人類最強?
「はぁ~、大きいな」
それは率直な感想だった。見たままの、なんの捻りもない感想。
千草の家は駅から少し外れた場所にあった。この間、千草(ドディックジュエリに取り付かれた)と戦った場所の近くである。
大きな平屋で、同じような造りの家が並ぶこの住宅街からも、一線を画した造りになっている。
「あ、荷物とかはそのまま道場に持っていってもいいから」
と、言われたので、そのまま道場へ向かうことになった。
道場は庭を挟んだ先にあり、別に入り口が設けられているわけでもなかった。敷地内に二つの建物がある、といった感じだ。
「どうぞ、中に入って」
先に千草が中へと入り、続くように道場の中へと入った。
道場内に広がる独特なにおい。長い歴史があると聞いていたので、もっと古めかしい感じを想像していたが、割と新しい雰囲気だ。
「ここ最近、リフォームしたのよ」
この道場とは似合わない言葉に苦笑しつつ辺りを見回す。
学校にある道場にも一度入ったことがあるが、そこと比べると少し小さめである。というより、かなり質素である。道場が質素であるのは当たり前だが、ここはそういったレベルではない。
ここには何もないのである。必要なものしか置いてない。あるのは竹刀と木刀のみ。防具すらも置いてはない。
「言ったでしょ、普通とは違うって」
たしかにその言葉は聞いたが、あまりにも違いすぎる。本当にここが道場であるのかすら怪しんでしまう。
「私たちがやってることは、ただ相手と戦うだけ。勝つための手段を磨くだけ。他には無い。だから、ここには武器となる竹刀と木刀しか置いてないんだ。もちろん、防具は無いし、決まった胴着もない。別に着けちゃダメってわけじゃないけどね。それで勝てるのなら、の話だけど」
割り切っている、とでも言うのか。明らかに考え方がずれていた。この世に存在するどの武術でも、こんなものは無いだろう。
ただひたすらに、勝つ手段を磨く場所。そこには必要な物は、己の勝ち筋を導くためだけのもの。必要でなければ防具さえも邪魔とする。
改めて思った。彼女は、千草凪は、すでに「道」から外れ「術」を求めるだけの者なのだと。
『ここまでくると、恐ろしささえ感じますね』
と、おもむろにルースが言った。
『スポーツでもなければ軍の訓練とも違う。彼女はいったい何のためにそれを求めるのでしょうか』
何故、求めるのか。千草はただの中学生なのにそれを求めている。
代々続いてきたことだから? それだけの理由で、こんなものを求められるのだろうか。
「いや、求めるだけなら俺も変わらないか」
理由など考え付かない。ただ守りたいから守り、助けたいから助ける。その思いが今の自分だ。それと彼女の思いは変わらないのかもしれない。何故求めるのかではなく、そこにあるから求める。それだけだ。
「もうすぐおじいちゃん来ると思うから、少しだけ待っててね」
千草は鞄を入り口近くの隅っこに置き、それと同じように俺も鞄を置いた。
「やっぱり、一緒に練習するのか?」
一抹の不安を感じられずにはいられず、千草に問う。
「うん、一度手合わせしたいって言ってたし」
「うぅ、マジでかぁ~」
やはり、戦わなければいけないのか。
千草ですら恐れる人物と戦うなど、なんと無謀なことか。できることならば避けたいことだが、そんなことはさせてくれないのだろう。
「はぁ~」
不安と緊張の混じった溜息を吐き捨て、千草の言う鬼を待つのであった。
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そして数分後、その時は来た。
道場の入り口をガラリと開け、一人の男の人が入ってきた。
「えっと、紹介するね。私のおじいちゃんの・・・・・・」
「千草聡です。君が高村君だね、よろしく」
千草のおじいさんは軽く会釈すると、手を差し出した。
「た、高村月海です。よろしくお願いします」
差し出された手を握り返し、こちらも会釈をする。
しかし、千草の話から想像した人と随分と印象が違う。温厚な感じで、とてもじゃないが「鬼」なんて呼べなかった。更に言えば、すごく若い。おじいちゃん、なんて言うから、白髪で長い髭を生やした老人をイメージしていたのだが、実態はどこにでもいる普通のおじさんである。
まぁでも、五十代、六十代で孫がいてもなんらおかしくはないし、これくらいが普通なのかしれない。
「さっそく、手合わせ願いたいのだけれど、その前にいつもの日課を終わらせていいかな?」
「え? あ、はい。どうぞ・・・・・・」
いつもの日課が何かはわからないが、ひとまずいきなり戦うことにならなくて良かった。どの道戦うので、ただの先延ばしなのだが。
「じゃあ、高村君は端っこの方で見学しててね。すぐに終わると思うから」
千草は言うと制服姿のまま竹刀袋から竹刀を取り出した。対するじいさんも、Tシャツにジャージのズボンと動きやすそうな服装だが、思いっきり私服である。
「いつも通り、開始は十秒後だ。いいね凪?」
「うん」
千草は小さく頷き竹刀を構えた。
じいさんは道場の脇に置いてある竹刀を取りに向かい、同じく手に取った。
「・・・・・・」
二人は互いに離れた場所で構える。
「離れすぎじゃないか?」
二人には聞こえない念話でルースに話しかけた。
『ええそうですね。ですが、すでに仕合は始まっているようですよ』
ルースの言う通り、二人は構えた時点で仕合は始まっていた。だが、まだ十秒は経っていない。それまでは攻撃するな、ということなのだろうか。
じりじりと詰め寄る二人。距離は二人が踏み込んでようやく、竹刀と竹刀の切っ先が交わる場所といったところか。
「―――――!」
突如、全身に悪寒が走った。
あの時と同じ、殺気というやつなのか。
いや、違う。なんだ、これは。
全身を突き刺す鋭い何か。殺気だと感じたそれは、身体全てを覆い包んでいた。
例えるなら、そう、視線。まるで身体の隅々を、余すところ無く見られているようだ。
「―――――」
二人は動かない。この道場という空間に広がる視線が、二人の身体を釘付けにしていた。
「―――――」
互いが互いを睨みつける。その二つの目ではなく、空間を覆う無数の眼で。
「―――――」
その目は何もかもを見ていた。そこに在る全てを見る。故にどちらも動かない。瞬間、相手に隙を見せてしまうから。
「―――――」
時間、という概念などあったろうか。まるで、停滞した時を無限とも感じる長さで流れていた。
「―――――」
胸が苦しい。肺が苦しい。脳が苦しい。
全身が痺れ、痛む。
彼らの目に、この身体も支配されてしまったのだろうか。
『ツキミさん!』
「―――――っは」
無意識に止めてしまっていた息。ルースの声で肺に空気が流れ込んだ。
「ッ!」
刹那、二人が動いた。
先に動いたのはどちらだったか。じいさんの竹刀が千草を捕らえていた。その軌跡は千草にとって不可避の軌跡。
だが、その竹刀は千草に当たる前に止まった。千草は左手でじいさんの持つ柄を掴み、その竹刀を止めたのだ。
千草は掴んだ柄を引き、じいさんの身体ごと引き寄せた。そのまま一閃。竹刀がじいさんの胴を横に切った。
「・・・・・・かっ・・・は・・・」
しかし、崩れたのは千草だった。
がく、と膝から崩れ落ちる千草。そのまま床に倒れこんでしまった。
「ど、どうなってるんだ・・・・・・?」
たしかに千草の竹刀がじいさんを捕らえていたのに、勝敗は逆だった。
『千草凪の竹刀が千草聡の身体を切る前に、千草聡の掌底が千草凪の鳩尾に入っていました。柄を引くまでは良かったのですが、その勢いで逆に攻撃されてしまったようですね』
まさか、あの一瞬で竹刀から手を離し攻撃したというのか。
いや、千草にもそれができていたのだ。最初の一撃を止めたとき。あのときも千草は一瞬にして竹刀から手を離し攻撃を止めたのだ。ならば、じいさんにもできないわけがない。
「いっ・・・・・・たぁあ~。うぇ、吐きそ」
千草はヨロヨロと立ち上がったが、かなり辛そうだった。
「今のは惜しかったな。あと少し引くのが早ければ、凪が勝っていたろうに」
「わかってるよ。それができないから、いっつもおじいちゃんに負けるんだもん」
千草は腹を押さえながら壁まで行き、どすっともたれかかるように座り込んだ。
『これは、とんでもない人達を味方につけてしまいましたね』
「どういうことだ?」
ルースの言わんとすることはなんとなくわかるが、それ以外の意味も含むような感じだった。
『肉体の限界、技の限界、精神の限界、人間としてのあらゆる能力を最大限に引き出せる限界地点に、あの二人はすでに立っています。世界中のあらゆる武人達を探し出しても、そんな人間はいないでしょう。間違いなくこの二人は、人間の中で最たる強者です』
それは、いくらなんでも言い過ぎではないのだろうか。
『もちろん、ツキミさんが変身して戦えば勝てるかもしれませんし、ファルスコールならば変身していなくても良い勝負はするでしょう。ですが、それは二人が膨大な魔力を有しているからであり、その魔力無しでは太刀打ちできないでしょう』
「じゃ、じゃあ、素の力で千草とじいさんに勝てる人はいないってことか?」
『ええ、いないでしょうね』
ルースは断言した。
こう言ってはなんだが、彼女たちよりも強そうな格闘家たちをテレビとかでもよく見かけるのに、その人達よりも千草が強いとは思えない。
『戦いとは力比べではないのですよ。それはツキミさん自身でもよくわかっているはずです』
それはルースの言う通りだ。身をもって体験したではないか。
どんなに強い攻撃でもあたらなければ意味がない。どんなに早い攻撃でも防がれては意味がない。どんなに硬い防御でも隙間を狙われては意味がない。
どんなに強かろうと、それが絶対であることは無い。力を崩すことが戦いだ。それができる者が強者と成り得る。
ならば、千草はその頂点にいるというのか。とてもそんな風には思えない。
『実際に対峙してみなければ、その強さはわからないものだというのに、そうでなくともそれがわかるのですから、恐ろしい限りです。特にあの眼は、もはや人ならざる力と言ってもいでしょう』
「人ならざる力って・・・・・・」
たしかに常人にはできないことだが、現にあの二人はやってのけた。いったいどのような力なのか。
『全てを見ることができる眼。それはもはや未来予知と言っても差し支えない力。魔法でも成し得ない力。それができるあの二人は、人知を越えているのでしょう。なにか理由をつけるとするなら、魔力を知らずの内に利用している、と言っておきましょうか。何も確証はありませんけどね』
それは正に未知の能力、ということか。
千草凪と千草聡。この家に伝わる剣術は、いったい何なのだろうか。
「よし、それじゃ今度は高村君。君と手合わせ願えるかな?」
千草のじいさんから一本の竹刀をもらう。
「は、はい。よろしくお願いします」
こんな人と戦うのか。不足なんてものじゃないだろう。
「まぁそう緊張せずに、リラックスして。君に合わせて戦うから」
と、じいさんは言うが、目の前であんなものを見たのだ。緊張せずにはられない。
「さぁ構えて、いつでもかかってきなさい」
「はい」
手にした竹刀を中段に構える。見た目は剣道の基本的な構えに見えただろう。しかし、どう見ても隙だらけだ。
しかし、それでもじいさんは打ってこない。あくまでこちらから打ってこい、ということか。だが、対するじいさんに隙はない。どこをどう攻めて良いのかわからない。
「高村君、もっと集中して、雑念を捨てるんだ。考えるだけでは勝てないよ」
「は、はい」
しかしだ、打つ場所が無いことに変わりはない。
構えたまま動きが取れない。ただ時だけが過ぎてゆく。
そんな俺を見かねたのか、じいさんは一言漏らした。
「自ら動くことで突破口が見えることもある。それが戦うということだよ」
そう、その通りだ。相手に隙がないのなら作るしかない。
自分が動けば相手も反応せざるを得ない。僅かな動きだったとしても、それは次の一手に繋がる重要な動作に成り得るかもしれない。ならば自ら動き、相手を動かし、見えない先の手を出させるしかない。
「やああぁ!」
竹刀を頭上に振りかぶり、降ろす。滅茶苦茶で、とても攻撃とは思えない一撃。しかし、どんな行動だろうと、それは相手を動かすのに十分な一撃だ。
じいさんは僅かに右にずれ、紙一重でその一撃を躱した。
「さぁ、どんどんきなさい」
「はい!」
答えるように竹刀を打ち出す。
そして数合。何度目だったか。その一撃を受け流され、がら空きの胴を真横に切られた。
「うっ!」
鈍痛が走る。が、手加減してくれたのか、そこまで痛くはなかった。
だが、痛いことには変わらないので、腹を抱えうずくまる。
「大丈夫かい」
「はい、なんとか」
差し出された手を握り、その場から立ち上がった。
「ふむ・・・・・・どうだ凪、何かわかったか?」
「うん、一応ね」
千草とじいさんは目を合わせた。
「・・・・・・?」
二人の会話に、よくわからないという風にする。
「高村君って、ずっと帰宅部でしょ? それに運動もしたこと無い」
「あ、ああ、そうだけど?」
それがどうしたというのだろう。
「それにしては、高村君の身体能力が高すぎるんじゃないか、って一昨日の特訓のときに思ったの。で、今日もう一度、今度は実戦に近い形で戦ってもらってはっきりしたことがある」
「はっきりしたこと・・・・・・。それって?」
いったい何なのだろうか。
「技術的な進歩は目を見張るものがある。たぶん、私なんかより断然飲み込みが早い。それは高村君のセンスがすごいんだろうなぁ、ってことで片付けられるの。でも、そんなものよりももっとおかしなことがある。それは肉体的な問題」
「肉体的な問題?」
「そう、高村君は帰宅部で運動もろくにしたことのない、ただの中学生。筋力も全くない非力な一般人。でも、高村君は竹刀を持って長時間戦える」
「それってそんなにおかしなことなのか?」
「最初はそうは思わなかったわよ。筋力が無いといっても、実際にどのくらいの力を持ってるかは知らなかったからね。でも、今日の仕合を見てわかったことがある。それは、高村君が肉体的にありえない成長をしてるってこと」
「はぁ・・・・・・」
なんだかよくわからない。
つまり、一昨日と比べて筋力がアップした、ということだろうか。
「じゃあ、もう少しわかりやすく説明するね。例えば一昨日の高村君は10キロの重りを持ち上げるのが限界だったとする」
「む、さすがの俺でも、もう少しは持ち上げられるぞ」
「だから例えだってば!」
千草は気を取り直し話し始める。
「それで、今日の高村君は50キロの重りを持ち上げられるようになっていた。これを高村君はどう思う?」
「う~ん、すごいんじゃないか?」
「そうね、すごいわね」
千草は投げやりな言葉を吐いた。
「いい? 人間の筋肉って一日や二日でそんなに成長するものじゃないのはわかるでしょ。たとえどんな薬を使ってもね。さっきのは例え話だけど、実際の高村君もそれと変わらないくらいの成長をしてる。思い当たる節はない?」
「ん~そうだなぁ」
少し考えてみるが、特にそういったことはないかもしれない。
「はぁ、じゃあほら、これ持ってみて」
溜息を吐き、千草が渡したのは彼女の鞄だった。
「これがどうかしたのか?」
やけに重い鞄だが、特に何があるわけでもない。
「その中身を見てちょうだい」
と言われたので、その鞄の中身を確認する。
「うわっ、なんだこれ」
鞄の中には、なんと数個のダンベルが入っていたのだ。
「いつもこんなに持ち歩いてるのか?」
「んなわけないでしょ! さっき高村君が戦ってる最中に入れておいたの」
そりゃそうだ。こんなもの毎日持ち歩いているなんて、どんな筋肉馬鹿だ。
「それでどう? そのダンベル、全部で20キロあるんだけど」
「え、そんなにあるのか?」
どうりで、やけに重いと思ったわけだ。
「高村君って今までに20キロの鞄なんて持ったことある?」
そんなことあるわけがない。いや、そもそもそんな学生鞄なんて存在しないだろう。
「それを片手で、しかも軽々と持ち上げるなんて普通できないのよ。少なくとも普通の中学生にはね」
「でも20キロってそんなに重いわけじゃないだろ?」
いつかニュースでみた特大カエルがそれくらいだった気がするが、そこまで重そうには見えなかった。
「そりゃ男の子だったら持つことはできるだろうけど、そんなに軽々と持つことなんて無理よ。たぶん持った瞬間に落としそうになったりするわよ」
たしかに普段から持ちなれている鞄を、さっきのように何事もなく渡され、しかも急に重くなったなら落としてしまうかもしれない。
「ともかく、高村君の筋力がありえないほどの早さで成長してるってこと。あと、心肺機能もね。この間と比べてあんまり疲れてないでしょ?」
言われてみるとそうである。一昨日のことに限らず、怪物たちやファルスコールと戦っている過程で、だんだんと疲れの溜まる早さは遅くなっていたかもしれない。槍や剣を持つ力も、最初のうちはすぐにへばっていたはずだ。でも、今は最後まで戦えている。
「異常な早さの成長か・・・・・・」
いったいこの身に何が起きているのか。
しかし、ルースの言葉でその謎はすぐに解けるのであった。
『魔力を使うことによって身体能力の向上は容易にできます。もちろん使用魔力が多い程、その効果は顕著に出ます。ツキミさんは無意識にそれができるようになっているのですよ。昨日の魔法の特訓によって魔力の操り方を学んでからは特にです』
「なんだ、そういうことか。じゃあファルスコールも魔力で身体能力を補っていたわけだ」
ファルスコールのあの細腕から、どうしてあんな怪力が繰り出せるのか気になっていたのだが、なるほどそういうことか。
『ガラシアに住む人々にとってそれは普通のことですからね』
「へぇ~そうなんだ」
魔力って便利だなぁ、と納得していると、事情を知らない千草がこちらを見ているのに気付いた。
「あー、えっと、とりあえず俺は大丈夫だから」
それに対して千草は、何が? といった風である。
「理由とかはわからないけど、身体に異常はないわけだ。成長のスピードが早い分だけお得、ってことで」
「う~ん・・・・・・」
千草は納得できないという風だったが、説明も証明もできない以上、納得せざるを得なかった。
「凪よ、この世の中には、到底理解し難い出来事が往々にして起こりえるのだ」
千草のじいさんは、どことなく厳格者風に言った。
「それは兎も角として、高村君。君はなかなかに筋が良いな」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
「これからも、どんどん家に来て特訓していってくれ」
「か、考えておきます」
褒められたことは普通に嬉しいが、千草のじいさんの特訓を受けるのは少し勘弁して欲しい。
強くなるためにはそれが一番いいのだろうけど、物事には順序がある。まだまだ素人に毛が生えたようなレベルの俺が、人類最強のじいさんとひたすら手合わせする特訓なんて、考えただけでおぞましい。
『ツキミさん、この方法なら一番手っ取り早く強くなるかもしれませんよ』
ルースまで何を言い出すのだ。
『考えてみてください。戦いにおける最強の人間と戦うことができるのですよ。それはつまり、最強の人間と渡り合うためには、魔力を使わなければいけないということです』
「えっと、どういうこと?」
『つまり、ツキミさんが彼と戦うためには、その魔力を使わなければ対等になれないということです。それは、無意識の内に魔力をコントロールし、最強の人間と同等の力を得ることが可能になる、ということです』
「それは都合が良すぎるような・・・・・・」
『問題はありませんよ。現にツキミさんは魔力のコントロールが上手くなり、着実に力をつけているのですから』
と、ルースは言うが、そんなに簡単に事が運ぶだろうか。
「まぁ学生は学業が本分だからね。空いた時間にでも来てくれると嬉しいよ」
「そ、そうですね。勉強はやらないといけませんもんね」
とか言いつつ内心ホッとする。
「じゃあ、特訓できる日はみっちりやらないとね」
出た、千草の悪魔の微笑み。
逆らいたいのに逆らえないこの気持ち。
「ちなみに「みっちり」ってどれくらい?」
「みっちりはみっちりよ。身体が動かなくなるまでは覚悟してね」
おい。いや、おい。まじですかよ。
身体が動かなくなるまでしたら、夜の魔法の特訓ができなくなるではないか。
『魔法の特訓は、身体が動かなくてもできるので大丈夫ですよ』
そういう問題じゃないですよ、ルースさん。
「よし、そうと決まれば早速始めましょう」
これまた屈託のない笑みを浮かべる千草。
かくして、千草としいさんによる猛特訓が始まるのであった。