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魔法少女代行つきみ ~交差する太陽と月~  作者: てらい
第一章 墜ちた太陽と月
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父と母と

「うわっ、真っ黒こげじゃん」

 トースターから取り出した食パンを見ると、そこにはまるで墨でもぶちまけたかのような黒こげパンが完成していた。朝ののんびりとしたひと時を、この焦げ臭い匂いで満喫する。

 今日は土曜日。つまり学校が休みだ。最近ゲームも積んできたし、ここいらで一気にやりたいところだがそれは無理な話だろう。

『見事なまでに真っ黒ですね』

「芸術だね」

 二人の突っ込みはさておき、黒こげのパンにバターを塗る。そして一かじり。

「うわ、なんかジャリジャリする」

 口に含んだそれは、香ばしい匂いとは裏腹に苦味と謎のジャリジャリ感が支配していた。

「つきみ、そこにある水筒とって頂戴、って何か臭うわね」

 隣の居間から出てきたスーツ姿の母は、台所に来るとコンロの上にあったやかんを持ち、渡した水筒にお茶を入れていた。

「うわ、何コレ?」

 母はテーブルの上にあるもう一つの黒こげパンを見て嫌そうな顔をした。

「タイマーが一分長かったみたい」

 原因を短く説明すると、黒こげパンにかじりついた。

「まぁ、食べられなくはないか」

 と言うと、母も黒こげパンを一かじりした。

「うへっ、これは、ちょっと、やりすぎじゃない?」

「自分でやっておいて何言ってるんだよ」

 そう、原因は俺じゃない。目の前にいる、わが母である。

「あ、そうそう、今日のお墓参りなんだけどね」

 そして、唐突に話を切り替える母である。

「仕事がちょっと長引きそうだから一人で行って頂戴」

「長引きそうって、どれくらい?」

「そうね、九時は回ると思う。母さんは帰りに寄っていくから、つきみは昼間に行っておいて」

 言い終わると、黒こげパンの最後の一口を放り込んだ。

「それじゃ、後はよろしく」

 それだけ言うと、母は風のように家を出て行った。

『相変わらず忙しそうですね、あなたの母上は』

「そうだな、土曜も出勤だし、女手一つで俺を育ててくれているわけだ。感謝はしてるよ」

「それをお母さんには言わないんだね」

 机の下に隠れていたアレスは姿を現し、残りの黒こげパンをかじっていた。

「・・・ぅ・・・そんな恥ずかしいこと言えるかよ」

 例えどんなに感謝していようが恥ずかしいものは恥ずかしいのである。全国の男子ならばこの気持ちはわかってくれるはずだろう。

『ところで、お墓参りとはマスターの父上のことですか?』

「ああ、今日が命日なんだ。だから午前中は墓参りに行こうと思う。悪いがドディックジュエリを探すのはその後ってことで」

『ええ、構いませんよ。死者を尊ぶ気持ちは大切ですから』

 ルースの言うような大それたことは考えていないが、そう言う気持ちは持っていたほうが良いのだろう。

「それじゃ、食べ終わったら出かけるとするか」





 墓参りへの道すがら、花屋で見繕ってもらった花束を片手に、静かな休日の町並みを眺めていた。平日と休日では同じ道でも違うように見える。

「つきクンのお父さんってどんな人だったの?」

「俺の父さん? さぁ、どんな人だったんだろうな」

 俺の父親は俺が生まれてすぐに病気で死んでしまったらしい。だから顔も知らないし、どんな人だったかもわからない。でも、母曰くとても優しい人だったそうな。

「そっか、なんかごめんね、変なこと聞いちゃって」

「いや、別に・・・・・・」

 父親がどんな人だったか、それは母親からしか聞いたことがないから何とも言えないが。今でも父が生きていたらどんな風に接していたのだろうか。やはり、キャッチボールとかしたのだろうか。

「アレスの父さんはどんな人なんだ?」

「私のお父さん? ん~、そうだなぁ」

 アレスはあごに指を当て、思い出すようにした。

「一言で表すなら・・・・・・へたれ、かな」

「すごい言われようだな。娘にそんなこと言われたら涙がちょちょぎれるぞ」

「でも、それが事実なんだよね。尻に敷かれてるし」

 一体、どんな人なのだろうか。よくよく考えると国の王様なのにその性格はどうなのだろうか。

「あ、でもすごい優しいよ」

 申し訳程度の褒め言葉でお茶を濁すアレス。

 もしかしてその言葉は俺の父親にも当てはまるのだろうか。とすると、俺の中での父親像がガラッと変わってしまう。俺の父親は本当にどんな人だったのだろう。





「これくらいでいいかな?」

 墓地に着くと、入り口にある水桶に水を入れ、父の墓へと向かった。

 一年近く来ていなかったが場所はしっかりと覚えている。いや、覚えていないとまずいか。

「あら、つきみ君じゃない?」

 ふと視界に入った黒い影。艶のある声で名前を呼ばれ、少しドキッとした。

「あ、ど、どうも、お久しぶりです」

 目の前には全身を黒で包んだ女性がこちらを見て優しく微笑んでいた。

「久しぶりね、また背が伸びたんじゃない?」

 女性は長い黒髪を揺らし静かに歩いてきた。

 物腰は柔らかく、その身に包んだ漆黒とは正反対の印象だった。

「あら、お母さんは?」

「今日は仕事が長引くらしいので先に俺だけできたんです」

「そう・・・・・・」

 女性は少し残念そうにして

「でも、元気なつきみ君の顔が見られてよかったわ」

 と、その美しい顔で微笑みかけ、顔を覗き込んだ。

「ど、ども・・・・・」

 なんか、すごい心臓がバクバクしてるんだが。

 というか顔が近いんですよ。こんなのに慣れていないんですよ。目線をどこにやったらいいのかわからないんですよ。

「それじゃあ、またね」

「は、はい、また・・・・・・」

 女性はすっと離れ、静かに墓地から去っていった。

「はぁ~~~~~~~」

 なんだかドッと疲れが出た気がする。

『マスター、今の人は?』

「ああ、あの人は父さんと母さんの知り合いで、いつも墓参りに来てくれてるんだ」

 二人が結婚する前からの知り合いで、いつも仲良くしていたとかなんとか。

「もしかして、三角な関係だったり!?」

 アレスはやけに声を弾ませている。

 そういえば父と母は幼馴染だったらしいし、その二人の知り合いと言うことは何かしらはあったのかも知れない。

 一人の男と二人の女。親友だった女二人はいつしか互いを蔑み醜い争いに。優柔不断な男の言動が二人の関係を更に悪化させる。そして最後に手を差し伸べられたのは・・・・・・?

 とか、そんな感じなのかもしれない。

『マスター、彼女の名前はご存知ですか?』

 唐突にルースは聞いた。

「あの人の名前? ん~、そういえば聞いたことないような」

 何年も前から何度も顔を合わせているのに、彼女の名前は知らない。それどころか、あの人は両親の知り合い、ということしか知らない。

 これはちょっとおかしいかもしれない。本当にそれ以外の情報が全くない。普段何をしている人なのかもわからない。

 しかし、他人の情報なんてそんなものかもしれない。ご近所さんの顔見知りの人だって、名前ぐらいしか知らない人はたくさんいる。でも、名前は知っている。あの人の名前は知らない。

「どうしてそんなこと聞くんだ?」

 頭の中で整理のつかない情報を放り投げ、ルースに聞いた。

『いえ、大した意味はありません』

「無いのかよ」

 ルースのことだから、また何か重大なことでも絡んでいるのかと思ったらこれである。




「よし、お参りも終わったし、早速ドディックジュエリ探索に行きますか」

 借りていた水桶を元の場所に返し、墓地から出る。

「あの不思議なものの正体もわかってないし早くしないとね」

『ですが、見つけたところで対処のしようがありませんね。先ほどから同じような反応をいくつか見つけましたが、全て同じもののようです』

 そう、反応の元凶がドディックジュエリであることがわかっていても、それをどうすべきなのかわからなければ意味がない。仮に本体を見つけることができたのなら、それで解決なのだが、それはまたあの地道な作業をしなければいけないということだ。

『この反応の正体が少しでも分かれば良いのですが、このままでは埒が明きません。ともかく、反応のひとつに行ってみましょう』

「そうだな、今度は何か分かるかもしれないし、何もしないで待っているよりはマシだ」

 ということで、ルースの言う反応の一つを目指し、空をひとっ飛び。いや、ほんと、空を飛ぶって便利だよ。

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