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対峙する少女たち

「でも、どこに行ったんだ?」

 先程フレッドと別れたところまで戻ってきたのだが、彼女がどこへ向かったのか全くわからなかった。

「空間転移、か」

 空間転移。文字通り空間を転移する魔法。

 空間を歪曲させ出発点と到達点を結びつけそこに穴を開けて通る、という魔法らしい。そんな魔法を使われてしまっては、どこへ向かったのかなんてわかるはずもない。

「いや、待てよ」

 たしかフレッドは何かに気付いた時一つの点を見つめていたはずだ。

 早速その場所がどこだったかを思い出してみる。

「――――――」

 彼女の向いていた方角は舞の家の方に向かっていたから、恐らくその方角にいるはずだ。その延長線は町の方角とは反対の山のほうに向かっている。だが、それだけではどこにいるかわからない。

 山に向かって飛んでいけば見つかるだろうか? いや、それは難しいだろう。彼女が空中にいるのなら見つかるだろうが、地にいるのなら探すのは難しい。やはり、もっと場所を絞らなければならない。彼女が見つめた一点。そこを見つけなければ。

「だー、思い出せない。こうなったらしらみつぶしにでも……」

「それはやめておいた方がいいと思うけどね」

 と、背後から彼女の声がした。

 思わず身体をびくつかせる。そして振り返るとそこにはフレッドが立っていた。

「な! お前、行ったんじゃなかったのか? いや、それとも帰ってきたとか……?」

「行く? 行くとはどこへにだい。僕は僕の仕事をしていただけだ」

 彼女は意味ありげに言った。

「さて、君はこれからある場所へと向かう。僕はその護衛をしなければいけない」

 と言うと、彼女は手を差し出した。

「さぁ、連れて行って貰おうか」

「……」

 何がなんだかさっぱりわからず絶句してしまう。しかし、彼女はそれを気にも留めずに俺の手を掴んだ。

「その場所へは飛んでいった方が早いと思うんだが、どうかな?」

 言うが早いか、彼女は俺の手を引き空へと連れてかれた。

 連れて行ってもらう、と言いながら手を引く彼女は、全く立場が逆である。だが、思考が停止した今、そんなことはどうでもよくなっていた。

「ど、どこに行くんだ?」

 やっと出てきた言葉。

「それは君の言う言葉ではない」

「……?」

 また、わけがわからなくなった。

「後で説明するから今は気にしないでくれ」

「あ、ああ」

 何かあるのだろうと理解はできるが、意図が見えない。ひとまずフレッドの言う通りにすることにした。

 ―――――そして数分後。

 フレッドに手を掴まれたまま山の頂上へと向かっていた。風の音が耳を劈き、景色が伸びるように流れていく。相当な速さで飛んでいるのだろう。だが、前に一度ファルスコールに連れられた時と比べると、幾分かマシである。

 すると、急に身体が落ちるような感覚が襲った。いや、事実落ちていた。フレッドが高度を下げ始めたのだ。てっきり山頂を目指しているものだと思っていたが、どうやら違うようである。

 徐々に高度を下げていき、速度もゆっくりになっていく。やがて下の景色もはっきりと見えてきた。

「ここって……」

 今まさに降り立とうとしている場所。そこは双子山のふもと。ちょうど二つの山が重なる場所で、そこには何故か鳥居が建っている。何故そこに鳥居があるのか、地元の人間も知らない。その先に何かがあるわけでもない。ただ、まことしやかな噂が学生を中心に流れている。この鳥居はあの世とこの世を繋ぐ門だと。

 ああ、少し待ってほしい。確かに、あの世とこの世を繋ぐ、なんていうことも言われることがある。しかし、簡単に説明すると鳥居とは人間界と神域を区画するものである。神域とは神を祀る土地。もちろんあの世ではない。つまり、普通に考えるのならば、その鳥居の奥があの世だという発想にはそうそう至らない。まぁ、死人を神として崇めたりもするから、神の領域イコールあの世というのも間違ってはいない気もする。

 だが、何の意味もなく鳥居が建っているとは思えない。少なくとも、先人は何かと何かを区画するために造った、と考えるのが普通である。しかし、今を生きる人々がそれが何かを知らない今、様々な憶測が勝手に飛び交い、いいように話の種になっている。

 その話が信じられているのか、はたまた別の噂があるのか、それとも風習なのか、ともかくこの場所には誰も近付こうとしない。話は耳にするのに、自分自身もここを訪れるのは初めてである。それまでは遠目で何度か見たことがあるだけだった。

「――――――」

 地に降り立つと、目の前にある灰色の鳥居を見上げた。高さはおよそ二メートル強、幅も人が三人は通れるほどあるが、神社の入り口にある物と比べてはいささか小さめである。ところどころに赤くくすんだところがあり、昔は鮮やかな朱色だったであろう名残が残っている。

 鳥居の向こう側には道らしい道もなく、鬱蒼と生い茂った木々が並んでいるだけだ。だが、この先には道がないはずなのに、奥へと進んでいけるような気がする。その木々が、まるで山の中へと迎え入れようとしている。そんな感じがするのだ。

「ここにいるのか?」

 いる、と尋ねたのは、ドディックジュエリだけではなくアレス達もいる可能性があるからだ。しかし、フレッドは答えてはくれず、代わりにこう言った。

「少し様子を見よう」

 何の様子を見るのかわからない俺は、その鳥居の向こう側に視線をやり、意味もなく彷徨わせた。だが何も見えない。耳を澄ませても何かが聞こえてくるわけではない。フレッドには見えている、あるいは聞こえているのだろうか。もしくは魔力で先の情報を探っているのか。いずれにせよ、俺には何をしているのかわからず、ただ目の前を眺めるしかなかった。

 暫くすると、彼女は目だけで合図をして、鳥居の向こう側へと連れられてしまった。手を掴まれている事を忘れていたので、引っ張られて前のめりになり、危うく転びそうになる。

 そしてまた暫くすると、今まで何も見えず何も聞こえなかったにもかかわらず、突如として音がはっきりと聞こえだし、景色も木々が開けていくようだった。

 聞こえてくる音は人の足音。地面に積もった葉が、足で踏み鳴らされる掠れた音。まだそこに誰がいるかはわからない。しかし、張り詰めた空気が漂っていることはわかった。

「……?」

 ある境のような、何かを一歩踏み超えた感じがした。と同時に、その張り詰めた空気の緊張がゆらりと揺れたかと思うと、瞬間、鋭い視線のようなものが身体を貫いていた。殺気とは違うが、とても鋭くて嫌な感じだ。

『何故ですか?』

 まだ姿は見えない。だが、その声を発したのが誰かはわかる。いや、最初からここにいることはわかっていたのだ。驚くことでもない。

「何故とは?」

 姿の見えない彼女に向かってフレッドは返した。恐らく木々の向こう側にいるであろう彼女たちの一人は、尚も鋭い視線を向けている。

「僕は与えられた仕事をこなしているだけだ。高村月海の護衛という仕事をね」

 そして木々を抜け、少し開けた場所に出た。鬱蒼と生い茂る木々の中に妙な広さがある。若干の違和感を覚えるが、今はそんなことどうでもよかった。

 目の前にいる少女たち。会えると思っていなかった彼女たちが、今目の前にいる。僅か一日余りの時間しか経っていないのに、とてもその時間が長く感じられた。

『そうですね、あなたの仕事は高村月海の護衛だけでしたね』

 無感情に話す彼女ルースはいつもの彼女ルースで、目の前にいる俺のことなど気に留めることなく話を続けた。

 アレス(と思われる紅髪の少女)とファルスコールは互いに彼女たちゲレータを手に取り、今にも戦いを始める寸前だったのであろう。地面に落ちたドディックジュエリを中心に刃を向け合い、瞳だけをこちらに向けていた。

『ではツキミさん、あなたに聞きましょう。何故ここにいるのかを』

「……」

 答えられるはずもない。ここにいるのはフレッドに連れられたからだ。しかし、その答えではいけないのだろう。

 彼女の真意はなんだ。あれだけ何もできないと念を押されたにもかかわらず、彼女はここへ連れてきた。ドディックジュエリの暴走は偶然であったろうが、いずれは起きることだった。ならば彼女は意図してこの状況を作ったのか。

 とするならば、彼女は俺に何をさせるつもりだったのか。簡単だ、できないことをさせるつもりだ。もちろん戦うことは出来ない。だが、彼女たちを止めることはできる。それに聞かなければいけない事だってある。

「まずはえっと、二人とも武器を下ろしてくれないかな?」

「断ります」

 間髪いれずにファルスコールが返してきた。

「私も、それには答えられないよ。この子が下ろしてくれるのなら話は別だけど」

 アレス(と思われる少女)も同じように答えた。

 わかっていたことだが、何を言っても二人は引くつもりはないのだろう。

「わ、わかった。じゃあ、そのままで聞いてくれ」

 二人に静止しているように言うと、以外にもそれには素直に答えてくれた。

「えーっとだな、どうしてここに来たのかと言うと、それはルースに聞きたいことがあったからだ」

 ルースは黙したまま俺の言葉を待っていた。

「ファルスコールの言っていた交易の話、本当にどうにもできないのか?」

 オーリオ鉱石の不当な交易。本当ならば最初に彼女に聞いておくべきだった。しかし、それが事実であるかの確認しかせずに、何の解決策もなくファルスコールと話をしようとしていた。そんなものは無理に決まっている。それは話し合いでもなんでもない。

『彼女の言う通りの「元の交易」に戻すことは出来ます。しかし、それをしても本当によいのですか?』

「……?」

 彼女の言葉の意味がわからなかった。

 本当によいのか? それは今のこの状況が正しいことであると言っているように聞こえた。

「どういう意味ですか?」

 ファルスコールが聞き返すもルースはそれに答えなかった。

『オーリオ鉱石の不当な交易。たしかに間違っていません。我々はルーナ国から大量の鉱石を頂いています。それは事実です。そう、誰もが知っている事実。そうですよねブイオ』

『……』

 ルースはファルスコールではなくブイオに尋ねた。しかし、彼女は答えない。

『あなたが知らないはずがない。だと言うのに何故あなた達は戦おうとするのですか』

「待ってください。あなたは、何を言っているのですか?」

 ファルスコールがルースを問いただすようにするが、ルースの態度は変わらない。

『あなた達がここにいる意味はすでにわかっています。ですが、何故こんな事をするのかがわからない。答えてくれませんか、ブイオ』

『……』

 尚もブイオは押し黙ったままである。

『――あ、アタシは……』

 答えようと口を開くも、次の言葉は出てこなかった。

 長い沈黙。

 それを破ったのはフレッドだった。

「答えられないのならそれでいい。僕達は「どうしてなのか」の理由は欲していない。君達の理由がどうあれそれが間違っていることなのなら、僕達はそれに対応するだけだ」

「フレッド……」

 彼女の言うことは間違っていない。しかし、何もわからないまま話が進んでいくことに焦りを感じた。

 ファルスコールも同じようだった。皆の言っている意味がわからない。自らのパートナーであるブイオすら、何かを隠し、それを言うのを躊躇った。

『さて、ツキミさん。あなたの聞きたいことはそれだけですか?』

 たしかに聞きたかったことは聞いたが、新たに疑問が増え、さらに答えらしい答えを得ていない。しかし、今疑問に思っていることを聞こうにも、彼女達は答えてくれないだろう。

 言葉を返せない俺を見てルースは続けた。

『無いようですね。ならばツキミさんにはここから離れていただきましょう』

「ま、待ってくれ。聞きたかったことはそれだけだけど、今から戦いを始めるのならそれは止めるぞ」

 二人の少女が持つ得物が僅かに動いた。刃を光らせる彼女達を間に入って止める。

「つきクン……」

 紅髪の少女は少し困ったような顔をしたが、その刃を引いてくれた。

「君も引いてくれるか?」

 ファルスコールに向き合い、彼女ブイオを下ろすように言う。しかし、ファルスコールは困惑の顔を見せ、端から戦意が無かったようにさえ見えた。

「それはあなた方にお預けします」

 彼女は言うと、その金色に輝く長髪を翻し背を向けた。

「今は引きますが、追ってくるのならそれなりの覚悟をしてください」

 それは警告だった。今彼女が引くのは戦いをやめるためではない。戦うための意味を確かめるためだ。もし俺たちが追えば、容赦なく攻撃を仕掛けてくるだろう。

「ああ、どうやら俺も君も知らないことがあるみたいだ。それを知るまでは戦えない」

 そもそも戦うつもりはない、と最後に付け加えたが、彼女にそれが聞こえていたかはわからない。

 ファルスコールは僅かに顔を覗かせ頷き返すと、いつものように音も無く飛び立って行った。

 再び沈黙。

 木々の葉が風に揺れ音を立てる。それが止むまで誰も言葉を発しなかった。

 そして、ざわつく木々が静まると同時に第一声を発した。

「教えてくれないのか?」

 答えは返ってこないだろうけど、聞かずにいられなかった。だが、返ってきた言葉は意外な言葉だった。

『教えないとは誰も言っていません』

「え?」

 予想していなかった言葉が返ってきて声が裏返ってしまった。

『彼女の言う交易の話の真実をお教えしましょう』

 そうしてルースは話を切り出した。

 オーリオ鉱石の交易。それを不当だと思っていたのはファルスコールだけだと。この交易の起こり、そして理由、全てを聞いた俺は言葉をこぼしていた。

「なんだよそれ」

 みんな知っていたことで、知らないのは彼女だけ。彼女はただそれを事実だと信じ、そのために戦っているのに。

「そんな惨めなことってないだろ」

 だからだろうか。ルースがそれを彼女に知られないようブイオに話したのは。

「それに、もっと早く言ってくれてもよかっただろ」

 ルースがこの事実を話してくれていたら、何かできたかもしれない。彼女とちゃんと話し合うことができたかもしれない。そう思ったが、それは彼女の人生そのものを否定することになってしまうかもしれない。だから俺に話さなかった。

「どうして今それを話したんだ?」

『いずれは話すつもりでした。しかし、こんなにも早くなるとは思いませんでしたが』

 その言葉を聞いて、ルースはフレッドを見ているのがわかった。フレッドはそれに返すように答えた。

「いずれ知られるのなら、早いに越したことはないと思ってね」

『それならば、事前に話して頂いてもよろしいでしょうに』

「それをルースが承諾するとは思えなかったからね。この状況なら話さないわけにはいかないだろうし」

 フレッドはうっすら笑みを浮かべていた。ルースが溜息のようなものを吐いた気がしたが、確かめる前に彼女は言葉を続けた。

『ともかく、この事実を知ったからと言って何が変わるでもありません。ルーナが間違った事をするのなら、私たちはそれを食い止めるだけです』

「あの子のことは?」

 何も変わらないということは、事実を告げずに戦い続けるということだ。それはおかしいだろうと反論したが、やはり彼女に事実を告げるには気が引けてしまう。

『今はなんとも言えません。ありのままを告げてもよいですが、彼女はそれを信じるでしょうか。敵国である私たちの言で、自身の信じた事実が覆ると思いますか?』

 それは無理な話である。彼女の人生を他人が否定したところで、自ら歩んだ道を信じるに決まっている。それに、仮に信じたとして、それならば彼女はどうなるのか。自分の人生が間違ったものだと知ったとき、彼女はどうなってしまうのか。

『突き詰めるなら、これはそんな話では済まないかもしれない』

「どういうことだ?」

『先程も言いましたが、この事柄についてはわからないのですよ。理解し難い行為だと言っても過言ではありません』

 理解し難い行為。意図的に偽りの情報を教え続け、アレスたちに敵意を示すようにした。たしかにそうだ。何故、自身の娘にそんなことをするのか。そこまでしなくては自分の娘が自分についてきてくれないと考えたのか。

 そんな考え方はあるだろうか。それは自身が不当行為をしていると認めるようなものだ。いや、不当行為を行っているのは事実であったか。

 だからなのか? それだからと言ってそんなことをするなんて考えられなかった。

『可能性というものをいくつか模索しましたが、どれも考え難い行為です。考えるだけ無駄でしょう。エリザベッタ自身、もしくはブイオに聞く方が手っ取り早いかと』

「そう、だよな」

 本人に直接聞くのが一番の手段だ。しかし、一人は答えず一人は姿を現さない。聞こうにも聞けない状況だ。

「そういえば、あの子が言ったことが真実でないなら、どうしてエリザベッタはドディックジュエリを集めようとしてるんだろう?」

『……そうですね』

 一瞬口ごもったルースだったが、変わらない口調で続けた。

『それもどうにか調べることができるといいのですが。どちらにしろ、ルーナが間違った行為をするのならば、それを止めなければいけない事実は変わりません』

 彼女たちのやることは変わらない。現状ではそういうことだ。例え理由がわかったとしても、違反をしている時点で裁かれなければいけない。

 結局、何も変わっていない。変わったことといえば俺がその事実を知っただけである。

「んんん~~~」

 唸り声を上げ考えるが、やはり答えは一つ。

「やっぱり俺も……」

『駄目です』

「早いよ! せめて最後まで言わせてっ」

『何も状況が変わっていないということは、あなたが出る幕はまだないということです』

 わかっている。わかっていることだった。しかし、目の前で起きていることに何も出来ないということが、何も出来ない自分が腹立たしい。

「……ってあれ?」

 まだない。彼女は今そういったのか? ということはつまり、どういうことだ。

「それって、いつかは出られるってことだよな」

『まぁ、一応最初からそのつもりでした。本当ならば、このことについて結論を出してからあなたにお話しするつもりでしたから』

 それがフレッドによってこんなにも早く知られることになったと言うことだ。

「ツキミの性格からして、じっとしている方が難しいと思ったんでね。知ってもらった方が彼も冷静でいられるだろう」

 フレッドは、今度は俺に向かって笑みを浮かべ言った。

 俺はそんなにも落ち着きがない人間に見えるのだろうか。

『とにかく、ツキミさんはもう暫くじっとしていてください。この件に関しては、私たちでしか調べることの出来ないことですから』

「ああ、わかった」

 他人の事情。他人の俺が立ち入ることの出来ない領域。戦争に首を突っ込んでいる時点で今更なことだが、これは俺ではどうにも出来ないことだ。

 何かしら説得は出来るかもしれない。だが、調査となると別。何も知らないただの地球人が、異星の国の事情を調べるなんて無理な話だ。

「……」

 三度沈黙。

 語るべきを語ったルースは黙し、聞きたい事を聞いた俺もあまり話すことがない。フレッドはその様子をただ見ているだけだった。

「……」

 別に何かを話す必要があるわけではないが、頭の片隅にあった疑問をふと投げかけた。

「君ってアレス?」

 投げかけたのはもちろん、紅髪の少女に対してだ。

 少女はその問いの意味を理解するのに数秒掛けたが、結局わからなかったようで、手に持つルースにどういう意味なのかを聞いていた。

『ツキミさんは、あなたのその姿を見るのが初めてなのですよ』

「まぁそういうわけだ」

 わからなかったわけではないが、その姿を初めて見るので念のために聞いておいた方が良いと思ったのだ。

「な、なるほど、そういうことか。そういえば、ずっとあの身体イヌもどきだったもんね」

 アレスはこくこくと頷くと、ハッとして目を見開き顔を赤くした。

「ど、どうした?」

「な、ななな何でもないっ!」

 アレスは慌てふためき手をブンブンと横に振った。意味がわからず首をかしげていると、ルースが耳打ちするがの如く小声で頭の中に直接話しかけてきた。

『実はですね、あの姿から変身という過程を経ずに元の姿に戻るとは――――――』

「わああぁぁああ!」

 と、ルースが全てを言い終わる前に、アレスはなんと手にした彼女を遠く空の彼方に放り投げてしまっていた。しかし、ルースは直接頭の中に話しかけているので、そんな事をしても意味はなく、ルースの言葉は全て伝わってきた。

『―――――だかのままで戻ってしまうのです。幸い、戻った時にその場にいたのはあの子の母親、ヴァレンティーナだけでしたので、法に引っかかるようなことはありませんでした』

「でも、なんでそれであんなに慌ててるんだ? 俺が直接見たわけじゃないのに」

『単純な話ですよ。あの姿イヌもどきの時、アレスは服を着ていましたか?』

「……なるほど」

 つまり、アレスは常に生まれた時のままの姿でいたということだ。もっとも、その姿はイヌもどきなので何の問題もないはずである。

 全てを話し終えると、ルースは地上へと戻ってきた。トスと、綺麗に地面に突き刺さる。

「ああ、お帰り」

 結局全てを聞かれてしまったアレスは更に顔を赤く染めた。

「別に見られたわけじゃないんだから、そんなに恥ずかしがらなくても……」

「君のそういうところが、デリカシーがないんだよ」

 傍らで見守るフレッドが呆れ口調で言った。

「君から見れば何の問題もないだろうけど、アレスにとっては丸裸も同然だったのだから、それを察すべきだ」

 と、フレッドは言う。たしかに裸であったことに間違いはないが、その姿が自身の姿でないのであるなら、恥じる必要がどこにあるのか。自分とは別の、人の姿であったのなら羞恥心が生まれるのはわかるが、動物(のようなもの)で裸が当然であると思われるものならば恥はない気がする。

 それとも、動物の姿でも裸でいると本来のその感覚と同じなのだろうか。衣服による隔たりをなくしたあの感覚を感じていたのであるなら、もしかしたら羞恥はあったのかもしれない。

「そうだな、すまん。俺が悪かった」

 アレスに向かって軽く頭を下げる。

「そ、そんな、別に謝るようなことじゃないよぉ」

 彼女は恥ずかしそうに顔を伏せ小声で答えた。

「そ、それよりも、今日は舞ちゃんの誕生日じゃなかったの?」

 あからさまな話題の変えようだったが、彼女の言にそのことを思い出したのも事実だった。

 それほど時間は経っていないはずだが、遅刻した事実は覆らない。念のためポケットからケータイを取り出し時間の確認をする。が、思いのほか時間は流れていたようで、舞の家を離れてから一時間は経過していた。

「これはまずいな。ひとまず誰かと連絡をとろう」

 思い浮かべた三人のうち、一番まともに話が通じる彼女に電話をかけることにした。そして数コールの後、電話口から彼女の疲れた声が聞こえてきた。

「ああ、高村君? お願いだから早く来て」

 その声を聞いた俺は何かあったのかと尋ねた。

「何もないわよ。いたって日常的なやり取りが繰り広げられてるだけ」

 それならば何故そんなにも疲れきっているのか。疑問に思っていると、

「入江さんの日常は、私ではついていくことができない……」

 と彼女は消え入りそうな声で答えた。

 曰く、舞のテンションについていけるのは、普段から一緒にいることの多い佐藤と鈴木だけらしい。しかし、その二人も長時間相手をするのは無理だったようである。しかも、今日はサプライズとして誕生日会を開いたので、更に舞の様子がいつも以上だったらしい。

「あの二人なら大丈夫だと思ったんだけどなぁ」

「はぁ、気付いてないのかどうか知らないけど、入江さんを相手に出来るのは高村君くらいよ。佐藤君も鈴木君もあなたがいたから普通に接することができてたのよ」

 なんだか凄い言われような舞だが、納得できてしまうのが彼女である。

「と、とにかく、すぐにそっちに行くよ」

 最後にそう言うと、電話口からは彼女の声らしきものだけが聞こえてきて、それで電話は切れてしまった。

「……急いだ方が良いかな?」

 事情を説明するまでもなく、アレスたちは早く行くように催促してきた。それに促されるように、俺は舞の家へと向かった。


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