7話 「伝承」
千秋楽山にて
「始まったみたいだよ」
銀髪の青年は、悠真と桜、そして、【神】の状況を知っていた。
「助けに行かなくて……いいのか?」
お地蔵さんが、心配そうな声をかける。
「いや、あれは悠真と桜に何とかさせる」
青年はきっぱりと言い切った。
それでも、お地蔵さんは二人の身を案じていた。
「……死んだらどうするんじゃ……?」
「死んだら終わりだよ。でも、ここで勝ってくれないと、どっちみち《あいつ》には勝てなくなる」
「……2つに1つ……と……」
生温い風が山の中を吹き抜けていく。
青年は、遠い目をしながら続けた。
「でも、あの子たちならあいつを殺れるって信じてるよ。己の価値を履き違えた、哀れな怪物をね」
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伝承
大昔に、徳の高いお坊さんがいた。
人を助けて回っては、見返りも求めなかった。
そのお坊さんはよく言った。
「私は、他の人とは違って〈力〉を持っているから、施しを与えるのは当たり前のことですよ」
そのお坊さんは修行を重ね、〈即身仏〉となった。
そして、悟りを開き、ついには神様と対話するに至った。
それから数日後、お堂が土砂崩れで潰れた。
〈戻ってきた〉お坊さんはこう話した。
「これは神の祟りだ。鎮めるため、生贄を用意せよ」と。
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ゆっくりと刀の刃先を【神】に向ける。
「最初の償い。お前をぶち殺す」
【神】は、哀れむような表情を浮かべ、見下ろす。
「神様に向かってなんたる無礼な小娘だ……こんなことになるなら早く食っておけばよかった。絶望に満たされた人間が一番美味かったのにな……残念だ」
絶望に満たされた人間が一番美味い。
その不快な言葉とぐちゃぐちゃという汚い『波』に、怒りが湧き上がる。
「意味わかんねぇこと言いやがって……」
【神】は、俺を見下ろし、薄く笑いながら口を開く。
そして、教えを説くような態度で続けた。
「意味がわからない……? 〈人の不幸は蜜の味〉という言葉が、お前たちの世にもあるだろう?」
神は、嘲り笑いながらそう返す。
(……こいつはもう駄目だ。手に追えるタイプのやつじゃない)
桜の『波』は、もはや怒りを通り越したのか、静かで、冷たかった。
桜は冷静な表情で何かを考えている。
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(こいつには罪悪感がない。『鮮血の誓い』は通じない。〈あれ〉で正面から潰すしかない)
桜は俺に視線を移した。
その『波』には、確かな信頼が寄せられていた。
「悠真はめちゃくちゃ強いから」
唐突な言葉に驚くが、すぐに『波』で理解する。
これはハッタリだ。
俺に意識を向けさせて隙を作ろうとしている。
それを理解し、俺も一歩を踏み出し、空から見下ろす【神】に、大見得を切る。
「当然だ。お前なんか一撃で倒してやるよ」
「……雑魚が、身の程を弁え……」
神が俺に視線を移したその一瞬を突き、桜が抜刀し刀を振り抜く。
神はすぐさま薙刀を振るい、突風を起こし対応する。
それを桜は避け、奴の鳥のような細い足首を狙って浅く切り、そして、構えた薙刀を掴み、背後から奴の首に刃を突き立てる。
「ぐっ……!」
神は身体を捩って桜を振り払う。
神の足から赤黒い血が流れ、地面に落ちる。
桜は軽々と地面に着地し、立ち上がる。
そして、「ふぅ〜……」とゆっくり息を吐くと、桜は指先を自身の刀で軽く切る。
「血が採れた、〈あれ〉を使える」
そして、刀を逆手に持ち、刃の先を地面に向け、指の傷口を刀に当てる。
桜の鮮やかな赤い血と、刀に付着した【神】の赤黒い血が混ざったものがぽたぽたと垂れ、地面に吸われていく。
血が垂れたのを確認した後、地面に落ちた血の跡を足で踏みにじる。
その一連の動作を終わらせた時、桜から発せられる『波』が一気に重くなる。
「〈覚醒能力〉『彼岸に咲く血桜』」
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伝承 裏
悟りを開き神と対話したお坊さんは、神に、「人はみな平等である」と説かれた。
お坊さんは、それに反発せずには居られなかった。
「私は、世のため人のために尽くしてきました……! なぜあのような人間達と同じなのですか!? あなたが〈私にだけ〉力を授けてくれたのは、選ばれしものだからではないのですか!?」
「違う、人はみな平等だ、それ以上もそれ以下もない。それをお前に示してほしかったのだが……もういい。もう二度とお前と会うことはないだろう」
「……ふざけるな……! 私があのような人間達と同じなわけが無い! 徳を積んできたんだ! 人を助けてきた! なのに人と同じだと!?」
お坊さんは、自身の怒りを鎮めたあと、神にこう訊いた。
「……どうすれば、どうすれば人よりも価値のある存在になれる……?」
神は呆れたようにお坊さんを一瞥し、背を向けた。
「そんな方法は無い。思い上がるな。人間は所詮人間の域を出得ない」
そこまで話した後、神との交信は途絶えた。
神との対話を終え、即身仏となるはずだった痩せこけた身体を動かし、封鎖されたお堂を〈能力〉で破壊し、外に這い出る。
村の人々は騒然とした。
あのお坊さまが即身仏となるのを辞め、戻ってきたと。
お坊さんには、村人の声など届いておらず、常に人より価値を得る方法を考えていた。
そして、一つの答えに至る。
「人は一人で一人分の価値……それは平等だ。ならば、人を食えば、その分の価値が手に入る……!」
数日後、自らの能力でお堂に土砂崩れを起こし、村人達にこう告げた。
「これは神の祟りだ。鎮めるために、生贄を用意せよ」
これを伝えるために戻ってきたと村人たちに訴え、修行し直すと告げ、山奥に籠った。
そして、捧げられた生贄を喰らう。
生贄が捧げられなければ、自らの能力で村に災害を起こし、催促し続けた。
何年も、何十年も……
いつしか、かつての〈お坊さん〉は、醜い姿に成り下がった。
暗緑の翼に、鳥のような足、痩せこけ肋骨の浮き出た身体。
自らの価値に飢え、自信を特別であると信じ込んだ者として、こう呼ばれた。
『飢餓天狗』と。




