閃く刃
『アレス、念のために結界を張ってください。この状況で動ける人がいるとは思えませんが、戦いに巻き込まれると危険です』
「うん、わかった」
アレスはルースに返事をすると、上空へと羽ばたいていった。そして暫くすると、辺りが何かに覆われるのがわかった。
アレスの張った結界だ。これで、この結界内に入って来れる人はいないだろう。
「あれ・・・・・・だよな?」
グラウンドに出ると、その中央からやや校舎よりの場所に一つの塊があった。サッカーボール大の大きさで丸い球体。禍々しくも美しい不思議な色合いだ。
「あれを壊せばいいのか?」
「いいえ、やめておいた方がいいでしょう。今あれを壊せば、およそ五百人分の魔力が爆発します」
「ば、爆発って・・・・・・」
五百人分の魔力の爆発なんて想像もしたくないし、起きてしまったら学校ごと吹っ飛んでしまうかもしれない。
「もう暫くしたらあの球体が変化を始めます。そうすれば、攻撃しても問題ありません。今のうちに戦う準備をしておきましょう」
ファルスコールは言うと、その身体を光が包みこんだ。
彼女の言う通りに、俺も変身しておこう。
「これって、元はおもちゃを作るための魔法なんだよな?」
共に光から出てきたところで、気になっていたことを聞いた。
「ええ、そうですけど、それが何か?」
「魔法ってさ、いろんな種類があってすごい便利だよな。でもその反面、危険なこともあるし、間違った使い方をすれば人を傷つける道具になる」
「それは、人である以上避けられない道です」
そう、それは避けられない道。生きるための知恵は必ず誰かを傷つける刃と化す。それが人間として、いや、生物として知恵を持ってしまった罪。
「でもさ、アレは子供のためのおもちゃだ。役立つ便利な道具でもなんでもない、ただのおもちゃだ。人が生きるために作ったものじゃなくて、人に楽しんでもらうためのもの。それがこんな風になるなんて・・・・・・」
「そうですね、このようなことになることを望んで作ったわけではないのですから。しかし、最初から危険の伴わない発明は存在しません。この魔力集合体も、複数人の魔力を混ぜて作り上げるものです。もしかしたら、普段危険だと思われているものよりも、さらに危険が生じる可能性があったわけです」
人を楽しませるモノを作るために、危険だとわかってそれを作るのか。
いや、この世界でも変わらないではないか。一見この世界には人にとって無害なものが多く見える。しかし、現実は違う。あらゆるものに、人にとっては有害なものが含まれている。
そう、どの世界だろうと、この仕組みは変わらない。
「それが世界の仕組みですよ。全てを等しく、無害に、そして傷つけない方法なんてありえないのです。そう、だからこそ、あなたの理想は成し得ない」
「・・・・・・」
それは当然のことだ。知っている。でも、それでも、この決意は変えない。承知の上で望んだのだから。
「―――――来ます。構えてください」
ファルスコールが静かに言った。
同時に球体にひびが入り、そこから光が漏れ始めた。
「っく」
辺りを風が渦巻き、魔力が溢れていた。
思わず腕で目を隠す。
「な、なんだ、これ。ヤバすぎだろ・・・・・・!」
これが五百人分の魔力なのか。今までのどんな相手よりも、その威圧感は凄まじかった。
「流石に強大ですね。これは一筋縄ではいかないかもしれません」
漏れ出した光が球体を完全に包み込む。そして更に、光は肥大化していった。
「どこまででかくなるんだ」
それはついに、校舎の二階付近にまで達そうとしている。
しかし、そこで光が徐々に引いていった。
「こ、これは・・・・・・!」
そこにいたのは、確かに生物だった。しかし、これを生物と呼んでいいのだろうか。
「これではまるで生物混合体ですね」
「キマイラ・・・・・・」
獅子の頭、山羊の胴、毒蛇の尾を持つ、ギリシャ神話に出てくる伝説の生物。それが転じて、異なる種類の生物が同一の固体に混合し生きる架空の生物を指すこともある。生物学のキメラの由来でもあり、複数の生物の遺伝情報を持つ個体。
これはまさしく生物混合体であった。
獅子の頭、山羊の胴、蛇の尾。全てを持っている。
だが、それだけではない。あらゆる生物がそこに生きていた。
「あれ、ゴリラの腕か? あっちの角は何の生物のだよ。あの触手みたいなのは・・・・・・?」
もう、何がなんだかさっぱりである。生物としての形態を保っていない。この世に存在する全ての生物の一部を、ただ適当に繋ぎ合わせただけのように見える。
「見ていてあまり気持ちのよいものではありませんね。いくら創造物だからといって、生物をこのように扱うなど、許されざる行為です。早くこんなものは壊してしまいましょう」
「そうだな、君の言う通りだ」
確かにコレは魔法で作り上げた作り物だ。だが、コレは確かに生きている。生きているように作られている。例え作り物でもここまで個性を持っていたら、生きているのと変わらない。
「では、同時に正面から突破しましょう。一気に切り伏せてしまえば、機能は停止するはずです」
「わかった」
その言葉に頷いて答え、二人は同時に駆け出した。
「―――――!」
しかし、怪物に近付く前にその道を阻まれる。
「うわっ! あ、危ねぇ」
阻んだものは何か。
黒い物体が迫り、地面に着弾と同時に弾けた。
一旦距離をとり、態勢を立て直す。
「これは恐らく・・・・・・」
「恐らく?」
ファルスコールは一瞬躊躇ったが、何事も無かったかのように言った。
「糞です」
「ふん? ・・・・・・糞!?」
「ええ、この生物混合体は地球上の生物のみで形成されています。彼らに遠距離からの攻撃法方が他にあるとは考えられません」
「い、いや、でも、石とか木の実とかあるだろ?」
「それを彼らが生成できるのならともかく、そんな機能を持った生物は地球上には存在しないのでしょう?」
「そ、そうだけどさ・・・・・・」
自ら生成できる遠距離武器と言えば、確かにそれしかない。だが、何故それが爆発するのだ。
「これは確かに生物といって差し支えないものですが、魔力集合体であることに変わりはありません。それが作り出すものが、普通の生物と同じわけがありません。魔力で作り出した糞。それは爆発してしまうのです」
「な、なるほど。ってことは、あれは見た目は糞だけど、全くの別物と言うことでいいんだな」
そうとわかれば怖くない、と思う。
とどのつまり、見た目がなんであろうと直撃するわけにはいかない、ということだ。精神的にもしたくないし。
「十分注意していきましょう。他にも私たちでは考え付かないような攻撃を仕掛けてくるかもしれません」
気を取り直し、再び怪物へと攻撃を仕掛ける。
それ自体の移動速度はかなり遅く、間合いを取るのは簡単だ。飛来する糞も思ったよりも避けやすい。放物線を描くように着弾するため、攻撃地点も読みやすい。
ある程度近付くとそれは止み、次の攻撃が襲った。
ウネウネとうねる何本もの触手が、逃げ道をふさぐように取り囲む。襲い来る触手はその軌道を全く読ませない。
「っ、これは、攻撃が読みにくいですね。しかし―――――」
一閃。
ファルスコールが剣を振るうと触手は綺麗に裂け、どっと地面に落ちた。
「触れる直前に斬れば良いだけのこと。その瞬間だけは、この身体を狙うとわかっている」
「おお、なるほど」
対処に困っていたので助かる。
そして一太刀。
襲い来る触手が何本もその場に落ちていく。
だが―――――
「・・・っ・・・・・・」
斬ったはずのそれの先から、再び触手が生えてきた。
「恐るべき再生力ですね」
ファルスコールはそれを再び切り伏せるが、やはりすぐに元に戻ってしまった。
斬っても斬ってもすぐに再生する。いや、むしろこちらが遅れている。触手の再生力に対処が間に合わない。
「もう一度、態勢を立て直しましょう。このままでは埒が明きません」
と言うと、ファルスコールは後ろへ飛び退った。
「え、ちょ・・・・・・」
彼女がいなくなることで標的を俺に絞ったのか、倍以上の触手が襲った。
「ぬわっ! ちょ、くっつくなって・・・・・・っ!」
張り付く蛸の吸盤を無理やり剥がしそれを抜け、同じように後ろへ跳んだ。
「あ、危なかった」
「あの吸盤は厄介ですね。兎にも角にも、あの異常なまでの再生力を何とかしなければいけません」
あれだけ斬りつけ落とした触手もいまや元通りに回復し、姿は元通りである。
「ここは二手に分かれてみましょうか。そうすれば、敵の攻撃が分散されて中に入れるかもしれません」
「ああそうだな、試してみるか。でも、もし中に入れたとしても、どこを攻撃したらいいんだ?」
あの生物複合体にとって、どこが急所なのだろうか。そもそも、致命傷になりうる部位が存在しているかも怪しい。
「とりあえず・・・・・・」
「とりあえず?」
「斬りましょう」
「え!?」
「斬って斬って斬り続ければ、いつかはそこに当たるでしょう」
「そ、そうかな・・・・・・」
この子って、意外と適当なところがある気がする。
しかし、彼女は大真面目に言っていた。
「例えどんなに再生力が高くとも、不死身である生物は存在しません。あのカラダのどこかに、必ず致命傷となりうる箇所は存在するはずです。そう、私達の心臓や脳のように」
それは至極当然だった。この世に不死身の生物などいない。
当たり前ではないか。生物とはそういうことだ。死なない生物は存在しない。
「よし、じゃあそれでいこう」
三度、二人は地を蹴り怪物へと向かった。
ファルスコールは反対側へ回り、俺は正面を狙う。
「ルース、一つ聞きたいんだが、俺とあの子だったらどっちがこのキマイラを倒せると思う?」
触手が届く範囲に入る前に、ルースに問う。
『・・・・・・ファルスコールでしょうね』
「まぁ、普通に考えたらそうだよな」
ならば、俺のやることは、なるべく彼女の方に攻撃がいかないようにすること。
「・・・っ・・・今はこれが限度か」
背後に二十の光弾を作り出す。
光弾を作り出すだけならばこれ以上も可能だが、操るとなると話は別である。
「一つ一つを別々に操り、触手の攻撃をあの子から逸らす」
背後の光弾を怪物に向けて放った。
それを覆うように光弾は舞い、狙う全ての触手を踊らせる。
「―――――っ」
神経を光弾に注ぎ、自身は怪物へと突っ込む。
「はぁあ!」
横殴りの一振り。
狙う触手を切り落とす。
「さあもっと来い。その触手全てを俺に向けろ!」
その言葉を理解したのか、怪物の何本もの触手が俺を狙った。
「ぐあっ!」
さすがに防ぎきれない。
取り逃した数本が腕に絡みつく。
だが、これだけでは足りない。もっと、もっとだ。
「へっ、足りないな・・・・・・。こんなんじゃ枷にもならない!」
怪物の動きが一瞬止まったかと思うと、光弾を追っていた触手が一気に迫ってきた。
「今だっ!」
瞬間。周りを舞う光弾が弾け、怪物の伸ばす触手をネットが覆い包み、縛った。
「ファルスコール!」
反対側にいるであろう彼女に叫ぶ。
それを全て聞く前に、彼女は中へと突っ込んだ。しかし―――――
『ツキミさん!』
それはルースの声と同時だった。
縛ったネットが崩れるように砕け散り、解けた触手が無防備な身体を襲う。
「―――――ッ!」
今この身は動かすことさえできない。
迫る触手をただ待つのみ。
「・・・・・・っ・・・・・・」
思わず目を瞑る。
空気を波打つ音が顔前に迫る。
今正にそれが目の前を走り、津波の如く襲う。
避ける、防ぐ、そんな選択肢など無い。
「―――――
ああ、千草に教えてもらったこと、まったく活かせなかった。これじゃ何のために教えてもらったのか・・・・・・
―――――」
迫り来る触手の波。
まるで押しつぶされそうな感覚が、瞼越しに伝わってくる。
「・・・・・・」
なのに、それなのに、一向に津波は来ない。
いや、途切れた?
「うっ」
突如、身体が何かに持っていかれるような感覚に陥る。
風を切る音と共に、身体が後ろへと跳んだ。
「・・・・・・んっ」
恐る恐る目を開ける。
そこには怪物はいなくて、代わりにいたのは、その長い黒髪を二つに縛った女の子。左手に刀を持ち静かに立っていた。
「ち、千草! な、なんでお前がここに・・・・・・?」
絶対に居るはずのない彼女を見て、驚きか戸惑いかよくわからない声を出す。
アレスが結界を張ったはずではないのか。ルースにもアレス本人にも確認するが、何故ここに入れたのか二人ともわからないと言う。
「・・・・・・ねぇ高村君、説明とか色々されても信じられないし訳がわからなくなるから聞かないけど、一つだけ確認していいかな?」
千草はその目を怪物に向けたまま話した。
「アレを倒したら、全部元通りになるの?」
「・・・・・・いや、元通りにはならない。みんなが回復するには自然に待つしかない。けど、あれを放っておくと、今以上の被害が出る」
「そう、わかった」
千草はそれだけを言うと、すっと一歩前に出た。
「じゃ、行ってくるから、ちょっと待ってて」
「っておい千草、あいつと戦うのか!?」
それに千草は黙って頷いた。
「そんな無茶だ! あいつは・・・・・・」
「あいつは? 魔法でもないと倒せないの?」
「そ、そういうわけじゃ、ない、と思う」
魔法でなければ倒せない、なんて制約ない、と思う。が、もしかしたらあるかもしれない。
いや、そもそも魔法がどうとか、という話をしていいのか。
「例えあなたが勝つ手段を持っていたとしても、行かせませんよ」
と、ファルスコールがこちらに異変に気付いたのか、怪物の反対側から飛んで来て、千草の前に出て遮った。
「どうして?」
千草がその目を彼女に移し問う。
「あなたが一般人だからです」
「じゃあ、あなたは一般人じゃないの?」
「あなたの目から見れば一般人ではありません」
「そう・・・・・・」
彼女たちは互いにその眼を見つめていた。まるで睨み合うかのように。
そして、ふと目を閉じた千草は、突然その場を駆け出した。
「―――――!」
慌ててファルスコールは追いかけるも、怪物の触手に阻まれ進めない。
対する千草は、まるで全ての攻撃が見えているかのように、その一つ一つを紙一重で躱し進んでいた。
「もしかして、あの眼を・・・・・・?」
気がつけば全身を刺すような感覚が襲っていた。
だが、いくら見えているからといって、あそこまで簡単に躱すことなどできるのだろうか。
「あの触手は不規則な動きで軌道さえ読めないのに、それをあんな易々と避けるなんて・・・・・・」
千草のその足はゆっくりとだったが、着実に中へと進んでいた。進めば進むほど、その触手は絶え間なく襲い来るのに、それをすべて躱し、左手にもった刀を一度も抜くことなく鞘でいなし、前へ進む。
そしてついに、千草はそこへ辿り着いた。俺とファルスコールが二人でも進めなかった場所へ、千草は僅か数歩でそこにいた。
「・・・え・・・・・・?」
突如、怪物の動きが止まったかと思うと、その上体がずっ、とずれ落ちた。
「なっ、ど、どうなってるんだ」
綺麗に横の線が入り、その身体が真っ二つに分かれる。
『ツキミさん、彼女を見てください』
「・・・・・・!」
千草のその右手には刀を持ち、いつの間にか左手の鞘からそれを振り抜いていた。
「まさか、そんなはず・・・・・・。ずっと千草を見てたけど、刀を抜くとこなんて見なかったぞ」
そう、俺は彼女があの怪物に向かって行った時から、目を離さずに見ていた。だというのに、彼女が刀を抜く瞬間どころか、手にかけたことさえわからなかった。
「ルースはわかったか?」
『いえ、私にも見えませんでした。恐らく、ファルスコールにも・・・・・・』
ルースにもファルスコールにも見えない一振り。そんなのことを、ただの女子中学生がやってのけたのか。
『今の抜刀は、恐らく音速を超えています』
「は、はぁ! 音速ってあれだろ? 音の速さだろ!?」
そんな速さで人間が動けるなんて思えないし、何よりその速さで腕を振りぬいたら千切れてしまうのではないか。
『常識的に考えたらそうなりますね。しかし、彼女はそれをやってのけた。しかも、ただの模造刀であの巨体を切り伏せた。常人ではあり得ないことですね』
「も、模造刀って・・・・・・。あ、あいつ、本当に人間かよ」
あの眼といい、今の抜刀といい、あまりにも人間離れした業だ。
『ツキミさん! 魔力集合体を見てください』
ルースが叫ぶように呼んだ。
今度は何が起きたのだ、と目を凝らして怪物を見る。
「くっつき直している・・・・・・?」
目に映ったのは、真っ二つに割れた怪物の身体が元に戻ろうとしているところだった。
「も、もしかして、これもあいつの再生力ってやつか?」
真っ二つに斬られた身体。確かにそれは致命傷たる一撃だと思われた。しかし、それでもアレは元に戻るというのか。
「千草! そいつから離れるんだ!」
叫び彼女を呼び戻す。いくら彼女が人間離れしていようと、ほぼ不死身である化け物に勝てるはずがない。
「―――――っ」
怪物の身体の異変に彼女も気付き、跳ぶようにしてソレから離れた。
「ねぇ高村君、ホントに魔法がないと倒せないの?」
戻ってきた千草は、変わらず怪物を睨みつけていた。
「い、いや、そんなはずはない、と思う」
「なんでそんなに自信がないのよ」
あまりに曖昧な言葉を言うせいか、千草はその目こちらに向け呆れていた。
「そ、その、俺もよくわかっていない、というか―――――ど、どうなんだ、ルース」
『私に聞かないでください、と言いたいところですが、魔法でなくともアレは倒せるでしょう。しかし―――――』
「今あなたがやったことを、約千回ほど繰り返せば倒せるかもしれませんね」
ルースが言い終わる前にファルスコールが間に割り込んだ。
「せ、千回って・・・・・・」
「それでも足りないかもしれません。結局は切り刻んだ全てが元に戻る可能性もありますから、完全に消し去るしか方法はないでしょう」
「完全に消し去る、か」
これほど大きなモノを一撃で消し去るなんて、魔法でも難しいだろう。少なくとも、今俺が使える魔法では無理だ。
「君ならできるのか?」
「ええ、可能です」
彼女は言うと、上空を見上げて言った。
「アレッサンドラ、あなたに頼みがあります」
「何?」
アレスは上空に浮いたまま念話で話かけた。
「結界の強度を上げてもらえますか?」
「それは構わないけど・・・・・・何をするつもり?」
「禁呪を使います」
アレスはその言葉を聞くと、驚いたように言葉を呑んだ。
「―――――それ、本気で言ってるの?」
「ええ、本気です」
「防げなかったら、この学校どころか近くの民家にも被害が出るよ」
「しかし、それ以外に方法はありません」
ファルスコールは言うと、ブイオにその手をかけた。
「それに、あなた達二人ならば可能です」
「随分簡単に言ってくれるね」
「ですが、できないとは言わないのですね」
「当然。私とつきクンの二人なら、どんな攻撃も防いでみせる」
アレスの声は自信満々という風だ。
その声を聞いたファルスコールは微かに笑みを浮かべた。
「結界の強化にはどれ程の時間がかかりますか?」
「強化する場所と範囲、あとは強化段階でだいぶ変わると思う。強化自体は問題ないとして、その範囲がどれくらいか知っておきたいかも」
「わかりました。では、あの生物複合体から見て南西の方角、範囲は直径十メートルの魔力を直線状に打ち出します」
「直径十メートル、か・・・・・・」
アレスは少し考え込むと、ファルスコールに言った。
「ううん、それじゃダメ。範囲が広すぎて、結界そのものが崩壊しかねる。そうなったら、強化しても無意味になっちゃう。せめて直径五メートルが、結界の耐久の限界だね」
「しかし、そこまで範囲を絞ってしまっては、今度は強化が追いつかないのでは・・・・・・?」
「禁呪の攻撃判定が終わるまでは耐えられる。その後の魔力の余波は壊れた結界の魔力で打ち消す」
「ですが、それはかなり危険です。自分で言うのもなんですが、この禁呪は他の魔法と桁違いの威力で、魔力も膨大な量を使用します。その魔力の余波がどれ程のものかあなたならわかるでしょう?」
「でも、それを打ち消すだけの力を私が持ってることも、あなたは知っているはず。私はソルの人間だからね」
アレスの言葉を聞くと、反対していたファルスコールは目を伏せた。
「わかりました。あなたが言うならそうしましょう。―――――必ず防いでくださいよ」
「もちろん」
アレスが頷き返すのを見ると、ファルスコールは千草のほうを見て言った。
「あなたは結界の外に出ていてください。ここにいると、あなたまで巻き込んでしまう」
「え、あ、うん」
千草は唖然とした表情で答えた。
無理もないだろう。いきなり、わけのわからない話を目の前で繰り広げられたのだ。理解できる方がすごいと思う。
「つまり、なるべく遠くにいれば問題ない、ってことだ」
「う、うん、それはいいんだけど・・・・・・」
千草は何かを言いかけて、途中で止めてしまった。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。終わったらちゃんと教えてくれる? ここまで見ちゃったら、私も引き下がれないから」
「ああ、ちゃんと話すよ」
千草はそれを聞くと結界の外へと出ていった。
「それでは、いきましょうか。準備ができたら合図をください。それまではアレを食い止めておきますが、あまり長くは持たないかもしれません」
「うん、わかった」
ファルスコールはアレスの返事を聞くとその場を飛び立ち、怪物の反対側まで飛んで行った。
「つきクン、私たちも行こう」