第4話 お仕置きの成功と失敗
かなりやつれた様子の桐野はそわそわしながらお店の方をうかがっていた。その目的は間違いなく麗華だろう。向こうは私の顔を知らない訳だから堂々と近づいていく。
「――麗華―――あぁ―――ちくしょう……」
桐野はなにやらぶつぶつと独り言を話していた。時折爪を噛みながら、明らかに挙動不審だ。まさかこんなに早く麗華に接触してくるとは思わなかった。ひとまず桐野の後ろに回り込んで監視をしようと思った時だった――。
桐野が突然走り出した。店の方を凝視していた目が狂喜に満ちた瞬間、物陰から飛び出して店へと一直線に走り出したのだ。店の入り口には麗華とその友達の姿が見えた。
「しまった!」
私は慌てて追いかけたが桐野のとの距離はぐんぐんひらいていく。『桐野は高校の時、陸上部だった』わずかに残る麗華の記憶が私にそう伝えてきた。
「麗華!逃げて――」
走りながらそう叫んだが私の声は届かなかった。桐野はすでに麗華達へと迫っていた。そしてそれに気づいた麗華が大きく目を開いて身構える。桐野は麗華の目の前で立ち止まり、そして――土下座した。
「麗華ぁ!すまなかった!許してくれぇ!もう一度おれにチャンスをくれぇ!」
麗華もその横にいる友達のヒロちゃんもぽかーんと口を開けていた。「なんだよ……」私も足を止め呆れたように溜息をついた。
「頼むよぉぉ麗ぁ。おれはやっぱりおまえしかいないんだよぉ」
桐野が立ち上がりながら麗華の両腕を掴んだ。彼女は顔をしかめながら身を引こうとするが桐野がその手を放そうとしない。
「ちょっと、あんた!麗華から離れて!」
ヒロちゃんが桐野に食って掛かった。桐野の腕を掴みながら麗華から引き剥がそうとする。
「うるせぇ!おまえは関係ねえだろ!」
「きゃあ!」
桐野がヒロちゃんの腕を振りほどくと、その勢いで彼女はアスファルトに尻もちをついた。それを見た麗華の表情が変わった。
「このくそがぁ!なにしてんのよ!!」
ヒロちゃんを突き飛ばした桐野の腕を麗華がガシっと両手で掴む。そして次の瞬間、桐野の体が宙を舞った。それはそれは見事な一本背負いだった。
おそらく私の中に麗華の記憶が少しだけ残っていたように、彼女の体にも私の情報が残っていたのだろう。彼女の体の動きが自分に似ているなと思った。麗華に投げ飛ばされた桐野は強かに背中を打ちつけるとそのまま地面に倒れた。私ならそのまま腕ひしぎを狙いに行くけどさすがに麗華はそこまではしなかった。
「おい!君達、何をやってる!」
誰かが呼んだのだろうか。タイミングよくお巡りさんが駆けつけてきた。お店の前だし目撃者も多いだろう。どっからどう見ても立派な正当防衛だ。
「ヒロちゃん!大丈夫!?」
麗華は桐野には目もくれず友達を抱き起していた。そんなヒロちゃんは麗華の凄まじい投げ技にびっくりしているようだった。そして桐野は仰向けの状態でめそめそと泣いていた。そんな三人を見ながら、私は静かにその場から立ち去った。
家までの帰り道、またズキズキと鈍い痛みが頭に走った。私はいつものように食事とお風呂を手早く済ませるとベッドに潜り込んだ。なぜかは分からないが、誰かに乗り移るのはいつもだいたい21時頃。働いている時間にいきなりってことがない分助かってはいるけど、もちろんこういう日は彼氏と会うことは出来ない。どのみち彼はまだ忙しいみたいだけど。そんなことを考えているうちにいつの間にか意識が飛んだ。
そして次の瞬間、私の目に飛び込んできたのはパンツ一丁で正座をしている男の姿だった。彼はなぜか憮然とした表情で私を見つめている。そして私の右手は黒いムチのようなものを握りしめていた。
「これじゃ全然ダメだよ。もういい。君とはさよならだ」
どうやら早速、彼女はフラれたようだ。




