待っている人のために
翌朝。
昨日起きたドディックジュエリによる魔力吸収事件(自分で名づけた)による、生徒及び学校職員の集団昏睡事件(これも自分で名づけた)は、昼食時に配給される牛乳による集団食中毒が原因とされた。
少し無理やりな感じもするが、原因がわからない以上そうするしかないのだろう。現に、今も原因究明のために調査をしているらしい。
このため、学校は一時的に休校となった。
「まぁ考えてみれば、学校中の人が気絶した事件の後に、普通に学校があるわけないよな」
急に学校が休みになったので、ベッドの上でごろごろと暇を潰しながらルースと話をしていた。
『ところでツキミさん、身体の調子はどうですか?』
出し抜けに彼女が聞いてきた。
「ん~そうだな、少し筋肉痛が残ってるかな」
『そうですか。やはり、いくら若いからといって一日で治るようなものではありませんか。できれば万全の状態で彼女に挑みたかったところですが、仕方ありませんね』
「そうだな。でもまぁ、普通に動けるし、問題はないよ」
朝起きてから少し身体を動かしてみたが、本当に少し痛む程度で特に問題があるわけでもない。
『彼女自身も、昨日の禁呪の使用でかなりの魔力を失ったはずですが、それでもハンディキャップにはなりませんね』
「やっぱり禁呪を使うと魔力の消費が激しいのか?」
『ええ、その種類にもよりますが、総じて禁呪に使用する魔力は桁違いに多いです。しかし、ルーナの禁呪は少し特殊で、他のそれに比べると約半分程度の魔力で済みます』
「へぇそうなのか。燃費がいいんだな」
『言葉の選択に少し疑問を持ちますが、間違ってはいませんね。前にも言った通り、魔法とは魔力を体内から放出することを指します。それは禁呪でも変わりません。放出する魔力量が多いほど威力が上がり、位が上がるにつれて必要な魔力も増えます』
ということは、ルーナの禁呪は何か根本的に違うということか。
『ルーナの禁呪は刀身に光を集めその光エネルギーを放つ、というものです。集めた光は当然自身の魔力ではありませんから、その分使用魔力は軽減されます。しかし、光エネルギーそのものは大した威力を望めません。そこで、体内から魔力を放出し、それを点火剤として光エネルギーの威力を増加させるのです』
つまり「魔力を放つ」のではなく、「集めた光を魔力で放つ」ということだ。魔法の定義からすると少し特殊である。
『もちろん、集めた光の量で威力が変わりますから、長時間光の収束を行うことによって威力が増加します。まぁ、そんな時間が戦闘中にあるのか、と考えるとそんなに時間は割けませんね』
「なるほど、じゃあ彼女があの技を使うのは、よっぽど相手に隙がある時だけなのか」
『戦術的に考えるなら、それが一番の運用方法ですね。その機会訪れることなど滅多に無いと思いますが』
「それを聞いてちょっと安心したよ」
あれに対抗できる魔法はそう存在しない。できるものがあるとすれば、それは同じ禁呪だけだろう。
もちろん、今の自分に禁呪を使う術はない。
ならば、彼女に禁呪を使う隙を与えなければ良い、ということだ。
『確かにあなたの言う通りですが、ツキミさん、今あなたが練習しているものはなんですか?』
「今、俺が練習しているもの?」
少し考えてみたが、そんな時間など必要なかったように思い出した。
「補助魔法、か」
しかも、今練習中の魔法は、相手を拘束するための魔法だ。もちろん、それはルースだけが使える魔法ではない。彼女も使えるはずだ。
拘束されてしまえば隙を作る必要など無く、強力な魔法を相手にお見舞いすることができる。
「でも、あの拘束魔法じゃ一秒も拘束できない、ってアレスが言ってたぞ」
先日、アレスとファルスコールが戦った際、その拘束魔法を使用しすぐに破られた、とアレス本人の口から聞いたのだ。
『彼女ならばそれは可能でしょうね。所詮はただの網ですから、魔力を流し込めば過負荷で崩壊してしまいます。それをツキミさんができるのなら、問題は無いのですけどね』
今は魔力を放つ事ができても、何かに流し込むことはできない。魔力の供給も、相手に引っ張ってもらわないとできないのだから。
『もっとちゃんとした拘束魔法を使うなら話は別ですが、それを彼女に当てるのは難しいでしょうね』
「ちゃんとした拘束魔法か・・・・・・」
それもアレスから聞いたのだが、今彼女から教わっている拘束魔法はもともと漁業用の網だ。それを戦闘用に改良したものがそれである。もちろん、人を捕まえるためのものではないので、さっき言ったように魔力を流し込めば簡単に壊れてしまう。
だが、ちゃんとした拘束魔法、つまり、人を捕らえておくために作った拘束魔法なら話は別である。
それに使用する魔力は、漁業用の網よりも増え扱いも難しい。一日や二日練習した程度では、目の前に作り出すことも難しいそうだ。
それを操って人にぶつけるなんて至難の業である。
「まぁ、あの子が拘束魔法を使わないことを願うしかないな」
彼女の場合はそんなことをせず真正面からぶつかってきそうだ。
『今更どうにかできる問題でもありませんしね。今は何より、その身体を休めることが肝心です』
ルースの言う通りだ。いくら身体に支障がないからといって、疲れが溜まっているのはまずい。可能な限り、彼女には万全な状態で挑みたい。
「―――――っと、メール?」
机の上にある携帯電話が唸りをあげていた。
こんな時間に誰からだろう、と思いながら携帯電話を見るとそこには「千草凪」の文字があった。
昨日のあの後から、彼女とは一度も口を聞かなかったので少しだけびっくりである。
「なになに、『入江さんの誕生日が判明しました。6月21日です』って三日後かよ!」
早めにプレゼントを買っておいてよかった。
「『学校が休みなので、直接殴り込みたいと思います。家の人には連絡してあるので大丈夫です』―――――今更だけど、おばさんに聞くのが一番早かったな。『時刻は午後二時。入江さん宅の前に集合です』」
最後に「参加者」として各名前が書かれていた。当然、俺の名前もある。
「遅刻厳禁、欠席は認めません、か・・・・・・」
『それを見てしまっては、負けるわけにはいきませんね』
「そうだな―――――」
千草はたぶんまだ怒ってるだろう。
勝ったとしても許してくれないだろう。
でも、このメールを送ってきた。絶対に出席しろと。
『彼女も人の選んだ道を否定することはしないでしょう。だからこのメールを送ってきた。―――――感謝すべきですね、彼女に』
「ああ、もちろんだ」
感謝してもしきれない。
迷惑をかけて、心配をかけて、これ以上嫌われようの無い彼女からの言葉。
勝つだけではない。それだけでは意味がない。
「―――――」
深く息を吸い込み、それを吐き出した。
「よし、寝よう! 時間になったら起こしてくれ」
今は何よりも休息が必要だ。ならば睡眠が一番である。
『え、あ、はい。わかりました。では、ゆっくりとお休みになってください』
仰向けになって天井を眺める。
そして瞼を閉じた。
周りには何もないように静かで、そして真っ暗だ。
聞こえてくるのは自身の心音のみ。いつもより鼓動が早い。
緊張しているのだろうか。そんな心持ではないと思っていたが、やはり事が事だけに自然と緊張していたのか。
後悔はない。いや、まだ後悔するにも早すぎる。
まだ何もしていない。これからやらなきゃいけない。これからやりたい。
例え彼女が否定しようとそれを続ける。
そして必ず生きる。みんなが、千草が、舞が、待っているから。
少年が深い眠りに入った頃、隣でそれを見守る傍ら、ルースはとある人物と連絡を取っていた。
『ええ、現地時刻で約五時間後です。詳しい時刻はわかりません。それまでどこかで待機していただくか、空間転移でこちらまで来てください』
その言葉に念話の相手は
『無茶を言わないでくれ。どれだけ魔力を消費すると思っているんだ』
と、呆れるように言い返した。
だが、それは少年にとって造作もないことであるのは、ガラシア内では周知の事実だった。
『だからと言って空間転移をするメリットがあるのか?』
『不意をつけば両方を拘束できますよ』
『またそんな簡単そうに・・・・・・』
少年は更に呆れるようにして、溜息を吐いた。
『確かに「物理的」に拘束することはできるだろう。だが、その後はどうする。今のところ、彼女を拘束できる罪状はない』
『そのあたりは適当に考えてください。なにも実際に捕らえられるなんて思っていませんよ。できたらラッキー程度に思ってください』
『・・・・・・』
少年は言葉を失っていた。
彼女はこんな性格だったろうか、と内心疑問を抱くと同時に、根本的な部分はあまり変わっていなかったことに気付く。
『はぁ、仕方ない。そこまで言うなら何とかしよう。ただ今回の目的は別にある』
『ええ、わかっていますよ』
それは当然だった。何せ、それは彼女自身が言い出したことなのだから。
『結局、その話の内容は、僕には言えないことなのかい?』
『はい、まずはヴァレンティーナ様にお話し、その後にどうするか決めさせていただきます』
『そうか、それなら深くは聞かないよ』
フレッドはそれを聞くと、すぐに引き下がった。
彼の中でもある程度察しはついていた。恐らくそれは十六年前のあの事件と関わりがあるのだろうと。
ルースが口を噤む時は、大体この話のときだ。
十六年前の事件については、本人たちにしか知らない何かがあると国の何人かは感づいている。ただ、その事件で起きた不祥事は解決しているので、周りは何も口にしないだけである。
『では後ほど指定の場所で』
ルースが最後にそう言うと、フレッドは「了解」と答え念話を切った。
そして、横で寝ている少年に彼女は目を向けた。
『やはり、偶然にしてはできすぎていますね。―――――高村月海、あなたはいったい・・・・・・』
疑念、困惑、そして今、彼女の頭の中にある予想が、現実でないことを願った。