて、全く埃が被っていなかった。

 急に話し方が変わったのと、「つきクン」というあだ名をつけられ少し戸惑う。

「ああ、それか。違うよ。それは俺が生まれたときに、親が記念に買ってくれたものだよ」

 その指輪には半球形にカットされた宝石が装飾されていた。乳白色の白い一筋の光が浮かび上がり、雲の間からのぞく月光を連想させる。ムーンストーン。たしか、健康、長寿の象徴だったか。

「ふぅ~ん」

 そして、なぜか不満そうにしているアレス。

「なんだよ」

「むぅん、だってこんなに大事にしてあるから・・・・もっと面白そうな話が聞けると思ったのに」

 それはつまり、俺に恋愛話をしてほしいってことか?

「生憎だが、そんな色恋沙汰は全くもって無いからな。へんな期待はしないことだ」

「えー、つまんなぁい」

 そんなこと言われても、無いものは無いので困る。

『・・・・はぁ』

 不意にため息をつくルース。

『まったく、悪い癖ですよ。身内にならともかく、外でそのような言葉使いで話されては困ります。仮にも王族であるのなら、その自覚を持ってください』

「はぁーい」

 と、アレスは生返事で返した。

「まぁまぁ、で、なにか分かったことでもあるのか?」

『そうですね、何も分からない、ということが分かりました』 

あぁ、そうですか。

「じゃあ、何を考えていたんだ?」

『いえ、現段階ではお話しすることはできません。不確定な要素が多すぎます。

―――――そうですね、今は本来の目的に専念しましょうか』

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