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憂鬱な千草凪

 自室のベッドの上で寝転がる千草凪は、携帯電話を片手にメールの文章を打ち込んでいた。ボタン一つ一つを押すその指に力が入り、本来鳴る筈のない音がみしみしと携帯電話から聞こえてくる。

「……」

 そして、最後の一文を打ち終わり送信ボタンを押すと、その携帯電話を勢いよく閉じた。その時変な音がしたが、彼女は聞かなかったことにして、携帯電話を枕の横へ置いた。

「何やってんだろう、私」

 彼女は溜息を一つ吐くと、長い黒髪をふわりと浮かせベッドから立ち上がった。そして、部屋の隅にあるクローゼットまで行くと、その中にある薄手の白いワンピースを取り出し、来ていたパジャマを脱ぎ捨てそれに着替えた。

 これからどこかへ出かける、というわけではない。彼女の向かう先は道場。そう、今から剣術の稽古があるのである。

 しかし、剣術の稽古であるのに、なぜワンピースを着ていくのか?

 答えは単純である。千草家の剣術、否、戦う術は、いつどんな状況であろうと最善の力を出すことに意味がある。それが戦う術である以上、動き辛い服装だったので負けました、では意味がない。例えどんな状況であろうと勝ちを導く。それが千草家の、いや、千草聡と千草凪である。

 それならば、最初から動きやすい服装でいれば良いのではないのか。たしかに、そう言われてはそれまでだ。

 しかし、動きやすい服装とは何か? 胴着、体操服、この世には動きやすいとされる服、又はそれに相応しい服が数多く存在する。だが、胴着は果たして動きやすい服装なのか。

 千草凪はそうは思えなかった。いや、彼女にとって動きやすい服装は存在しないだろう。今まで数多くの格好で稽古をしてきた彼女だが、その中で身体の自由に制限がなかったものは無い。

「よくよく考えるとおかしな事してるわよね」

 しかし、千草家の剣術は全てにおいて型破りであるため「今更何を考えているのだろう」と彼女は心の中で思うのであった。

「よしっ」

 彼女は髪の毛をゴムで縛ると、顔をパァンと叩き気合を入れるようにした。ほんのり頬が赤く染まりヒリヒリと痛み、彼女にはそれがいい刺激となった。

 気合を入れた彼女は部屋を後にし、庭の端にある道場へと向かった。


===========================


 高村月海の秘密を知った千草凪は、苛立ちと煩慮が入り混じった感情を抱いていた。

 魔法の話や遠い星の話、そしてそこで起きている国家間の問題。彼女はその話を信じていないわけではない。そう、信じたからこそ、高村月海を許せない。

 ―――――いや、違う。そうではない。許すとか許さないとかそんなんじゃない。

 千草凪は高村月海を心配しているのだ。

 遠い星の話の問題は関係ない。高村月海自身がそこに身を投じる事が不安で仕方がないのだ。

 可、不可はどちらでも構わない。高村月海の願いが叶おうと叶うまいと、問題ではない。

 彼はそこを戦場だと知っていて、それでもそこへ向かった。彼はそこに死があると知っていて、それでもそこへ向かった。

 高村月海の考え方に口出しするつもりはない。何をやりたいのかなど人の自由だ。ただ、そこに命のやり取りがあるのなら、彼には生き残ってもらいたい。それが千草凪の思いだ―――――。

「―――――ッ!」

 静かな道場に刃が閃いた。鈍い金属音が場内を響き渡る。そして再び静けさが戻った。

「お、おじいちゃん!」

 千草凪は左手に持つ鞘から刀を引き抜き、その刃を振るっていた。しかし、それは彼の持つ刀に阻まれていた。

 ギラリと美しくも怪しい光を放つ刃。彼女はその手に真剣を持っていることさえ失念していたのだ。

「ごめんなさい」

 彼女は慌てて刀を鞘へと納めた。

「心の迷いは剣の迷い、という言葉がこれで立証されたな。背後の気配に気付くのに時間が掛かり、尚且つその正体を見破れなかった。さらに、あろうことか自信の得物が何かさえ忘れる」

 千草聡は次々と彼女を指摘していき、彼も手に持った刀を鞘へ納めた。

「――――――心の内に何を思うかは問わない」

 と言うと、彼は背を向けた。

「一つ問おう。その迷いは己で解けるものか?」

 問われた彼女は目を伏せたが、答えはすでに出ている。

「うん、大丈夫」

 高村月海の決意を知って、彼がどうするかも知って、その結末は到底希望の見えるものではないと知っている。無理やりにでも止めるべきだったが、それでも彼が選んだのだからそれは仕方の無いことだ。後は彼の無事を願うのみ。

「そうか。だが、今日の稽古はやめておいた方がいい。いつお前に斬られるかわからんからな」

 笑いながら言う祖父に彼女は言い返したかったが、彼の言う通りなので今日の稽古はここまでとなった。


==========================


「まいどありー」

 鯛焼き屋のおじさんから鯛焼きを受け取った千草凪は、軽く会釈をして歩き出した。

 商店街の入り口にある鯛焼き屋。千草凪行きつけの鯛焼き屋で、甘い物禁止令が解禁になるといつも来るのだ。鯛焼きにしては種類も豊富で、つぶあん、こしあんはもちろん、紫いも、抹茶、チョコレート、カスタード、チーズやキャラメルまである。今の世の中、餡子だけでは生き残っていけないのだ。

 しかし、気分転換に、と祖父に勧められて外にやってきた彼女だったが、見慣れた景色のおかげでとても気分転換をしているようには思えなかった。

 だが、どうにも雰囲気がいつもと違う。何故こんなにも違和感があるのだろう、と疑問に思った彼女だったが、すぐに答えは見つかった。

「ねぇ聞いた? 光陽中学の食中毒の話」

「聞いたわよ。全生徒、全職員が被害にあったそうよ」

 商店街を歩く主婦たちの大きな声が、千草凪の耳に入ってきたのだ。

「いつもなら学校にいる時間だもんなぁ」

 昨日の事件が原因で一時的に学校閉鎖になったのを彼女は思い出した。登下校時にこの場所に来ることはあるが、昼の間に商店街を通ることは滅多に無い。

 学校閉鎖の噂は存外に広く伝わっているらしく、商店街でもその話で持ちきりだった。全生徒、全職員が被害にあうなど前代未聞だろう。無事であったのは千草凪と高村月海の二人くらいである。厳密には千草凪も被害にあった側なので、害を被らなかったのは一人だ。

「あ、これチョコレートだ」

 鯛焼きを一口頬張った彼女は、その中身が思っていたものと違うことに気がついた。

 鯛焼きを食べるとき、彼女はいつも決まった順番で食べていく。種類はつぶあん、カスタード、チョコレート。順番もこれに従う。つまり、最後に食べようと思い残しておいたチョコレートを一番最初に食べてしまったのだ。

「まだ気が散ってるのかな?」

 仕方がないので、今日は趣向を変えて反対に食べていくことにした千草凪。早々とその一つを食べ終わり、二つ目の鯛焼きにかぶりついた。

「う~ん、もうちょっと遠くまで行ってみようかな」

 商店街を歩いていても、いつもと変わらない景色を眺めているだけだ。それならば少し遠出してみよう、と彼女はその足を出口へと向けた。

 そして、ふらふらと何も考えず歩いていた彼女の行きついた場所は、流星河に架かる橋の上だった。どうやら無意識に通学路を歩いていたようである。

 川の流れは穏やかで、周りの景色もいつもと変わらない。今この町で起きている事が嘘のようだ。もっとも、彼女にとっても目にしたのは一度だけであるので、彼女の心内もこの川のようにいつもと変わらない。そう、一つを除いては・・・・・・

「ん、あそこにいるのって?」

 ちょうど橋の真ん中に差し掛かったところ。そこで河川敷を眺めていると、見知った影がスッと動いた気がした。その影はすぐに橋の下に潜ってしまい、その正体を確かめることはできなかった。

 気になることはやはり確かめたい、それが人間の性である。彼女は急ぎ足で橋を渡りきると、すぐ横にある階段を下っていった。

「あぁ、いたいた」

 河川敷に辿り着きすぐさま橋の下へと直行した彼女は、予想通りの人物に出会う事ができた。

「こんにちは、入江さん」

 千草は川辺に佇む少女の肩を叩いた。すると少女は、

「ふぇ?」

 と、不思議な声を上げ、身体をびくりと震わせた。

「ごめんごめん、驚かせちゃった?」

 少女はその声の正体を確かめるようゆっくりと振り返った。

「あ、千草さん。ううん、大丈夫だよ。ところで、どうしてこんな所にいるの?」

 それを聞きたいのは自分の方だ、と内心思う千草である。

「ちょっとお散歩。入江さんは?」

「ん~、私もお散歩かな?」

 入江舞のあまりにも適当な返事に千草は呆れつつ、彼女の横へ並び同じく川を眺めた。

「……」

 話し掛けたのはいいものの、何を話そうか迷う千草。千草凪と入江舞の仲がただの知り合い程度であるのは周知の事実で、この二人が話していること自体が稀である。高村月海の仲介があって初めて二人の会話が成立している、と言っても過言ではない。

 更に、彼女には誕生日パーティをサプライズとして用意しているため、迂闊に話しかけるのもいただけない。

 今日は話し掛けずにそのまま通り過ぎておくべきだった、と千草は今更ながら後悔するのだった。

「え~っと、高村君とは最近どう?」

 何故それを聞いたのか千草自身にもわからなかったが、現状で一番聞くべきではない問いである。

「つきちゃんと? ん~、いつもどおりの幼馴染だよぉ」

 入江舞の返答はまたしてもいい加減なものだった。意味はなんとなく理解できるので、千草はあまり気にしないようにした。

 そして、答えた舞は何故かきょろきょろと辺りを見渡していた。

「何か探し物?」

 千草が再び問い、舞は変わらず何かを探すようにし答えたが

「この辺はね~、魔力が一杯集まるんだよぉ」

 と、相変わらずの返答であった。

「そ、そうなんだ」

 舞の頭の上にあるリボンが今日は淡い水色になっており、ゆっさゆっさと風に揺れている。

「水色のリボンってことは、やっぱり水元素の魔力を集めてるの?」

 高村月海から、四大元素の魔力を集めていると聞いた事があるのを千草は思い出した。そういうものに全く興味の無い千草だが、四大元素は有名なのでちょっとは知識がある。が、やはり専門的なことはわからないので話を繋ぐのも難しそうである。

 しかし、魔法の話を高村月海から聞いた後は、そういうことも勉強した方がいいのだろうか、と思うようにもなってきたのだが、調べてもやはりよくわからなかった。

「そうだよ。今日はウンディーネの日なんだ」

「う、うんでぃーね?」

 どこかで聞いた事がある響きだ、と千草は頭の中でそれがなんだったかを思い出そうとするが、なかなか出てこない。

「ゲームとかにもよく出てくるよ」

 と、舞の言葉を聞いてようやく思い出した。

 ウンディーネ。その言葉を聞いたのは、あのオタク三人組の会話の中だった。

「たしか、水の精霊だっけ?」

 いつも千草の周りで話をする彼らの知識が、いつの間にか彼女の頭の中にも入り込んでいたのだ。この時ばかりはありがたいと思った千草だったが、他には使い道の無い知識である。

「でも水色である必要性はないんだよ。その人がこの元素は何色だー、って思えば何でありなんだ。一般的に水元素は黒色だし」

「へぇ~そうなんだ」

 これには千草も驚きを隠せなかった。水と言えば水色である、と当然のように思っていたが実は違うのであった。

「じゃあ他の元素は何色なの?」

 と少しずつ興味を持ちつつある千草は聞いた。

 それに答える舞はどこか楽しげであった。

「えっと、じゃあ順番に説明するね。まず四大元素っていうのは「地水火風」から全ての物質が構成されている、っていう考え方なんだ。「風」が「空気」だったり「地」が土だったり、地方によって考え方は違うけど同じようなものだよ」

 すると、舞は地面にしゃがみ込み、落ちていた小さな木の枝で何かを書き始めた。十字とそれにあわせた東西南北、そして地水火風を書き加えた。

「各元素は各方角に対応していて、地が北、水が西、火が東、風が南、ってなってるんだ。で、色も同じように地が白、水が黒、火が黄、風が赤ってな感じで対応してる。何か意味があった気がしたけど、それは忘れちゃった」

 意外といい加減なんだな、と思いつつも、それだけの知識を持っていることに素直に感心する千草であった。

「他にも「火水地」の三大、「地水火風空」の五大、「地水火風空識」の六大なんてのもあるよ。詳しくは知らないけどね。ちなみに、この五大と道教の五行は別物だよ」

「五行は聞いたことあるかも。たしか中国かどこかの思想だよね」

「うん、そうだよ。陰陽道とかにも出てくるから有名だよね。これらにも色があるし方角もある。全く別々に成立したのに結構似てる部分が多いんだ」

 舞は頭のリボンに手を触れ、さらに説明した。

「なんで私が水元素を水色だと思っているのかは、単純にわかりやすいから。だって「水の色」っていったら普通水色、つまり薄青色でしょ? そりゃ地域によって水色は茶色だったりするけど、その人はその人、私は私、ってことで。重要なのは色じゃなくて、その元素に対してどういった認識を持っているか、ということなの」

「ほぉ・・・・・・」

 いつの間にか真面目に舞の話に耳を傾ける千草は、まるで学校の授業を受けているように感じていた。舞の知識にも驚かされたが、その説明の仕方に更に舌を巻いた。丁寧かつ簡潔に説明するそのさまは、普段の彼女からは考え付かないほど真人間に見えた。

「今日はその水元素が集まりやすい日だから、水色のリボンを着けてるのかぁ」

 と、そこで千草は、ふと思い出したことがあった。高村月海が入江舞のために買ったプレゼントは何色のリボンだったか。そう、白色である。彼は白色ならば四大元素のどの色にも当てはまらない、と言いそれを買っていた。しかし、今さっき聞いた話によると、白色は地元素の色だというではないか。もしかしたら、彼女はすでに白色のリボンを持っている可能性が出てきてしまった。

「ね、ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、入江さんは何種類のリボンを持ってるの?」

 これは確認せざるを得なかった。もしも彼女が白色のリボンをもっていたとしたならば、高村月海が買ったそれと被ってしまう。それでは意味がない。

 幸い入江舞の誕生日は今日を入れて三日後である。例え同じ色を持っていたとしても買いに行く時間はある。

「リボンの種類? 四種類だよ」

「ということは、四大元素の色に合わせてる、ってことだよね」

 地水火風の内に、白を連想するような色は千草自身には無いが、もしかしたら舞にはあるかもしれない。彼女に悟られないよう、それとなく聞き出したいところだ。

「水や火は色の判断が簡単だけど、地と風ってどんな色なのかな?」

「う~ん、言われるとそうだよねぇ。地は土の色だから茶色をベースにした色が多いんじゃないかな? 難しいのは風だね。風なんて人間の目に見えるものじゃないから、どういう風に捉えたらいいのか分かり難い。「透明」は色じゃないからそれに近い色、例えば白とか考える人もいるかも」

「し、しろっ!?」

 思わず声を上げてしまう千草。しかし、それを気にすることなく舞は続けた。

「うん。でも、大体の人は緑かそれに近い色と捉える人が多いと思うよ。ゲームとか漫画、アニメなんかでも風を緑として描く事が多いしね」

「な、なるほど」

 と納得する千草だが、聞きたい事をまだ聞けていない。果たして舞は白色のリボンを持っているのかいないのか。

「じゃあ、入江さんの持ってるリボンは何色なの?」

 結局千草は、直球で聞くしか方法を思いつくことはできなかった。少し怪しまれるかもしれないが、これも彼女と高村月海のためである。

「私はこの水色のリボンと、黄赤緑の四つだよ」

 それを聞いた千草は内心ホッとしたが、まだ気を抜いてはいけない。これはあくまで四大元素の色の話だ。他にも個人的に持っている可能性もあるのだ。

「他にリボンは持ってないの?」

「他に? 私はそれ以外は持ってないよ」

 舞は首をかしげて言った。

「ほ、ホント?」

 頭にでかでかとリボンを結び付けている入江舞が、たった四つしかリボンを持っていない。それは信じられないことだった。

「私がリボンを着けるのは魔力を集める時だけだよ」

「へぇ、そうなんだ。てっきり、いつも着けているのかと」

 トレードマークと言ってもいい入江舞のリボン。恐らく皆が同じように思っていただろう。

 ともかく、これで高村月海の買った白いリボンが無駄でない事がわかった。胸を撫で下ろす千草は気を取り直し一つの疑問をぶつけた。

「そ、それで、魔力ってどうやって集めるの?」

 そう、高村月海の話したそれとは違い、概念が存在しても実行できないものとしてこの地球上の魔法はあるのだ。信じている者もいるだろうが、殆どの人間が空想のものだと把握している魔法。彼女が信じている側の人間であるのは言うまでもないが、それを実行するといったいどうなるのか。そして、どうやって実行するのか。千草にとってかなり興味深いことである。

「どうやって、って聞かれてもなぁ……」

 舞は腕を組み「う~ん」と首をひねって唸る。

「ん~、こうやって集めるんだけど、わかるかなぁ」

 頭のリボンを指差す舞だが、千草にはそれがどの様になっているのか全くわからなかった。寧ろ、なにも起きていないと捕らえるのが一般人の反応だ。

「えっと、今そのリボンに魔力が集まってるの?」

「うん」

「そ、そうなの?」

 頷く舞だが千草にはやはりわからない。

 いや、そもそも魔法が空想だと理解している時点で、彼女のリボンに変化が起きないことなどわかっていたことではないか。

 高村月海の話を聞いて、魔法が他の星に存在すると知って、この地球でも魔法が存在するのではないのかと妙な期待を持ってしまった。そして、舞の話す元素の話に、更に現実味を抱いてしまった。

 だが、実際は空想であることに変わりはない。千草凪の前にいる少女に、地球上の空想で魔法を使うことはできないのだ。

 そう思うと、千草は一気に興醒めしたような感覚に陥った。知識としてそれを覚えるのは面白いかもしれないが、空想を追いかけるのは馬鹿げている気がしたからだ。

「ん~、私にはよくわからないや」

 しかし、他の星で魔法が存在しているのだから、地球の人間にも魔法は使えるのだろう。現に高村月海が使用しているではないか。ならば、魔法を否定するのではなく、空想を否定することで、この地球にも魔法文化が発生する可能性があるのかも。

 と、妄想してみる千草だったが、あまりにも現実離れしているのですぐにやめることになった。

「あ、そうだ」

 今度は舞が千草に問う。

「気になってたんだけど、その手に持っている袋はもしかして……」

 舞の視線が千草の持つ鯛焼きの入った袋へと移り、それをジーっと見つめていた。

「え、ああ、これ? 鯛焼きだけど」

「やっぱり! いいよね鯛焼き!」

「え、ええ……」

 急にテンションの上がる舞に、一歩後退さる千草。先ほどまでの真面目な彼女は消え去り、いつもの不思議系爆発ガールに戻っていた。

「カスタードとかチョコレートは邪道だって言う人もいるけど、そんなの自分を正当化するための言い訳に過ぎないよ。私も餡子が一番美味しいと思ってるけど、他の味もみんな好きだし、最近はチーズとかヨーグルトとか色んな味があって良いと思うだけどなぁ」

 舞は鯛焼きについて力説を始めた。

 いつもの舞に戻った姿を見た千草は、安心にも近い感情を抱いたが、それはそれで高村月海がいなければまともに会話が成り立たない、という不安感を抱く要因にもなっていた。

「そ、そうだ。この鯛焼き食べる?」

「え、いいの!?」

 千草は袋から鯛焼きを取り出した。舞は目を輝かせその鯛焼きを見つめる。

「ええ、三つ買ったのはいいけど、お腹に入りきらなくて」

 と千草は言うが、実のところは舞を大人しくさせるための嘘である。

 それにまんまと引っかかる舞は、むしゃむしゃと鯛焼きを頬張った。これで時間を稼ぐことができる。あとは誕生日のことについての話題に触れずに、ここから去るだけである。

「ねぇ千草さん」

「ん、どうしたの?」

 鯛焼きを頬張り続ける舞が、唐突に千草に問いかけた。

「千草さんとつきちゃんって仲良いよね。よく一緒にいるの見かけるし」

「えっ!?」

 舞のその言葉に千草はドキっとした。まさか入江舞にはプレゼント大作戦はバレていたのだろうか。そんな不安を抱く千草。

「私が教室に行くとね、佐藤君や鈴木君より入江さんといる所をよく見かける気がするんだ」

 たしかに千草凪にとって高村月海は数少ない男の友人である。恐らく男子生徒の中で一番よく話す人物だ。さらに、ここ最近はその頻度が多くなっている気はする。

 それを否定するつもりは千草にはないが、明らかに入江舞の方が高村月海と一緒にいる時間は多いだろう。

「仲が良いって言っても人並みだよ。特に何かあるわけじゃないし」

 と言い終わって千草はハッとした。誕生日について隠そうと考えるあまり、余計なことを口にしてしまった。それを見逃す舞ではない。

「ん~? その口ぶりは何かあるのかなぁ」

「な、なにもないわよ」

 千草の声は裏返っていた。どうやら嘘をつくのは苦手なようである。それを悟られまいと思索するも良い案が浮かばない。もちろん、それに舞は気付いている。

「最近つきちゃんの付き合いが悪いんだよねぇ。何してるんだろうなぁ」

 まるで独り言のように呟くがわざと聞こえるように舞は言う。そして、チラッと千草を見る。

「うっ」

 気付かれていることには気付いている。そちらは千草の得意分野である、が逆はてんで駄目である。

 ともかく何とかしなければ、と千草は更に案を巡らした。

「わ、わかった、高村君からは口止めされてるけど話すしかないようね」

 わざとらしく重い雰囲気を醸し出す千草。

「実は、彼から剣術の訓練を頼まれたの」

「剣術の?」

 舞は顎に指を当て首をひねっていた。

「そう、大切な人を守るために俺は強くならなきゃいけないんだ、って――――――うわ、言っていて恥ずかしい」

 言った千草は顔を赤くし、自分でも鳥肌が立ったのがわかった。

「ふーん」

 そして入江舞の反応はあまりにも醒めていた。

 あまりに嘘らしかっただろうか。だが、高村月海自身が似たような言葉を発したのは事実である。

「と、とにかく、高村君は入江さんの事を嫌いになったとかそういうんじゃないから」

 むしろ大事に思っているからこそだ。だからこそ、高村月海は戦っているのだろう。

「ほむ、そうなんだ」

 舞は鯛焼きの最後の一口を口に放り込んだ。またしても反応は薄く、彼女の目は千草ではなく、その向こうのどこか遠くを見ていた。

 高村月海の事を思っているのか、それとも別の事を思っているのか。千草にはそれを理解できるだけの付き合いが彼女とはない。

「あ!」

 突然叫ぶ舞。

「な、なに?」

「そろそろ帰らないと。バイバイ!」

 彼女は千草の思いなど気にせずに、手を振って走り去ってしまった。彼女らしいと言えば彼女らしい。

「……」

 彼女は知らない。高村月海がどこにいるのかを。それを思うと千草は心が痛んだ。

 このまま何も知らずに高村月海が死んでしまうかもしれない。そんなことは絶対に許さない。たとえ何が起ころうとも、彼には戻って来てもらわなければ困る。自分のためではなく皆のために。

 千草はただ願う。高村月身が無事であることを。なによりも入江舞のために。


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