二振りの剣
「魔法を使ったか、だって?」
結城さんが帰った後、ちょうど昼食の時間だったのでついでに昼飯を食べ、それから部屋に戻ってきた。
すると、唐突にフレッドがその質問を投げかけてきた。
「いや、使ってないけど、どうしてそんなこと聞くんだ?」
定位置につくようにベッドの上に座り聞き返すと、こう返ってきた。
なんでも、俺が結城さんと会っている時に、僅かだが魔力の流れが変わったそうだ。それでもしかしたら、と思ったらしいのだが、どうやら違ったようである。
「ふ~ん、でも、調べておいた方がいいんじゃないか?」
「君に言われるまでもなく調べたさ。だが、魔法を使用した痕跡はなかった」
「……?」
痕跡がなかったのなら、なぜわざわざ聞いたのだろうか。
「確かに魔法を使用した痕跡はなかった。しかし、魔力の流れが少しだけ不自然だった」
「不自然?」
「ああ、自然に在る魔力には流れがあるのは知っているだろう? 魔法を使うとその魔力の流れが一時的に変わるんだ。変わるといっても直線的な流れが曲線を描いたりするだけだし、魔法の種類や規模でその大きさは違うのだけどね。でだ、僕が調べたところ、何故か居間の空間だけ浮いたように魔力が漂っていた。流れにさほど変わりはないが、そこだけ切り取られたように他と異なっていた」
「つまり、魔法を使った使ってないに係わらず、おかしなことになっていたってことか」
「そういうことだ。そして、その原因がわからない」
フレッドの言いたいことはわかった。
魔法を使用したと感じたフレッドは早速それを調べた。ところが、魔法を使ったはずの空間が妙なことになっていると気付いた。それは魔法の使用の有無以前の問題であり、原因が不明である。
「もしも、俺が魔法を使っていたら、その不思議な現象も不思議ではなくなってたのか?」
「そうだな、おかしいとは思っただろうが、君が魔法を使用したのなら何も詮索はしなかっただろう」
ということらしい。
ならば、やはりこれは誰かが魔法を使用したということになるのだろうか。自分以外の誰かが。
まず、俺自身は使用していないし、当然母も結城さんも魔法は使えない。
「家の外から窓を越えて中に魔法を使うことってできるのか?」
「それは可能だ。ただし、それをする意味がわからない」
たしかに彼女の言う通りだ。
アレスたちがわざわざ家に来て、何の魔法かもわからないものを使用しそのまま帰る、なんて意味のないことはしないはずだ。そもそも、アレスたちであるならフレッドが知らないはずがない。そして、それはファルスコールにも言えることだ。
「それに、例え誰かが外から魔法を使ったとしても、家の近くに彼女たちがいるなら気付くさ。まぁファルスコールは難しいかもしれないけどね。魔法を使った時点である程度は判別できる」
「う~ん、じゃあフレッドの知らない誰かが、魔法を使ったとか」
「それこそ意味がわからない。だいたい、何のために魔法を使ったのかもわからないんだ。何か影響があるのなら兎も角、用途不明の魔法を外部の誰かが使用して、そして何事もなく去っていく。全く以って意味がわからない」
「だよな」
結局のところ考えてもわからない。何事もなかったのならそれでよし、ということにするしかないのだ。
「ちょっと気になっただけだから、そんなに考える必要もないだろう」
ということで、この話しはお開きになった。
「――――――一つ聞きたいんだが」
と、間を置いて彼女が問いかけた。
「明日は友人の誕生日だとルースから聞いたのだが、準備はしなくていいのかい?」
「準備って言われても、プレゼントは買ったしこれといった準備は特にないと思うけどなぁ」
しかし、何か忘れているかもしれないので思い返してみると、一つ重要なことを忘れているのに気がついた。
「そういえば、ケーキを買わなきゃいけないんだった」
しかし、それは当日でも間に合うし、わざわざ予約する必要も無いと思う。
「まぁ、君がそう言うなら別に構わないけど、普通のケーキとは違うんだろう?」
「とは言っても、名前を書いてもらったりローソクを立てたりするだけで、別段特別なわけでもないけどな」
しかし、フレッドが言うので少しだけ気になってきた。あの店もなかなかに人気だし、やはり予約をした方がいいのだろうか。
「ん~、やっぱり予約しに行こうかな」
「僕はどちらでも構わないが、行くのなら僕もついていくよ」
「ああ、やっぱり?」
護衛しているのだから、外を出歩くのならついてくるのは当然である。
「じゃあ行くか。行くなら早くした方が良いし」
ということで、昼からはフレッドと共に町へ繰り出すことになった。
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「ん~、今日も空が青いなぁ」
我が家を出て空を見上げると、そこには眩いばかりの太陽が青空に浮かんでいた。その景色を見ると、なぜかすごく久しぶりに外に出たような感じがした。
しみじみと眺めていると、
「何を言っているんだか君は」
とフレッドに呆れられた。
しかし、こんなに何も考えずにボーっとするのは久しぶりかもしれない。彼女たちと出会ってからは色々ありすぎた。
「――――――」
いや、何も考えていない、というのは嘘だ。今は何もできないから、そうせざるを得ないだけだ。
結局、頭の中にあるのは彼女たちのことで、こうして空を見上げていても彼女たちの事を考えている。
つまり、何も考えずにボーっとしているというのは間違っているのだが、頭の中にそれがあってもボーっとできるほど、この環境に慣れてしまったということだ。
「空を見るのはいいが、きちんと前を見て歩いてくれ。転んで怪我しても知らないぞ」
フレッドに怒られてしまった。
言う通り、前を向いて歩き出して数分。家を出たときから感じていた違和感の正体に気付いた。
「なるほど、こうやってフレッドと一緒に外を歩くのは初めてだな」
よくよく考えると、彼女との付き合いはまだ一日も経っていない。最初に出会ったあれを共に過ごした、と言ってよいかわからないが、それを含めても一日もない。彼女と一緒に普段の生活を送ること自体が、違和感もとい新鮮味を帯びたものなのだろう。
「僕が隣を歩いているのは不服かい?」
と、何故か少しだけ怒ったような感じで言った。
「いや、そういう意味じゃない。ただ、違和感があるってだけだ」
「うむ……」
彼女は考え込んで
「それは結局、不服ではないのか」
と言った。
「いやだから違うって。フレッドと一緒にいることに不満も無いし、嫌だとも思っていない。それに、俺はフレッドみたいな人は割と好きな方だ」
と言うと、フレッドはまた変な顔をして、
「君はもう少し言葉を選んだ方がいいんじゃないか。特に好きとか嫌いとか、そういった類のことはね」
と言った。
「そんなに気になるか? 俺ははっきり言った方がいいと思うんだけどな」
嫌い、とはっきり言うのはどうかと思うが、好きであるのなら好きというべきだと思う。
「同性に対してならそれでいいかもしれないが、異性に対しては慎重になるべきだ」
と彼女は言うが、女性の方がそういうことははっきり言いそうなものだ。
「ともかく、俺はフレッドと一緒にいて嫌だとは思っていないってことだ」
その言葉に彼女は溜息を吐いた。
「最初からそうやって言ってくれれば何も問題は無いんだ」
「どこが違うんだ?」
「違うだろ」
「……?」
「いや、いい」
と言うと、フレッドはスタスタと先に行ってしまった。
「……女心はわからん」
――――――
「あ、そういえば、フレッドに聞きたい事があったんだけど」
先行く彼女に追いつき、そしてまた暫く歩いている途中で、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「なんだい?」
心なしかどこか不機嫌なような、そんな彼女だったが、構わず続けた。
「カレトヴルッフって知ってるか?」
「カレトヴルッフ?」
フレッドは思い出すように、と言うよりは考えるように頭を捻った。
そして諦めたのか、両手を上げ心当たりがないと言った。
「じゃあさ、エクスカリバーは?」
聞くと、今度はすぐに答えが返ってきた。
「エクスカリバーはルーナのゲレータ、つまりルーナ・ド・ブイオの真名だ」
「なるほど」
一人で考えていると、フレッドがどういうことなのか問い質してきた。
「この間あの子が禁呪を使ったのは知ってるんだろ?」
数日前、学校で起こったドディックジュエリの暴走。そのことだけではなく、この町で起こった出来事はルースからフレッドへと伝わっているはずである。
その中でも最近の出来事。魔力集合体を作り出し、怪物となって襲ってきたあの事件。
その時、ファルスコールは禁呪を使い敵を倒した。しかも、その禁呪は四大のどの属性のものでもなく、ルーナの人間だけが扱える月の力。その禁呪を使用するために叫んだ彼女の言葉が「カレトヴルッフ」だった。
「そうか、ブイオの真名はカレトヴルッフと言うのか」
「……?」
真名と真名、同じ言葉のようで違う呼び方をするこの二つの言葉。いったい何が違うのだろうか。
「君も察しがついてると思うが、ルーナの禁呪は真名を叫ぶことによって発動する。ソルの禁呪も同じだ」
「真名とは違うのか?」
ルースと二回目の契約をしたときに聞いた言葉は、この真名だった。もちろん、この言葉で禁呪を使うことは無理だ。
「真名はその名の通り彼女たちの真の名前。魔力変換機としての、武器としての名前、と言った方がわかりやすいかな。そしてもう一つの真名は、さっきも言ったように禁呪を発動させるために必要な言葉だ。呪文みたいなものだと捉えてくれ」
なるほど、真名が名前で真名が技名ということか。しかし、どうして同じ言葉で違う読みなのだろうか。それをフレッドに問うと彼女はこう答えた。
「君たちの言語に当てはまる言葉が見つからないんだ。二つの真名は二つとも彼女たちの真の名を表す言葉で、どちらも同義であり異議である」
「え、えっと、どういうこと?」
言いたいことがわかるようでわからない。
同じ言葉で違う意味を持っていて、さらに違う言葉で同じ意味である。彼女が言っているのはこういうことだ。
「難しく考える必要はない。一つの言葉と二つの呼び方、そして二つの名前があると理解できているなら何の問題もない」
たしかに彼女の言うように理解はしたが、それでいいのだろうか。少し気になるが、これ以上説明の仕様がないのでは納得するしかない。
「しかし、どういうことだ?」
と、フレッドは顎に指を当て、独り言を呟くように吐いた。
「君が真名を知っているのはファルスコールが禁呪を使ったから、というのはわかる。だが、真名は契約した人間と王族しか知りえないはずだ。そもそも真名を二つとも知っていることなんて、その血を引くもので尚且つ正式に魔力変換機を継承した者にしかありえない」
真名を二つとも知る手段は、ゲレータとの契約によって知ること。そして、禁呪を受け継ぐこと。この二つが可能なのはその血を引く者。ソルとルーナの人間にしかできないことである。
真名に関しては、王家の間に伝わっているので知る手段はあるが、真名に関しては他人が知ることはできない。もし知ったとするなら、その瞬間にこの世から消え去っていることが殆どだからだ。
「つまり、僕たち王族でも真名を二つ知ることは困難なわけだ。君の場合は特殊で、真名を聞いても生きていた。だから真名を知っていた。しかし、君はブイオの契約者ではなくルースの契約者だ」
「だからブイオとの契約でしか知りえない真名を知っているのはおかしいと」
その彼女たちが話してしまえば両方とも知ることは簡単だが、普通は真名を教えるなんてことはしないそうだ。まぁ、真名ならともかく、禁呪の発動起因である真名を教えるなんてことは、普通はしないことくらい容易に想像できる。
「それで、どうして君がブイオの真名を知っていたのか、教えてくれるかな?」
と彼女が聞くのでこう返した。
「そりゃ二つとも同じものを指す言葉だからさ」
「同じものを指す……? ――――どういうことなんだ?」
フレッドは俺の言葉を聞くと、意味がわからない、という風にして聞き返した。
「そのままの意味だよ。カレトヴルッフとエクスカリバーは同じ剣の名前だ」
カレトヴルッフとエクスカリバー。この二つの言葉は遥か異国の伝承にある一振りの剣を指す名前だ。
アーサー王物語。あまりにも有名すぎる伝承。その中に登場する一振りの剣エクスカリバーは、物語は知らなくてもその剣の名は耳にした事がある、ということが多々あるほど有名だ。
そしてカレトヴルッフ。ウェールズの伝承にある剣の名。アーサー王の最も大切な剣として表記されたその名は、まさしくエクスカリバーそのものだ。
同じ剣を指す二つの言葉。この地球上では単なる言語の違いだが、ブイオという魔力変換機にとっては異なる意味を持つ。
「カレトヴルッフって言葉を聞いた時に、もしかしたらエクスカリバーという言葉も知ってるんじゃないかって思ったんだ。もちろん真名ってのは詳しく知らなかったから、そんな意味があるとは思わなかったけど」
しかし、気になるのはそこではない。二つの言葉がこの地球に存在する固有名詞である、ということだ。
ガラシアは地球から銀河をいくつも隔てた先にある星だ。同じような生命として文化を築いた存在とはいえ、地球の人間と全く同じであることはありえない。言語においては、最も違いを感じる事ができるものであろう。
しかし、彼女たちと過ごしているうちに、いくつか気になる事が出てきた。
普段の会話はゲレータによる翻訳機能のおかげで何不自由なく話す事ができている。だが、時折彼女たちの口から出てくる固有名詞は、何を指しているのかわからないことがほとんどである。
それは当然であった。固有名詞は意味を持つものではなく、何かを指す言葉であるからだ。
前にもルースが言っていたように、魚類を指す単語、「魚」や「fish」のようなものがガラシアに存在しても、「鯛」という名前の魚は存在しない。あり得ないだろうが、例え全く同じ形をした魚がガラシアにいたとしても、それを「鯛」と呼ぶ確率は限りなくゼロである。むしろ、全く無いといってもよいだろう。それにもかかわらず、彼女たちが口にする固有名詞はこの地球の言語に似すぎている。
そして今回、ファルスコールから聞いた「カレトヴルッフ」という言葉と、地球に存在するそれと同じ剣の名前である「エクスカリバー」という言葉を、何も知らないフレッドに尋ねたところ、「エクスカリバー」の単語を知っていると答えた。
「俺はカレトヴルッフという単語と同じ剣であると知っているから、エクスカリバーという言葉を知っているんじゃないか、ってフレッドに聞いたんだ。そして、さっきフレッドが言ったように、二つの言葉が同じゲレータの「真名」と「真名」だった」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。少し考えさせてもらってもいいかい?」
と、フレッドは歩みを止め、額に掌を押し当てた。
「たしかに、君の言うように違う星同士で固有名詞が同じ、もしくは似通っている、なんてことはあり得ないことだろう。だが、ゼロではない。もしかしたら、同じ言語を使う種族が存在するかもしれない。まぁ、今そんなことを話すのは馬鹿げているけどね」
自分で自分を貶すように彼女は嘲笑していた。
「君ももう、気付いているんだろう? いや、気付いているから、僕にその問いを投げかけた」
「ああ、そうかもしれない」
全て気付いていたわけではない。真名のことは先ほどのフレッドの話で初めて知った。だが、うすうす感じていたのも事実だ。
ルースとの契約時に聞いた言葉も剣を指す言葉だった。そして、ファルスコールが発した禁呪の言葉も剣を指していた。しかし、二つの言葉には違いがあった。だから感づいたのだろう。ブイオには二つの名前があると。はっきりとした認識ではなく、違和感としてだが。
「これは確率の問題では済ませることのできない事柄だ。地球に存在する一振りの剣の名前と、ガラシアに存在する一つの魔力変換機の名前が一致する。それも一つではなく二つ共が、だ」
「偶然で片付けるにはあまりにもできすぎてるよな」
「ああ、それに一致するのはそれだけではない。ブイオの本来の姿が剣であるということだ。これも、君は気付いてたんじゃないか?」
「気付いてた、っていうか、やっぱりそうなんだ、って感じだな」
ルースとの二度目の契約時、彼女が真名を明かし見せた姿が、あの両刃の剣だった。ということは、それが本来の彼女の姿なのではないのかと思った。そしてそれは姉妹であるブイオにも言えることではないのか。
「剣という点と、二つの一致する固有名詞。何かしらの関係があると見るのが間違いないのだろうが……」
と、フレッドは今日一番の溜息を吐いた。
「まぁ、言いたいことはわかるよ」
ブイオの真名である「カレトヴルッフ」と「エクスカリバー」。この地球に存在する剣の名前。即ち、アーサー王が所持したエクスカリバーと関係があると考えるのが自然だ。だが、いったいどの様な関係があるのか。それを調べる手がかりは皆無に等しい。
かつて彼女たちの先祖が地球にやってきて地球と何らかの接点があった、とかなら納得できるのだが、
「宇宙航行が可能になったのは四百年前からだが、銀河を超える航行が可能になってからは百年ほどしか経っていない。ルースとブイオが造られたのはいまから千年以上前のことだ」
とフレッドは言う。
つまり、例え地球と接点があったとしても、すでにルースもブイオも造られた後であり、二つの真名を持っていたということだ。
更にフレッドは続けた。
「仮に、地球と何らかの関わりがあったとするなら、僕やアレスが知らない、なんてことはないだろう」
王族である彼女たち、そして、フレッドは軍にも所属している。ガラシアの歴史で地球との接触があったとするなら、彼女たちが知っているのは当然だ。
「やっぱり、調べるのは難しそうだな。過去の事を探るにしたって、今ある歴史書、伝承が現状の歴史なわけだし、そこに異星人について語られていないのならそれ以上調べようがないよな」
「そうだな、気になる事柄だが、調べようが無いのなら仕方ない。それに、今やるべきこととは関係の無い話だ」
と言うと、フレッドは再び歩みを始めた。追いかけるように続き、彼女の横に並んだ。
「しかし、その件については、全てが終わった後に調べる必要がありそうだな」
フレッドは先ほどと同じように顎に指を当て一人呟いた。
世界一有名な剣と言っても過言ではない剣、それと同じ名前を持つブイオ。いったいどのような関係があるのか。
そしてもう一つ、ルースの真名についても、恐らくこの件と関係しているだろう。
二振りの剣はどの様にして生まれたのか。彼女たち自身ならばそれを知っているだろうか。しかし、それを問おうにも、今の自分では見えることすら叶わない。