14話 「真価」
「よくも私の大切な木を切ってくれましたよ」
脅すような口調でキュピーは威圧する。
(この山には変な奴しか居ないの……?)
桜は鞘に手をかけ、握り締める。
キュピーは桜に掌を向け、照準を合わせる。
「報いを受けてもらいましょうか。『森怒』!」
キュピーの声に応えるように、木々が突然、地面に吸い込まれるように埋まりだす。
「何……?」
桜は警戒し刀を構え、キュピーの一挙手一投足に集中する。
ただ、攻撃は予想外のところから発生した。
桜の真下の地面が、唐突に盛り上がる。
「なっ……!?」
桜は危険を察知し、直ぐにその場から離れる。
次の瞬間、大木が凄まじい勢いで地面から生えてくる。
「マジ……!?」
「これは避けますか……ならば」
キュピーが腕を高く掲げると、さらに桜の周辺に木々が囲むように生える。
そして、桜を目掛けて一斉に倒れてくる。
「チッ……!」
自身に向けられる凄まじい質量の攻撃に気を取られている時、唐突に蔦が桜の足に絡みつく。
(やっば……!)
転けそうになるのを体幹で耐え、自身に向かって倒れてくる木々に刃を抜く。
「らぁっ!!」
襲い来る太い木を二つに切り裂いた後、すぐさま絡みついた蔦を引きちぎり、奴に目を向ける。
「いない……!?」
(でも、移動した気配はしなかっ……!)
一瞬の動揺。
その隙をキュピーは見逃さなかった。
突然桜の目の前に〈生え〉、桜に拳をたたき込む。
「フン!!」
「ぐっ……!!」
それを間一髪刀で受け流すが、衝撃で仰け反る。
(地面から生えてきた……!? まるでこいつが『山』そのもの……!)
さらに桜の足に蔦が絡みつき、避けられないよう固定される。
次の一撃を、キュピーは既に構えていた。
凄まじい威力の拳が、桜の顔面にむけて放たれる。
「っ……!」
それを桜はギリギリで避け、カウンターの斬撃をキュピーの首へと叩き込む。
ギ/ィ゙……!
「嘘っ……」
キュピーは桜の攻撃を素手で受け止め、もう一度拳を構える。
(クッソ……!!)
なんとか受け流そうと手を伸ばし構えようとするが、もう間に合わない。
避けようとするも、よりきつく絡み付いた蔦で動けない。
この位置だと、モロに入る。
そう確信し、桜は反射的に目を瞑る。
だが、その拳は、「ジャラッ……」という数珠の音とともに桜の眼前で止まった。
「……えっ……?」
「……う〜ん……」
目の前の光景に唖然とする桜を他所に、キュピーは顎に手を当て少し考えるような仕草をとる。
「確かに……まだ〈弱い〉……ですね」
「っ……」
桜は〈弱い〉という言葉に、慣れていなかった。
今までの人生や、様々なことに耐えてきた経験からも、自身は〈強い〉のだと、心の何処かでそう思っていた。
「琉琉助が言っていた通り……自身の力を理解しきれていない。まぁ……だから私に『任せた』んでしょうけど」
「はぁ……?」
「改めまして、私は『キュピー・キュピー』。貴方をより強くしろと、琉琉助に頼まれました。」
「……はぁ……!? 森を荒らしただどうちゃこうちゃらってやつは……?」
「全部ウソです。咄嗟の判断が見たかっただけですね」
淡々とした口調で、桜はあしらわれる。
心の中で特大の舌打ちをしながらも、桜は理解していた。
今の自分ではこの男に勝てないと。
「分かっていると思いますが、今の貴方では私に勝つことは到底できません。何故だか分かりますか?」
「いや……そんなの……能力の規模も強さも全然……」
「問題はそこじゃありませんよ」
「えぇ……」
桜の細々とした言い訳を遮るように、ぶっきらぼうにキュピーは告げた。
「私は貴方よりも能力が遥かに弱いのに、貴方より強い人、もとい、私より強い人をたくさん知っています。『能力の強さ』は、言い訳にできません」
「何が……言いたいんです?」
桜の問いに、キュピーは、少し笑って答えた。
「貴方と私の違いは、『自分のことを完全に理解できているか、いないか』それだけです」
「えっ……?」
自己理解。
その単純で、戦闘とは関係のないような言葉に、呆気にとられる。
だが、それと同時に、新しい視点でもあった。
「私はこの森を、山を愛しているし、だからこそ全てを知り尽くしている。草花の名前、地面から顔を出した日、一日に落ちた葉の枚数、全てを。だから〈強い〉んですよ」
目の前の男の言葉は、何か、桜の核心を突いているような気がした。
さらに〈強く〉なるための核心を。
キュピーはさらに続けた。
「じゃあ、貴方はどうですか? 貴方の体内を流れる血、それを完璧に把握できていますか? 一回の鼓動で作られる血液の正確な量、血液が何処を通って何処に届けられて何処に戻ってくるのか、その全てを理解出来ていますか?」
そんな訳がない。
桜は目の前の男が何を言いたいのか、理解できそうでできなかった。
だが、それは次の男の一言で完全に纏まる。
「何より、貴方、自分を愛せていますか?」
桜の脳内に、衝撃が走った。
『自分を愛する。』そんなもの、もう捨ててきたからだ。
あの日、全てを奪われ、全てを奪った日、それは捨てた。
心の奥深くに根ざした罪悪感は、未だに自身の心の底を蝕み続けている。
そんな状態で、自身を『愛する』……?
「自身を愛せていない人が、これ以上〈強く〉なんてなれるわけがありません。何故か分かりますか?」
「…………」
桜は、答えられなかった。
なぜ、強くなれないのか。
『自身を愛する』事が、どうして〈強く〉なるために必要なのか。
しばらくして、その答えをキュピーは授けた。
「自分に興味が持てないからですよ。好きでもない物の全てを知りたいだなんて、思わないでしょう」
「っ……!」
心臓を貫かれたような感覚が襲う。
目の前の男の全ての言葉が、自身に無かったものを的確に当ててくる。
桜は、何かに気づき始めていた。
自身がより強くなるための方法を。
「なんとなく……分かった」
桜の能力の本質は、『血液を操る』こと。
血液が何処を流れ、何処に酸素を届けるのか。
それを完全に理解してはいないが、確かな感覚はあった。
傷つけられることで自身の『血』を流し続けてきた桜は、分かっていた。
ならば、それを自身の強化のために使えるのではないかと。
桜の血管が「ギュリッ」と音を立てて、浮かび上がっていく。
血液が焼けるような熱を帯びて、自身の中を勢いよく巡るのが分かる。
「こういうことでしょ……?」
キュピーは、最初から気づいていた。
桜が『無意識的に』このような血液を利用した身体強化を行っていたこと、そして、琉助助に伝えられていた、『自己治癒能力』の発動。
その全てを、意識的に行わせる。
それだけで、この桜という逸材は、圧倒的な力を手にできると。
能力による強制的な錯乱、ダメージの一方的な反射に加え、身体能力の向上、さらには再生能力。
キュピーは、悔しそうに笑った。
「チッ……天才ですか?」
「まだはっきりと理解できたわけじゃないけど……ありがとう、おっさん」
刀を握り締めた手はギチギチと音を立てながら、さらにはっきりと血管を浮き上がらせていく。
「この力、試させて貰うわ」
「いいでしょう。来なさい、『クソガキ』……!」
キュピーは軽く指をクイクイとして挑発する。
桜もそれを見て軽く笑った。
二人は互いに構え、睨み合った後、一気に飛び掛り距離を詰める。
キュピーと桜の修行は、早くも第二段階に入った。




