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魔法少女代行つきみ ~交差する太陽と月~  作者: てらい
第一章 墜ちた太陽と月
31/74

理想を求める者

「―――――!」

 空気が震えている。風とかそういったものではなく、空気そのものが震えている。

「アレス・・・・・・?」

 今まで魔力というものを感じたことはなかった。だが、今まさに、はっきりと、こうして感じ取れているものは魔力なのだろうか。いや、きっとそうだ。これに近い感覚は何度か感じている。今回のこれはその規模が遥かに大きいというだけ。

「ね、ねぇ、なんか変じゃない?」

 千草でさえ何かが起きていると気付いている。

 これがアレスのものなのか、それともあの少女のものなのか、それはわからない。だが、俺でも何かが起きていると感じ取れるなら、大規模な魔法が使われたに違いない。

「千草、行ってくるよ」

 答えはここにある。何をするのかも決まっている。だから、あの子に、あの子達に言いに行く。

「そ、そう? じゃ、頑張ってね」

 千草は一瞬何のことかわからないと顔をしかめたが、理解すると後押しするようにしてくれた。

「それと、パツキン美少女によろしく」

「な! お前、気付いてたのか?」

「当然」

 また女の勘というやつだろうか。

「それもあるけど、高村君わかりやすいからね。必死に隠してるのはわかるけど、隠しきれてなかったしね」

「そ、そうだったのか」

 もしかしたら、他にもなにか変なことを言ったりしていないだろうか。

「大丈夫だって。もし何か聞いてても頭の中を消去しておくから」

 ・・・・・・本当に大丈夫なのだろうか。

「それよりも、行くんでしょ。今の変な感じのものと関係してるのなら早くしたほうがいいんじゃない?」

 千草の言う通りだ、早く行かなければ。

 それにしても、本当に千草はなにも気付いていないのだろうか。彼女の口ぶりはどうも知っているように聞こえてしまう。

「ああ、行ってくる」

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 飛び出すように教室を出て、彼女達がいるであろう場所へ向かった。


==============================


「これで良かったのかな」

 教室に一人残る千草は、自分のしたことに僅かながら後悔の念を抱いていた。

 確かに、彼の答えは彼の中に元々あったものだ。しかし、それが正しい答えで、正しい選択なのかはわからない。もとより正解のない答えであることは知っている。だが、それが千草自身の考えを押し付けたものであることも事実だ。

 彼自身がこの答えに満足しているのならそれでいい、はずなのに、その答えの、行動の先がどんなものであるかは千草自身にはわからない。

「本当にこれでいいのかな」

 千草は見送った彼の後を追いかけたくて、でも追いかけることはできず、どうすればいいのかわからないまま教室の中の自分の席に座り込んだ。彼を送り出してしまった後悔を抱えて。






 濃煙が立ち込める。辺りは熱気と蒸気に包まれ、まるでサウナのように暑苦しい。

「防がれた・・・・・・あの一撃を、どうやって」

 アレスの右手に構えた炎槍はあれほど激しく燃え盛っていたのに、今は言葉通り風前の灯火である。

「正直に言うと、今の攻撃は防ぐことはできないと思いました」

 煙の中から聞こえるファルスコールの声。まだ、その姿は煙に隠れ見えてこない。

「水属性の魔法防壁を張ってもとても防ぎきれるとは思えませんでしたし、何より私の持つ水魔力が少なすぎて属性防壁の意味を成さない」

 徐々に煙が晴れていき、ファルスコールの姿が少しずつ見えてきた。

 その身体は薄い青に包まれていた。

「だから防壁で衝撃だけを軽減して、身体を水魔力で覆い熱を抑えた、ってこと?」

 彼女の身体が青く光っているのは、水の魔力が身体の外側を覆っているから。

「そのおかげで左腕はまた使えなくなってしまいましたし、身体全体もかなりの損傷を負ってしまいました」

 彼女が防いだのは炎がぶつかる衝撃のみ。それ以外は全て身体を通し、炎の熱を少し軽減したに過ぎない。

「それに、あなたは自分で思っている以上に、その身体が衰弱していることに気付いていない」

「・・・・・・どういうこと?」

「言葉通りの意味です。あなた自身も気付いているのではありませんか、自分の魔力の回復に時間がかかりすぎていることに」

 ファルスコールの言う通り、アレスの魔力の回復はいつもに比べ格段に落ちていた。だがそれは気に留めるべきことではないと思っていた。

「魔力の回復が遅れるのは、この地の魔力の流れがガラシアと違うことが原因だと思います。特に、あなたはそれが顕著に現れたようですね」

「つまり、地球ここではガラシアいつものように戦えないってこと?」

「そういうことです」

 魔力の回復の遅れが衰弱の原因ではなく、魔力が回復しきっていないその状態で戦っていることが衰弱の原因。ガラシアでなら例え魔力が少なくとも勝手に魔力が回復していた。でも地球ここでは違う。回復しきっていない状態で戦うことはかなり無謀なことだ。

「おかげであなたの攻撃を防ぐことができました。あなたの身体が回復しきっていたなら、防ぐことはできなかったでしょう」

「随分と余裕なんだね。そんなこと話すなんて」

「余裕ですから。今のあなたに私が負ける要素はありません」

 ファルスコールは笑みを浮かべていた。それは勝利の確信。そしてこの戦いへの悦楽。

「魔力の大半を失ったあなたは、私に追いつくことすらできない」

「っ!」

 曲刀を構えるファルスコール。身構えるアレス。

 勝負は目に見えている。それでもやらなければいけない。それが彼女たちの義務。

「ふっ!」

 飛び込むファルスコールから息が漏れる。

「うっ!」

 刃を防いだアレスの炎槍は弾かれる。

 己の身体はこんなにも弱っているのか。アレスの手はその槍を持つことさえ難しい。

「終わりです」

 力が入らない、手も足も。彼女の刃を防ぐ手段は無い。

 横一閃。

 刃が月に照らされ黄金に閃く。

 狙うは首。その一太刀で決まる。

「―――――!」

 閃く刃。それは真っ直ぐにアレスを捕らえて―――――

「・・・・・・ん・・・・・・」

 だが、その刃は空を切っただけだった。

「命拾いをしましたね、と言うべきなのでしょうか」

 アレスの身体はいつの間にかあの小さなイヌに変わっていた。

 刃が捕らえた瞬間その身体に戻ったおかげでなんとかなった、ということか。だが、避けたところでどうしようもない。この身体になったということは、すでに戦う力など無いということだ。

「では、改めて」

 ファルスコールは再び剣を構えた。

「あなたとの死合い、とても楽しかったです」

 少女はその刃を突き付けた。

 アレスの首筋に光る刃。月の光を受け黄金に輝く。

「・・・・・・」

 アレスは覚悟していた。自分の立場を考えれば当然。これが覚悟しなければいけない事実。

 でも、アレスの心の中に浮かんだものは違っていた。覚悟とは違うもの。

「ちょっと待ったああぁぁ!」

 その時だった。少年の叫び声とともに、その彼がアレスの目の前に現れた。

「はぁはぁ・・・・・・っ、ま、間に合った」

 高村月海は二人の間に割って入り、ファルスコールにその目を向けた。

「なぜ来たのですか?」

 ファルスコールのその声には、少しの怒りが込められていた。

「二人を助けるため」

 その言葉を聞いた彼女は更に怒りを込めて言い放った。

「まだあなたはそんなことを言っているのですか?」

「ああ、何度だって言う」

 さらにその言葉に返した少年の言葉は確かな意思がそこにあった。

「俺はみんなを守りたい。みんなを助けたい。それはこの町の人たち、俺の家族、俺の友達、アレスとルース、そして君たち二人ともだ」

「あなたは、それを本気で言っているのですか?」

 少女の問いに少年は頷いて答えた。

「そんなものは理想でもなんでもない。ただの我が儘です!」

「ああ、そうだ。これは俺の我が儘だ。俺は君やアレスみたいに人の命を背負っていたり、国を守らなければいけないわけじゃない。毎日バカみたいに遊んで生きているただの中学生だ。だから何度だって言う。無責任でも何でもいい。俺は全部守って全部助ける。無理だとかそんなのは関係ない。やるって決めたらやるんだ」

 ここにいる誰もが少年の言葉を否定するはずだ。それが彼女たちの生き方だから。それを否定しなければ、彼女たちは彼女たち自身のあり方を否定してしまう。

「あなたは・・・・・・馬鹿です」

「そんなド直球で言われるなんて思わなかったけど、本当のことだからな」

 少年は苦笑いをした。

「俺は君たちと生きる世界が違う。だから君たちを否定する。全て、目に見えるもの全てを守る」

 はっきりとした決意。

 昨日とは違う。同じ言葉で、違う意思。

『ふっ、ふふふ・・・はははは・・・は・・・』

 と、突然笑い声を上げるルース。

「な、なんだよルース。笑うところじゃないだろ」

『いえ、すみません。少し昔のことを思い出してしまって。―――――あなたと同じことを言った人間がいたのですよ。それもあなたのような一般市民ではなく、アレスやその少女と同じ立場の人間。もちろん全て否定され、どうすることもできずにその生涯を終えてしまいましたが』

 ルースは過去を思い出すように話した。

『それで、あなたはその言葉を口にしてどうするつもりですか? 言葉を口にしただけではなにも変わらない。何かを決意したところでなにも変わらない』

 そしてもう一度、ルースは少年に問う。

『あなたはどうするつもりですか?』

「どうするもなにも、それはもう決まってることだ」

 そう、少年の気持ちは変わらない。やることも変わらない。だからこれからすることは唯一つだ。それがここにやってきた理由。

「俺は、君をぶん殴りにきた」

 少年はファルスコールに向かって言い放った。

 それは千草凪から借りた言葉。でも、やることは一緒だ。

「・・・・・・」

 ファルスコールは目を丸くし、今まで見せたことのない顔をした。恐らくアレスとブイオも同じような感じになっているだろう。

「君とアレスが義務とか使命ってやつで争いを続けるなら、それをぶん殴ってでも止める。二人のやらなきゃいけないことなんて関係ない。俺は意地でも二人を止めて、両方の国が両方とも平和になる方法を考える」

「だからそれが無理なことだと言っているのです」

「知ってる。そんなことできないって。だから二人は戦わなくちゃいけない。でも、そんなことは関係ないんだよ。できないから何だってんだ。俺は何が何でもそのできないを求め続ける」

 互いが互いを否定することはすでに問題ではない。無理だとかそんなものも関係ない。やるかやらないか、それだけの問題だ。

「やはり、あなたは馬鹿です」

「それも知ってる。じゃなきゃ君の前に立ったりしないよ」

 少年はできないことをやろうとしている。どれ程の覚悟がそれに必要なのかも。

『つまり、あなたはその命を懸けるというのですね』

「そうだな、そこは深く考えてなかったけど、つまりそういうことなんだろうな」

 ルースの問いに少年は他人事のように答えた。

「命を懸けるってことがどういうことなのかよくわかんないけど、でも、今からやろうとしていることがそういうものなんだ、ってのはわかってる」

 死の覚悟や命を懸ける重要性は少年にとってどうでもいいことだった。今はただやりたいことをやる。それだけしか頭になかった。

『確かにあなたは馬鹿です。ですがその馬鹿は気に入りました。全てを守る。全てを助ける。良いではないですか。それが真の平和であると誰もが知っている。ならば目指そうではありませんか』

 それは姉妹が目指した理想の世界。それを語る彼女は珍しく笑っていた。

『ね、姉さん正気かい?』

『私は正気ですよブイオ。私の心にあるのはいつまでもあの時と変わりません。その手段を無くし私は勝手に絶望していた。しかし、それは間違っていた。手段など最初からなかった。ならばやるべきことは唯一つ。彼の馬鹿に付き合うことです』

 ルースの言葉を聞き溜息をつくブイオ。

 それは彼女も目指したもの。不可能を目の当たりにして諦めたもの。どうしようもないものに手を出すことがどんなに無意味かわかっている。だから彼女は否定する。

『ではツキミさん、もう一度私と契約を』

「え、契約って前にやったやつか?」

『いえ、それはあなたが私を使うために必要な契約。今からする契約は私があなたにする契約』

「ル、ルース、それって」

 アレスはルースを手に取り困惑していた。

「そんなことしたら・・・・・・」

『別に構いませんよ。ソルの血を引く者だけにしかできない契約、なんていうのは後付けでしかありませんから』

「いいのか、なんか大変なことっぽいんだけど」

 話を聞く限り一般人である俺が関与していいものなのか、と少年は思った。

『ええ、そんなしきたり、有って無いようなものですから』

 それでいいのか、と少年は思いながらアレスからルースを受け取った。

『では、私の言葉をしっかりと耳にしてください』

 ルースの言う通りに、少年は彼女の言葉に耳を傾けた。


『我、太陽の化身也


 其の鎖を断ちて死を開放せし光


 日の出大地を護る剣


 光剣を掴むとするならば生を示さん


 我が真名はアメノムラクモ』


 手に掴んだルースが光り輝く。

 眩く、煌びやかな光。神々しささえ感じる。とても直視できるものではない。

『あなたは命を懸けると言いましたが、私はそんなもの要りません。私が望むはあなたの生。必ず生き残るという誓い。どんなことがあろうと生き延びる誓い。たとえ敵に背を向けても生きるという誓い。あなたが望む全てを守りたいという言葉には、あなた自身も含まれているのですから』

「ああ」

『では、懸けてください。あなたの生を、何があっても生きるという誓いを』

「ああ、懸けてやる。俺は全部守って全部助けて、絶対に生きる!」

 輝く光をその手で掴む。

 それはとても暖かく、優しく、いつもの彼女と同じだった。

「・・・・・・」

 掴んだ柄を思い切り握り締め、勢いよくその光から剣を引き抜く。

「・・・・・・すごい」

 漏れた言葉は単純だった。いや、そうとしか形容できない。

 白銀に輝く両刃の刀身。

 その輝きはまさしく太陽。なにものもその輝きを曇らすことはできない。

 これは本当にこの手に持ってよいものなのだろうか。少年はその手に持つことさえおこがましいと感じた。

『行きましょう、全てを守るために』

 いつものルースの声。それを聞くだけで、すごく安心できた。その手に持っているのは相棒パートナーだとわかれば、少年の思いはきれいに晴れた。そう、やることは一つ。

「ああ、行こう」

 目の前に立つ少女。

 彼女はじっと少年を見つめていた。

「もはや、あなたと言葉を交わす意味を無くしてしまいました」

「君はそうかもしれないけど、俺は君と喋るのは悪くないと思うよ」

 少女はギリと歯軋りした。

「あなたは・・・・・・! ああ・・・、っ・・・・・・」

「ど、どうした?」

 少女は苦悶の表情を浮かべ、一人で納得していた。

「なるほど、私はあなたにイラついているのですね」

「そ、そうなんだ」

 それは少女にとっては当たり前の感情であるはずなのに、少女自身は今の今まで気付かずにいたのか。

「こんな感情を抱いたのは初めてです。とても新鮮ですが、とてもムカつきます」

「そ、そう・・・・・・」

 なんと返事をしていいのか、少年は苦笑いを浮かべていた。

「では、この気持ちを静めるためにも、あなたを倒す必要があるようですね」

「もちろん、俺はそれを否定するけどな。君がどんなにムカつこうと君を納得させて、こんな戦いを終わらせる」

「本当にそれでよいのですね?」

 少女は最後に問う。これが本当に最後の警告だった。ここから先に進めばもう戻れない。

「ああ、だからこうしてここにいる」

「私の言ったことは覚えていますか?」

「ドディックジュエリ暴走時はそれを最優先に確保する、ってやつか。それなら覚えてる。俺はそのために戦うようなもんだからな」

「そうですか、では」

 少女は再び頷き剣を構えた。

「決着をつけましょう」

「そうだな」

 あわせて少年も構える。

「そういえばまだ名前を聞いていませんでしたね」

「名前? そういえばそうだったな。俺も君の名前を知らないや。俺は高村月海だ」

「私の名前はファルスコールと申します」

 二人は互いの名前を交わした。まるで初対面の挨拶のように。

「では、参ります。せめて、痛みを感じさせないよう努力します」

「そりゃありがたいね」

 少女と少年は切っ先を互いに向け合った。

「いざ!」

 ファルスコールは空を蹴り、一気に加速し間合いを詰めた。

 青白い火花が飛び散る。

 少女の重い一撃。

「くッ」

 受けた剣を弾き返し、次の一手に備える。

 少女の鋭く疾い剣撃は到底防ぎきれるものではないと思っていた。だが、いくら目に止まらぬ疾さだろうと、その冷たい刃を感じることはできる。ならばそこに剣を置けばいい。それだけでその刃は止まる。

「・・・・・・ん・・・・・・。やはりあなたは剣の才がありますね。以前に増して身体のキレが良くなっていますし剣さばきも上手くなっています」

「そりゃどうもっ」

 首筋を狙う一太刀。それを受け流す。

 彼女の狙いは全て致命傷になり得る一撃。全てが正確にそこを狙う。

「確かに、当たれば痛みは感じないな」

 だが、それ故に狙いの見当がつくため防ぐのは容易い。更に彼女は片腕が使えず、身体もかなり疲弊している。

 ならば受けに徹するだけでなく、攻めにも転じられる。

「はぁ!」

 再び狙われた首への刃を弾き返し、剣を上段に構え袈裟懸けを狙う。

「まだ、狙いは甘いようですね」

 その刃を少女は易々と受ける。

 勿論、それは受けられると予想していた。少年程度の腕前では彼女に触れることさえ難しい。

「っ!」

 当然、狙いは違う。

 少女は受けた刃を弾くと背後の空を切った。すると爆発音と共に紅い光が飛び散る。

 隙のできた少女に続けて刃を振りかざす。

「同じ手を何度やっても無意味です」

 少女は刃を受けると、再び背後から迫る光弾を切り伏せる。

「それが、同じ手じゃないんだな」

「・・・っ・・・・・・」

 突如、彼女を囲むように現れた六つの光弾。

 頭上、左右、足元、前後。逃げ場を無くすように囲んだ。

「いったい、いつの間に」

「最初からだよ。君の初太刀を受けたときにね」

「まさか、その時から今までこの光弾を操っていたというのですか」

 複数の光弾を操り、尚且つ少女の太刀を受けていた。それをこんな素人ができるものなのだろうか。いや、不可能だ。いくら戦いの才があるからといって、昨日今日始めたばかりの素人がそんなことできるはずも無い。

「悪いけど、それができちゃったんだよ。何でかしらないけど、この魔力の弾を操るのは得意みたいなんだ」

「そうですか。ですが、たったこれだけの数で私を倒せると?」

「さぁ、どうだろうね?」

 少年が左手を翳すと、回りに浮かんだ光弾が一斉に少女を襲った。

「その数では防ぐにも値しない」

 少女は一つを切り、一つを避け、右に飛び出し、残りの四つを互いに相殺させた。

「知ってる。いや、そうでなくちゃ困る」

「―――――!」

 少女が飛び出したその先には、炎槍を持つ少年が待ち構えていた。

「でなければ、この一撃を待った意味がない」

 少年は炎槍を引き、その魔力を炎槍に注ぎ込む。

「ちっとばかし痛いけど我慢しろよ」

 炎が揺らめく。その魔力を焚物にし激しく燃え盛る。

「―――――燃やし穿つフォラ

 身体が軋む。筋肉が唸る。

煌炎の鋭槍トゥーレ―――――!」

 放つ炎槍。それは少女が唯一見切ることのできなかった突き。

 狙うは右腕。両の腕が使い物にならなくなれば、少女は戦う術をなくす。

 炎は軌跡となり空を焦がす。

「ぐっ・・・・・ッあ・・・!」

 突き出した槍は右腕を掠める、はずなのに、それは少女の腹部を刺し貫いていた。

 血が流れる前に蒸発し、辺りを漂う。血の匂いが鼻をつく。

 内臓は炎で焼かれ、そこに臓器があったことさえわからない。

 少女の顔が激痛に歪む。声にならない声を上げる。

「な・・・・・・! おい、なにやって―――――!」

「・・・・・・コアグラツィオーネ」

 少女は呟く。瞬間、少年の身体がピタリと動かなくなった。

『血液凝固!? ツキミさん、私から手を離して・・・・・・』

「トゥワーノ・スペアル」

 少女の声が早かったか。ルースの言葉を耳にする前に、少女は雷の槍を頭上に作り出し放った。

「うっ」

 雷槍が迫り、眼前で止まる。

「この、勝負・・・あなたに、預け、ます・・・・・・」

『ちょ、何言ってんだい! 今やらないでどうすんのさ?』

 息も絶え絶えに話す少女だが、ブイオは勿論反対した。

 この二人にとっての判断はブイオが正しい。それが彼女たちの本来の目的であるからだ。

 しかし、ファルスコールはそれをしなかった。

「必ず、目的は・・・果たします。ですから・・・」

『いいや、今回はそのお願いは聞けないね。あんた自身で自分の目的を潰そうとしてどうすんだい。それとも、この男のくだらない理想とやらに感化されちまったかい?』

「違い・・・ます! 私・・・は・・・・・・」

「―――――お話のところ悪いけど、その槍を除けてくれないかな?」

 いつの間にかファルスコールの後ろに回りこんでいたアレス。彼女はその右手をファルスコールの頭に突き付けていた。

「つきクンの言う理想をどう思うかは私にもまだわからない。否定したいのならすればいい。それが正しいから。でも、そんなことよりもまずはその槍を除けて。できないのならその前に私が・・・・・・」

『・・・っ・・・』

「わかり・・・ました。ですが、ひとつだけ・・・」

 ファルスコールは雷槍に手をかけるとそれは霧散した。

「私は、彼を・・・否定します。その事実、は、変わらない」

 アレスはそれに答えなかった。己の意思が彼女と同じである以上、それに口を出せない。それが正しいと知っているから。

「・・・っく・・・・・・」

 少女はその腹に貫かれた炎槍を自ら引き抜いた。

 同時にその穴から大量の血がドロリと流れ出す。

 少女がその穴に手を当てると血は止まったが、穴は開いたままだった。

「では、また・・・いずれ・・・」

 少女は今にも崩れ落ちそうだった。思わず肩を貸したくなってしまったが、彼女に手を触れることはできない。

 その代わりにかけた言葉。

「その傷、ちゃんと治せよ」

 彼女は言葉にはしなかったが、その後姿は「当たり前です」と言っているようだった。

 今この場で彼女を押さえてしまえば、それで終わりだったのかもしれない。だが、それは彼女の意見を無視することになる。彼女自身が少年の理想に納得しなければ意味がない。それが、少年の理想だから。


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