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魔法少女代行つきみ ~交差する太陽と月~  作者: てらい
第一章 墜ちた太陽と月
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輝く金、揺れる闇

「はぁはぁ・・・・・・っ、何も起きてない?」

 走って乱れた息を整えながら辺りを見渡した。しかし、商店街には普段となんら変わらない風景があった。

「おかしいなぁ、確かにこの辺りからモヤモヤ~って感じがしたんだけど」

 アレスが首を捻っていると

『ここに反応があったのは確かですね。ですが、どうやら移動してしまったようです』

 と、ルースは商店街の奥、住宅街に何かあると言った。

「あっちの方か。昨日も何かあるとか無いとか言ってたけど、それと関係あるのか?」

『いえ、それとはまた違った感じです。どちらかと言えば、先日戦ったあの犬の物の怪に近いです』

 ということは何かに憑依した可能性が高いと言うことか。

 頭にルースの言葉がよぎった。ドディックジュエリは何にでも寄生、憑依する。それは人間も例外ではない。可能性はほんのごく僅か、全くのゼロに近いとルースは言ったが、それでも、この不安を拭うことはできなかった。

「―――――ッ! また、何か・・・・変な感じ」

 商店街の奥を目指し走っていると、アレスはまた何かに気付いた風に言った。

「これって、結界・・・・・・かな?」

 アレスはもう一度目を瞑り集中すると、自信なさげに言った。それに答えるようにルースは話した。

『ええ、これは恐らく結界でしょう。ですが、普通とは違う物のようですね』

 結界の基本構造は、外部からの干渉をほぼ不可能にすること。例えば外部からの視認、認識を不可にしたり接触や侵入を防ぐ。高度なものになると空間を丸ごと入れ替え、存在そのものを外部とは別のものに変える。それにより結界内部で起こった出来事は外部とは一切干渉を持たなくなる。

『ですが、この結界は不完全なもののようです。結界内部と外部の境目があやふやになっています』

「その、不完全な状態だと、何か問題があるのか?」

 走り続ける足を更に早めて、ルースに聞いた。

『結界内部の出来事が、外部との関係を強く持ってしまう。つまり、完全に隔離された空間ではなくなってしまうということです』

「それって、中で起きる出来事が外にも影響するってことだよな?」

 その問いにルースは短く「ええ」と返事をした。

「くそっ、早くしないと不味いよな」

 吐くようにして言葉を出す。

 商店街を抜け住宅街に入るが、依然として明確な場所は分からない。

『ここが、結界の淵のようですね。これならば、魔法を使わずに中には入れるでしょう』

 住宅街に入ってすぐ、何の変哲も無いただの道端。ルース曰く、ここが結界の入り口だそうだ。

『十分に注意して下さい。前のように突然襲われないとは言い切れません』

「ああ、わかった」

 彼女を見ずに返事をし、結界の中へと入っていった。

 ズンと重く何かが伸し掛かる感覚。この間と同じだった。全身が重く、そう、まるで血液が正しく流れていないような、そんな感じ。

「―――――っ」

 目に見えるもの全てを、感じるもの全てを、全神経を集中させて一歩一歩進んでいく。彼女が犠牲になっていないことを祈りながら。

「・・・・・・あ・・・・また・・・・・・」

 長く続く道の中ほどだった。アレスは三度、何かに気付いた。

『あの角の右です。慎重に行きたいところですが、また移動されるとも限りません』

「ああ」

 ルースの言葉に身構えて、慎重にかつ素早く移動した。真っ直ぐ進んだ道の突き当りを右へと曲がる。

 すると―――――

「うわっと」

 曲がり角を曲がると同時に、見知らぬ誰かの肩に激突してしまった。相手はバランスを崩しそのままドスンと尻餅をつく。

 曲がる時に向こうからもこちらに曲がってくるのが見えたのだが、僅かに反応が遅れてしまった。

「す、すみません。大丈夫ですか?」

 尻餅をついた相手に手を差し出す。

「・・・・・!」

 そこまでして、ようやく相手が自分知人であることに気が付いた。

「千草・・・だよな?」

 最後に疑問符をつけたのは、彼女が彼女に見えなかったから。自分でも何を言っているのかさっぱりだが、目の前にいる女性が千草凪には見えなかったのだ。

「おい、大丈夫か?」

 地面に座り込んだ千草に手を伸ばし、身体を引き上げた。だが、彼女は力なくふらふらとして、今にもまた倒れそうだった。

『結界の境目があやふやなせいで、彼女も知らずの内に中に入ってしまったのでしょう。魔力の耐性が少ないのか、この結界の魔力に耐えられないようです』

「じゃあ、早くここから出してやらないと」

 千草の身体を背負い外に出ようとしたが、ルースの言葉にそれは止められた。

『一度外に出たとしても、近くにいる以上この曖昧な境界線では、危険である事に変わりはありません。ドディックジュエリを見つけるまでは、一緒に居たほうが安全でしょう』

 ルースの言う通りだった。何がおきるかわからないこの状況で、千草を一人にする方が危ない。一緒に居れば俺が守ることができる。

「そ、そうだな、わかった。よし、千草、離れるなよ」

 千草の身体を降ろし、彼女の手を握った。

「千草・・・・・・?」

 だが、千草は握った手を振り払うようにした。

「あ・・・・た、かむら・・・君」

 そして、弱々しい声で名前を呼んだ。

「だ、め・・・・わたし・・・から、離れて」

 彼女の顔に生気は無く、だらりと腕が垂れ下がり、よろめくように離れていった。

「『―――――!』」

 瞬間、千草の身体から黒い煙のようなものが湧き上がってきた。それが何を示しているのか即座に理解できた。だが、身体は言うことを聞かない。全てを否定している。

『マスター!』

 ルースの声が脳に響く。スイッチが入ったように脳が回転を始める。身体は、口は、自然に動いた。


「ルース・ド・ソル ――――― トランスフォーメジオン」


 言葉と同時に光りが身体を包む。と同時に千草の体も漆黒に輝いた。

 がうんと鈍い金属音が響く。

 光と闇が晴れた瞬間、刃と刃が交わった。千草は手にした黒刀を一気に振り下ろした。ズンと空気が押される。短く持った炎槍でそれを受ける。

「・・・・っく!」

 あまりの斬撃の重さにひざが落ちる。

 さすがというべきか。とても少女とは思えない力が刃にのしかかる。

「くっそ・・・・・」

 交差させた刃をギリギリとバネのように反動をつけ弾き、そのままの勢いで後ろに跳び距離をとる。ざっと地面をすべり槍を構えなおす。

「千草! おい、千草!!」

 虚空に向けて彼女の名前を叫ぶ。

『無駄です! 今の彼女は、すでに千草凪ではない』

 そんなことはわかっている。目の前にいる彼女かいぶつが、すでに彼女ちぐさなぎで無いことを。それでも俺は、この刃を彼女に向けることはできない。

 彼女の姿をしたそれは、ダンと地面をけり、一気に間合いを詰めた。

 横殴りの刃が襲う。辛うじて受けきった刃を流し、次の斬撃を後ろに跳び避けた。

『ここは結界の中です、彼女は彼女ではない。本物の彼女はまた別にいる!』

 ルースは叫ぶように言った。

「本当か!?」

『本当です。過去に憑依された生物も、結界が解ければ元に戻っています』

「確証は?」

 だが、その問いに、ルースは答えなかった。

 わかっていた。コレに確証なんて無いことを。それでもやらなきゃいけない。それができるのは、今はただ一人なのだから。

 下げていた矛先を目の前に上げる。

「わかった、お前を信じる」

 何をどうしたら最善なのか、そんなの俺にはわからない。

 正しいとか、間違いとか、そんなのわからない。

 でも、ただ一つできることがある。

 それは、彼女を信じること。

「だから、力を貸してくれ」

『無論です』

 その力は、目の前の人を守るため。

 そのための力。そのための刃。

「だったら、やることは一つ。いくぞ―――――っ!」

 炎槍が激しく燃える。

 少女は刃を構え突進する。

「だあああああ!」

 大きく円を描いた炎槍は、景色を揺らし少女を狙う。

 少女の刃は半月の軌跡となって襲う。

 二つの刃はぶつかり合い、火花を散らした。

 刃は弾かれ、次の一撃を繰り出した。

 二撃、三撃と刃が交わり、金属音をかき鳴らす。

 だが―――――

「・・・・ぐっ」

 少女の一撃は重く、速い。

 徐々に矛先が下がる。

 少女の刃は確実に炎槍を流し、確実に急所を狙っていた。

 防戦一方。いつしか、攻撃の手は止み、少女の刃を防ぐことしか出来なかった。

「はっ、はっ、はっ・・・・・・っ!」

 身体が酸素を欲している。手に入る力は抜け、足は立っているのもやっとだ。全身は痺れる様に感覚が麻痺してきている。

 少女の攻撃は尚も苛烈に、そして、黒刀は着実に獲物を捕らえようとしていた。剣撃が止まることはない。辛うじて防いでいるが、まるで踊らされているようだ。

 そして―――――

「がっ・・・・・・!」

 今までのどの一撃よりも重い一撃。それを、受けることも流すことも出来ず、槍は弾かれ身体は大きく体勢を崩した。

 瞬間、影が迫る。無防備な胴を一直線に。


 死


 脳裏によぎる、一つの文字。はっきりと感じた。百分の一秒後に起きる事実。そう、それは確定事項。


 光が翳る。


 闇が踊る。


 炎が綻ぶ。

 

 黒が全てを覆った。

 そう、思った。いや、事実起きた。だが、それは覆された。


 刹那 ――――― 視界一杯に黄金こがねが拡がった。さらりと流れる黄金色の河。それは絹のように滑らかで、まるでそのものが輝いているよう。

 河が風に揺れる。隙間から除かせるは、美しく整った女性の顔。硝子の様な美しい瞳は眼前の闇を睨んでいた。

 目の前で起きた光景。それを理解することは出来なかった。それでも、一つだけ心に浮かんだもの。ただ、そう「美しい」と。


 ギンと耳を突く音が鳴ったかと思うと、闇は大きく後退した。

「・・・・・・」

 闇は金髪の少女を見つめ刃を構えなおした。

 同じように見つめていた金髪の少女の右手には、日本刀のように綺麗な曲線を描いた曲剣が握られていた。柄には護拳がついていて見た目はサーベルのよう。

「闇に囚われても尚、剣を握る。あなたの心は真に剣士なのでしょう」

 まるで、空を流れるような澄んだ声で金髪の少女は話した。

「できれば、本当のあなたと刃を交えてみたかったです」

 静かに剣を構えると、じりじりと闇に詰め寄った。

 すでに、少女の原型を留めていない闇は、手のような何かで刃を構え、同じく金髪の少女に詰め寄る。

 二人は同じように進み、そして、ある場所でピタリと止まった。二人はにらみ合う。闇は刃を頭上に構え、金髪の少女も構えと言える様な構えではなかったが、一つの姿勢は崩さなかった。

 流れる無言。もとより、二人に言葉は無かったが、この沈黙はどの沈黙より静かだった。

 二人の間には見えない何かがあるように、そこから全く動かない。これが間合い、と言うやつなのだろうか。二人は、いや、闇は一切前に進もうとはしない。金髪の少女は、出方を伺っていると言うよりは、先に打って来い、と言わんばかりの態度だ。

 それに答えるように、闇は勢い良く踏み込み刃を振り下ろした。

 唸る轟音。

 刃は空気を押しつぶすように金髪の少女を捕らえた。だが、それを難なく受け流すと、少女は音も無く懐に入り込み一太刀を浴びせた―――――ように見えた。

 斬られたと思った闇は、少女の剣を刃で受け止めていた。

「お見事です。あの体勢でよく持ちなおしました」

 何が起きているのか分からない。今の一連の出来事があまりにも速すぎて、目が追いつかない。

一つ分かることは、あの闇はさっきの戦いよりも明らかに強くなっている。さっきの戦いでは本気を出していなかった、ということか。そして、金髪の少女はその闇を遥かに凌駕している。

 少女は右足を下げると、腰を落とし腕を斬りにいった。だが、それも闇は受けきった。

 少女の猛攻。放たれる連撃。その細腕からは想像もできない速さで、一撃を繰り出す。

 しかし、闇はそれを紙一重でかわし、流し、受ける。押されているはずなのに、何一つ危なげない。

「っふ!」

 少女の口から息が漏れる。放った一撃は、今までのどれよりも速く、そして、重かった。

 闇は刃で防ぐと青白い光が飛び散り、身体ごと後ろへ飛ばされた。空中で体勢を立て直し、地面を滑るように着地した。

「―――――? その構えは・・・・・・」

 闇は着地と同時に深く腰を落とし、刃をまるで鞘にしまう様に構えた。

「いいでしょう。ならば、私もそれに答えるとしましょう」

 少女は剣を横に構え、距離を詰めた。

 二人の距離は僅か数メートル。足を踏み出し剣を振るえば、相手に剣先が届く。

 再び沈黙。二人は動かない。いや、少しずつだが動いている。互いが踏み込む、その瞬間を狙って。


 瞬刻―――――


 二人は同時に地面を踏み込んだ。


 風を斬る。音も無く。


 振り切った二つの刃。


 静まり返る空間。


「ありがとうございます。とても楽しいひと時でした。できれば本物のあなたとも手合わせ願いたいものです」

 金髪の少女は静かに言うと、それを聞き取ったかのようにして、漆黒に飲まれた少女の身体はふっと消え去った。

 一体なにが起こったのか。理解ができない。ただ、金髪の少女が勝者だという事実だけが、目の前の光景の意味するものだった。

「・・・・・・」

 少女は表情一つ変えず、右手に持った剣をはらりと払い、鞘に収めた。

『こりゃ意外だったね。まさかソルのお姫様に男装癖があったなんて』

 少し皮肉ったような声。声を発したのは少女ではなく鞘に収められた剣だった。

「あなたに聞きたいことがあります」

 今度は少女の声。少女は振り向きもせず、その横顔だけを見せた。眉一つ動かさない、とはこういうことを言うのだろうか。少女は眉一つどころか、瞬きも、息さえもしていないのでは、と思えるほど微動だにしなかった。

「今あなたはその石を二つ所持している。間違いありませんか?」

 硝子の瞳がわずかだけ動きこちらを見る。

「あ、ああ」

 質問の意味は考えなかった。いや、考えられなかった。呆気にとられて。否、そう、俺は、彼女に見惚れていた。

「そうですか、ありがとうございます。では、またどこかで・・・・」

 短く言葉を切った少女は、静かに立ち去った。

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