プレゼント大作戦
『今日は剣術の稽古でしたね』
学校に着き、先に来ていた千草と挨拶を交わすと、ルースが思い出したように言った。
『でしたら、魔法の練習は夜にしましょうか』
「う、今日もやるのか」
『なんですかその反応は。自ら望んだことなのですから、もう少しきちんとしてください』
ルースは諌めるように言った。
「いや、わかってるよ」
わかっている。そう、わかっているのだ。自分が望んだことと、それを成す為に必要なこと。
わかっているのだが、やはり人間というものは楽をしたい生き物なのである。
「剣の稽古も魔法の練習もちゃんとやるって」
席に着き、鞄の中から教科書を取り出しながらルースに話している時だった。
「ねぇ高村君。最近、独り言が多い気がするけど、大丈夫?」
まるで今の会話を聞いていたかのように、千草が問いかけたのだ。
「え、ひ、独り言!?」
千草は心配そうに、と言うよりは変なものを見るような目で見ていた。
「なんかさ、高村君ってここ一週間くらい奇怪しいよね。言葉通りの意味で」
「こ、言葉通りの意味って・・・・・・」
つまりどういうことかと言うと、奇怪しいと言うことである。怪しい、怪訝、変、といった意味である。
「俺、そんなに変なことしてたか?」
恐る恐る千草に聞く。
周りには気付かれないようにしていたつもりだったが、実はそうでもなかったのだろうか。と、不安になってきた。
「うん、なんか言動が変だよ」
そんなにド直球で言わなくていいのに、と思う。
「なんか一人で笑ったり怒ったりしてた」
「・・・・・・マジで?」
「うん、マジで」
となると、もしかして他にもそういうところを見られていた可能性はあるのだろうか。
それは盛大に恥ずかしいではないか。
「察するに、もうすぐ舞ちゃんの誕生日だから、じゃないかな?」
と、今度は横からやってきた鈴木が言う。
そういえばもうそんな時期か、と心の中で思いながらいつものように軽く挨拶を済ませると、後ろから佐藤もやってきた。
「今年はもうプレゼント買ったのか?」
「え、いや、まだだけど」
と言う俺の言葉に、鈴木と佐藤は呆れるように溜息をついた。同時に佐藤は叱咤した。
「おい! 誕生日プレゼントはイベントの一週間前に購入するのが基本だろうが! お前それでもゲーマーか!?」
そこは関係ないと思うんだ。
「でも、そろそろ買っておいたほうがいいんじゃないか?」
鈴木の言う通り、そろそろ買っておいた方がいいだろう。間に合わなければ「ごめん」では済まされないのだから。
しかし、何を買えばいいのだろうか。舞の好きなものを色々思い浮かべて見るが、どれもぱっとしない。
「そういうときは前にあげたプレゼントを参考にしてみるのもいいんじゃないか? 同じものをあげる、なんていう凡ミスもなくなるし」
流石にそれは無いだろう、と言いたい所だが、世の中何が起きるかわからない。こういう些細なところにも気をつけなければ。
「え~っと、去年はなんだったかな・・・・・・?」
去年に舞にプレゼントしたもの。それは何だったか。
「・・・・・・まったく思い出せない」
何を舞にプレゼントしたのだったか。それが思い出せない。
「おいおい、それはないだろう」
と、鈴木は言うが、どう頑張っても思い出せない。
「二人とも覚えてないか?」
二人に聞いてみるが、もちろん知るはずもない。
首を振る二人は「そんなこと知るか!」と言わんばかりだった。
「去年は確かネコのぬいぐるみじゃなかった?」
と、隣で席に座り傍観していた千草が口を開いた。
「え、そうだったっけ?」
しかし、記憶にない。
「私に聞かないでよ。そうだったんじゃないかなぁ、ぐらいの記憶なんだから」
「そっか、じゃあ去年はネコのぬいぐるみだったとして、今年は何にしようか」
う~ん、と頭を捻って考えるが、なかなか良い案は出てこない。同じく何かのぬいぐるみでもいいだろうが、去年と同じで手を抜いている、と勝手に自分で思うわけである。
そもそも、女の子が好きそうなものがどういったものなのかがわからないのだ。いくら考えても答えは出てこない。
「別に何でもいいと思うけどなぁ。ほら、好きな人からのプレゼントなら何でも嬉しい、ってよく言うじゃない?」
後ろの部分はあまり気にしないでおくとして、実際そういうものなのだろうか。やはり、きちんと考えるべきだと思う。
「じゃあさ、私が選んであげようか?」
「え、いいのか?」
と聞く俺に、千草は「任せなさい」と胸を叩いた。
「あー、でもやっぱり自分で考えないとなぁ。誰かに任せるのはよくないよ」
「高村君ってなんでそういうところで真面目なのかな~。もっと気楽に考えたらいいのに」
千草の言うように、気楽に考えることができたら苦労はしないのだろうな、と内心思う。
「私が選ぶ、って言っても最終的な決定は高村君がするわけだし、参考程度くらいに思っとけばいいんじゃない。そしたら引け目も感じないでしょ」
「ん~、あぁ、えっと、じゃあ、そうする」
どうすればいいのだろう、と考えながら答えたので、なんだか歯切れの悪い答えになった。
「なによ、釈然としないわね」
「あ、いや、別に嫌だとかそういうんじゃないんだ。千草の申し出は普通に嬉しいし、手伝ってくれるのはありがたい」
「そ、じゃあ決定ね」
千草はにっこりと笑みを浮かべた。
「プレゼント選びはなるべく早いほうがいいでしょ? じゃあ今日の帰りに行きましょ」
「帰りって、練習の後にか?」
それだとかなり遅い時間になってしまう。そんな時間につき合わせるのもなんだか悪い気がする。
しかし、千草はそうではないと首を横に振った。
「先にプレゼントを選んで、その後に私の家で特訓ってこと」
「・・・・・・なっ!」
それはつまり、千草のじいさんがいる道場で練習するということだ。あまりにも無茶である。
「別に問題ないでしょ? おじいちゃんも高村君の話をしたら、一度会ってみたいって言ってたし」
「―――――えっ!!!」
やはり、剣を交えるとか、そういった意味なのだろうか。できればそんな無謀なことはしたくない。
「ちょっと待てぇ~い!」
と、何故かいきなり声を荒げる佐藤。
「どういうことだ、説明しろ!」
「説明って何を?」
言葉通り、何を説明したらいいのかわからない。
代わりに鈴木がわかりやすいように質問してくれた。
「佐藤が言いたいのは、どうして千草さんの家に行く必要があるのか、ってことだよ。それに「特訓」って言う言葉も気になるしね」
そういえば、剣術の稽古に関してはこの二人には話していなかった。いや、もとより話すつもりは無かったが―――――
だが、剣術を習っていることを教えるくらいなら、問題は無いだろう。
ということで、適当な理由をつけて、千草に剣術を習っているという旨を二人に話した。
「へぇ、護身術として習ってるのか。それよりも、千草さんの家が道場っていう方がビックリしたな」
と、鈴木。
「やべぇ! 美少女剣士とかやべぇよ!」
と、佐藤。
お前のがやべぇと思うよ。
「千草さんの株がこれで上がったな。主に俺たちの間で」
「お前ら二次元と三次元を混ぜるなよ」
「俺たちは設定だけで盛り上がれるから問題ないさ。千草さんに迷惑はかけないよ」
鈴木は爽やかボイスで言うが、内容は全く爽やかではない。
「黒髪ツインテのJCで剣士とか破壊力バツグンだろ! あ、もちろん、剣を持つときは制服のままで」
「いや、俺はそのツインテールを解いた姿もアリだと思う。黒髪ストレートのロングこそ大和撫子の原点でしょ」
二人は盛り上がっているが、本人の目の前でやるのはどうかと思う。千草も、いつもは気にしない妄想トークに、若干引いている。
「と、とりあえず、今日の放課後はプレゼント選びということで・・・・・・」
千草は一言だけ言うと、逃げるように教室から出て行った。
彼女が帰ってくるまでに二人の話が終わっていることを願う。
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そして放課後。教室には、まだ沢山の人が下校の準備をしていた。しかし、千草の準備はすでに完了し、未だ教科書を鞄の中に仕舞う俺を急かした。
「ほら、早くしないと時間が無くなっちゃうよ」
ほんの数分、いや数十秒だけしか変わらないのに、急ぐも何もないだろう。と、彼女に言うと、
「その数十秒で目当てのプレゼントが完売になったらどうするの!?」
と返ってきた。
そもそも、何を買うか決めていないのに、完売するかどうかもわからないだろうに。
「ちゃんと考えてちゃんと選ぶためには、この時間すらも惜しいんだよ」
ちゃんと考え、選ぶ、ということには同意だが、時間はそこまで気にすることでもない。
「あと、早くしないと入江さんに見つかっちゃうでしょ」
そういえば、そろそろ舞が教室にやってくるいつもの時間になる。あいつに見つかってしまっては、プレゼントを買いに行くこともできない。
「そうだな、それはマズイ。千草の言う通り、早くした方がいいな」
教科書を仕舞い終わった鞄を手に取り、千草と共に駆け足で教室を後にした。
「つきちゃ~ん、いっしょに帰ろおぉぉ~」
と大声を上げ、高村月海の教室の扉を勢いよく開けたのは入江舞だった。しかし、彼女の探していた高村月海はすでに教室を出た後で、そこに彼の姿は無かった。
「やぁ、舞ちゃん。高村を探してるのか?」
教室の中をきょろきょろと月海を探す舞に、近くにいた鈴木が話しかけた。
「うん、そうなの」
舞はコクコクと鈴木に頷き返す。
「ん~、惜しかったね。あいつ、今さっき教室を出て行ったところだよ」
「え~! またなのぉ」
鈴木の言葉に舞は顔を膨らませる。
「ああ、そういえば最近付き合い悪いよね、あいつ。舞ちゃんが来る前に帰っちゃうし」
「そうなんだよぉ。いつも先に帰っちゃうから私は寂しいんだよぉ~」
舞はオイオイとわざとらしく声を上げながら泣き真似をした。
「そっか、まぁでも、あいつに悪気があるわけじゃない、ってのは舞ちゃんも知ってるだろ?」
「そうだけどさぁ、もう少し私に付き合ってくれてもいいよね~」
と言う舞だが、鈴木はその言葉に同意しかねた。
朝は一緒に登校、休み時間は必ず一度は会いに来て、昼休みも必ず一緒に弁当を食べている。十分に高村は舞に付き合っている、と鈴木は思うのであった。
「まぁさ、高村にもやりたいことがあるんだろうし、そこは大目に見てあげようよ」
鈴木はご立腹である舞をなだめる。
「鈴木君がそこまで言うなら仕方ない。今回は許してあげましょう」
何を許すのだろう、と疑問に思う鈴木をよそに、舞はなぜか誇らしげだった。
「それじゃあ、私も帰ろうかな。じゃあね鈴木君、バイバイ」
「ああ、ばいばい」
両手で手を振る舞に鈴木も手を振り返すと、舞は頭のリボンを揺らしスキップで教室を去って行った。
「やっぱりあの子は不思議だ・・・・・・。でも、誕生日プレゼントのことはバレてないみたいだな」
内心ホッとする鈴木。
高村と千草の二人が教室を後にするのがもう少し遅れていたら、確実に舞と遭遇していたであろう。まだ、日にちに余裕はあるものの、相手はあの入江舞である。一度捕まれば高村月海の一日は拘束されてしまう。今回のように逃げ切ることが、いつでもできるとは限らない。
入江舞への「プレゼント大作戦」(題名は千草凪がつけた)。安直な名前だと誰もが思ったが、それは着実に進行中であった。