19話 「零(ゼロ)に辿り着く」
「始めるぞ、悠真…!」
「はい……!」
二人がゆっくりと腰を落とし、構える。
地蔵は地面を蹴り一気に距離を詰め、右の拳を振りかざす。
悠真はその拳をギリギリで避け、地蔵の顔面に軽いジャブを放つ。
それを地蔵は左手で払い、悠真の顎を狙って足を振り上げる。
「石狩ムーンサルトキック!!」
「っ……!」
悠真は後ろにステップを踏み攻撃を避け、さらに後ろに引いた足の反発で一気に地蔵の懐に入り込む。
「遅いわ!」
地蔵は悠真の突撃に対し、顔面に左ストレートを撃ち込む。
(最初から見切られてるのは分かってる……!)
悠真は踏み込みで出した右足を外側に開き、重心を落とすことでスレスレで地蔵の拳を避ける。
そして、地蔵が繰り出した腕の根元をつかみ、自身に引き寄せるように引く。
初めて、お地蔵さんが『軽い』と思った。
「ぬおっ……!」
元から蹴りを放ったことで重心が不安定だった地蔵は、バランスを崩し、無防備な体勢になる。
悠真は右の拳をギュッと握り締める。
(ここ……! 『層合気』!)
『気』を纏った拳が、地蔵の顔面に向けられる。
腕を引かれた事により倒れ込む地蔵の頭と、渾身の力が込められた悠真の拳が衝突する。
悠真の『気』が、地蔵の内部へと入り込んだ。
ビ/キッ……!
「あっ……!」
地蔵は衝撃で大きく仰け反り、倒れそうになる。
それを悠真は両手で受け止め、顔をのぞき込む。
地蔵の顔面には大きなヒビが入っており、ポロポロと砕けた石が落ちていく。
「お……お地蔵さん……!!」
「ゆ……悠真…………わしの……皆の分まで……頼んだぞ……」
やがて、お地蔵さんは全く言葉を発しなくなった。
「お……お地蔵さん……? すみませ……嘘……そんな…、」
悠真は動かなくなった地蔵を抱え込み、呆然とする。
あまりに唐突なことに、遅れて涙と後悔が押し寄せる。
「なんてな」
「……えっ……?」
背後から地蔵の声が聞こえ、振り返る。
そこには、地蔵が立っていた。
「えっ……? 壊れて……えっ……?」
悠真は目の前に立つ地蔵と、腕のなかに抱える破損した地蔵を交互に眺める。
「びっくりしたかの? わし、ストックがたくさんあるんじゃ」
「ストック……?」
「山道にたくさん地蔵が並んでるのを見たじゃろ? 今動いてる地蔵が壊れたら、別の地蔵に魂を入れ替えたらまた動くことができるんじゃよ」
「つまり……今のって……」
「ただの演技じゃよ」
悠真は目に溜めた涙を一気に引っ込めた。
「無駄な心配させやがってぇ……!」
「まぁまぁ。ずっとやりたかったんじゃよこれ」
楽しそうに話す地蔵を、悠真は怒りと安心が混ざった目で睨む。
「まだやりますよね?」
挑発的な口調に、地蔵は少し驚く。
「ん? あぁ……今日は……」
「あと5体はその地蔵ストック削ってやる……!」
「なんじゃってぇ……」
このあと、悠真は地蔵のストックをさらに2体壊した後に、地蔵のストレートで気絶した。
気絶した悠真を抱えて屋敷に戻りながら、地蔵は声を震わせて呟いた。
「お主は……死なないでくれよ。」
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狭い会場には、綺麗に椅子が並べられ、全員がステージの上を、今か今かと注視する。
やがて、ステージの裏から金髪の男が出てくると、会場は歓声に包まれた。
金髪の男は両手を上げ、指揮を振るように手を下げる。
すると、歓声はすっと止み、会場は静寂を取り戻す。
やがて金髪の男は壇上のマイクを手に取る。
「俺たちは、かつて先導者だった! 皆を纏め、道を切り開いていた! なら、今はどうだ? 全ての人々に『能力』が与えられた世界で、俺たちはもう、『強者』では無くなった!」
会場の全員が、彼のスピーチに聞き入る。
中には、涙を流す者すらいる。
「だからこそ言わせてもらおう! 世界には、新たな『先導者』が必要であると! 新たな『圧倒的強者』が必要であると! 俺たちは……世界に『圧倒的強者』を取り戻し、全ての人々をまた、導くのだ!! これは大義などという大逸れたものでは無い! かつて『強者』だった者の責務だ! 今こそ、この世界で我々の責任を果たす時が来たのだ! 我々は共に、腐敗した『能力社会』に奇跡を起こす!!」
彼がマイクを置くと、会場は歓声と拍手に包まれた。
歓声は、彼がステージ裏に消えてもなお、止まなかった。
「お疲れ様で〜す」
ステージの裏では、迦楼羅が燃える羽を光らせながら手を振っている。
「どうだ? 俺のスピーチ。結構良かっただろ?」
「そりゃもう。『童子様』は人気者すね」
「あいつらにレベルを合わせるのは、楽じゃないけど楽しいもんだぞ」
「そーですか」
『童子様』は、辺りをキョロキョロと見回したあと、悲しそうに見える顔をした。
「獬豸君は居ないのか?」
「あぁ。獬豸君は菊ちゃんが心配で心配で仕方ないみたいで」
『童子様』は手を顔の前で横に振りながら、苦笑いした。
「獬豸には悪いかな。でも、仕方ないこともある」
「はっ。そっすか」
軽く嗤う迦楼羅を尻目に、『童子様』は袴の中から、銅の手鏡を取り出す。
「『導鏡』 今、菊はどうなってる?」
『童子様』が手鏡に話しかけると、鏡の中に長い透き通るような銀髪を流した、糸目の女が映る。
鏡の中の女は、少し間を空けて話し出した。
「そう……ですね……もうそろそろ限界かと」
「……おっけ。ありがと」
「はい」
『童子様』は手鏡を閉じ、薄気味悪くニッと笑った。
「さて、決戦の日は近いよ。……それに、『赫阿修羅復活』の日もね」
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翌日 千秋楽山にて
屋敷の広間には、一同が集まっていた。
琉琉助の顔を、久々に見た。
その顔は酷く深刻で、目に光がなかった。
「それじゃ、明日の相手……『童子』達について、『視られた』限りの情報を伝える。よく聞いて欲しい」




