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その先にあるもの

「なぁルース、ちょっと思ったんだけどさ、これって元に戻した方がいいよな?」

 ファルスコールが帰ってすぐにふとグラウンドを見ると、すごいことになっていると気が付いた。

『まぁそうでしょうね』

 グラウンドの地面が、まるでどこかの書物にある海割りの如く、綺麗に割れていた。

「いやでも、そこまで深くはないか。せいぜい二メートルくらいかな」

 それでも深い方だと気付いたのは、後のことである。

「簡単に元に戻せる魔法とかないのか?」

『一言呟くだけで元通り、なんて便利なモノがあれば、印税だけで暮らしていけますね』

 さすがにそこまで便利な魔法はないらしい。

『整地するための魔法があるので、それで何とかしましょう』

「はい、これを使えば元に戻るはずだよ」

 アレスは言うと、大きなトンボを作り出しそれを渡してきた。

「なんでこんな原始的なんだ」

 これだったら地球の科学の方が勝っているではないか。

「専門的な魔法には専門的な知識が必要だからね。他にも整地するための魔法はあるけど、私はそれを使えないんだ」

「なんて現実的な・・・・・・」

 地球でも免許がなければ使えないし、そもそも使い方を知らないものを使えるはずもない。

 今の俺が使える整地用の道具は、このトンボくらいだろう。

「ん、でもこれ、大きさの割に軽いな」

 渡されたトンボはこの学校にあるそれの倍以上の大きさはあるのに、持ち上げてみると重さは大して変わらない。もしかしたら学校のトンボより軽いかもしれない。

「子供でも使えるように作ってあるからね。軽い土なら、それだけでも十分に整地できるよ」

「とは言うけどもさ・・・・・・」

 これを一人で元通りにするのか。

 全長約五十メートル強、幅約四メートル、深さ約二メートル。

「骨が折れるぞこりゃ」

 ファルスコールにも手伝ってもらえばよかった。と、思ったが、すでに彼女は帰ってしまった。

「私も手伝うから頑張って」

 アレスが言うが、その小さな身体にあったトンボでは、あまり役に立ちそうではない。「まぁ、皆の目が覚めるまでは時間が掛かるだろうし、その間にやっておくか」


============================


 さて、作業を始めてから五分ほど経過したときだった。

「結構できるもんだな。土を戻すだけならスコップの方が良かったかもしれないけど」

 思いのほか作業が捗るので、案外早く終わるのではないか、と思っていたのだが、

「でも、この土を固めないと、元通りになったとは言えないよね」

 とアレスが漏らした。

「う、そっちは魔法でどうにかならないのか?」

「う~ん・・・・・・」

 アレスは暫く考えて

「自然に任せるしかないんじゃない? もしくは地力で踏み固めるか」

 と言った。

 地力で踏み固めるなんて、いったいどれ程の時間をかければ終わるのだろうか。

「まぁ、それくらいはいいよな」

 土を元に戻すだけで、固めるのは諦めるとしよう。


============================


 更に五分後。

 そろそろ半分くらいは埋められたのではないか? と言うところまできた。かなり雑だけど。

 後でもう一度ならしておかないと、ガッタガタでとてもではないが元通りには見えないだろう。

「そういえばさ、ちょっと気になったんだけど。あの怪物、というか魔力集合体? だっけか。あれって集めた魔力で形が決まるんだよな?」

『ええ、そうですけど、それがどうかしましたか?』

「いや、五百人の魔力を集めた割には、滅茶苦茶な容姿だったなぁ、と思ってさ」

 確かにあの怪物キマイラは生物の格好をしていたが、あまりにも雑な造りに思えた。「キマイラ」と言えば聞こえはいいが、実際の姿は様々な生物をごちゃ混ぜにした塊である。

『それは、恐らく全員が全員違うものを思い描いていたからでしょう』

「全員が違うものを思い描いていた?」

『はい、魔力集合体は製作時に各々から魔力を均等に集めるのですが、そのときにある程度形を定める事ができます。それが様々な形をした商品として売りに出されるのです。ですが、今回は魔力を均等に集めたのはいいのですが、その形をどのようにするかは一切考えられなかったのです』

「まぁそうだろうな。考えるも何も、当の本人たちは魔法を使っていることさえ気がつかなかったんだから」

『そういうことです。彼らは何を形作るか考えていなかった。だからあのような出鱈目な形になってしまったのでしょう。しかし、出鱈目の割にはその一つ一つを見るときちんとしている』

 言われて見るとそうである。何も考えていないのに、それは一個一個が生物の形を象っている。それはいったいどういうことなのか。

『そこまで難しく考えることでもないと思いますが、恐らく彼らの潜在的な意識から何を形作るか読み取ったのでしょう』

「潜在的な意識、か」

 なるほど。何かを思い描くのではなく、頭の中のどこかにあった生物を勝手に持ち出した、ということか。それを適当に繋ぎ合わせた結果がアレになったわけだ。

「しっかし、つくづくドディックジュエリって色んな事ができるんだなぁ、って思うよ。まぁ、魔法も俺にとっちゃ摩訶不思議な特殊能力だけど」

『それを言うなら、この地球ほしの科学力は私たちにとって摩訶不思議な特殊能力ですよ』

 それもそうだろう。魔法無しで色々便利なモノを造るとなると、これくらいの科学力が当然になってくるのだろう。それでも魔法と科学は似たような能力になるのだから不思議だ。

『結局のところ、知能を持った同じような生物ならば、進化する過程は違っても求めるものは同じなわけです。結果を求めるために過程を通るのですから、過程が異なり結果が同じであるのは至極当然なのです』

「至極当然かぁ。うーん、確かにそうなんだろうけど、人と人が争うって所まで同じなのはなぁ」

 これも仕方のないことだと言ってしまえばそれで終わりだが、どうしても考えてしまう。そしていつも同じ結論に至る。魔法だろうと科学だろうと、人が人を傷つけるのは間違っていると。

『人間同士の争いを過ちとするならば、私たちは知能を得たところで道を誤ってしまっているのです。皮肉なことに、その知能のおかげでそれが間違っていると気付けているのですけどね』

 人間は不完全な生き物だ。いや、この世の生物に完璧なものなんていないだろう。だから生物は繁栄し滅びる。

 つくづく、この世の不条理さに嘆いてしまう。

 ―――――と、感傷に浸ってみたりする。

 考え、嘆いたところで、普段の生活は変わらない。結局、現状に満足しているのである。この思いも、もしかしたら他人事の考えなのかもしれないのだ。


===========================


「ぁあ、腰が痛いー」

 トンボを地面に置き、ずっと曲げたままだった腰を伸ばす。

 作業時間は二十分を過ぎた。半分を過ぎた辺りから、作業の手が遅れつつある。腰の痛みもそうだが、昨日の筋肉痛がかなり身体にきているのが原因だ。

「腰を曲げたままは、やっぱりきついよねぇ~」

 と、休憩がてらにアレスと話をしていたときである。

 遠くの方から千草がこちらにやってくるのが見えた。

「うわっ、なにこれ!」

 千草はその大きな溝を見て目を丸くしていた。

「ちょっと色々あってな。今それを元に戻しているところなんだ」

「そ、そうなんだ」

 千草は溝を大きくぐるりと回ってこちらまで来た。

「一応学校を見て回ったけど、殆どの人が意識を失ってた。意識がある人もいたけど、動くのは辛そう。でも、みんな大丈夫そうだよ」

 なるほど、学校中を周っていたから、こんなにも時間がかかったのか。

「そっか、よかった」

「それで、色々聞きたい事があるんだけど、話してくれるよね」

「ああ、約束したからな」

 できるならば話したくはなかったけど、ここまで見られてしまったのなら話した方がいいだろう。何も説明しないままだと、色々と厄介な事が起こりそうだ。

 と、ルースも賛成してくれたので、簡潔に話をした。


============================


「―――――ふん、なるほどね」

 一通り話し終わると、千草は小さく頷いた。

「えっと、わかった?」

「理解したか理解してないかで問われれば「理解した」って言えるけど・・・・・・」

「けど?」

「まずこの手の話は疑うことから入るのが普通よね」

 ですよね。

「別にあなた達の存在を否定するわけじゃないわよ。この広い宇宙に、地球にしか生物がいない、って考える方がおかしいと思わない?」

 千草はしゃがみ込むと、アレスを抱きかかえて指で顎を撫でていた。

「まぁそうだよな」

「問題はそこじゃなくて、今からあなたたちがしようとしていること。あの金髪の女の子、ファルスコールだっけ? その子がしようとしていること。疑う、とは少し違うけど、本当にそれをやるのか、ってね。話をつけるために、明日あの子と戦うんでしょ?」

「ああ、そのつもりだ」

 答えると、千草は溜息を吐いた。

「ねぇ高村君、前にも言ったけど、全部守りたいとかみんな平和でありますように、って気持ちはみんな心のどこかに持ってるごく普通の思いなの。でも、それを本当に実行するってことは、途方もないことだよ。どんなに強い意志を持っていたとしても、それだけじゃ叶わない。ううん、人間という種族が生きている間にそれが果されるかどうかもわからない」

「わかってる。それでも俺はそうしたいと思った」

「わかってないよ。確かにその二つの国が戦争をやめることはできるかもしれない。でも、その先はどうするの? 戦争を終わらせることだけが、みんなを助けることじゃないよ」

「・・・・・・それもわかっているつもりだ」

 だが、その手段がわからないことも事実だ。

「まぁ、その後の話は国の話だからどうにもできない部分もあるけど、それだけじゃないでしょ。高村君、あなたのその望みが実現不可能だと知っている人がいる。そして、その人は自分の国を守る術も知っている。そのためには高村君、あなたが邪魔になる。それがどういう意味かわかるよね」

「―――――」

「ねぇ高村君、あなたはただの中学生なんだよ。軍人でもなければ騎士でもない。そのただの中学生が懸ける命って何? 国のためでも王のためでもない。その命は何のためにあるの?」

「―――――」

「高村君、あなたの命はみんなのためにあるんじゃないの? 高村君のお母さん、入江さんも佐藤君も鈴木君も、クラス中のみんな友達のため。そのみんなを守るために、国を背負った王様と戦って、それで―――――それで死んじゃったらどうするの。どうにもならないよ。その国は助かるかもしれない。この町のみんなも助かるかもしれない。でも、あなたはいない」

「それでも、俺は・・・・・・」

「まだわからないの? あなたがいない日常がこの先ずっと待っている。あなたが居る筈の場所が、空席のまま日常が過ぎていく。高村君が悲しむんじゃなくて、みんなが悲しむ。高村君が辛いんじゃなくて、みんなが辛い。命が一つ亡くなって辛くなるのは本人じゃない。周りのみんななの。人が死ぬってそういうことだよ」

 人が死んだら悲しむのは周りのみんな。そう、そんなの当たり前だ。そうならないために、俺はこの道を選んだ。

 でも、その先には自分で嫌だと思った未来が待っているかもしれない。

 それでも、俺はやらなきゃいけないと思った。自分だけにしかできないから、という思いもあるけど、何より自分で何とかしたいと思った。見て見ぬふりができなかった。だから俺は―――――

「―――――ごめん」

 この言葉しか出なかった。

「―――――バカ」

 彼女もそれしか言わなかった。

「ごめん」

 彼女はそのまま何も言わず、教室へ帰っていってしまった。

『申し訳ありません』

「なんだよルースまで」

『いえ、やはり、私の立場からすれば、今していることは間違っているので』

「だからって謝らなくていいだろ。俺は、この道を選んだこと、後悔してないんだからさ」

 そう、後悔はない。あるとしたら、やり遂げる事ができなかった場合の不安だ。そればかりはどうしようもない。

『―――――ところでアレスはどこに行ったのでしょう』

「・・・・・・え?」








「―――――バカ」

 バカだ。なんであの時に詳しい話を聞きださなかったのだろう。確かにあの時、私は彼がおかしいことに気づいていたというのに。

 無理やりにでも聞きだすべきだった。

 自分の考えを押し付けて、それで彼が満足するならばそれで良いと、そう思った。

 だが、彼の問題はもっと深刻なことだった。もっとちゃんと考えるべきだった。

 それでも、彼はこの道を選んだのだろうか。

 どちらにしろ、私は彼を止めるべきだった。それも、自分の考えを押し付けることになるけど、それで彼が考え改めたのなら、それが良かったのかもしれない。

「はぁ・・・・・・」

 そんなこと考えたって後の祭りである。もう、彼は決心してしまったのだから。

「・・・・・・あのぉ~」

「きゃっ」

 突然、胸元から女性の声がした。

「そろそろ離してくれないかな」

 手元がむずむずと動き、そこを見ると一匹の犬が顔を出していた。

「あ、えっと」

 話に夢中になりすぎて、彼女を抱きかかえていたのを忘れていた。

「ごめんなさい」

 手から彼女を離すとするりとそこから抜け出し、その背中についている羽を器用に羽ばたかせ宙に浮いていた。

「ふぅ、やっと出られたぁ」

「す、すみません。その、大丈夫ですか?」

「うん、平気平気。ちょっと苦しかったけど」

 その犬モドキは手で顔を仰いだ。

 この人? が一国のお姫様なんて、あまり想像がつかない。本当の姿は私たちと変わらない人間らしいけど、いったいどんな姿なのだろうか。

「ねぇ、私がこんなこと言うのは変かもしれないけど、つきクンは私が絶対に守る。つきクンを死なせたりはしない。だから―――――」

 確かにその言葉はおかしかった。どちらかと言えば彼女は助けられる側だ。

「ありがとうございます。でも、今から彼が向かう場所は戦場です。そこに絶対の保証なんてないし、もとより彼は覚悟の上です。強い意志と覚悟を持って、そこへ向かうと決心したんです。だから、守るとかそういうんじゃなくて、彼の隣にいてあげてください。そうすれば、彼の道が閉ざされることはないんですから」

「ほんとうに、それだけでいいの?」

「はい、死ぬとか生きるとか、そういうのはもう彼の中で決まっていることですから。それでも、死ぬときは死んじゃうんですけどね」

 そう、戦場に死が無い場所なんてない。

 それは彼も知っている。私も知っている。

 知らないのは周りのみんな。そんな場所に彼が行くことさえ知らない。

 それをわかった上で彼自身が選んだのなら、止めようも無い。

「私の立場からすれば守ってあげてほしいですけど、彼からしたらその道を無くさない方が大事だと思うんです」

「―――――うん、わかった。私はつきクンのそばにいる」

 彼女の言葉に小さくお辞儀をした。

「ああそうだ、今度からは私と話すときは敬語じゃなくていいからね。年も変わらないし、何より私はあなたの国のお姫様じゃないんだから」

「は、はぁ、そうですか」

 そういうものなのだろうか。例え国が違っても、この人が偉い人であることに変わりはないと思うのだけど。

 だが、その今度は、彼が彼女に勝てたらの話である。

 そして、勝てたところで彼の願いが叶うわけではない。そうすれば、また彼女と戦わなければならない。

 そのためにも、この人には彼のそばにいて欲しい。

 彼の願いは、二人の少女が手を取り合うことなのだから。


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