1話 「追憶」
「何してんだよお前ら……ひとりによってたかって恥ずかしくないのかよ……!」
「は……? うるせぇな! 誰だよお前関係ないだろ!」
突然、俺とあいつらの間に立ちふさがった彼のことは、学校で何度か見かけたくらいでほとんど知らなかった。
珍しい灰色の髪に、透き通るような青い目、それに、四角い枠のメガネをかけた子だった。
黒いランドセルのキーホルダーに、「はがね」の字が書いてある。
鋼は指の関節をポキポキと鳴らして、子供らしい威嚇をしながら、あいつらに啖呵を切った。
「止めに入った奴に標的変えて、大人数でいじめて……お前らがやってること、悪者そのものじゃん」
「……なんだと……?」
鋼が、あいつらと殴り合いの喧嘩を始めた。
あいつらは三人で、鋼は一人なのに、あいつらはまったく容赦が無かった。
それでも鋼は、何度も何度も立ち上がった。
「痛ってぇ……!」
鋼が再度殴られ、張り倒された。
直ぐにでも駆け寄りたかったが、その一歩を踏み出すことはできなかった。
いや、違う。
彼の目が、「こっちに来るな」と言っていた。
「はぁ……はぁ……懲りたかよ……もういい、帰ろうぜ」
あいつらは鋼をひとしきり殴り終わった後、捨て台詞を吐いて疲労をごまかす。
そして、背を向け、砂を蹴りながら歩き去っていく。
その背中と、自分の震える膝を、交互に眺めることしかできない。
やがてあいつらの背中が見えなくなり、声も聞こえなくなった所で、ようやく足が動いた。
今まで動けずに溜められていた力が解き放たれ、すぐに駆け寄り、倒れている彼に声をかける。
「あ……だ……大丈夫……?」
「平気平気。……ってて……」
鋼は体を起こし、頭を掻きながら、軽く笑ってみせた。
その優しすぎる表情に、思わず謝罪の言葉を口にしそうになる。
「ご……ごめ……」
「いいよ、自分でやったことだし。」
俺の謝罪を遮るように彼は言った。
それに驚いて顔を上げた瞬間に目が合い、それをごまかすように下を向いてしまう。
「でも……」
自分からあいつらに喧嘩を売った。
自分より下だと思った者を蔑み、集団で責めるあいつらが気に入らなかったから、こっちからちょっかいをかけた。
なのに、結局は関係のない人を巻き込んで、迷惑をかけ、挙句の果てには怪我までさせた。
何を言えばいいのか、言葉が出てこない。
だから結局、謝罪に逃げた。
「本当に……ごめ……」
「……お前ならこういうとき、『ごめん』よりも言われたい事があるんじゃないのか?」
顔を上げ、一瞬呆気に取られる。
それでも、真っ直ぐ見つめてくる彼に、自然と出た言葉。
「あ……ありがとう……」
「うん、どういたしまして。……じゃあね」
じゃあね。
という言葉が、なぜかひどく突き刺さった。
あんなにすごいことをしたのに、見返りも求めず、当然のように感謝に軽く応えるだけ。
「あっ……あのさ!」
なぜか、口が勝手に動いて、彼を呼び止めてしまった。
「何?」
「え、えっと……」
子供ながらに、多くのことを聞くのは無粋に感じた。
なぜ呼び止めたのかも分からないまま、残った疑問をぶつけてしまう。
「どうしたら……君みたいに強くなれるかな……!?」
俺の目は彼を真っ直ぐに見つめていたんだと思う。
鋼は一瞬、困ったような顔をしたあと、照れるように目を逸らした。
「いや……強くなんか……えっと……お前はひとりであいつらと戦ったんだろ? かっこいいじゃん」
「えっ……」
半ば論点をずらすようなその言葉に、意表を突かれる。
だって、君だってそうじゃないか。
あ、そうか。
だから『強い』なんだ。
『かっこいい』なんだ。
俺のはっとした表情を見て、鋼は無邪気に笑い、小さく親指を立てた。
「その強さ、忘れるなよ」
彼の青い目がキラキラと輝く。
「そろそろ行くね、夕飯が待ってるからさ」
「うん……。」
それだけ告げ、鋼はまだ痛むであろう身体を軽々と走らせ、夕方の公園を駆けていく。
彼の走り去る背中に、俺は──
それを思い出そうとした時、機械的な音が響き、目を開ける。
─────────────────────
ピピピピピピ……!!
アラームの音が部屋に無機質に響く。
布団の中でもぞもぞと動き、慣れた手つきでアラームを止める。
(また懐かしい『記憶』を夢に見たもんだ。あの子……今ごろ何してるのかなぁ……)
布団から起きて、顔を洗って、惰性でテレビを付けてみる。
ニュースにはいつも、『能力犯罪』『暴動』『鎮静会』の文字が並ぶ。
「怖いな……」
人々が『能力』を得たのは、ほんの数年前。
突然の出来事を、人々は『神の奇跡』と呼んだ。
もちろん俺、『蓮界 悠真』も、人とは違う、特殊な『能力』を得た。
でも、それが『奇跡』なんて美談に出来るのかは、俺にはまだ分からない。
朝食を食べて、支度をして、大学に向かう。
世界は大きく動いても、日常は、思ったよりも、変わってない。
この時の俺は、そう思っていた。
──そんな2035年の話だ。
この作品を手に取っていただき、ありがとうございます。
序章『弱者の咆哮』は三話完結となっています。
三話目のラストでは、あらすじにもある「二百人を虐殺した少女」が姿を表しますので、まずはそこまで読んで頂けると幸いです。




