三人目の魔法使い
「チェックメイト」
それは女の声だった。
暗がりの部屋に響くその声。薄く青みがかった前髪をかきあげ眼前の敵を睨んだ。
「それはどうかしら?」
もう一つの声。それも女の声だった。
目の前の彼女とは対照的な紅の髪を揺らし、薄ら笑いを浮かべる。
「あなたは重大なミスを犯している」
「なん・・・ですって・・・!?」
紅髪の女はすっと手を伸ばした。そこには二つの駒が並んで置かれていた。
「二歩は反則負けなのだ!!!」
「なにぃ! って最初にそう言いなさいよ」
「いやぁごめんごめん。すっかり忘れてたよそのルール」
紅髪の女は頭を掻きながら謝った。
「実はルール自体あまり覚えていなかったりする」
「じゃあ私に教えてくれたのも適当だったってわけ?」
青髪の女が問い詰める。
「う~ん、駒の動かし方は合ってると思うけどなぁ。何せ前にやったのは十年以上も前の話しだし」
いつの話なのよ、と青髪の女は心の中で呟いた。
「アレスちゃんとはやらなかったの?」
「あの子とはやらなかったな~。そもそも、帰ってきてからはショウギをしようって思わなかったからね」
「じゃあ何でまたいきなりこんなことを?」
青髪の女が問うと紅髪の女は目を閉じ、少し感慨に耽るようにした。
そして呟いた言葉は、
「・・・・・・なんとなく?」
であった。
「考えた結果それ!? というか聞かないで」
青が身の女がパシッとツッコミを入れる。
彼女達にとってはよくある日常の光景。だが、今は日常ではない。
「ねぇ、どうして急に―――――」
と、青髪の女なあが言葉を発したその時だった。部屋のドアが開き一人の少年が入ってきた。
少年は軽く会釈をすると二人の前まで行き、目の前にある将棋盤を見て
「二人とも何をなさっているのですか」
と呆れたように言った。
「フレッド君もやる?」
「結構です」
紅髪の女の申し出を軽くあしらうと、フレッドと呼ばれた少年は咳払いをした。
「ヴァレンティーナ様、オルネラ様、ただいま地球への転送可能域に到達しました」
少年のその言葉を聞くと二人はいつもの顔、ソル国王妃、スティーレ国王妃の顔になった。
「そうですか、わかりました。では、転送装置の使用、及び転移魔法の使用を許可します」
ヴァレンティーナはフレッドの手を取り、その手に鍵を置いた。
「フレッド、アレスのことを頼みましたよ」
「御意」
鍵を受け取ったフレッドは再び会釈すると、回れ右をして部屋をあとにした。
「アレスちゃんのこと心配?」
フレッドが部屋を出た後、オルネラがヴァレンティーナに問いかけた。
「子を思わない親がいると思う?」
愚問だろう、とヴァレンティーナは言った。もちろんそれは、同じように子を持つオルネラもわかっていることだ。
「それに私はあの子のことも・・・・・・」
ヴァレンティーナは誰にも届かない、そう、隣にいるオルネラにも聞こえない声を吐いた。遠い目をし、何を見ているのか。それは将棋を指していたあのときと同じ目だった。
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「大きな魔力反応は一つだけか」
双子山の山頂。フレッドは首からかけられたペンダントを握り締め、風に流れる魔力の反応を見ていた。
「昨日、いや、それよりも最近か。大きな魔法を行使した痕跡がある。すでにルーナと争った後か、それとも・・・・・・」
フレッドは様々な可能性を模索したが、結局は確かめなければいけないことに気付き考えるのをやめた。
「ひとまず連絡を取るか」
しかし、当の彼女の居場所がわからなければ連絡のしようがない。
この大きな魔力反応はアレスのものとは違う。だとしたら、ルーナの人間のものか。だが、敵対の関係にあるルーナがわざわざ場所を教えるようなことをするだろうか。
「う~ん、わからない」
暫く考え込むフレッドだったが結局「わからない」ということがわかっただけだった。
「仕方ない。直接様子を見に行くしかないか」
フレッドは手にしたペンダントを戻し、空を駆けた。一つだけ飛び抜けるような魔力反応に向かって。