14. G7+サミット(下)
G7+オンラインサミットの最中。
日本の汐崎首相が、不意に声を上げての大笑いを放った。
その奇行に、11か国の参加者一同――日本側の傍聴者を含む――は、例外なく困惑した。
サミットの舞台は混沌の様相を呈していた。
『……な、何を笑って――』
動揺を隠せない様子で、ロシアのゴルスキー大統領が声を発する。
その声にかぶせるように、スッと真顔に戻った汐崎が咳払いをする。
まるで、先ほどの奇行が嘘だったかのような堂々たる振る舞いだった。
「――失礼。……災害の原因でしたね」
それから、汐崎は人差し指を立てて天井を指差した。
「すべての元凶――――それは、隕石ですよ」
通訳を介してその言葉が中露の国家代表に伝わると、彼らは狼狽を見せた。
AQUAチームが発表した論文に記された病原とされる微小物体。その出処について、彼らは事前に情報を得ることができなかった。
『隕石だと……? 病原は宇宙からやって来たとでも言うのかね』
「その通りです」
真剣な表情で答える汐崎に対し、ゴルスキー大統領はこれ見よがしに溜め息を吐く。
――日本の首相は狂ってしまった。SF染みた妄言を本気で語っている。
そう言わんばかりの態度だった。
「証拠をご提示しましょう。汚染源である水源周辺で採取されたサンプルから、我が国の科学者が突き止めたデータです」
会議室内で目配せを受けた首相秘書官の1人が、ビデオ会議とつながったPC端末を操作する。
彼の手元は緊張でわなないていたが、なんとか短い時間内で仕事を終えることができた。
映し出されたのは、宇梶慧が発見した隕石の痕跡を色濃く示す物性データだ。
「これは日本で最初に起こった災害の汚染源――那実川源流で採取された川水の元素組成データです」
画面上で示されたクロムの同位体比。加えて、イリジウムやオスミウムといった希少金属の濃度。
それらは、川水に地球外に由来する物質が混入していることを明白に示していた。
中露に加えて、『プレアデス協定』に属していない韓国やイタリアの首脳周辺が慌ただしく動きだす。
どの国も、自陣営の科学知識を有する者にデータの妥当性を検証させているのだ。
しばらく、無音の時間が流れた。
ややあって、中国の劉昭宸国家主席が他に先駆けて発言する。
『……なるほど、興味深いデータです。しかし、これだけでは病原が地球外に由来するという証明にはならないのでは?』
――それは非常に正しい見解だった。
汐崎は頷きつつ、思わず口角を吊り上げる。それは、中国首脳陣営の優秀さを認めての苦笑いに近かった。
そのやりとりを見て、ゴルスキー大統領が不機嫌を露わにする。
『不確かな情報で我々を煙に巻こうと言うのかね!』
汐崎はゆっくりと首を振る。
「もちろん、そんなつもりはありません。誤解を与えたのであれば申し訳ない。今のはあくまで参考情報です。しかし、我が国に隕石が墜落し、内包物が地表に散布されたことはご理解いただけたでしょう」
各国首脳のブレーンを務める科学者たちは全員、汐崎のこの言葉に同意を示した。
「より確実な証拠をお見せしましょう」
汐崎は再び秘書官にサインを送る。
秘書官は先ほどより落ち着いた様子で、新たなデータを示す資料を画面に映し出す。
『……なんだこれは……』
オンライン空間上にざわめきが広がる。
今回は、『プレアデス協定』に属する国々の首脳らも例外ではなかった。彼彼女らは、事前に情報として把握はしていた。しかし、資料を目の当たりにするのはこれが初めてだった。
――それは、地球上のどの生物の遺伝情報とも一致しない、未知の遺伝子配列データだった。
「『GRIM』のゲノム解析の結果ですよ。ヤツらが地球外から来たという、何よりの証拠です」
画面上には、「NO MATCH FOUND」――〝一致する遺伝情報なし〟を意味する語が大きく輝いていた。
『……まさか、そんな……』
中国の劉昭宸国家主席は絶句した。
地球外から飛来したウイルス性微生物の蔓延――――SF映画のような悪夢が、今まさに現実として地球上で起こっている。
遂にそれを理解したのだ。
†
時を同じくして、日本の首相官邸内の大会議室にて。
NIID(国立感染症研究所)の主任研究官である比護徹心は、独りガッツポーズを作っていた。
当初、比護が取り組んでいたメタゲノム解析の結果は、このG7+サミットには間に合わないと考えられていた。
しかし、それをNIID内で前田研究員が提案した〝ある手法〟に置き換えることで、所要期間を大幅に短縮することができたのだ。
そのカードを、汐崎総理は最も効果的に使ってくれた。
……総理が突然笑い出したときには、比護も自身の目と耳を疑った。――が、きっとあれも必要な演出だったのだろう。
(――前田、やったぞ……!)
比護の感動は一入だった。
†
国家首脳陣の会議は続く――。
『……我々は地球外からの侵略を受けている――そういうことかね?』
ふだんよりいっそう顔色を白くしたゴルスキー大統領が、汐崎総理に問いかける。
それは最早、質問というより確認に過ぎなかった。
「ええ。そう思っていただいて構いません」
汐崎は悠然と頷いた。
「――それでは続いて、我が国の国土に墜落した隕石がいかに汚染を広げてきたか。また、これからそれがどのように拡大するかのシミュレーションを含む映像をお見せしましょう」
汐崎のこの言葉の後、日本側が提供した「全球汚染シミュレーション」の映像は、中露両陣営を完全に沈黙させた。
わずか1か月半――「GRIM」の汚染はその短期間で、中露両国を含む北半球の主要な大陸国土を飲み込んでしまう。
その予測は、悪夢以外の何物でもなかった。
『――諸君、これで理解できただろう』
通夜のような静けさを破り、ケネス・ハリソン米大統領が列席者たちに朗々と語りかける。
『最早、西側・東側といった既存の国家陣営は用をなさない』
そう語るケネスの胸中には、汐崎に対する畏敬の念が宿っていた。
――正直、タカモトのことを見くびっていた。
それがケネスの偽らざる心境だった。
……タカモトは決して、狂人などではない。
――必要とあれば狂人の振る舞いさえしてみせる、〝私〟というものを捨て去った超人だ。
あの狂ったような笑いが、その後の流れを完全に決定づけた。
〝――貴国らはなぜ、今更になってそんな些末なことを気にしているのですか?〟
決して言葉にはしなかったが、汐崎総理の笑いは雄弁にそう語っていた。
中露は、もう何も言えない。
一連の流れの後で、汐崎総理の真意を理解させられたからだ。
情報アドバンテージのない彼らは、ここから巻き返すことはできない。
だからケネスは、汐崎の敷いたレールに沿って、台本通りのセリフを述べるだけで良かった。
『この災厄に対処するには、世界が一丸となる必要がある。――そこで、「全球脅威対策機構」の設立を提議する。それだけではない。この機構に参加する各国の科学者らを中心としたタスクフォースを結成したい。そして、日本が先行して進めている「Acu-SHE」対症薬の開発や増産を共同で行う体制を組むべきだ』




