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遠い星

 舞の誕生会の後、皆と別れ帰宅し部屋でくつろいでいた時の事だった。窓ガラスを叩く音がしたので何事かと思いそちらを向くと、そこには見知らぬ赤髪の少女が立っていた。いや、知らないわけではないが、その姿を見たのは二回目で、初めて会った時とは服装も違ったのだ。そのため、一瞬その少女が誰なのかわからず、身構えてしまった。だが、そんなことは気にも留めずに、少女は笑顔で窓越しに立っていた。

「な、何やってるんだ?」

 驚きと戸惑いが混じった声で少女に問いかけた。しかし、窓越しだったので少女にはよく聞こえなかったようである。

 少し首を傾げる少女をそのまま窓の外に、しかも二階の屋根の上に放置するのもあれなので、部屋の中に入ってもらうことにした。

「よいしょっと」

 いつもと勝手が違うせいか、部屋の中に入ってくるのに少し手間取っていた。

 そして、中に入ってくると定位置である机の上に座ろうとしたが、今の自分の身体ではそこに座ることができないことに気付き、横にあった椅子にちょこんと座った。

「えっと、なんでアレスが?」

 再び質問をしなおした。

 あの森で別れた後から家に帰ってくるまでフレッドを見かけなかったので、てっきり彼女が帰ってきたのだと思った。しかし、そこに居たのは人間の姿をしたアレスで、どうして彼女がここに来たのか気になったのだ。

「フレッドちゃんは調べ物してるから、その間は私がつきクンの護衛に回ることになったんだ」

「調べ物……」

 恐らくファルスコールたちに関してのことだろう。どこでどうやって調べるのかは、例によって教えてくれないだろうから聞かないことにした。

 しかし、未だに目の前にいる少女がアレスだとは思い難い。あのイヌもどきがどうしたらこんな可愛らしい少女になるというのだろうか。だが、彼女の仕草を見ていると、どことなく同一人物なのだとわかる。例えば、今もしているように、鉛筆削りの取っ手部分をくるくると回す仕草は彼女の癖だ。

「ん、どうしたの?」

 アレスは俺が見ていることに気付いたようである。

「いや、なんか変な感じだなあ、って思っただけだよ」

 そこにいるのは確かにアレスなのに、その子は可愛らしい少女で俺の知っているアレスとは違う。本来はこちらの姿が本物であるのは分かっているが、ずっと一緒にいたあのイヌもどきの方に慣れ親しんだせいでどうも違和感がしてしまう。

「そういえばアレスって普段は髪を下ろしてるんだな」

 以前、というかつい先程だが、その時に会った時は彼女は髪の毛を二つに結っていた。所謂ツインテールである。それが今は髪の毛を肩に届くほどに下ろしていた。

「うん、そうだよ。髪の毛を縛るのは変身した時だけだからね」

 たしか、初めて俺が変身した時も、強制的に髪の毛を縛られた記憶がある。それが変身時のデフォルトとして設定してあるのだろう。髪型の違いも違和感の一つだろうか。

 それと、服装の違いも気になる。変身時の防護服はいつも自分が着ているものとほぼ同じである。それを元に自分で考えたので当然といえば当然であるだが。しかし、今の彼女は普通の服装だ。普段着というやつである。

「って、それ、あれじゃん。デパートの安売りで売ってたやつ」

 いつだったか駅前デパートに行った時、今彼女が着ているものと同じものが洋服店で安売りされていたのを見た覚えがあったのだ。それを買ったのだろうか? と思い聞いてみると、案の定予想は的中していた。

「地球に来る時に何も持ってこなかったから、普通の服は一着しか持ってきてなかったんだよ」

「なるほど、それでデパートの安売りを見て買ったと」

 地球人でない彼女らが日本の通貨をそんなに持っているはずがない。フレッドのようにバイトをする以外に集める方法はないだろう。というか、それ以外に金を得る手段はあるのだろうか。そもそも、何の関係も持たない星の通貨を持っていること自体がおかしなことだろう。もしかしたら、この服もフレッドのお金で買ったものかもしれない。

「でも、服くらいならガラシアから持ってこれたんじゃないのか? あの場所広そうだったし」

「最初はお母さんに持ってきてもらうつもりだったんだよぉ。でも、何故か私の服だけ忘れてきてさ」

 このまま同じ格好で過ごす覚悟をしていたところを、フレッドに助けてもらったらしい。

「まぁでも、おかげで地球の服が見れたし、よかったと言えばよかったかな?」

 と、やけに前向きな彼女であった。

「どう、似合ってるかな?」

 するとアレスは立ち上がり、その服を見せるようにモデルさながらくるりと回転して言った。

「ああ、似合ってると思うぞ」

 厚手のパーカーは季節感が少しずれているがそれは致し方ない。下には無地のTシャツを着ていたが、これも金銭的な問題だろう。同じ洋服店にかなり安い値で置いてあるのを確認したことがある。スカートはパーカーとセットになって売っていたもので、上下で淡い緑色をしていた。

「見事に着こなしてるな。こっちの服なんて着るの初めてだろ?」

「うん、でも服の構造なんて同じ人である限り、そう変わるものでもないと思うけど」

 確かにその通りだ。服の構造なんてものはどこへ行こうが大体同じである。寒い地域なら厚くなり、暑い地域なら薄くなる。その程度のものだ。後は地域ごとのファッションというもので、価値観の違いから起こるものである。

「地球の服って可愛いのがいっぱいあるよね。見てるだけでも楽しかったよ」

 と、アレスは笑顔で答える。よほど地球の服、というか日本の服は珍しかったのだろう。服を見て楽しむという行為は星が違ってもあるものなのだなぁ、と思った。俺にはいまいちわからないことだが。

「じゃあさ、ガラシアはどんな服があるんだ?」

 少し想像してみようと試みたが、今までに見た彼女たちの服装は防護服だけなのでよく分からなかった。

「ん~そうだねぇ。ソルの気候はこの国に比べて涼しいから、セーターとかこのパーカーみたいな冬物が流行ってるよ」

「へぇ、そうなんだ。冬物ねぇ」

 アレスは冬物と言ったが、今彼女の着ているパーカーはどちらかといえば春物である。この国に比べて涼しいというのは、今の日本と比べてということだろう。

 ガラシアの気候は年中涼しいのだろうか。それとも、やはり場所によって変わったりするのだろうか。と、アレスに聞いてみることにした。

「ソルは年中通して割と涼しいよ。スティーレはもっと涼しいというか寒いね。基本的に雪ばっかり降ってるイメージがあるかも。で、ルーナはここと同じくらいの気温かな? ある季節だけスティーレ並に寒くなるときがあるけどね」

 といことらしい。ならば、年中暑い地域はないのだろうか? 続けてアレスに聞いてみた。

「あるにはあるけど、そこには海しかなくて人は住んでないんだ」

 そこから雲と熱気が風に流されてルーナへと辿り着く。しかし、手前に大きな山脈があり、雨雲は殆どそこで消えてしまうそうだ。それがルーナの作物が育ちにくい要因の一つだとか。

「じゃあさ、もう一つ聞きたいんだけど、ガラシアの季節って地球と同じみたいに春夏秋冬があるのか?」

 冬という言葉が認識できたということは、それに該当する季節があるということだ。そう思い聞いてみると、

「うん、あるよ」

 と返ってきた。

 ここで初めて知ったのだが、ガラシアの公転周期は地球と一日違いらしい。四季の移り変わりも、地球の各地とほとんど同じであるとか。

 恒星の周りをくるくる回り、さらに地球と同じように衛星もあるそうだ。太陽と月にその名称が該当するのだから、想像できなかったことではない。

「……今更だけど、ガラシアについては何にも知らないよなぁ」

 彼女たちに出会って話したことといえば戦争の話くらいだ。彼女たちの一般的な生活、知識。そういうのも、もっと知っておくべきなのではないのか。いや、むしろ知りたいと思っている。

 進化の過程で魔法を生活に取り入れた彼女たち。その生活がどんなものなのか想像すらできない。いったいどの様に毎日を過ごし、その魔法をどの様に日常で使っているのか。非常に気になるものがある。

「今度ガラシアに来る? みたいに気軽に言えないからね。地球の人がガラシアに来たら大変なことになっちゃうと思うし」

「ま、そうだよな」

 銀河をいくつも隔てた先にある魔法の星。

 ちょっと行ってみたい気もするが、到底無理な話だろう。

「――――――もし……」

「ん?」

「もし、全部が終わったらさ、ガラシアに遊びに来てよ」

 今さっき、本人が無理だろうという話しをしていたのに、いったい急にどうしたというのだろうか。

「移動方法は私が手配するから大丈夫。地球人って事は黙っておけば平気だと思うし何とかなるよ」

「何とかって……」

 冗談にしては真剣で、でも現実味のない話。いや、現実味がないというよりは実感がないと言った方が良いか。現実に存在するはずなのに、おとぎ話でも聞いているかのような感覚。未だにそんな感情が残っている。

 今ここにいる彼女は本当はただの地球人で、全て作り話だとしたら。それならばどんなに良かったか。争いも全部嘘で、最初からおとぎ話を聞いていただけ。本当にそうあってほしいと一瞬思ってしまった。

 でも、それは事実で、すべて現実に起こっていること。何とかしなければいけない。

「――――――」

「つきクン……?」

 急に言葉を止めた俺を、アレスは覗き込むようにした。そんな彼女に俺は答えた。

「そうだな。行くよ、ガラシアに。君たちの星に」

 と――――――。

 全てを終わらせ、平和になっているであろうその星へ。

 行きたい、いや、行かなければならない。

 理想が実現したはずの世界を見るために。

「うん!」

 アレスは大きく頷き返した。その彼女の顔には満面の笑みがあり、絶対にそれは失われてはいけないものだと思った。

「じゃあね、つきクンには是非行ってほしい所があるんだよ。ルーナとの国境付近にあるんだけどね――――――」

 その後もアレスはガラシアの事をたくさん話してくれた。やはり、まだおとぎ話を聞いている感覚は抜けなかったが、本当にそんな場所が存在しているのだと思うと逆に心が躍った。

 絶対に行こう、その場所へ。彼女と、彼女たちと共に。


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