決着の前に
「―――――」
空を仰ぎ見る。
夜空と夕焼けの境目が真上にあった。
星はいくつか散りばめられ、上弦の月が薄い黄金色に輝いている。
「今日は星が綺麗ですね」
音も気配もなく現れた彼女は、同じく空を眺めた。
「―――――以前あなたと戦ったあの時から、私はこの時を心待ちにしていました」
彼女は空を見上げたまま続けた。
「あれからどれほど力をつけたのか、とても楽しみです」
空を見上げていた顔をゆっくりとこちらに向け、微笑を浮かべていた。
「君は本当に戦いが好きなんだな」
「戦いが好き、というのは少し御幣があります。こうした一騎打ちが好きなのです」
それは戦いが好きだと言うのと変わらないのではないか、と心の中で思う。
「確かに私は、こうしてあなたと剣を交える事ができて嬉しく思います。ですが、同時に自らの責務を全うしなければいけない、という思いもあります。しかし―――――」
少女の金色の髪が闇夜に流れる。
「正直に言いましょう。私はあの時、自らの責務よりもあなたとの再戦を望みました。あなたと二度にわたり剣を交えた者ならわかるはずです。あなたの成長は比類なきものだと。そしてその身に秘める才も。それを見て、感じて、私は思いました。もう一度戦いたいと。この男はいったいどこまで往くのだろうか。それが気になって仕方がないのです!」
満面の笑み、と言うほどではないが、少なくとも今まで見た彼女の表情の中で一番の笑顔だった。
「あの、えっと・・・・・・」
その熱烈な告白にしどろもどろになる。
「できるならば、あなたとは何度も手合わせを願いたい。ですが―――――今日ここで決着をつけなければいけません」
瞬間、彼女の笑みは微塵もなく消え去った。
「やっぱり、話を聞いてくれないのか」
「何か明確な手段があるのならお聞きします」
「それは・・・・・・」
残念ながら明確な手段はない。
二つの国の交易をどうにかすることはできるかもしれない。だが、彼女にはそれ以外の目的もあるかもしれないのだ。手段以前に、何が起きているのかもわからない。
だから彼女と話し合いたい。そのためにここにいるのだ。
「君たちの事情を話してはくれないのか?」
「事情は全て話しました。それでも尚、ドディックジュエリの回収を妨げるのなら、容赦はしません」
彼女の声に凄みが入る。今にも斬りかかって来そうな雰囲気だが、その手はまだ鞘にも手をかけていない。
「でも、ドディックジュエリは未知の部分が多いんだろ。何が起きるかもわからないものからエネルギーを得るなんて危険すぎる」
「ならば、何か手段を示してください。それすらできないのならば、話し合うだけ無駄です」
彼女の左手がすっと鞘にかけられる。
自身もルースを強く握った。
「君たちは不当な交易に異論があるんだろう? だったらそれを何とかする。それじゃあ駄目なのか?」
「具体的な案は?」
彼女は、短く、切るように言い放った。
「そ、それは、えっと・・・・・・」
何も考えていなかったわけではない。だがそれは、交易を元に戻す、という誰にでも思いつく稚拙な考えだった。
「あなたは―――――ルースは何か、意見はありますか?」
変わらない声でルースに問いただす。
『・・・・・・』
暫く返答を待つようにしたが、しかし、彼女は答えなかった。
そして、無言のまま少女の右手が柄に触れた。
「―――――! 俺は両方の国を救える手段があると信じてる!」
「私は私の国を救う手段を知っている―――――」
彼女はその美しい刀身を鞘から引き抜いた。
「ただ信じるだけでは、何も解決しないのですよ。手段があって初めて、それは達成されるのですから」
互いに切っ先を向け合う
言葉が出ない。話をするためにここへ来たのに、何を言っていいのかわからない。
信じるだけでは駄目なことはわかっている。だからって、それで結論を出すのは早すぎる。俺はまだ結論を出したくない。でも、彼女は一つの確かな結論を持っている。
「―――――」
少しでも前に踏み出せば始まる。
―――――このままでは駄目だ。まだ始めるわけにはいかない。
切っ先が今にも触れ合う。
―――――駄目だ。その剣を前に出しては。
軽い金属音が、鼓膜を小さく揺さぶった。
「ッ!」
太陽を反射す曲刀が。
月を反射らす剣が。
互いに交わる―――――!
「ぐっ!」
しかし、交わったのは曲刀でも剣でもなかった。
「これは・・・・・・?」
二人の間に一つの光が入り込んだ。
青い半透明の巨大な結晶。
二振りの剣は結晶を砕き、まるで氷のように粉々に弾け飛んだ。
「な―――――!」
目の前で起こった光景に、思考の一切が停止した。
砕け散った結晶の中から藍の少年が現れる。その手に持つ戦棍の柄頭は氷晶を象っていた。
少年がその戦棍をくるりと回し、
「―――――レガーレ―――――」
と呟くと同時に、周りに飛び散った結晶が光り輝いた。
瞬く間に、光る結晶は互いが鎖のように結びつき、辺りを覆うように広がる。
そして、こちらがなす術もなく、その鎖によって身体が縛られてしまった。
「えっ、ちょ・・・・・・」
一瞬の出来事に、何が起きているのかわからなくなる。
「スティーレ国軍特務部所属マリーノ・S・フレッド少佐だ。自惑星外で許可なく魔法を使用し惑星保護法に反したため、君たちの身柄を拘束する」
二人の身体に巻きつけられた鎖の端を、フレッドは束ねて縛った。
「罪状はそれだけですか?」
ファルスコールはその状況に動じることなく、冷静に少年に聞き返した。
「ああ、そうだ」
フレッドも表情一つ変えず返した。
「ならば、私を拘束する権利はありませんね。私は、ルーナ国女王エリザベッタから、地球での魔法使用の許可を頂いています」
ファルスコールは言うと、その鎖を難なく破壊した。
「あなたに拘束する権利はなくとも、敵国の将として私の首を取ることはできますがどうしますか? もちろん、私に勝つことができたらの話ですが」
挑発するように彼女は言ったが、この状況で不利なのは彼女だ。
フレッドがここにいるということは、彼の言っていた「本隊」が地球に到着したということだ。その本隊がどれほどのものかはわからないが、彼女一人でどうにかなる相手ではないはずだ。
そしてもう一つわかったことがある。それは、俺のやろうとしている事があっさりと幕引きになった、ということだ。
「いや、やめておくよ。今はこちらも無駄な犠牲を出したくない。それに、君とはいずれ戦わなければいけない。その時になったら相手をしてもらうとするよ」
その言葉にファルスコールは微笑し、
「では、その時を待っていますよ」
と何故か俺に向かって言った。
そして彼女はその金色の髪を翻し、その場から去っていった。
「ま、そりゃそうなるか」
フレッドの呟いた言葉が微かに耳に入ったが、内容まではわからなかった。
それよりもだ。何故俺がこの少年に捕まえられているのだろうか。さっき彼の言っていた惑星保護法とやらには反していないはずだ。
「あの、俺この星の人間なんですけど」
と、少年に言うと、彼は深い溜息を吐いた。
「ああ、もちろんわかっているさ。でも、とりあえず来てもらうよ」
「どこに?」
フレッドに聞き返すと、彼は真上を指差した。
しかし、そこには何もない。どこかに宇宙船でも停まっているのかと思ったが、紫に染まる綺麗な夕闇が広がるばかりである。
「説明するよりも実際に来てもらった方が早い。一緒に空間転移で移動するからアレスもこっちに来てくれ」
フレッドは遠くのほうで見守っていたアレスを呼び、こちらに招いた。
「あ、う、うん」
アレスも一連の出来事に頭がついていっていない様子であった。
ルースに何がどうなっているのか聞いても何も答えてはくれないし、いったいどうなっているのだろうか。
「ツキミ、悪いが一応君は犯罪者と言うことになっているから、このまま連れて行くよ」
「ええ! どうして!?」
フレッドの言っていた法には違反していないはずだ、と抗議するが彼は聞いてくれない。
「正確には犯罪者ではなく、「敵対する者」を捕らえたという名目で連れて行くだけだ」
「そ、そうか、それならわからなくもない」
と、頷いたが、それでも少し納得できない。が、彼らに敵対しているのは事実なので言い返せない。
「アレスとルースはどうなるんだ?」
俺が「敵対する者」として捕まると言うことは、彼女たちも同じではないのだろうか。
「もちろん二人も君と同じだ。「名目上」はだけどね」
彼はやけにそれを強調して言った。
名目上、なんて言うからには、何か別の目的があるに違いない。それを確かめるためにも、彼の言う通りにした方が良いだろう。
「それじゃ行くよ」
と、フレッドが言った瞬間、軽い衝撃と共に目の前の景色がガラッと変わった。
目の前に広がっていた双子山も、空に広がる夕闇も星たちも、一瞬で消え失せてしまい、全く別の景色が目の前に飛び込んだ。
「え・・・・・・」
そこは薄暗い小さな空間であった。周りは妙につやのある黒色の壁で覆われており、足元には見たことの無い魔法陣が描かれていた。
この空間はただあるだけの場所のようだった。何か用途があるわけではなく、ただ通り過ぎるだけの何の意味ももたない空間。
「さて、ツキミ、君にはこれを着けて貰わなければいけない」
と言ってフレッドが渡したのは、アイマスクのようなものだった。
これをどうすればいいのだと聞くと、それで目を隠してくれと言われた。ようなものではなく、本当にアイマスクであった。
「君はガラシアの人間ではない上に、魔法文化とは一切関わりのない星の住人だ。そんな人間に国の重要機密とも言えるこの中を見せるわけにはいかないんだ」
「逆に見せられてもよくわからないと思うんだけどなぁ」
「万が一と言う可能性もある。情報漏えい防止のために協力してくれ」
と言うので、渋々渡されたアイマスクをつける。
「おー何だこれ」
アイマスクをつけた瞬間、目の前にはよく見る通学路が映っていた。
「それをつけると、本人が毎日見ている景色が通路として映し出されるんだ。もちろん、この中の構造に合わせて景色が変化するから、その状態でも壁にぶつかることなく移動する事ができる」
と説明するフレッドは、どこかの家の玄関の前に立っていた。
すると、フレッドはその玄関を開け中に入っていってしまった。続くように玄関をくぐるが、中の景色は家の中ではなく、また同じ通学路だった。
「君にはある部屋で待機してもらわなければならない」
「それも情報漏えい防止のためか?」
「ああそうだ」
短く答えると、フレッドはルースをアレスに渡すよう言った。それに従い隣に浮いているアレスにルースを手渡す。
「それじゃ、アレスとルースは先にヴァレンティーナ様のところへ行ってくれ。場所はいつものあの場所だ。僕はツキミを送ってから行くよ」
「うん、わかった」
その言葉にアレスは頷くと、どこぞの曲がり角を曲がって行ってしまった。
「さて、僕たちも行こうか」
と言うフレッドに従い、アレスたちとは反対側の通学路を歩き、そのある部屋へと向かった。
道中は変わらず通学路で、一度通った場所にもう一度来ることもあった。だが、ある曲がり角を曲がると急に周りの雰囲気が変わり、今度は商店街の中に入っていた。
だが、人通りはかなり少なく、ぽつぽつと何人かと通り過ぎただけだ。店も開いてない場所ばかりで、店員もいない。
「なんか変な感じだなぁ」
「君にはどう見えているのかわからないが、ここは日常用品を主に扱っている店がいくつかある。例によって詳しくは話せないが、そういう場所だ」
フレッドの説明を聞いて納得する。店があるからそれに関連した場所が映し出されたのか。
と、そうこうしているうちに、そのある部屋に辿り着いた。
「って、俺ん家かよ」
フレッドに案内された場所は、どこをどう見ても俺の家だった。
「君にはそう見えるのか。もしかしたら、中身は君の部屋かもしれないな」
と、冗談交じりでフレッドは言ったが、いざ入ってみると本当に俺の部屋だった。中は忠実に再現されており、夕方に出てきた時のままの状態だった。
まぁ、自分の記憶しているものが出てくるのなら、それが当然か。
「僕が部屋を出るまではそれを取らないでくれ。あと、外には出ないこと。もっとも、鍵を掛けるから出られないだろうけど」
「それって監禁と変わらないような・・・・・・」
「そうとってもらって構わないよ。実際、監禁しているんだから」
冗談かそれとも真面目に言っているのかわからない口調で彼は言った。
「まぁ、どの道ここから出られないなら変わらないか。それで、どれくらい時間が掛かるんだ?」
「今日中には出られるようにするつもりだ。家の方を心配させるわけにもいかないだろう?」
そうだった。あまりに急な出来事で忘れていたが、そろそろ夜になる。あと数時間もしたら母さんが家に帰ってくるではないか。
「できるだけ早く頼む」
フレッドは頷いて答え、そのまま部屋の外へと出て行った。
ドアを閉めた後、ガチャっと鍵を閉める音が聞こえた。
「さて、どうしようか・・・・・・」
とりあえずいつものようにベッドの上に座り、この暇な時間をどう過ごすか考える。
しかし、何もいい案は浮かばない。
「っと、そうだった。これ外して良いんだよな」
自分がアイマスクをつけていたことを忘れ、この部屋が本当はどんな姿なのか確認するために取ってみた。
「・・・ん・・・・・・?」
そこに広がるのは随分と質素な部屋だった。
今自分が座っている場所は確かにベッドだ。白いシーツにこれまた白い掛け布団。勉強机があった場所にも同じ大きさの机があるが、家にある木製のものではなくステンレス製の机だった。
それ以外は何もない、本当にただの部屋だ。
壁も鉄っぽい感じのもので、ここに来たときのあの部屋とは随分違っていた。
「全部地球上にある素材で作ってあるとか?」
情報漏えい防止にだいぶ拘っていたし、もしかしたら急ごしらえの部屋なのかもしれない。それなら、こんなにも質素な感じなっているのも納得できる。
しかし、このままではいくらなんでもつまらなすぎる。ということで、再びアイマスクを掛けてみた。
掛け直すことで景色が変わることもなく、先程と全く同じ姿であった。
壁には時計が掛けられているし、脱ぎっぱなしの制服もある。机の上にある誕生石もそのままだ。
「はぁ~すごいな」
外しては掛け直しを繰り返して、どこがどういう風になっているのかを見てみる。
と言っても、元あるのは机とベッドだけなので、あまり面白くはない。一つ気付いたことは、机もベッドも全く同じ大きさであるということだ。
「・・・・・・」
机の上にある誕生石に触れてみようとしたが、案の定触ることはできなかった。
やはり、実際にあるモノにしか触れられないようだ。机とベッドもよくよく調べてみると、さわり心地が全く違う。現実のそれと同じであった。
「う~ん・・・・・・」
とうとうやる事がなくなってきた。もともと何もない部屋で、アイマスクを掛けても結局は自分の部屋で、何も珍しいものはない。
「暇だ・・・・・・」
ベッドに寝転がり天井を見上げる。その景色さえも、アイマスク越しだと部屋にいるのと変わらない。
「―――――寝るか」
やることもない。できることもない。面白いものもない。
こんな暇な空間に閉じ込められては、眠くないのに眠くなってしまう。
徐々に睡魔が襲ってくる。何もする事がない以上、この瞼もあとは閉じていくだけである。
仮想の天井を見上げながら、いつものようにその瞼を閉じていった。