6話 「共白」
「私を殺して?」
それは、怒りも、恨みも、絶望もない、桜が純粋に心の底から求めていたことだった。
目の前の年も変わらない少女が、心の底から自身の手による死を望んでいるという事実に、背筋が凍りつき、吐き気を覚える。
俺の手で彼女を終わらせること。
彼女にとってはそれが救いになると、分かってしまった。
「そんな事……できるわけがない」
「……優しいよね。でも、それは悠真の独りよがりなんじゃないの?」
「…………」
的確に痛いところを突かれ、何も答えることはできなかった。
どうすれば、桜を救える……!?
まだ……生きてみないか?
そう軽く言いかけ、既の所で飲み込む。
今の桜にとって、それは拷問に他ならない。
生きる意味を感じなくなった世界で生かされることは、苦痛にしかならない事は知っている。
何より、『生きる』という意味を軽んじてしまう。
いや……違う。
生きる意味を失ったなら、また新しく見いだせばいい。
「……分かった、殺すよ」
「えっ……」
桜は、嬉しいとも哀しいともつかない表情を見せる。
「でも、条件がある」
「……条件……?」
自らを殺すことを承諾するための条件。
バカみたいな話だ。
でも、今の桜を救うためには、これしかないと思った。
「桜の罪を、半分俺に分けてほしい」
「えっ……?」
桜は何を言っているのか分からないといった表情で、俺を見つめる。
心臓の音がどんどん早くなるのが分かる。
俺は自分に落ち着くよう言い聞かせながら、その真意を桜に伝える。
「村にいた人間は記憶を覗いた限り、189人。その全員を殺した桜の罪は重い」
「…………」
桜は黙って俯き、そしてこちらを横目で見る。
「だから、俺が半分引き受ける。一緒に背負って、償おう」
『償おう。』
その言葉が、癇に障ったのだろう。
桜は立ち上がり、俺を見下ろし睨みつける。
「……全部失った私に、まだ生きろって言うの……?」
「……俺は桜の罪を半分貰った。もう、綺麗な人間じゃない。桜を殺す権利は、今の俺には無い」
「……は……? そんな……勝手に……渡すなんて言ってな……」
「俺は桜が罪から逃れて一人で死ぬなんて間違ってると思う。でも、一人で返しきれるものじゃないのも分かってる」
桜の反抗を遮り、声を震わせながらも淡々と話していく。
「俺が預かった罪が全部無くなるくらいの善行をした後に、『綺麗』になった俺が桜を殺す」
桜は静かに見下ろしながら、顔を顰め、冷たい目を向ける。
それを真っ向から見上げる。
「村の人間達全員の命の上に桜は居るんだ。生きて、一緒に償おう。その後に殺す覚悟も、俺はできてる」
残酷な事を言っているのは分かる。
自分でも発した言葉に戦慄し、手先が震える。
それでも、桜の『波』に、少し、希望が見えた気がした。
その隙を逃さず、たたみかける。
「俺は一緒に来てくれた人を、後悔させるような生き方はしない。信じてくれ」
桜は低く長いため息を吐いた。
そして、無駄のない動作で、壁にかけられた日本刀を手に取る。
そして、ゆっくりと鞘を抜き、刀身を見せていく。
薄紅色の刃が鈍い光を発し、桜は刀を切っ先を俺の顔に向ける。
「私を殺すか、悠真が死ぬか、選んで」
桜の『波』は不安定だった。
固まった自身への罪悪感と、受け入れていたはずの死に対する揺らぎ。
その『波』とは裏腹に、真っ直ぐと刃の先は俺を捉える。
命が天秤にかけられた状況でも、同じような綺麗事が言えるのかどうか試しているのだろうか。
……当然だろ舐めんな!!
俺は向けられた刃を右手で勢いよく掴む。
「っ……!!」
桜は咄嗟に刃を引こうとするが、掴んだ右手は刃を離さない。
引いた拍子に刀がざっくりと食い入り、血が勢いよく飛び散った。
掌に焼け付くような激痛が走り、顔を顰める。
刀が震えているのが食い入った肉を通じて伝わってくる。
刀を掴んだまま立ち上がり、桜を真っ直ぐ見る。
桜は呆然としながら、俺の顔を眺めている。
痛みによるアドレナリンで、言いたかったことが全部、感情任せに溢れてくる。
「……桜の贖罪をこんなところで終わらせてたまるかよ……! 俺が一緒に生きて、罪を一生かけて償ってやる!」
桜は俺の剣幕に押され、目を見開いて固まる。
『波』は、脈打ち、心臓の鼓動のようになっていた。
刀を握りしめる手の力がさらに込められていく。
「桜に罪を償いたい気持ちが少しでもあるなら、桜が殺した人たちの分まで人のためになることをしよう。最期まで……付き合うから……!」
言いたいことを全て言い切り、はぁはぁと息を切らす。
言い過ぎた。
桜にとっての、凄まじい罵声を浴びせてしまった。
しばらく、突き刺さるような沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは、桜だった。
「……拒否するだろうなとは、思ってた……それで、薄っぺらい励ましの言葉でも、かけてくれるのかと思ってた」
桜は、涙を流しながら、薄く笑った。
「思ってたより……酷いこと言うんだね」
その心には、確かな傷と、希望が刻み込まれていた。
傷付けてしまったことに気付き、あれだけ言っておきながら、少し申し訳ない気持ちになる。
「あぁ……ごめん……言い過……」
(グチャグチャグチャグチャグチャ…!!)
『残響』が、何かの『波』を拾う。
(感情……? これが……? 桜じゃない。外からだこれ。)
(……これ……明らかに人間じゃな…)
「悠真!!」
桜は俺に飛び掛かり、抱えたまま家の外に身を投げ出す。
ビ/ュ/ォ/ォ/ォ/ォ/ォ/ォ/ォ!!
その直後、背後に凄まじい突風が吹き荒れる。
背後を振り向き、愕然とする。
先程まであったはずの桜の家がない。
粉々に消し飛び、破片や残骸が吹き飛んでいく。
(一体何が起きた……!? 誰が…どうやってこんなこと……)
(グチャグチャグチャグチャ…!!)
鳴りやまない不快な『波』の聞こえる方向に目を向ける。
「……俺の熟成させてた飯に何してんだ……? 餓鬼」
(……は……? なんだよ……あれ……)
痩せ細った身体から大きな暗緑の羽が生え、鳥のような足からは鋭い爪が生え、手に持った薙刀から、びゅうびゅうと風が吹き荒れるような音が響いている。
そこにいた存在は、明らかに、人間ではなかった。
「伝承の……神……っ」
桜がそれを見て、呆然とつぶやく。
(神……? まさか……生贄信仰の……? 本当に実在すんのかよ……!?)
【神】は、俺たちを上空から見下げながら、悠真に指をさした。
「お前が俺の最後のデザートの質を落としたんだよな?」
(こいつは一体何言ってやがる……)
桜が刀を構え、前に出る。
「桜……?」
「悠真、下がってて」
桜は刀を構えながら、【神】を睨みつける。
「その姿……神社の文献で読んだ【神】に酷似してる。あんたがその【神】なの?」
「そう呼ばれているな」
奴は当然のことを聞かれたように、面倒そうな声色で、桜の質問に答えた。
桜の『波』に、煮え滾るような怒りが混ざっていく。
そして、無機質な声で問う。
「……弟、食べた……?」
【神】は、不気味に笑いながら答えた。
「あぁ……よく絶望が染みていて美味かったぞ」
それを聞いた途端、桜に凄まじい殺意が宿る。
「あぁ……そう。……お前が元凶か」
握り締めた刀の鍔が震えている。
桜の煮え滾る殺意と、【神】のどす黒い威圧感がかち合い、場が負の感情で満ちる。
「まずは最初の償い」
強く握り締めた刀が震える。
「お前をぶち殺す」




