3話 「始まり」
「止められない。で、終わらせられると思うなよ……!!」
俺は充電音の響く鋼のレールガンに掴みかかる。
そして、力いっぱいに自分の腹に銃口を押し当てる。
「はっ……? ちょっ……君っ……!」
鋼が咄嗟にレールガンを奪おうとするも、掴んだその手は離さない。
「くっ……! この……!」
「撃ったら俺ごとぶち抜くぞ……!!」
銃口を腹に押しつけたまま、脅迫する。
鋼はそれを、血の気が引いた顔で睨みつける。
「何してんだよ本当に!! 離せ!!」
怒りと、哀しみ。
そして、少しの期待が、『波』となって響いてくる。
「本当は……撃ちたくないんだろ!?」
「ッ……!」
鋼は目線を、俺の腹から頭へと移す。
あの青い目と、ようやく目が合った。
「っ……! クソっ……!!」
「ヂッ……」という音を立て、レールガンの充電音が止まる。
「何してんだよ……死にたいのか……?」
「そんなわけないだろ……!!」
「死にたいのか」という言葉にちょっとイラついたので、きっぱりと拒絶する。
「っ………! じゃあ……なんでっ……」
彼は希望を持つことを恐れている。
どこかで否定されることを望んでいる。
それがわかってもなお、諦めたくない。
「……君に恩を返したかった」
鋼の『波』が明確に怒りをはらむ。
レールガンを握り締めた手が震えていた。
「そんな自分勝手な理由で……? 僕は決心つけて来たんだぞ!? それを……!」
「こんなことにする決心なんて無駄だ……!」
「っ……!」
鋼の『否定されたい』という願望を、ひどく突き放し、拒絶する。
鋼の『波』に、少しずつ希望が宿っていくのが分かる。
それを本人は頑なに受け入れようとしていない。
鋼は〈強い〉から、たくさんのことを抱え込みすぎて、押しつぶされてしまったのだろう。
それをただの自己否定、自己嫌悪で終わらせるなんてごめんだ。
抱え込みすぎた人間が反発して裁かれるなんてもっともだ。
だから、自己否定を否定させる。
「…………確かに、俺は〈弱い〉から、君の辛さはわからないかもしれない。でも、こんなところで、君を……俺の憧れを終わらせたくない……!」
「……憧れ……? 僕が……君の?」
「間違いない。あの時君が助けてくれたから、今の俺がいる。だから俺も君を助けたいと思えたんだ……!」
多分、俺の目はすごく血走っていたんだと思う。
あまりにも必死で、まさに弱者の咆哮といったところか。
鋼は目を逸らし、少し肩を震わせて笑った。
「っ……はは……やっぱり……君、強いね」
「えっ……なんで……」
思いがけない言葉に、少し返事が詰まる。
「強すぎるよ」
鋼は笑いながら、少し泣いていた。
涙と一緒に、目の濁りが流れていくような錯覚を覚える。
「僕さ、あの時君を助けに入った時、めちゃくちゃ怖かったんだよね」
「えっ……」
「じつは……君がいじめられてた子を助けて、その後あの子たちにやられてるのを、僕は最初から見てたんだ」
予想外の告白に、言葉を詰まらせてしまう。
「最初は怖かったんだ、無視しようかとさえ思った。でも……放っておけなかった」
その言葉の後、場に少しの沈黙が流れる。
何を言ったらいいのか、この時ばかりは分からなかった。
先に口を開いたのは、鋼だった。
「僕さ、あの喧嘩騒動のあと、引っ越しさせられたんだ」
「そう……だったんだ……」
「うん。親が〈そんな子のいるようなところに住まわせたくない〉だとか何とかさ。今考えるとさ、ホントにくだらないよな……! っはは……!!」
今、『くだらない』と吐き捨てたものが、鋼の心の片隅をどれだけの間、占領していたのだろう。
「もうなんか、どうでもよくなった。……ていうか、心が軽くなった。……ありがとう」
鋼は頭を掻きながら、照れたような顔で軽く笑った。
「いや……そんな、俺は自分のやるべきだと思ったことをやっただけで……いや、どういたしまして」
変に謙遜しない強さ。
これも、鋼から教わったものだ。
それに気づいたのか、鋼も少し顔を明るくした。
「そうだ。名前、教えてよ」
「俺、蓮界悠真」
「僕は錆林鋼。じゃあ……もう暗いし、また後で連絡するよ」
そう言った彼の目は、街灯の切れた夜の闇の中でも、青く、綺麗に光っていた。
「うん、じゃあな」
軽く手を振り、もと来た方向へ、ゆっくりと歩いていく。
その背中は、かつて見た時よりも、大きかった。
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(取り繕ってたけどめっちゃ冷や汗エグい……! 早く帰ろ)
ランニングをしに来ていたことを思い出し、再度家へと走り出す。
緊張でダラダラと流れていた汗が、夜風に冷えて肌寒い。
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「ナイスだったよ」
急に話しかけられ、足を止め、振り返る。
そこには、高そうな緑色の着物を着た、銀髪の青年が、親指を立てて微笑んでいた。
彼の『波』は、どこか嫌な感じがして、あまり触れたくないと思った。
「言葉で人を少しでも動かせるってのは、立派な〈強さ〉だよね」
うんうんと頷きながら語りかけてくる。
俺のさっきまでのが見られてたと思うと、少し恥ずかしい。
「えっ……あの……」
「でも、自分自身で理想を叶える力が欲しいなら、『千秋楽山』に来て欲しい。ここが君の大きな〈分岐〉になるからさ」
「……えぇ…?」
〈分岐〉が何のことかは分からないが、『波』で、嘘や冗談の類ではないのが分かる。
それでも、俺のなかの疑心を見透かされたのだろう。
彼は急に真顔になり、真剣な目を向けた。
「……死を望んでいるような少女を、見過す事は出来ないタチだろ?」
「えっ」
「じゃ。そういう事で」
「ちょっ……」
引き止める俺をよそに、彼は手を振りながら何処かに歩いていってしまう。
ただ歩いていただけのはずなのに、彼の姿は直ぐに夜の闇に呑まれて見えなくなってしまった。
「……なんだったんだ……? まぁ……一旦帰って風呂入るか……」
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人の気配のしない、山奥の秘境の地、千秋楽山。
「あれが『残響』と、『理想主義者』の能力か……期待できそうだよ。お地蔵さん」
銀髪の青年は、大きな岩の上に座りながら傍らに立つお地蔵さんに話しかける。
その声色は、少しばかり、興奮しているようだった。
お地蔵さんは、表情を変えずに、ゆっくりと話し出す。
「……あの子、本当に必要なんじゃよな……? 『奴』を倒すのに……」
夜の涼しい風が山上を撫でる。
銀髪の青年は、神妙な面持ちで答える。
「うん。うちの山の……いや、ゆくゆくは世界がかかってる〈分岐〉になる。あの子達を取り巻く人間……想いの流れは、やがてこの先に待つ『現実』を変える大きな力になる」
「やけにポエミーじゃな。ていうか、あんな少しの勧誘で大丈夫なのじゃろうか? うちの山の未来がかかってるんじゃよな……?」
ごもっともな疑問を投げかけられ、銀髪の青年は少し考えてから答える。
「それなら多分大丈夫。無意識的だろうけど、悠真の『理想主義者』は、自分がどうするべきか、理解出来ているはずだからさ」
青年は全てが分かっているかのように語るが、お地蔵さんは信じられなかった。
あのどこにでもいるような悠真という青年が、自分たちの『未来』に大きく関わるということに。
「……『理想主義者』とは……どういう能力なんじゃ……?」
青年は、「説明が難しいんだけど……」と前置きをし、頭を軽く掻きながら話し出す。
「『やるべきだと思ったことを迷わず行動に移せる』能力……悠真の中の『人を助けたい』という〈理想の魂〉そのものかな」
「……それ……能力と言えるのじゃろうか?」
能力とは、従来の人間を超えた力の事を指すことが多い。
だからこそ『能力』と呼ばれるのだ。
聞く限り、その『理想主義者』という能力は、ただ、行動力と善性を高めるだけの代物だった。
銀髪の青年はにっこりと笑ってみせた。
「立派な『能力』だよ。何も特別な力だけが、人の能力だとは限らないだろ?」
「……そうじゃな」
「それに、あの能力は、いずれ『神』に通じる。だって……アレは────」
この青年は知っていた。
この先、『悠真』という存在が、そして、『理想主義者』という異質な能力が、いつかこの世界の運命を大きく変えていく事を。
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一方その頃悠真は、風呂を上がり、筋トレをしていた。
腕立ての回数を数える声がだんだんと力む。
「20……っ……よ〜し……」
20回の腕立てが5セット終わり、疲れて布団に腰掛ける。
そしていつも通りスマホに手をかけた時、先ほどの話を思い出す。
「千秋楽山……だっけ」
検索エンジンに指を伸ばす。
「グー◯ルマップ……ここから……千秋楽山………200km先の山奥って……」
山奥までわざわざ行く。
一見面倒な行為だが、彼の最後の言葉が、脳裏にこびりついて離れない。
「『死を望んでいるような人』って……どういう事……」
意味深な言葉に、悠真の中で謎の使命感が膨らんでいく。
決心するまでに、そう時間は掛からなかった。
「……行く……か」
だが、悠真はバイクの免許を持っていない。
行くならロードバイクでツーリングの旅だ。
カレンダーのアプリを開き、予定を確認する。
「行くなら春休みからだな……準備しておこう」
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【1週間後】
「お金持った、水筒持った、非常食持った……ロードバイクで旅……人生で一回はやってみたかったんだよなぁ……」
荷物と戸締まりの確認をし、玄関のドアを開ける。
「よし! 行くか!」
涼しい2月の風が、耳の上を颯爽と吹き抜けていった。
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【ロードバイクツーリングの旅】
風が耳の上を吹き抜けていく心地よい感覚を味わいながら、見慣れた街並みを通り過ぎていく。
住み慣れた街を少し外れると、そこは全くの未開の地。
マップの情報を頼りに、知らない街を進んでいく。
こういう時の知ってるコンビニやチェーン店の安心感はすごい。
予約していたビジネスホテルに泊まり、シャワーを浴び、コンビニの弁当と容量の多いカップ麺をいただく。
そして、筋トレをして、軽くスマホゲームをする。
予想より早く眠気が来たので、怪談を聞きながら眠る。
悠真はツーリング慣れしているわけではないので、かなり疲れたが、充実した1日目だった。
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【翌日】
ビジネスホテルの会計を済ませ、ロードバイクに乗る。
(この先からだんだん人気なくなってくるんだよなぁ……The山って感じ……)
街から外れ、建物は見渡す限りどこにもなく、草木が生い茂る山奥へと進んでいく。
「いや〜……自然の空気気持ちいぃ……!」
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数時間ほど漕ぎ続けると、ふと、草木の先に開けた場所があり、木でできた質素な建造物が見える。
「……村……集落…?」
目的地の千秋楽山には、まだまだ遠く、立ち寄る理由も無い。
はずだった。
(ぐぅ゙ぅ゙っ……! あ゙ぁ゙ぁ゙っ……! っ……!)
「!?」
(何だ……今の……泣き声……?『残響』が拾ったのか……?)
今まで感じたことのない「ガンガン」と頭の中に響き渡る『波』。
鋼の時と同じように、苦痛と怨嗟に塗れた流れを感じ取る。
だが、うめき声のような形で、『残響』が拾ったのは初めてだった。
未知への恐怖も当然あるが、悠真に迷いはなかった。
助けに行かないという選択肢は、悠真の中には無かった。
それが、どれほど『傲慢』な事かも知らずに。
「……行くか」
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集落の周りにつき、集落の中を見回す。
「随分と……こじんまりした集落だな…」
ロードバイクを降り、山奥の集落へと入っていく。
集落は酷く淋しく、空気の時間が止まっているような感覚を覚える。
悠真が異変に気づいたのは、集落に入ってすぐのことだった。
「てか……人居ないよな……?」
廃集落なのだろうか。
それに、ほのかに生臭いような香りが、集落全体から漂ってくる。
段々と怖くなってきたので、それを紛らわすように、無駄に大きな声で人を呼ぶ。
「す……すみませ〜ん!! 誰かいますか〜!」
(っ…ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ……!)
「……また……」
耳では聞こえないのに、呻き声のような『波』が響いてくる。
この異常な『波』を発している主を一刻も早く探さなければと思った。
「……すみません!! 誰か!! いませんか!!」
(ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!!)
「ぇっ……!?」
一際強い号哭が響き、咄嗟に振り返る。
「……どなたですか?」
そこに立っていたのは、黒い着物に、後ろで結んだ長い黒髪の女性だった。
体格や雰囲気からも、17〜18歳ほどに見える。
華奢で……どこか儚げな少女だ。
そして、濃い桃色の目をしている。
ゾクッ……
目を合わせた瞬間、背筋が一気に凍りつく。
彼女から『それ』を読み取れてしまった。
冷や汗が尋常じゃない勢いで流れていく。
「こんな山奥に……何の用で……?」
疑うような低い声で、彼女は問い質してくる。
恐怖で頭の回転が早くなり、早口で彼女の質問に答える。
「えっと、旅をしてるんだ、この先に用があって」
彼女は、俺の言葉に少しだけ間を空けてから、答えた。
「へぇ……珍しい。疲れてるみたいですね。大したものはないですけど……少し休んでいきます?」
無邪気でいて、どこか慈しむような可憐な表情で、優しく提案してくる。
それを断ってはいけないと、直感で理解した。
そして、何よりも、
(こんな子……放っておけるわけが無い……!)
「……うん……そうさせてもらうよ」
彼女はぱっと明るい顔になった。
血が滲んだような桃色の目が輝く。
「良かった。そうだ、お名前は?」
自分の手先が震えているのが分かり、咄嗟に後ろ手に隠す。
「……蓮界 悠真」
「私は桜。嵐山 桜っていいます」
頭をガンガンと殴りつけられるような『波』に、足が竦む。
あの時目を合わせた時に、『残響』が読み取ったこと。
─────
村の人たちみんな、この子が殺したんだ。
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