9話 『記憶の逆流』
首筋に大きな薙刀の刃が当てられ、ゆっくりと血が流れ落ち、鎖骨の辺りを伝っていく。
冷や汗と震えが止まらない。
「こいつを殺されたくなければ、刀を置いて土下座しろ」
「お前……!!」
桜の身体も、俺とは違う理由で震えている。
眉間に皺を寄せ、怒りに満ちた目で奴を睨みつけている。
「聞こえていないのか? 早くしろ」
桜はその言葉を無視し、飢餓天狗に刃を向ける。
「……そいつにも私の能力かけてるから、傷つけたらお前にも跳ね返る。そんな状態で殺しなんてしたら、お前も死ぬから」
……『波』で分かる。
これは嘘だ。
そもそも俺に能力をかける機会なんてなかっ……
「嘘だな」
奴は間髪入れずに桜のハッタリを見抜いた。
桜の表情が一瞬強張り、驚いた表情を見せるが、すぐに冷静な鋭い目つきを取り戻す。
飢餓天狗はその様子を鼻で笑った。
「能力をこの餓鬼にかけたのかの真偽は知らんが、時間であれ、効果であれ、際限のない能力など存在しない。神はそんなものを人間に与えない」
「っ……」
俺の首に刃がより食い込んでくる。
飢餓天狗は口角を吊り上げて俺たちを嘲嗤う。
「お前の〈反射〉にも、跳ね返せるダメージの制限があるのだろう?」
「っ……!!」
図星を突かれ、一気に緊張が走る。
桜は既に限界が近いことが『波』を通じて伝わってくる。
冷静な態度も、自身の限界を悟らせないために取り繕っているだけの状態だ。
俺は桜に目配せをする。
桜は頷くことなく、目で了承する。
俺は両手を挙げ、奴を見上げる。
「降参だ……桜の命だけは助けてくれ」
「……は?」
奴と目が合った瞬間、右手の傷口を弾き、真っ赤な血を奴の目を目掛けて飛ばす。
飛ばした血に飢餓天狗が気を取られた一瞬を突き、桜が距離を詰め渾身の力で斬りかかる。
ギィ/ン゙……!!
「なっ……!」
飢餓天狗は桜の斬撃を薙刀で弾く。
「同じ手は何度も食らわん」
桜に向けられた薙刀の先端に風が集まり、突風が巻き起こる。
「まずっ……」
桜はすぐに防御姿勢を取ろうとするが、間に合わない。
この位置だと桜は奴の攻撃をモロに食らってしまう。
「お前の反射がどの程度まで返せるか、試してみるか?」
飢餓天狗は桜に薙刀を向け、渾身の一撃を叩き込もうとする。
奴が桜に完全に意識を向けた瞬間。
この一瞬を待ってた……!
俺は左手で奴のこめかみのあたりを掴む。
「……なんだ……?」
「俺……言わなかったっけ、一撃で倒してやるってさ……!」
声が上ずる。
手足が震える。
失敗すれば二人とも死ぬ……
正真正銘ぶっつけ本番1回限りの大博打……!
俺の持つ『記憶』をあいつの脳内に直接ぶち込む……!!
「『記憶の逆流』……!」
「……ひっ……が……ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!!!!」
「ぅ゙ぉ゙ぇ゙ぇ゙っ…………」
奴は薙刀を投げ出し、頭を抱えながら地面にうずくまり、泣き叫ぶ。
俺も耐えきれず、その場にうずくまり、嘔吐しかける。
さらにその後、凄まじい頭痛に襲われる。
『記憶の逆流』の副作用だろうか。
桜は地面をのた打ち回る奴と、悠真を呆然と交互に眺める。
「悠真……一体……何を……」
「がっ……はぁ……はぁ………はぁ……あぁ……ぅ゙ぐっ……………」
まだ恐怖と興奮でまともに返事ができない。
俺がこいつにぶち込んだ『記憶』
それは、桜が体験した、生贄となる事への「死への恐怖」
そして、桜が殺した人々、189人分の号哭。
その部分を記憶として流し込み、擬似的に死への恐怖を味わわせるというものだった。
流し込んだ『記憶』は、自身でも一瞬読み取る必要があるため、全身の震えが止まらず、視界がチカチカする。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……!!」
奴は地面を這い、逃げようともがく。
【神】を自称し、人間を殺すことに何とも思っていなかった奴が、惨めに死を恐れ這いずり回る。
その光景に、つい漏れ出た本音。
「結局お前も死ぬの怖いのかよ……」
「結局お前も死ぬの怖いのかよ。」
桜と俺の言葉が重なる。
『それ』に対し、全く同じことを思ったみたいだ。
「いっ……!!」
奴はまともに動かせなくなった羽で何とか飛び、逃げようとする。
桜がゆっくりと刀を構え直す。
その刃は、鮮やかに夜の闇に光っていた。
「じゃあね、〈カミサマ〉。先に地獄で待っててよ」
一気に奴の横に回り込み、首に刃を振り下ろす。
「地獄でもまた殺してやるから。」
桜が刀を振りきると、奴の首が汚い音を立てて吹き飛び、胴体が地面に落ちる。
それでも、羽がまだゆっくりと蠢き、飛ぼうとしている。
「ぅ゙ぐっ……!」
非常にグロテスクな光景をうっかり直視してしまい、再度吐き気がこみ上げる。
今日だけで何回吐きそうになったのかも分からない。
桜は奴の死体を眺めた後、俺を見てこう言った。
「悠真……これで……ちょっとは償えたかな……?」
「あ……あぁ……そう……だな……」
だが、ここで肯定しきってしまったら、桜は自分を殺せと言うかもしれない。
だからあえて〈この先〉を提示する。
「でも、まだまだ始まったばかりだ。これからも……俺は……」
「がはっ……」
俺が言い終わる前に、桜は血を口から吐いて倒れた。
「桜……? 桜……!!」
当然だ、あれだけの量の血を流している。
失血死していないのがおかしいくらいだ。
桜に駆け寄ろうとするも、足元がふらつく。
そうだ……俺も右手から血を流しっぱなしなんだった……
貧血で立てなくなり、地面に膝をついて座り込む。
このままじゃ……二人とも……
───
「よく頑張った」
声の聞こえた方に首を動かし、なんとか視線を向ける。
そこには、いつか見た緑色の豪華な着物を着た、銀髪の青年がいた。
「あ……貴方は……」
「『琉琉助』で良いよ。行き先は千秋楽山で合ってるよね?」
確認を取るように彼……琉琉助は俺に聞いてくる。
「は……はい……」
意識が朦朧とする中、そう答えると、琉琉助は嬉しそうににっこりと笑った。
「千秋楽山まで運んであげるから、安心して休んでいい」
その言葉を聞いた途端、急に疲労と眠気が襲う。
安心による緊張からの解放だろうか。
だが、その言葉とは裏腹に琉琉助の『波』は、まるで津波のように荒ぶっていた。
その事に疑問を感じる間もなく、疲労で失神する。
琉琉助は二人を綺麗な緑色の目で眺める。
そして、誰も聞いていない独り言を呟く。
「……良くやったよ……悠真……桜……全部俺が望む、『最善の未来』に向かって進んでる。これからも頼むよ、〈三人とも〉」
ここから、仙人たちの命を懸けた争いに巻き込まれていく事など、今の俺たちは知る由もなかった。
1章 「紅い桜が散った村」 完
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
第一章 「紅い桜が散った村」 いかがだったでしょうか。
これからも、読者の皆様を「ゾクゾク」させられるよう目指していきますので、評価やブックマークの程、付けていただけると幸いです。




