黄金の月
「あの子が言ってた場所は生物複合体から南西の方角だからこの辺りだね」
アレスの後についてやってきたのは結界の外側。後ろにはプールがあり、その後ろに民家が並んでいる。
「気休め程度だけど、この場所ならちょっとだけ被害が抑えられる。民家までの間にプールがあるからその分衝撃が和らぐかも。ホントに気休めだけどね」
距離にして数十メートル。この距離ではあってもなくても同じである。
「それじゃあ結界を強化するから、つきクンは魔力の供給をお願いね。私の背中に手を当てるだけでいいから」
言われるままにアレスの背中に手を当てる。
すると、手の先から何かが吸い取られるのがわかった。
「強化段階は最大の十。この範囲の空間を完全に遮断する」
アレスが結界の境に手を当てると、そこが銀色に輝き始めた。
空間の遮断。それはつまり、結界内と外の干渉をゼロにするということ。どんな攻撃を受けようとその部分と外は無関係にあるので、外には一切の被害は出ない。
しかし、それにも限度がある。実際の世界ではその部分は繋がっているので、作り物である干渉ゼロの空間は強い力によって破壊されてしまう。
「・・・っ・・・・・・」
「大丈夫か?」
「うん、私は平気。だけど、早くしないと結界の方がもたなくなるかもしれない」
アレスの手の光は更に増す。
結界の境も普段は見えないはずなのに、その部分だけ銀色の輝きを放ち境目が見えていた。
「っ、―――――八、―――――九、・・・・・・今だよ!」
アレスの合図がファルスコールへと伝わる。
「―――――」
ファルスコールは右手に持ったブイオを頭上に掲げた。左手は柄の一番下を持ち、まるで日本刀を持つ侍のようだった。
「・・・・・・」
黄金に輝く光が彼女を纏っていく。
それは太陽の光と違わない程、輝いていた。
刀身に反射る、燦然と輝くそれは、まさしく月の煌き。
闇夜に浮かぶ黄金の月。
「いきますよ、ブイオ」
『ああ、任せときな』
秘められた魔法。
決して言葉にしてはいけない彼女の名前。
今、叫ぶは、星に光をもたらす黄金の輝き。
声高らかに上げる、彼女の真名。
「カレト―――――」
足を踏み出し頭上の月の輝きを兜割りの如く振り下ろす。
「―――――ヴルッフ!」
振り下ろした刀身が半月の弧を描き、軌跡から光が溢れるように輝き放つ。
膨張するかのように光りが膨らみ、そして―――――黄金が光の速さで突き進む。
地を削り、轟音を立て、怪物を飲み込む。
それはまるで、はるか異国の伝承にある一振りの剣。
「・・・うっ・・・・・・!」
結界の外だというのに、その衝撃が身体を貫く。
「だ、大丈夫なのか?」
「う、うん。この攻撃自体は防げるはず。問題はこの後。耐え切れなくなった結界が崩壊して、中で渦巻いた魔力が一気に外に飛び出す。それを防がないと近くの民家は危ないかも」
それは自分たちも危ない、と言っているのと同じだった。
だが、そんなことは承知の上である。
「どうすればいいんだ?」
「つきクンはそのまま魔力の供給をお願い。後は私が・・・・・・ううん、私にしかできないから」
アレスはそのまま手を当て、結界の中に集中していた。
後は彼女に任せるしかない。月の輝きに対抗できるのは太陽の輝きだけなのだから。
「―――――」
未だ輝きは止まない。
飲まれた怪物はすでに絶えたというのに、その光り輝く黄金は曇りもしない。
しかし、輝きは衰えずとも、結界の境目を揺らす衝撃は徐々に緩んでいた。そして、その衝撃が完全になくなると同時に、結界が崩れ去るのがわかった。
目の前の空間から何かが崩れ落ちていく。まるで、完成したジグソーパズルをひっくり返したように。
「くっ・・・・・・ッ!」
結界があった場所では、激しくソレが渦巻いていた。
轟と砂塵を巻き上げ、その渦は激しさを増していく。
「まだ、強くなるのか?」
「まだ魔力の余波が収まっていない状態で結界が崩れたから、溢れる魔力が勢いを増してる。それを止めるのが私の役目っ!」
アレスは両手を前に突き出すと、目を瞑り精神を集中させるようにした。
次第に辺りが眩く光り始める。
宙に散りばめられるようにその光は輝いていた。
そして、その光はあたりを覆うように広がっていく。
「いくよっ!」
刹那、目の前が無数の星の輝きの如く包んだ。眩しすぎて目を細めるが、その光は何故かとても綺麗だった。
中心で渦を巻く黄金の輝きが、無数に散らばる星たちを照らす。まるで恒星が星を照らすようだ。皮肉なことに立場はまるっきり逆である。
「つきクン、ちょっとだけ踏ん張ってね!」
「え、ちょ、何するんだよ・・・・・・ってうわっ!」
アレスは唐突に叫び、それにどうすることもできず、ただ目の前で起きる出来事を傍観するのみだった。
再び目の前が目を開けられないほどに輝くと、それと共に暴風が吹き荒れた。まわりがどうなっているか確認できないが、校舎の窓ガラスが今にも割れそうなほどに悲鳴を上げ、巻き上がるグラウンドの砂が肌を掠め、木々が激しく揺れ唸っているのはわかった。
それも徐々に収まっていくと、今度は本当にこれで終わったのだと実感できた。先程の轟音が嘘のように静まり返り、目の前で起きていたであろう魔力のぶつかり合いも、跡形もなく消え去っていた。
残っているのは、彼女が放った月の輝きによってできた爪あとのみである。
「うわっ、でっかいなあれ・・・・・・」
他のどんなことよりも何故かそれに目がいった。それほど、今の状況は静かなものだとわかる。
「ふぅ・・・・・・」
アレスは一仕事を終え、深い息を吐き出した。
「ありがとうアレス、おかげで学校が壊れずにすんだ」
「失敗してたら、学校どころか近隣一帯が崩壊してたけどねぇ」
あはは、とアレスは笑うが、全く笑い事ではない。
「でも、礼を言うのは私じゃなくてあの子だよ」
ファルスコールに目をやると、彼女はブイオを鞘に仕舞いその変身を解いていた。
「ああ、そうだな」
あの子がいなければ、怪物倒せなかったかもしれない。いや、そもそも、この異変に対応できたのは、彼女がここへ来たからだ。
「ありがとう」
ファルスコールのもとへと行き礼を言う。
「いえ、礼を言われるようなことをしたつもりはありません」
予想通りの言葉が返ってきた。人を助けることは彼女にとって当然のことなのだろう。
「それに、私はいつものように怪物を倒しただけで、この学校にいる人たちを助けることはできなかった」
「でも、君がいなきゃ、怪物は倒せなかった。そしたらもっと被害が出ていたはずだ」
「そうですね、ですが・・・・・・」
彼女は手に持ったブイオを首に掛け直した。
「いえ―――――ところで、これからどうしますか?」
「どう、って?」
「あの時の続きをこれからするのかどうか、ということです」
ファルスコールの声が少しだけ重くなる。
「・・・・・・君は、ここでするつもりなのか?」
「あなたがそれを望むなら・・・・・・」
沈黙が流れる。
しかし、答えは決まっている。その沈黙をすぐに破った。
「もちろん、こんなところでするつもりはないさ」
「でしょうね」
ファルスコールも「それくらいわかっていた」と言いたげに小さく笑っていた。
「では、明日改めて剣を交えましょう。場所は先日と同じあの双子山の上空で」
「ああ、わかった。時間は放課後でいいよな。学校にはちゃんと出ておきたいし」
「ええ、構いません。では、また明日お会いしましょう」
彼女は用件だけを済ませると、早々に学校を出て行こうとした。
彼女らしいといえば彼女らしい。
「あ、ちょっと」
しかし、何故かその彼女を呼び止める。
「なんでしょうか?」
背を向けたファルスコールが、髪を揺らして振り返った。
「あー、えっと・・・・・・」
特に用事もないのに、何故か引き止めてしまった。
「いや、なんでもない。引き止めて悪かったな」
「・・・・・・そうですか?」
彼女は怪訝そうにしたが、その後は特に気にした様子もなく、また背を向けその場を去っていった。
「―――――月の輝き、か」
今になって、これから挑まんとする相手がどんなものなのか、ようやくわかった。
あれは、人では到底届かぬところに在るものだ。どんなに頑張ったところで、人では到達できない。
月の輝き。それはこの身一つでは霞みもしない。
対抗しうるは唯一つ。
その輝きを得ない限り勝機はない。