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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
二章 「千秋楽山・修行編/邪仙片鱗」
16/26

16話 「裏面」


 夜の山の中を、ゆっくりと歩いていく男女の影が見える。

 その二人が纏う空気は、愉しげでありながらも、異常だった。


「随分と山奥なんですね! いかにも仙人様がいそうって感じ!」


「分かりましたから。あんまり騒がないでくださいよ」


 青髪の青年、獬豸かいちが菊をたしなめる。

 菊は紫色の目を、闇の中で怪しく輝かせる。


「えへへ……楽しみだなぁ……どんな人なんだろうなぁ……どんな断面してるのかなぁ……」


 両手を顔に当て、頬を紅潮させながらうっとりと呟く菊を、獬豸は呆れたように眺めていた。



「久しいのぉ……獬豸。ガールフレンドでもできたのか?」


 二人は動じず、ゆっくりと声のする方を振り返る。


「……お地蔵さんですか。……菊さんは先に琉琉助を。俺はこいつをなんとかするんで」


「オッケー。それじゃ、獬豸君にも後で断面、見せてあげるからねっ」


 菊はさっと木々の中に行方をくらまし、消えていく。

 場には、地蔵と獬豸二人になり、緊迫した空気が流れる。

 

「わしに勝てる気か? 『小僧』……」


「当然です。あなたに特段恨みはないですが、ここで散ってもらいます」


─────


時は少し戻り──


 素晴らしすぎるお鍋をいただき、悠真と桜は満たされていた。

 とにかく食べまくった二人の腹は、見比べればすぐに分かるほど膨れている。


 琉琉助は台所で食器を洗いながら、悠真と桜に声をかける。


「お風呂も出てるから入っていいよ。なんとうちは露天風呂だからね!」


「いや、さすがに洗い物くらい手伝いますよ……」


「いいよいいよ。疲れてるんだから早く風呂入って寝な」


 さすがに申し訳ないような気もするが、お言葉に甘えて先に入らさせてもらうことにした。



「悠真先入っていいよ……私もうちょっと消化してから入るから……」


「あぁ……じゃあお先に……」


─────


「はぁ……最高かよ…………疲れ取れるわぁ……」


 温かい風呂は心と身体を癒してくれる。


 芯まで温まったところで、のぼせる前に上がる。


 なんと寝巻きまで琉琉助の方で用意してくれていた。 


─────


 紺色の無地の寝巻きを着て、風呂場を出る。

 まだ身体がほかほかして心地よい。


「桜〜お先にどうも〜」


「はいよ〜」


 桜も露天風呂にワクワクしているのが『波』で感じ取れる。



─────



「は〜っ……あったかぁ……」



─────


 桜が風呂から上がるまでに、布団を敷いて、いつでも寝られるようにしておく。


 ゴロゴロとしているうちに、今日の異常な運動量による疲労で睡魔が最強になり、いつの間にか寝てしまった。


─────


「悠真……あ、もう寝てるか。私ももう寝よ、おやすみ」


 桜も風呂から出た直後のぽかぽかのまま、布団に潜り込み、やがてすぐに眠りにつく。



 夜は、何事もなく明けるものだと思っていた。



─────



 二人が深い眠りについている深夜に、琉琉助は山の中を一人、歩いていく。

 その目は、かつてないほどに暗く、鋭い。

 静かな夜の闇を睨みつけ、やがてゆっくりと構える。


 その瞬間、闇に姿をくらませた凶刃が、琉琉助に牙を剥く。

 それを軽々と躱し、蹴りのカウンターを放つ。


「おっと!」


 琉琉助の蹴りを菊は刀で受け止め、少しよろけつつも地面に着地する。


「お〜……中々イケメンじゃないですか……! これはますます気になる……!」


 再度刀を構え、斬りかかる。

 その刃は琉琉助の隙を的確に捉え、振りかざされる。

 

「…………」


「黙り込んじゃって……余裕無くなってきたんじゃない!?」


 ついに、刃は琉琉助の掌を裂く。


 ピ/ッ……


「…………」


 琉琉助は「首から」出血する。



 それを見て、菊は刀を向けながら、愉しそうに語り出す。


「驚きましたか……? 私の能力は『椿落とし』。私の刀で斬ると、どこを斬ってもダメージが全て首に行くんです。つまり……」


 菊は嗜虐性をはらんだ表情で、ニタァっと嗤う。


「『全身急所』……って事。響きがえっちでしょ……? じっくりゆっくり、斬ってあげるからねぇ」


 頬を染め、刀を振りながら生き生きと語る菊を、琉琉助はまるで道端の石ころを見るような目で眺める。


「じゃあ……続きね……」



 菊が刀を構え直すそのごく一瞬の間に、琉琉助は懐に潜り込む。

 そして、鳩尾みぞおち目掛けて拳を叩き込む。


(『層合気・練武』)


 骨が砕けるような「ギャリッ」という鈍い音が、拳が当たった少し後に響く。

 菊は刀を落とし、地面にうずくまり、痙攣する。


「…ぁ゙っ……がっ…………」


 琉琉助は倒れ込む菊の首を掴み、ゆっくりと持ち上げる。


「ぉ゙…ぅ゙…………な゙、ゃ゙……め゙……」


 琉琉助は、菊の顔を直視できなかった。

 それでも、じたばたと藻掻く菊を押さえ込むように、琉琉助の指が首を握りつぶさんばかりに食い込んで行く。


「ぇ゙ぁ゙……っ……」


 泡を吹きながら震える菊から、琉琉助は手を離した。

 そして、自分の掌を眺め、浅いため息をついた。



 直後、背後から琉琉助に向け、拳が振り下ろされる。

 それを軸足をずらすだけの最小限の動きで避ける。


「おい……てめぇ……何してんだよ……」


「……獬豸か」


「うるせぇよ。クズ野郎が……」


「お地蔵さんはどうした?」


 獬豸の怒りを押し潰すような威圧感を放ちながら、琉琉助は問う。

 獬豸は額に血管を浮きあがらさせ、黙ったままただ琉琉助を睨みつける。


「……そうか」


 獬豸は拳を強く握りしめる。


「能力『壊雲』」


 獬豸は手を開き何かを撒くような動きをすると、掌から『霧』のようなものが散り、獬豸の周囲に薄く留まる。


(あの『霧』は、触れた物質を破壊する力を持っている。迂闊に攻めればこっちが砕け散る)


(琉琉助の『未来視』は、童子様から聞く限り完全無欠じゃない。手堅くペースを掌握して、奴のリソースを増やせば、勝てる)


 二人は互いに間合いを保ち、相手の出方を伺う。


 その静寂は、『霧』が宙に融けた瞬間、破られた。

 「ドン!」という地面を割るほどの凄まじい踏み込みが、二人の足から響く。


(『壊雲』)


 獬豸が手を振りかざし、『霧』を撒く。

 琉琉助はその懐に入り込み、一撃を叩き込む。

 カウンターを端から警戒していた獬豸は、それを躱すと空中で身を翻し勢いを付け、右足で蹴りを繰り出す。

 琉琉助はそれを鼻が掠めるほどギリギリで回避すると、獬豸の鳩尾目掛けて拳を打ち込む。


「っ……!!」


 獬豸は琉琉助の一撃に直ぐに反応し、腕でガードして身を守るも、その威力を完全にいなし切る事はできず吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がる。

 倒れる獬豸に容赦なく琉琉助は距離を詰め、踏み潰すように追撃を仕掛けるも、獬豸は地面に両手を着けバク宙し、飛び上がりざまに蹴りを撃ち込む。


 それを琉琉助は軽々と避けると、瞬時にステップを踏み獬豸から距離を取った。

 

「チッ……!」


 獬豸は蹴りの直後に『壊雲』を放つが、それを予知していた琉琉助に避けられる。


 また、二人の間に近いようで凄まじく遠い、『壁』が作られ、睨み合う。


「……なんてね」


「!?」


 唐突に琉琉助は両手を掲げる。

 それを見た獬豸は何かに気づき、咄嗟に後ろを振り向く。


「石狩スマッシュ!!」


「ッ…チッ……!!」


 背後から飛び掛り拳を繰り出す地蔵に、獬豸は驚きつつも、咄嗟に『壊雲』で反撃する。


「っ……」


 『霧』に触れた地蔵が、パラパラと音を立てて粉々に散っていく。


(何故だ……!? 先ほど確実に破壊したはず……!)


「……しまっ……」


 獬豸が琉琉助の姿を追って振り返った時には、既にそこには居なかった。


(『層合気・風月・極』)


「ぐっ……!!?」


 琉琉助の渾身の一撃が、獬豸の腹に叩き込まれる。

 

「ごめんな、獬豸。お前は『まだ』要らない」


「てめっ…………!!」


 山の中に「ドッ!!!」という鈍い爆音が響き渡る。



─────


 

(は……?)


 獬豸は、真っ暗な空間に飛ばされた。


 いや違う。ここは『空の上』だ。

 あの一撃、一瞬で、空の上まで打ち上げられた。

 

 「ごぼぁ゙っ!!」


 空中を舞いながら血を吐き散らす。

 暗い夜空に、獬豸の紅い鮮血が消えていく。


 『落下死』という言葉が脳裏をよぎる。


 「……クソがぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ…………!!!」


 菊を置いたまま死んでたまるか。

 絶対に琉琉助をぶち殺してやる。



 様々な事が走馬灯のように駆け巡り、やがて空中で意識を失う。


 圧倒的な『殺意』を抱いたまま。


─────



「地蔵、未来がズレた。不味いかもしれない」


「なんじゃと……?」


 一戦を交えた後も、琉琉助は冷淡な雰囲気を崩さなかった。


「お地蔵さんは悠真をよろしく。桜はキュピーに任せる。俺は……」



「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!」


 自身に対する意識が完全に消えた隙を狙い、菊は琉琉助に刃を立てる。



 バギ/ィ゙ン…………



 「……え゙っ……」


 琉琉助は振り返ることなく菊の刀を拳で振り払い、叩き折る。

 振り返ったその目には、微塵の光も宿っていなかった。


「俺はこいつ『仕上げとく』から」



 その言葉を最後に、菊の意識は途絶えた。


 事が終われば、山にはまた、静寂が戻った。


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