17話 「仙術・層合気」
(……なんだ…………)
獬豸は意識を取り戻し、周囲を見渡す。
辺り一帯には、まるで小さい隕石でも落ちたかの様な、荒れた更地が広がっている。
「がっ……れ゙ぇ゙っ……」
立ち上がろうとするも、砕けた骨が痛み、不意にこみ上げた咳で吐血してしまう。
「獬豸く〜ん。これ、何したの?」
声が聞こえた方に振り向くと、オレンジ色に輝く炎を纏った男が歩み寄ってくる。
「迦楼羅……」
「童子様に言われてわざわざ探しに来たら、なんか凄い音がしたもんだからさぁ、急いで来てみたら、獬豸君を中心に竜巻みたいなのが起こっててさぁ? アレ何?」
「…………」
獬豸は意識を失っていたため、そのような心当たりはなかった。
また、獬豸の能力には、迦楼羅が言うような竜巻を起こせるほどの出力はない。
「もしかして、『覚醒能力』じゃない? 獬豸君はまだ出来たこと無いし、発動条件も分からないもんね。」
「いや……そんな事よりも……!」
「分かってるよ。とりあえず、童子様が待ってるからさ。」
迦楼羅は自身のキラキラと燃える羽を弄りながら、諭すような笑みを向ける。
獬豸は絞り出すような声で訴える。
「菊が拉致された……! 助けに行か」
「獬豸君。童子様が待ってるから」
「ッ…………」
獬豸の反抗は、迦楼羅の威圧により鎮められた。
やがて二人は言葉を交わすことなく歩き出す。
淡い月光が静かに夜空を照らしていた。
─────────────────────
翌朝
暗い夜が明け日が昇り、山は生き生きと緑を取り戻す。
やがて二人も目を覚まし、布団から起き上がる。
「桜……おはよう……」
「おはよ……」
二人とも朝は弱く、目を擦りながら洗面所に向かう。
─────
襖を空け、広間を覗く。
「おはようございます。あれ、琉琉助は居ないんですか?」
「あぁ…………あいつも仙人じゃからな。瞑想とかもするんじゃよ」
「そうですか……」
お地蔵さんは無機物だから、『波』は感じられない。
でも、何かを誤魔化しているような気がした。
昨日の琉琉助の『波』にも、言い表せない違和感を感じた。
やはり、大きな戦いが近いとなると、いくら琉琉助でも落ち着かないのだろう。
三人で席につき、温かい食事を口にする。
食べ終わると、各々修行を再開する。
─────
「ほれほれ、先ずは筋トレせぇ!」
「上乗る……必要……ない……でしょ……!」
今日も悠真は地蔵を背負い、筋トレを行う。
適度に休憩を取りながら、1セットずつ確実にこなしていく。
「お地蔵さん……俺、なんかゴツくなりましたよね?」
一区切り着き、木陰に座りながら、地蔵に話しかける。
「そりゃあんだけ筋トレしてたくさん飯食っとるからな。そんなに一日で変わるかと言われるとアレじゃが。」
「でもほら、見てください。力こぶが前よりもデカい!」
腕に力を込めると、確かに以前よりも明らかに筋肉が付いているのが分かる。
「よかったのぉ。それじゃ、休めたらスパーリングするぞ」
「うっす……!」
─────
「どぉりゃぁ!!」
「ほっ!」
地蔵の拳を間一髪で避け、悠真はカウンターを狙う。
「甘いわ! 石狩ムーンサルトキック!」
「ぅえっ……!」
地蔵は悠真のカウンターに合わせ、足を振り上げ顎を蹴り上げる。
「がっ」
視界外からの突然の蹴りに対応できず、悠真は仰け反り、白目を剥きながら倒れる。
「普通……地蔵が足技使う……!?」
「相手に固定概念を持つと足を掬われるぞ。」
「うっ……す……」
─────
「はぁ……はぁ……っ……はぁ……」
何回かスパーリングを行い、悠真はボコボコのボロボロだった。
「昨日よりも動きが良くなっとったぞ。なんとなくならタイマンのやり方が分かってきたじゃろ」
「そう……すね……」
倒れ込む悠真の上を、涼しい風が撫でていく。
「それじゃ、そろそろ教えるだけ教えておいてもいいかもしれん」
地蔵は悠真を見下ろしながら、ニヤリと笑った。
「仙人秘伝の武術『層合気』をな」
「昨日言ってたやつですか……? もう?」
「そうじゃよ。さて、レッスンして行こう」
いつになく楽しそうに語り出す地蔵に、疑問を抱く。
「でも……そんな簡単に会得できるものじゃないですよね?」
武術を会得することを一朝一夕でできるわけがないことくらい、未経験者でもわかる。
でも、地蔵は待ってましたとばかりに言い切った。
「言ったじゃろ? 悠真はセンスあると」
「どういう事ですか……?」
「まぁ、先ずは『層合気』がどんなものか、説明しよう」
─────
「『層合気』は、自身の身体エネルギーを『纏い』、攻撃、防御に利用する技術じゃ。イメージ的には、手にビニール手袋をはめると、触れることなく水に触れるじゃろ?」
「なんか回りくどい気がするけど、言いたいことは何となく」
「そうしたら、さらにもう一枚ビニール手袋をはめる。そうすると、『二層』の手袋に覆われる。さらに被せれば『三層』『四層』と厚くなっていく。それを、自身の『気』で行う」
「なる…………ほど……?」
「何層にも重ねた『気』を、相手の内部まで届かせ直に衝撃を伝えたり、また、重ねた『気』で身を守る。これが『層合気』じゃ。まぁ、とりあえずやってみぃ」
─────
ぶっちゃけよくはわからないが、ビニール手袋のイメージは何となく出来る。
「これからは筋トレとスパーリングも続けて、さらに『層合気』のイメージも広げていくぞ」
「……うっす」
悠真はよろよろと立ち上がり、構える。
その構えは、素人ながらも既に重心が安定していた。
その目には、かつてとは一線を画す覚悟と闘志が見られる。
(異常なほどの根性……これもやはり、悠真の『理想主義者』が影響しているのか……)
「さて、始めよう。1回はわしに勝てるといいな」
「望むところです……!」
─────────────────────
日が沈むと、悠真達は山の上の屋敷に戻り、しっかりと休養を取る。
「結局今日も一度も勝てなかった……」
「頑張れ。私は血の操作が結構分かってきた。」
雑談をしながら手際良く食卓を準備する。
「そういえば、今日琉琉助見てないよね。出かけてるのかな」
テーブルを拭きながら、桜が視線をよこす。
悠真は箸を並べながら、少し考える。
「確かに……もう夜ご飯なのに居ないし……どうしたんだろ」
「琉琉助は今少し用があってな。今日は夕飯は一緒には食べないから、用意しなくていい」
台所から地蔵の声がする。
琉琉助の事になると、今日はどこか違和感を感じられる。
まるで触れられたくないかのようだ。
「わかりました……」
三人で食卓を囲む。
昨日の騒がしさが嘘のように、今日は静かだった。
お地蔵さんはご飯を食べている時も、気難しい表情をしていた。
そして、夕飯を終えると、風呂に入り、今日も直ぐに眠りについた。
─────────────────────
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………」
琉琉琉は岩の上に座禅を組み、ぶつぶつとお経を唱えている。
唱え終わると、目を開け、小さく深いため息をつく。
そして、蝋燭を灯し、真っ暗な山の裏奥へと歩いていく。
しばらく奥へと歩いて行くと、一つ、小さな小屋が見える。
鍵を開け、その重い戸に手を掛ける。
中は真っ暗で何も見えない。
ただ、小さく荒い息遣いだけが響く。
蝋燭で中を照らすと、くすんだ紫色の瞳と目が合う。
『それ』は小さく「ひっ……」という声を漏らし、震え出す。
琉琉助は戸を閉め、蝋燭を地面に置く。
明かりに照らされた光の無い緑色の目が、怯えきった彼女を映す。
「な……何も話すことなんかないですから……」
「あぁ。お前に情報は求めてない」
「え……」
琉琉助は何枚か手拭いを取り出す。
「自害されても困る」
口内に手拭いを押し込み、自害を封じる。
「ぐっ……!」
抵抗できず、苦しげにえづき、もがく。
それを冷たく睨むと、感情のない冷淡な声で告げた。
「お前に求めることは一つだけだ。絶対に死ぬなよ。」
────────────────────────
「はっ……!?」
悠真は夜中に飛び起きてしまった。
遠くから小さく、それでも確かに、苦痛に呻く『波』を感じたからだ。
桜はまだぐっすりと眠っていて、小さい寝息が聞こえてくる。
「なんだ……今の……」
「ガンガン」と脳内に響いて来るような『波』は、まるでかつての桜を思わせる。
なるべく音を立てないように布団から出て、寝間着に上着を身に着ける。
そして、部屋の襖に手を掛ける。
屋敷を出ると、夜の山には冷えて寒い風が吹いてくる。
上着を着てきてよかった。
「『波』のする方は……こっちか」
見てはいけないものが有るのは理解っていた。
それでも、身体は引っ張り出される。
まだ踏み入れたことのない、千秋楽山の裏へと歩き出す。




