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6. 血河の波紋

「――それじゃあ、みんな手を合わせて」


『いただきまーす!』


 担任である北見の合図に続いて、2年生の児童たちが一斉に声を上げた。

 ここは白里沢(しろさとざわ)小学校。那実川(なみかわ)の清涼な流れを臨む、白里町内の学校だ。


「先生、ゆきちゃんがあたまいたいって」

「えぇっ?」


 自身も給食に手をつけようとしていた北見は、児童の訴えに腰を浮かせた。


 由紀乃(ゆきの)という児童は箸を置いたまま、机に横を向いてうずくまっていた。


「ゆきのちゃん、大丈夫かい?」

「うぅっ……」


 北見が声を掛けるが、由紀乃はまともに返事さえできない様子だった。由紀乃は激しく発汗しており、北見が触れた肩は高熱を帯びていた。


(これはまずい。とりあえず、保健室へ……)


 北見がそう判断しかけたとき、教室内の別の場所から悲鳴が上がった。


「――とおるくん! どうしたの!?」

「いだだたたっ! た、たすけてっ……」


 (とおる)という児童は床に倒れ、頭を両手で押さえてのたうち回っていた。

 ――更にその直後。

 また別の場所で椅子が倒れ、食事が床にぶちまけられる。


「まりちゃん!? しっかりして!!」

「……いたいっ! あたまいたいよっ!!」

「せ、先生! 早く助けてっ!!」


(なんだこれは……)


 北見は思わず呆然とした。

 さっきまで平和だった日常が、一転して地獄のような光景に変わった。

 教室内は騒然となり、泣いている子供もいた。


(――まさか、集団食中毒!?)


 北見の頭の中には、昨夜から近辺で発生している集団怪死事件が浮かんでいた。ニュースで見たあの事件は、まだ原因不明という扱いだったが……。食中毒という憶測もあったのは事実だ。


「みんな、ご飯食べるのやめて! 毒が混ざってるかも!」


 北見が言うまでもなく、ほとんどの児童は食事を中断していた。「毒」という言葉を聞いて「げー!」と食べた物を吐き出している子供もいた。


(……僕1人じゃ、とても手に負えない)


 そう判断した北見は、「すぐ戻って来るから」と言い残して隣の3年生の教室を覗く。

 すると、そこでも北見がいた教室と同様に、数名の児童が倒れて苦しんでいた。

 北見は教室の入口から声を掛ける。


「林田先生! こっちも食中毒ですか!?」


 倒れた児童の介抱をしていた林田という教員は、北見の声に顔を上げた。


「北見先生! ――あなたの所も?」

「はい! さっき立て続けに3人倒れて……」


 状況を手短に共有した2人は、林田がこの場に残り、北見が助けを呼ぶという役割分担をすることにした。


 北見は職員室へと駆ける道中で、校長室に寄ることにした。

 きっと、校長の判断が求められる事態になるだろう。そう直感したからだ。


「――校長先生、失礼します!」


 軽くノックをした後、北見は返事も待たずにドアを開いた。


 ぶわ、と鉄()びのような生臭い匂いが北見の鼻を刺激した。


「ひっ……」


 北見は手の平で口を覆い、悲鳴を押し殺した。


 校長は室内にいた。ただし、北見の声に応えることはなかった。


 ――上等なリクライニングシートに腰掛けた校長は、顔面の穴という穴から血を噴き出して、事切れていた。



 この日、白里沢小学校では児童の3割に相当する40名強と、校長を含む数名の教職員が命を落とした。




    †††




『――――茨城、ヤバくね…………?』


 今朝から午後に掛けて、茨城県内では那実川流域を中心に多数の怪死事件が発生した。


 それはインターネット上においても、着実に波紋を広げていた。


『マジやばい。私のとこ、学校休みになった』

『え……? あんたって茨城だったの?』

『那実川で川遊びしていた近所の子供、亡くなったみたい……』


 SNSで。掲示板で。チャットアプリで。

 その波紋は瞬く間に全国規模に広まって行った。

 「那実川」「奇病」「茨城集団死亡」――そんな単語がネット上のトレンドキーワードと化していた。


『オレなんか、1万円貸してた友達が例の変な病気で死んじゃったよ』

『うわ、ひっど……』


 会話の中に、まるでよくある冗談のように人の死が登場していた。


『優秀な部下が身内の不幸で休職してしまったんだが、無能上司のワイはどうしたらいい?』

『今すぐ求職した方がいいね』


 そんなやりとりが、ネット上のあちらこちらで観測された。


 そして、ある有名な巨大掲示板サイトでは「茨城集団怪死事件スレ」というタイトルのスレッドが作られることとなった。


『――これ、死んだ知り合いの写真。顔は隠してある』

『うえぇっ、グッロ!』

『げえっ! メシ時にこんなん見せんなよな……』


 凄惨な写真や動画がアップされては、すぐにサイト管理側の手によって削除された。しかし、消される前に誰かが保存し、それが複製されてまたどこかにアップされてしまう。

 ……性質(タチ)の悪いウイルスのように、それは増殖と拡散を続けた。


 「死の病」の病状を世間の目から覆い隠すことは、もはや不可能だった。


 こうして那実川に端を発する死病の恐怖は、少しずつ社会に浸透していった……。


2025-10-04 活動報告を更新しています。

内容は、本作の今後の予定と、昨日公開した短編についてです。

未読の方はよろしければご覧ください。

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