第3話 麗華の武勇伝
桐野の家を出た私は麗華の最寄り駅を目指して電車に乗った。意外と桐野の住んでる駅からは遠かったので少し驚いた。彼女にとってはいつも以上に力を使ったせいか、かなり体がだるかった。たぶん明日は筋肉痛になることだろう。電車に揺られていると段々瞼が重くなってきた。それと同時に頭が鈍く痛み出した。そろそろ彼女の体ともお別れのようだ。
このまま眠ってしまった方が麗華にとってはいいかもしれない。私が乗り移っている間、彼女達の意識はうっすらと残っているそうだ。夢見心地というよりも極度の興奮状態で記憶が曖昧な感じらしい。
私が初めて乗り移ったのは私の身近な人物だった。「なんかめっちゃテンパってたみたいでよく覚えてないんだよね」そう彼女は私に語った。もちろん私が乗り移っていたことは内緒にしておいた。彼女もまさか他人に操られているとは微塵も思わなかったようで「私あの時よくあんなことが言えたなって。やるじゃん私って思っちゃった」と笑いながら言っていた。それまで死にそうなくらい悩んでいる彼女が元気になったことが私はなにより嬉しかった。「最後のビンタ、スカッとしたな~」これは私がやったことだったが、彼女はあたかも自分で決めてやったことだと思い込んでいるようだった。
そんなことを思い返しているうちにいつの間にか寝てしまっていたようだ。目を覚ました時には自分の家のベッドの中だった。
数日後、私は麗華の様子が気になりとあるカフェに足を運んだ。麗華とマインドブレンドしている時に、毎週水曜日に友達とお茶をしているという記憶を読み取っていた。相手は昔からの大親友のようで『彼女にはなんでも話せる』というデータもあった。
「――それでね、思いっきり足に力を入れたら雄大が気絶しちゃったの。まさか私があんなこと出来るなんて、驚いちゃった」
店内に入ると早速麗華の姿が目に入った。カラフルなケーキをぱくぱくと食べながら楽しそうに喋っている。ついつい顔がにやけてしまう。彼女達の横を通り過ぎながら私は近くのテーブルに座った。
「でもさ、女に手を上げるなんてやっぱあの男、最低のクズだったね。なんで私に言わなかったのよ」
「ごめんね。でもヒロちゃんには心配かけたくなかったから……」
「そんなん、内緒にされる方がショックだわ。今度からちゃんと言ってよ?」
「はぁい。でね、でね!私ってば最後は雄大の髪の毛をこう、ギュッと掴んでね『もうあんたとは今日で終わりだから。二度と私の前に現れんな』とか言っちゃったの!あ~スッキリしたなぁ。なんか映画の主人公みたいじゃない?」
「あのレイカがねぇ。変なおばけかなんかに憑りつかれちゃったんじゃないの?」
ヒロちゃんの言葉に思わずコーヒーを吹き出しそうになってしまった。なかなか鋭い考察だ。「私、霊感全然ないよ~」と麗華は笑っていた。彼女の様子から失恋のショックなどは全くないようだった。表情は明るく、逆に憑き物が落ちたように見える。
その後も二人の会話は終始弾んだ。途中、麗華が「本格的に格闘技やろうかな~」と言った時はさすがに一言物申そうかとも思ったが、意外と体幹もしっかりしてたから割と向いているのかもしれない。ただ後頭部への頭突きは反則なので咄嗟にやらないことを祈ろう。
すっかり元気な麗華を見て、私も一安心出来た。もうこれで彼女はきっと大丈夫だ。変な男に引っ掛からずに、しっかりと前を向いて歩いてほしい。
そろそろ帰ろうかと席を立った時、一瞬だけ麗華と目が合った。私がにこりと笑うと彼女も嬉しそうに微笑み返した。繋がるのはいつもわずかな時間だけ。それでもやっぱり彼女達には親近感というか一体感のような感情が生まれる。いつか自分の正体を明かし、お茶でもしながら彼女達とゆっくり話でもしていたいものだ。
店を出ると、雲一つない空が晴れ渡っていた。まるで彼女の前途を祝福してくれているようだ。でもそんな爽快な気分はあっさりと消えてしまった。
ちらりと見えた物陰に隠れている人物。それは桐野雄大だった。




