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学校に訪れた危機

 それは昼休みの出来事。

 いつも舞が来る時間に彼女が現れなかったので、不思議に思っていたときのことだった。

「何かおかしい?」

 いつもの三人で弁当を広げ食べていると、ルースが念話で語りかけてきた。

『はい、どうやら学校内と外で、魔力の流動がおかしなことになっているようです』

 魔力の流動。昨日の魔法教室のときにルースが教えてくれた言葉だった。

 自然界には魔力の流動というものがあり、星の周りを魔力の源フォンテというものがくるくる回っているのだが、このことを指すらしい。

 フォンテとは殆ど魔力と同義で、自然界にあるものをフォンテ、物質を形成しているものを魔力と呼ぶらしく、特に違いは無いらしい。少なくとも、俺が気にするようなものではないとか。

 それで、その魔力の流動なのだが、星の様々な場所に星の入り口イングレッソ星の出口ウシーテがあり、それを通ってフォンテが流れている。入り口がフォンテの収束点、出口がフォンテの放出点で、そのフォンテの収束点である星の入り口がこの街にあるとか。

『この街はイングレッソ、つまりフォンテが収束する場所なのですが、それが不自然に拡散しているのです』

「不自然に拡散?」

『はい、この学校の中でフォンテが拡散し、学校の外では中に入ってこようと収束しています』

 本来ならフォンテの収束する場所であるこの地で、この学校だけフォンテが拡散しようとしている。学校の外ではもちろん正常に収束しようとしているので、学校内に入り込もうとしている。相反する二つがぶつかって、おかしなことになっているということか。

『自然の法則を念じ曲げるとどうなるかは、私にも予測できません』

「少なくとも、良い事が起きるなんて思えないよな」

 自然の法則は、今のままだからこそ自然であるわけで、それが崩れればそれは自然ではない。

「でも、どうしたら元に戻るんだ? ドディックジュエリの影響ならそれを何とかすればいいんだろうけど、今回はそうじゃないんだろ?」

 そう、今起きているこの不思議な現象は、ルース曰くドディックジュエリの影響ではないのだという。何が原因でどれをどうすればいいのか、それがわからないのだ。

『困りましたね、これでは手のつけようがありません。アレスは何か良い案はありますか?』

「んー、ごめん、私もどうしたらいいかわからない」

 二人とも、この状況を解決する方法を見出せない様子だ。もちろん、俺なんかは状況を理解するだけで精一杯で、全く力になれない。

 と、その時だった。

 教室のドアが開き、

「つきちゃ~ん!」

 それとほぼ同時に舞が俺の名を叫び、教室に入ってきた。

 しかし、いつもの調子とは違い、真面目な様子だった。

「よう、今日は遅かったな」

「うん、なんかね、つきちゃんに用がある、って人と話をしてたんだ」

「俺に用事?」

 舞に聞き返すと、彼女は佐藤と鈴木がいつも用意する彼女専用の椅子に座った。

「そう、今すぐ校門のところまで来て欲しいんだって」

「校門・・・・・・」

 何故そんなところに呼び出すのだろう。というより、用があるなら教室まで来たらいいのに。それとも、教室まで来られないとか?

 と、考えていると、ある人物が頭の中に浮かび上がってきた。

「な、なぁ、その人って金色の髪をした女の子か?」

「うん、そうだよ」

 ああ、やっぱり彼女だったか。

 今のこの状況からして、彼女も見過ごせなかったのか。それとも単純に俺に用事があって来ただけなのか。

「どうしてわかったの?」

「ん、ああ、えっと、その子とは知り合いなんだ」

 答えるべきかどうか迷ったが、ここで答えないのも不自然なので、怪しまれない程度に答えておいた。

「ふぅ~ん、そうなんだ」

 もっと聞いてくると思ったが、舞はあまり興味がなさそうにした。

「じゃ、じゃあ、その子のところに行ってくるから、弁当は先に食べてくれ」

「うん、わかった」

 舞に告げると、席を立ち教室を出る。

 いったい何をしに来たのか。

 彼女から出向いてくれたのはありがたいが、今はそういう状況でもない。今起きているこれを何とかした後に、きちんと話をしなくては。


============================


 下駄箱で上履きから下履きに履き替え外に出る。

 彼女は校門にいると聞いたが、どうも姿が見えない。

「あれ、どこにいるんだ?」

 と暫く辺りを探していると、頭の中に彼女の声が響いてきた。

「・・・え・・・すか? ・・・・・・たかむらつきみ、聞こえますか?」

「あ、えっと、ファルスコールか?」

 彼女に名前を呼ばれるのは初めてなので、少し変な感じがした。

「ええ、そうです。今、あなたの学校の前にいるのですが、こちらまで来ていただけますか?」

 こちら、って言われても、その場所がどこかわからない。

「もっと詳しく場所を教えてくれないか?」

「奥に自転車がたくさん見える場所です」

 自転車が見える場所、ということは駐輪所の近くか。たしかにあちらにも自転車通学者用の校門はある。

「わかった、すぐ行くよ」


============================


「いたいた。ようやく見つけたよ」

 駐輪場に繋がる校門の前に彼女はいた。

「お久ぶりです」

「ああ、そうだな。なんでこんな所にいるんだ?」

「ここならば、あまり人目につかないと思いまして」

 なるほど、ここは校舎から死角になって見えないし、何より登下校時にしか生徒は寄り付かない。

「ところで、傷はもう大丈夫なのか?」

 ファルスコールに会うのは、この間の戦い以来である。その時に負った彼女の傷は、相当なものであった。とても治るとは思えないような傷だ。

「ええ、大丈夫です。完治した、とは言い難いですが、傷自体は塞がりました」

「そうか、よかった」

 その傷をつけたのは自分でもあるので、どことなく気が引ける。

「・・・・・・」

「どうした?」

「―――――あなたがもし、私につけた傷に負い目を感じているのなら、それは杞憂です。いえ、むしろ侮辱に値します。あれは、あなたの意志と私の意志をぶつけた勝負。敵を傷つけた程度で罪悪を感じるのなら、いっそのこと、その意志は捨てた方が良い」

「・・・・・・」

 それは、彼女だからこそ言える言葉か。強い意志を持ち、それを成し遂げんとする者ならば、当然の言葉だ。

 だが、俺にはその言葉を言えない。例え意志を持っていたとしても、それとは反対のことをしなければいけないから。

「やっぱり、君を説得するのは難しいみたいだね」

「当然です、互いに相容れないのですから」

 ファルスコールは目を伏せた。

「今はその話をしに来たわけではありません。あなた方も気付いているはずです。この異変に」

『ええ、そうですね。ともかく、先にこの事態をどうにかしましょう』

 彼女の言葉にルースが代わりに応じた。

『それで、わざわざ私たちを呼び出したからには、何か理由があってのことだと思うのですが、どうなのですか?』

『そうだねぇ。それはアタシが話そうか』

 ファルスコールの首にかけられたブイオが続けて話す。

『単刀直入に聞くけど、姉さんはこの現象をどう見る?』

『魔力の流動が、普段とは異なった動きをしている。これがどういった結果を招くかはわかりません。そして、その原因も全く以って不明です』

 ルースは事態の詳細をわかる限りで簡潔に話した。結局は何もわかっていない状況だが。

『ああやっぱり、そういうことになってるんだね』

『どういうことですか?』

 ブイオの意味深な言葉に、ルースが聞き返す。

『いいかい姉さん、よく聞いてくれよ。今この敷地内にはドディックジュエリが存在しているんだ』

『まさか! そんなはずはありません。ここへ来てから今までずっと魔力を探っていたのですよ。それに、ここまでの異変を感じているのに、ドディックジュエリ本体の魔力を感じ取れないなんて・・・・・・』

『それがそもそもの間違いなんだ、姉さん。ドディックジュエリは、いまやこの敷地内全てに影響を及ぼしている。いや、正確に言えば、姉さんがここに入る前からこの敷地全てはドディックジュエリの影響を受けていた』

『私が入る前から・・・・・・。まさか―――――!』

『そう、姉さんが探っていた魔力はすでにここにあった。でも、姉さんはドディックジュエリの魔力に覆われたこの土地を、この土地の魔力と錯覚していた。ここは星の入り口イングレッソだからね。フォンテの収束点だから、ドディックジュエリが魔力を吸い寄せても気付けなかった』

 フォンテの収束点にあるドディックジュエリが、魔力を吸収していた。だから、ルースはその異変に気付けなかった、ということか。

 ならば、ドディックジュエリが魔力を吸収しているのなら、今この場を覆う魔力が拡散しているのは一体どういうことなのか。

『今この場は、ドディックジュエリの影響を受けていると言いましたね。だとするなら、この拡散する魔力はもしや・・・・・・』

『姉さんの想像通りさ。この場所は今、魔力の拡散なんかしていない。自然の理、正常そのものさ。今あんたたちが感じているその魔力こそが、ドディックジュエリそのものってことだ』

「な! それって・・・・・・」

 今この場に感じている全ての魔力そのものが、ドディックジュエリ本体。ということは、自然界の理そのもと変わらぬ力を持ったドディックジュエリが、今この場にあるということ。

「かなりマズイ状況なんじゃ・・・・・・」

『そうさね。マズさで言うなら、この間の消滅の魔法を使ってきた奴よりマズイかもね。あれは事前に食い止めることで何とかなったが、こっちはそうもいかない。なんてったって、今この場にある「コレ」そのものと戦わなくちゃいけないんだからね』

 自然の力と違わぬそれと戦えというのか。それは人一人でどうにかなるものなのか。

『まぁ、戦わなくちゃいけないことは変わらないんだ。今はどう戦うかを考えるべきだね。何せ、敵はここにいるとわかっているのに、姿を見せてくれないんだから』

『そうですね。この魔力がドディックジュエリそのものだとわかったのは良いとして、その本体が見えないというのもおかしな話です』

 見えない敵。ここにいるのがわかっているのに姿が見えない。この大きく包む魔力がそのものだとわかっているのに。

「・・・・・・っ・・・・・・は」

『ん、どうしたんだい? 何か良い案でも思いついたかい?』

「い、いや・・・っ・・・・・・そうじゃなくて・・・・・・はっくしょ~い!」

 場違いもいいとこに、思いっきりくしゃみをかます。

『ツキミさん、大丈夫ですか? やはり風邪を引いたのでは―――――!』

 途中まで言いかけたルースは、何かを感づいたように言葉を切った。

「どうしたんだ?」

『いえ、少し変な事が起きまして。ブイオは気付きましたか?』

 ルースはブイオに聞いたが、ブイオは「わからない」という風にした。

『ならば、やはり内部での変化ですか。今、拡散していた魔力が再び収束するようになったのですが、そちらからはわからなかったのですよね?』

『ああ、そうだけど』

 ブイオが答えると、ルースは考え込んでしまった。

『拡散から収束。もともと吸収するためにここにいたものが、それを終えて拡散した。とするなら、この状況は再び元に戻ったということ?』

 そのルースにブイオは溜息を吐いた。

『考えるのもいいけど、このままじゃ埒が明かない。直接中を周って確かめた方が早いかもね』

 とブイオが言うので、彼女たちも中に入ってきたのだが、校門をくぐってすぐにファルスコールは立ち止まってしまった。

『『―――――!』』

「ブイオ、気付きましたか?」

 ファルスコールはブイオに確認するように聞いた。

『ああ、今度は確かに感じたよ。今までが姉さんの言うようになっていたのなら、今度は収束から拡散に変わった、って感じかね』

「??? なんだか頭がこんがらがってきた」

 収束やら拡散など色々起きているようだが、結局何がどうなっているのだ。

『そうですね、一度きちんと整理した方がいいかもしれませんね』

 ブイオは反対したそうだったが、ファルスコールに諭され俺たちに付き合うことになった。

『まずは、最初にドディックジュエリが反応を示したとき、状況はどのようなものだったのか。それを聞く必要がありますね』

 ルースはブイオに聞くと、しぶしぶながら答えた。

『どんなもこんなも、ああここにあるんだな、くらいにしか感じなかったよ。ここにあるとわかったのは、私たちもついさっきだ。やけに大きな範囲から反応を感じたから、魔力を吸収してでっかくなったんだなぁ、とは思ったけど』

『そうですか。ということは、やはり魔力を吸収してこれだけの大規模なものになったと』

 それに対しブイオは、最初からそう言ってるじゃないか、とこぼした。

『ですが、今はその吸収をやめ、魔力が拡散するようになっている。それは何故か?』

『このドディックジュエリの魔力が、単純にそういうものなんじゃないのか?』

『ええ、恐らくブイオの言う通りでしょう』

 再びブイオが、それなら聞くんじゃないよ、とこぼした。

『このドディックジュエリの魔力反応が本来この形であるとするなら、今さっき起きた収束は何だったのか。何故、収束する必要があったのか』

『そりゃあ魔力を吸収してたからだろうけど、「何故」なんてわかりっこないさ。せいぜい、強くなるため、とかそんな感じじゃないのか?』

『ならば、強くなるために魔力を吸収したとして、何故それが必要だったのですか?』

『だから理由なんてわかりっこないって』

 質問攻めにあうブイオは、再びルースに対して溜息を吐いた。

『ったく、姉さんは色々と難しく考えすぎなんだよ。考えたってわからないものはわからない。そうだろう?』

 と言うブイオを無視するかの如く、ルースは話を続けた。

『このドディックジュエリは今、これ以上の強さを求めていたのでしょうか? 魔力を吸収する必要があったのでしょうか?』

『・・・・・・何が言いたいんだい?』

『私たちが今朝学校に来たときには、すでに吸収が始まっていた。それは、間違いなく自身の強化のためでしょう。そして今、このドディックジュエリは魔力吸収を止め拡散している。いえ、通常通りの魔力反応を示している。それは、この状況がドディックジュエリにとって最良の状態だからです』

 ルースの言葉を纏めるとこうだ。

 この学校にあるドディックジュエリは、魔力を吸収してここまで大規模なものになった。しかし、ある時を境にドディックジュエリは吸収を止め、拡散を始めた。しかし、それは拡散ではなく、ドディックジュエリ本来の魔力反応だった。吸収を止めたのはこれ以上吸収する必要がなくなったからである。

 とするとだ、このドディックジュエリが先程起こした吸収はなんだったのか。ルースが言いたいのはこのことだろう。

「今、このドディックジュエリは魔力の吸収を必要としていない。でも、さっきは少しの間だけ吸収を始め、元に戻った。それってつまり、何らかの原因で魔力が無くなって、その無くなった分を吸収した、ってことでいいのか?」

『ええ、恐らくツキミさんの考えている通りでしょう。ですが、その原因が何なのかがわかりません』

『そんなのわからなくても問題ないじゃないか。わかったところで何かが変わるわけじゃあないだろ?』

 ブイオは少し苛ついた声で言った。

 彼女の言うことも、もっともだ。原因がわかったからと言って、ドディックジュエリが姿を現してくれるのかと言えば、そうでもない。

 しかし、ルースが何の意味も無く考えているとも思えない。

「う~ん、だったらこうしよう。ここで立ち止まっていてもしょうがないから、学校の中を探しつつその謎について考える。ってのはどう?」

 と言う俺の言葉にブイオが大きく頷き(そんな気がした)賛成した。

『そうだよ姉さん。考えるだけじゃどうにもならないさ』

『・・・・・・そうですね。それならば、校内も少し見回ってみましょうか』

 ルースもついに折れ、一行は校内のどこかにあるドディックジュエリを探しに向かう。

 と、そのときだった。

 校門の外から一人の女学生が走ってくるのが見えた。

「はぁ、やっと見つけた」

「あれ、千草? なんで外にいるんだ?」

 そう、それは千草凪だった。教室で昼食中であろう彼女が、何故こんな所にいるのだろうか。

「なんでって、さっきの話を聞いてたからに決まってるじゃない。高村君が金髪の女の子に会いに行く、って。それで追いかけてみたら校門のところにいないし、外に出て探してもいないと思ったらこんな所にいるし。もう、なんでこんな影になるところにいるのよ」

 千草は何故かご立腹のようだ。

「でも、なんでそれで追いかけて来るんだ?」

「そりゃあ、二人の関係を知ってたら追いかけるでしょ。まぁ詳しくはわからないけど、一応敵同士なんでしょ?」

 と言って、千草は俺とファルスコールを見比べていた。

「・・・・・・その割には仲良さそうにしてるよね」

 その言葉に、今度は互いに見合った。

「ん~、俺としてはそっちの方がいいんだけど、そういうわけにもいかないわけで」

「私はどちらでも構いません。やるべきことと、彼との関係性は無関係なので」

 ということだ。

「あなたたち、変わってるわね。好敵手って感じでもなさそうだし」

「そうですね。今の彼では好敵手たるに相応しくありません」

 いま何気に、というか、思いっきりひどいことを言われたような。その言葉は胸にぐさりと突き刺さる。

「俺、結構頑張ってるつもりなんだけど・・・・・・」

「なら、その頑張りがまだ足りないということなのでしょうね」

「ぐぬぬ。言い訳できないのがなんとも悔しい」

 ファルスコールに悪気はないのだろうが、その真実しか語らない口は、時に人を傷つけてしまう。そう、俺のように。

 そして、ファルスコールは不意に念話で語りかけてきた。

「それよりも、早く彼女と別れた方が良いと思います。このままでは彼女も巻き込んでしまうかもしれません」

「ああ、そうだな。それだけは何とか避けたいな」

 千草は一度、ドディックジュエリの暴走に巻き込まれてしまった。あの時は何とかなったが、今度も無事に終わるとは言い切れない。だから、もう二度とそんなことはさせない。

「な、なぁ千草、俺たち別に喧嘩しようってわけじゃないからさ、そのお前が心配してるようなことは起きない。だから教室に戻っていてくれないか」

「え、あ、うん。それはいいんだけど、高村君また何か隠してるよね?」

「うっ」

 やはり女の勘は鋭い。というか俺の説明が下手すぎるせいか。

「言いたくないことならそれでいいんだけどさ、鈴木君や佐藤君も言ってたけど少しは私たちも頼ってよね。私たちじゃ助ける事ができないことでもさ、話してほしいんだ」

「・・・・・・」

 それはすごく嬉しいことだけど、どうしても話すことは無理である。例えどんなに言われても、これだけは言えない。

「ごめん千草。やっぱり言えない」

「そっか、うん。まぁわかってたんだけどね、話してくれないことくらい」

 千草は最初から答えてもらおうとはしてなったようだ。

「はぁ~、今回もわからずじまいかぁ。いつになったら話してくれるのかなぁ~」

 いつになっても無理なんです。

「ま、今日は高村君の言う通りにしますか。じゃ、教室に戻ってるから、ちゃんと終わらせて早く戻ってきてよ。入江さんも待ってるんだから」

 そう言う千草に軽く答える。

 と、彼女が教室に戻るため、校門をくぐったときだった。

「「―――――!」」

『『―――――!』』

 ずん、と全身を押しつぶすような感覚に覆われた。

 結界? いや、これまでに見てきた結界とは少し違う。

 なんだろう、重さが軽い?

 感覚は似ているが、掛かる重さがかなり違う。例えるなら、体重が少し増えたかな? 程度だ。

『なんでしょうか、これは。結界であることは違いないようですが・・・・・・』

 と、もう一度、身体に重圧が伸し掛かる。

「え、なにこれ・・・・・・?」

 千草は何が起きているのかわからず、その場でしゃがむようにした。まるで、その重圧に押しつぶされるのを我慢するように。

『魔力が押されている・・・・・・?』

 そして三度。

 今度もさほど重さは感じないが、千草には辛そうだった。

『またですか、これはいったい・・・・・・』

 四度目の重圧。

 等間隔に迫るそれは、徐々に身体の自由を奪っていた。

「おい千草、大丈夫か!?」

「う、うん、なんとか。ね、ねぇ、これって・・・・・・」

 五度目。

 これに千草は耐えられず、膝をガクッと落とした。

「お、おい!」

「だ、大丈夫。ちょっとバランス崩しただけだから」

 明らかに強がっているだけにしか見えなかった。それでも、彼女は立ち上がろうとしていた。

『等間隔で起きる魔力の重圧。吸収した魔力をぶつけている?』

 六回、七回、八回と、とめどなく重圧はかかっていく。

『―――――とするならこれは・・・・・・!』

 十一回目の重圧を受ける。さすがに辛くなってきたか。千草はすでに、立つどころか座っていることさえ苦しそうだ。

『ツキミさん! っ、いえ、ファルスコール! 魔力の拡散が起きたのはあなたがこの敷地に入った瞬間です。そしてもう一つ、魔力の吸収が起きたのは恐らく千草凪がこの学校を出た瞬間』

「―――――!」

 不意にルースが叫んだ。その意味はわからなかったが、ファルスコールはそれを理解したのか、その瞬間に飛び退った。

 と同時に、身体の重圧がスッと抜けていった。

「も、元に戻った・・・・・・?」

 身体に掛かる重圧は無くなり、千草もその重圧から開放され、静かに大きく深呼吸をしていた。

「・・・・・・いえ、一歩遅かったようです」

 学校の外まで跳んだファルスコールは、くるりと辺りを見回しながらこちらに戻ってきた。

 彼女は千草のところへ行き、身体を寝かせ、この前俺にやったように魔力を流し込んでいた。

「え、でも、結界も無くなったみたいだし、元に戻ったんじゃ・・・・・・」

「いいえ、それの反対ですよ。たしかに結界は解除されましたが、それ以上に厄介な事が起きているかもしれません。そうではないですか、ルース?」

 とファルスコールは言うと、ルースに問うように聞いた。

『ええ、あなたの言う通りです。私も何が起きたのかはっきりはしませんが、今の魔法は少々厄介かもしれません』

 ファルスコールに答え、ルースはそのまま続けた。

『まず、最初にドディックジュエリが起こした魔力の吸収。それはドディックジュエリ本体が起こしたもので間違いないでしょう。ですが、吸収した魔力は自然のものではなかった。そう、それはこの学校にいる人たちの魔力だったのです。彼らからごく少量の魔力を吸い上げ、誰にも気付かれずにそれを行っていた』

「この学校の人たちの魔力を吸い上げていた・・・・・・。でも、それで自然に匹敵するような力になるのか?」

 この学校には、およそ五百人の生徒や先生がいる。しかし、彼らから魔力を吸い上げたところで、自然の理と同等のものになるのだろうか。しかも、ごく少量の魔力でだ。

『それがそもそもの間違いだったのです。私は始めにブイオから聞かされたとき、このドディックジュエリは魔力を吸い取り自然の理に匹敵する強大な力を得ようとしているのだと思いました。ですが、それは違った。このドディックジュエリは初めから別の魔法を使用していたのです』

「別の魔法を使っていた? ってことは、単純に魔力を吸い上げて強くなろうとしてたんじゃなくて、最初からそれは何か別の魔法のためにしていたことってことか」

『ええ、恐ろしく回りくどい、そして大規模な方法ですが。しかし、私の推測どおりなら、その手順も納得できる。その魔法は―――――』

 魔力集合体。

 使用者の魔力を吸い上げ、魔力の塊を作り出す魔法。

 魔力集合体とは複数人の魔力を用いて作成する、言わば生きた人形のようなもの。魔力を練り固めることで固体を作る事が可能で、複数人の魔力を合成することによってその固体に個性を持たせることが可能になる。それは合成する人数で異なり、例えば腕を生やして上下に動かせたりできるそうだ。

「ぜんまい仕掛けの動く人形、といったところか」

 しかし、そんなものを作るためにわざわざ魔力を吸い上げていたのか? いや、そんなはずはないだろう。もっと何か別の狙いがあるはずだ。

『魔力集合体は本来、子供向け玩具なのですが、とある科学者がある実験をしました。それは、本来ならば数人程度の魔力で作る玩具を数倍の数で造る、といったものでした。するとその魔力集合体は、まるで意思を持ったように変則的な動きをしたのです。勿論、意思を持ったわけではなく、数十個の行動パターンをランダムで表現していただけですが』

「ま、待ってくれ、それじゃあ、五百人近くの魔力で作った魔力集合体は一体どんなものになるんだ?」

 たった数十人の魔力で作り上げた魔力集合体が、まるで生きているような動きをしたのだ。それを更に数倍、いや、数十倍の魔力を使って作ったんだ。それは、まさしく生物と呼べるものなのかもしれない。

『とてもではないですが、想像すらできませんね。そして更に行ってしまえば、この魔法は吸い上げた魔力で行使するものではない、ということです』

「吸い上げた魔力じゃない?」

『ええ、先程の結界で、ツキミさんは何かを感じませんでしたか?』

「さっきの結界の中で感じたこと? そうだなぁ、軽い重圧が何度かにわたって身体に掛かったけど、それくらいかな」

 と言うよりも、それが先程の結界の能力なのではないのだろうか。

『そう、ツキミさんの言う通り、それが結界の効力です。その複数回の重圧は、身体に魔力を無理やり捻じ込まれたことによるもの。絶対魔力値が低い人ほど、重圧を感じたでしょう』

 そうか、だから俺は平気だったけど、千草は辛そうにしていたのか。

「でも、身体に魔力を捻じ込む、って言うけど、それにどんな効果があるんだ?」

『魔力を捻じ込むということは、供給とは違うわけです。身体に十分な魔力がある状態で魔力を捻じ込めば拒否反応が出る。これ以上身体は魔力を欲していないと。そして、入りきらない魔力を外に押し返そうとするのです。それがドディックジュエリの目的。捻じ込まれた魔力を押し出すために、身体は倍以上の魔力を使って押し返します』

 つまり、捻じ込んだ魔力が倍以上に増えて返ってくるわけか。

「じゃあ、吸収した魔力を更に増やすために結界を張った、ってことか?」

『ええ、まぁ、間違ってはいません。魔力を蓄えるということは重要なことですから。しかし、恐らく他に理由があります。それは、魔力集合体を作るためには各々から等しく魔力を供給してもらわなければならない、という制約があるからでしょう。一度体外に出た魔力は自然と同化しますから、個人の魔力、とは言いがたいのです。そこで、無理やり押し込み、それを吐き出させ、その魔力で一気に作り出すつもりなのでしょう。そのためにこんな回りくどいことをしたのです』

「ほ、本当に回りくどい方法だな」

『そうですね。ですが、確実な方法でもあります』

「それを崩すために私が外に飛び出たのですが、一歩遅かったようです」

 と、千草を看ていたファルスコールがこちらにやってきた。

『いいえ、どちらにしろ魔力集合体を作り出す魔法は完成していたので、あなたが悔やむことではありません』

「しかし、私が入ったことによって、余分に魔力を分け与えてしまいました。もしかしたら、これを不完全なものにできる好期だったのかもしれないのに」

 ファルスコールは千草に目を向け、その拳を握った。千草は未だ目を閉じたまま静かに寝息をたてている。

 彼女だって人を助けたい思いは同じなのだ。だからこうして、誰かが傷つくのは嫌なのだろう。

『それこそ、あなたが悔やむべきことではありません。それは、私がもっと早くに気付いていなければいけませんでした。何より今はそんなことを言っている場合でもありません。魔力集合体がそろそろ完成するはずですから』

 そう、まだこれで終わったわけではない。むしろ、今からが本番だ。

「俺の望みと君の望みは違うけど、人を助けるのは同じだろう? まだ、今からでもみんなを助けられる。いや、助けなきゃいけない」

 彼女に向かって、俺は手を差し出した。

 そんなことをしなくても彼女なら戦ったはずなのに、何故かその手を掴まなければと思った。

「ドディックジュエリが暴走したら、それを最優先に確保するんだろ? だったら、コレが一番手っ取り早い」

「ええ、そうですね」

 ファルスコールは短く答え手を握り返した。

 たぶん、彼女にとっては意味のないことだったかも知れない。けど、俺にとっては大きな一歩だった。

 初めて隣に立てた気がする。気がするだけでまだまだ遠い存在だが、今はここまで来ただけで大きい。

「魔力集合体を形成するなら、この敷地の真ん中が一番適しているはずです」

「なら、そこに行けばオッケーってことだな」

 学校の真ん中といえばグラウンド。広さ的にも問題ない場所だ。

「では、行きましょうか」

 ファルスコールに小さく頷き、グラウンドへと向かった。










 微かに声が聞こえる。

 男の子が一人と、女の子が一人。

 何を話しているかは聞こえない。

「―――――」

 重い瞼を少しだけ開ける。

 日差しは強くないのに眩しくて目をすぼめる。

「―――――」

 二人が隣にいるのがわかった。

 でも、二人はすぐにどこかへ行ってしまった。

「―――――」

 少し時間が過ぎた。

 もう、目を開けても大丈夫だろうか。

 腕は動くだろうか。

 足は動くだろうか。

「―――――」

 空気を大きく吸い込み肺を満たす。

 肺に溜まった空気を目一杯吐き出す。

「っ」

 勢いをつけ、バネのように身体を起こした。

 どうやら、いつもどおりの自分からだであるようだ。

「―――――」

 夢から覚めた様な感じだが、これは現実だ。

「持ってきておいて良かった」

 隣におかれた竹刀袋を手にとる。

 だが、中から取り出すのは竹刀ではない。

「・・・・・・」

 そこにあるモノが何かは考えない。

 だが、このまま放っておくこともできない。

 だから、コレを手に取りそこへ向かう。

「・・・・・・」

 乱れた制服を正し、足を出した。

 二人とソレがいる場所へ。

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