VS暗殺者
「ふぁぁ、ねむ・・・・・・」
朝起きて、稽古をして、ご飯を食べて、今に至る。
頼まれた買い物のために商店街まで出向いてきたのはいいが、あまりの睡魔に瞼が重い。
昨日は家に帰った後、ずっと気を張っていたのですごい疲れた。勿論、原因はあの暗殺者(仮)である。何があってもいいように周囲に気を配っていたのだが、それが朝まで続いてしまった。
「おじいちゃんには不思議がられるし、こっちは眠いし、ったくなんなのよあの暗殺者(仮)」
家で気を張っていたのは自分勝手なのでなんともいえないが、そもそもの原因を作ったのは暗殺者(仮)である。
襲うのなら早くして欲しいし、襲わないのなら二度と現れるな、と思っていたらまた現れてしまった。
「正直、現れて欲しくなかった」
暗殺者(仮)は昨日と同じように私の後をつけている。
さて、どうしようか。こんな人通りが多い場所では襲ってこないだろう。昨日と同じように住宅街に行けば何か進展があるだろうか。
ともかく人通りの少ない場所に出てみよう。そうすれば向こうも動くかもしれない。
=============================
予想は的中した。さっきまで動きの無かった暗殺者(仮)が徐々に近付いてきている。
さて、ここからどうする。このまま迎え撃つか、それとも逃げるか。
勿論、迎え撃つ。
相手もこちらが気付いていることに気付いているはず。ならばどう出る? 暗殺者が暗殺の対象に気付かれるなどあってはならないこと。だが昨日は、気付かれたうえで私を追い回していた。まるで遊んでいるかのように。
ということは、暗殺者(仮)は私を暗殺の対象ではなく、違う用事があるということか。
だが、なんにせよ、相手が相当の手だれであることに違いは無い。そんな奴がわざわざ気配を消してつけ狙うということは、お話しにきただけ、なんてことは無いだろう。
「さて、どう来る、暗殺者(仮)」
角を曲がったところで人がいないことを確認する。後ろを振り向き暗殺者(仮)を向かえた。
相手もこちらが止まったことに気付いたのか、その足を少し早めた。
「・・・・・・」
買い物袋を脇に置き拳を構える。竹刀が無いのは心許ないが、迎撃くらいならできるだろう。
あと少しで目の前に現れる。あと少しでその角を曲がってくる。
「・・・っ・・・・・・」
乾いた唇を舐る。
さぁ、どう来る?
「・・・・・・あなたが暗殺者(仮)さん?」
角を曲がって現れたのは、暗殺者にしては実に無防備な人間。しかも、同じ年頃少女だった。
「勝手に変な名前付けないでくれる。千草凪さん」
相手は嘲るように笑みを浮かべていた。
「じゃ、なんて呼べばいい?」
「メイ=ルナ・ユニバーサレ。それが私の名前」
メイと名乗った少女は仮面で顔半分を隠し、身体全体も黒の服で包んでいた。まさしく暗殺者といった雰囲気だ。唯一、首の赤いリボンチョーカーが、その黒に馴染んでいなかった。
「じゃあメイ、なんで私の名前を知ってるの?」
「さぁね、どうしてだろう?」
更にメイは嘲笑した。
「私に何の用?」
「なに、あんたが持ってるあるものが、私たちに必要ってだけ」
「あるもの?」
それは一体どういったものなのか。私が持っているもので、この子に必要なもの。
それに「私たち」という言葉も気になる。単独ではなく複数で狙っているということか。
「まぁ、気にしなくていいよ。勝手に持っていくからさっ!」
「・・・・・・!」
メイは言葉と同時にその拳を突き出した。
拳の掌で受けるが、あまりの衝撃に身体が後ろへと飛ばされる。
「がっ」
後ろの塀にぶつかり口から空気が漏れる。
「へぇ~やるじゃん。受ける直前に身体を浮かし、腕をバネにして身体への衝撃を抑える。普通の人間には無理な芸当だ」
メイは拳を突き出したまま腰を落とした。
「・・・・・・」
今のは中国の拳法? 発勁のような力の入れ方だった。
だが、その構えや拳の突きは、どの武術にも当てはまっていない。
「じゃあ、こいつはどうだ!」
後ろ足を蹴り出し、一息で間合いを詰めた。
「それこそ、普通の人間じゃ無理でしょ」
拳をかわし横に飛ぶ。
有り得ない跳躍力に瞬発力、そして攻撃力。どれも人間の限界を超えている。
だが、その攻撃はあまりにも単調で見えすぎる。
恐らく、武術は勿論、戦い自体をあまり経験していない。その有り余る能力を活かしきれていない。
「・・・・・・なんかムカつく。何で避けるかな?」
「そりゃ避けるでしょ。痛いのは嫌いだから」
彼女も恐らく私と同じ、どの型にも当てはまらない武術家。相手に攻撃を当て、相手の攻撃を避け、防ぐ。ただそれだけしか知らない。
この中国の拳法みたいなものや日本の武術のようなものは、より効率の良い攻撃方法を求めた結果ということか。
「あ~あ、人がせっかく手加減してるのに、それじゃあ本気を出さなくちゃいけなくなるじゃん」
「やっぱり、本気じゃなかったんだ」
すべての力が常人のそれを遥かに超えているにも関わらず、これだけ戦い方が下手なのはおかしい。いや、実際に戦い方は下手だが、その力を出し切っていない。戦い方が上手い下手ではなく、もっと根本的なもの。それが彼女から出し切られていないのがわかる。
「当然でしょ。私が本気出したら、あんた死ぬから」
「っ!」
メイの目の色が変わった。
身体を突き刺す鋭い闘気。
「本当は一般人を巻き込むのはダメなんだけど、そこまで抵抗されちゃ本気出すしかないよね?」
右の拳をだらりと下げる。
ゆらりと倒れたかと思うと、その刹那、目の前に拳があった。
「―――――!」
避けられない。
拳が迫る。
身体を動かす暇も無い。
「・・・・・・・」
紙一重。
その拳は頬を掠め、抜けていった。
「はっ、そこまでできるなんて思わなかったよ。以外に楽しめるんじゃない?」
頬がじりと痛む。
楽しみたくは無いが、この戦い、本気でいかなければやられる。
「・・・・・・・」
目を閉じ精神を集中させる。深呼吸をし、息を整える。
この空間の支配。
全てを見る。そこに存在するもの全てを。
「―――――!」
全てを見る。彼女の全てを。
「何しやがった」
「何も。ただ、あなたを見てるだけ」
目を開け彼女を見る。
「なるほど、この変な感じはあんたの視線ってことか。しかも、見ているのはその目じゃない。どんな魔法を使いやがった」
「魔法でもなんでもない。私はただ、あなたを見てるだけ」
「っ、むなくそわりぃ」
メイは再び拳を突き出した。
防ぐことはしない。それを防いだら、恐らく骨が砕ける。
「ちっ、ちょこまか動き回りやがって」
彼女の拳は疾すぎる。目で認識することができない。
私は彼女を見ることしかできない。だから、彼女の初動で全ての行動を把握する。
避けて、避け続けて、彼女の隙を見る。その行動の先が隙になるのを待つ。
「何故、避けれる! あんたの目には見えないはずだ」
メイは常人には追いきれない疾さで拳を打ち続ける。
単調だがその疾さの前には戦い方など意味は無い。そう、見えていなければ、どんな攻撃だろうとかわすことはできない。
彼女の強さはこの圧倒的な力。何者にも劣らない力。何者にも捉えることのできない力。故に彼女は強い。強さのベクトルをただの力だけで他を圧倒する。
故に―――――彼女は脆い。力だけが強さの彼女は、その力に追いつかれた時点で崩れる。ほんの少し見えるだけで、彼女は崩れる。
「だあぁぁあ!」
僅かに振りかぶる拳。
「見えた!」
拳が届くであろう場所を掴む。
「な・・・に・・・!」
腕を引き彼女の身体を背負うようにする。
「でりゃああ!」
足をかけ彼女の身体を浮かす。
身体は宙を舞い、地面に叩き落ちた。
「ぐぅっ!」
メイは戦い方を知らない。一番の致命傷は防ぎ方を知らないことだ。
防御においては、型にはまっていなければ受けきることができない。それが一番の受け方だからだ。
しかし、彼女はそれを知らない。避けることができても、受けることができない。
「・・・っ・・・・・・!」
彼女の身体が起き上がると同時に、下段回し蹴りを入れる。
身体はその瞬発力で上へ跳び上がり、その蹴りをかわした。
「そこで跳び上がるんだ」
やはり彼女は防御の手段を知らない。
蹴り入れた足を軸に、逆足からの後ろ回し蹴り。
宙に浮いた彼女の身体は、その蹴りを避ける手段がない。いくら瞬発力が高くどんな攻撃をも避けられても、空中の彼女にはその瞬発力を活かせない。
そして、防御の手段を知らない彼女は、その蹴りをまともに受け横の塀に叩きつけられた。
「がっ!」
攻撃はまだ終わらない。
足を踏み込み掌底を入れる。見よう見まねの発勁。しかし、その威力はただの張り手より威力はある。
彼女はそれを腕で防ぐが、衝撃に耐えられず腕が開く。
逆足を踏み込み、続けて掌底。それは腕の間をねじ込み、胸を衝撃が貫いた。
「がっ、はっ!」
メイは貫かれた胸を押さえる。
恐らく息をすることさえ難しいだろう。
「もう、やめたほうがいいよ。あなたじゃ私には勝てない」
「こ、の、糞野郎・・・がッ!」
メイは鋭い目つきで睨みつけた。
「マジで・・・・・・ぶっ潰す!」
「―――――!」
大気が震える。
殺気、闘気、どちらでもない。目に見えない何かがこの地を震わしていた。
「塵一つ残さない。そうすれば、証拠は何も残らない」
彼女は首のリボンチョーカーを外し、それを腕に巻きつけた。
「世を統べる四大の理。その力を貸しやがれ!」
腕に巻きついたリボンが光輝く。
「な、に・・・これ・・・!」
わからない。何が起きているのか。
目の前の光景が異常だとわかるのに、そこで何が起きているのかわからない。
「痛みは無い。その前にあんたの身体を消してやる」
メイが拳を構えた。
駄目だ、逃げなければいけない。ここにいては駄目だ。
逃げる? どこへ? どこへ逃げれば良いというのだ。逃げ場など無い。
「爆ぜろ! サラマンデル―――――!」
目の前が爆発する。
目の前が真っ赤に燃える。
思わず目を瞑るが、瞼越しでもその光が目を刺す。
凄まじい熱気。
皮膚が焼かれそうなほどに熱い。
「・・・・・・?」
目の前で起きたのは爆発だった。にもかかわらず、この身体は無事である。
焼けそうなほどに身体は熱いのに、身体のどこも焼けてはいない。
次第に熱も光も収まっていった。
瞼を開き前を見る。
「・・・・・・」
そこには一人の小さな少女がメイの前に立っていた。
メイの突き出した拳が空で止まり、そこに少女が平然と立っていた。あんな爆発があったのに、少女は何も無かったようにそこにいた。その長い黒髪をなびかせて。
「千草凪」
「・・・え・・・・・・」
少女が名前を呼び、この手を掴んだ。
瞬間、周りの景色が変わった。
「なに、どういうこと・・・・・・?」
一瞬わけがわからなくなる。目の前にいたメイの姿は無く、周りの風景はどこもかしこも変わっていた。
「ここは、家の前」
そう、先程戦っていたあの場所から、一瞬にして家の前まで来てしまった。
「怪我は無い?」
小さな少女は無表情に問う。
「え、うん・・・・・・」
答えると、少女は何事も無かったかのように、その場を立ち去ろうとした。
「ま、待って。いったい、何がどうなってるの?」
少女は立ち止まったが答えることはせず
「あなたを助ける。それだけ」
と言って、消えてしまった。それは文字通りの意味で。
夢でも見ているのではないだろうかと疑ったが、どうにも現実らしい。
「なにがどうなってるの」
まさに、その状況は意味不明であった。
夢でないなら彼女たちの後を追うこともできた。しかし、そうする前に彼女たちの気配は消えていた。
追ったところで何もできない。ならば追わなくてよかった。だが、心の中がモヤモヤする。全くすっきりしない。
終わった? 何が? 何が始まっていたかもわからないのに、終わったなどと片付けてよいのか。
「でも、どうしようもないんだよねぇ。だーもう、わけわかんない!」
そして翌々日。心の中のモヤモヤは晴れないまま、学校に登校した。
あの後も何か起きるのでは何かと気を張っていたが、結局何も起きなかった。疲れ損である。
「ふぁぁ」
横では高村君が欠伸してるし、この間のことが嘘のように感じられた。
「ん、どうした。俺の顔になんか付いてるか?」
私の視線に気付いたのか、高村君がその顔をこちらに向けた。
「ううん、なんでも。ホント平和だなぁ、と思って」
そう、平和。何事もなかったように、今は平和そのものである。
「・・・・・・そうだな。平和だな~」
高村君はもう一度欠伸をすると、机の中から理科の教科書を取り出した。
「高村君、一限目は数学の授業だよ」
「え、ああ、そうだった。教科書が似てるから間違えたよ」
教科書のデザインも色も、二つとも全然違うのは言わないでおこう。
「ホント、平和だなぁ」
高村君は噛み締めるように言った。
そう、本当に平和である。今というこの時は・・・・・・