14. G7+サミット(上)
世界は〝Xデー〟――7月λ日のサミット当日を迎えた。
G7+オンラインサミットの開催日だ。
極東の日本における午後10時は、参加国中で最も西に位置するアメリカ東部の夏時間で午前9時にあたる。
その他の参加国は、まずG7からイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、そしてカナダの5か国。
そして被招待国である中国、ロシア、韓国、オーストラリアだ。
以上、11か国の首脳陣が、高度に暗号化されたネットワーク回線によって、1つのオンライン会議空間上で一同に会していた。
参加者同士の物理的な距離は、最大で1万7千キロほど離れている。文字通り「地球の裏側」と言って過言ではない距離だ。
それほどの距離を隔てて集結した世界の首脳たちが今、地球の未来を左右する会議を始めようとしていた――。
『――G7、及び被招待国の諸君。本日は人類の――いや、この地球の危機のために集まっていただき、感謝する』
開会の辞を述べるのは、共同議長国であるアメリカ大統領のケネス・ハリソンだ。
「地球の危機」――その大げさな文句に、中国とロシアの国家代表がピクリと反応する。
『日本近海で発生した海洋生態系の異常については、先日発表を行った通りだ。関連して、日本の科学者チームがいくつかの論文をインターネット上で公開している。この中にも目を通した者はいるだろう』
ケネスは通訳の時間を挟みながらも、淀みなく力強い言葉で語り続ける。
オンライン会議の出席者全員が、ケネスの表情に注目していた。
『既に韓国や中国にも問題は波及しつつある。それだけではない。2日後には我が国のアリューシャン列島にも、例の「虚潮」なる現象が到達すると予測されている』
その情報は、『プレアデス協定』に属する7か国以外にとっては初耳となるものだ。
オンライン会議上に、数名が息を呑むような音声が流れた。
『――今、この地球で何が起ころうとしているのか。現時点で最大の被災国であり、また、この惑星を襲う〝脅威〟の手がかりを最も多く掴んでいるのが――日本だ』
ケネスの指名を受け、日本の首相である汐崎崇元は軽く顎を引いた。
汐崎が今いるのは、首相官邸内に設営された特設ブースだ。
その左右を固めるのは須山官房長官と、AQUAチーム室長の榊征士郎だ。周囲には、通訳のほか数名の総理大臣秘書官も控えている。
AQUAチームの他の主要メンバーや内閣閣僚らは、官邸内の大会議室にてサミットの模様をリアルタイムで傍聴していた。
『――シオザキ総理、貴国の持つ情報をこの場で共有してほしい』
「ええ」
汐崎は通訳を待たずに簡単な英語で応えた。通訳は少し困惑したが、ここでは流すことにした。
汐崎は、巨大スクリーン上に並ぶ各国首脳陣の顔つきを眺める。
……韓国やオーストラリアの代表は緊張した様子だ。西欧各国の代表には比較的余裕が感じられる。
中国は感情を表に出さず、ロシアは退屈そうにしている。
汐崎は、ふと謂れのない衝動に駆られた。
――あなたがたはまだ、対岸の火事だとでも思っているのですか?
危うく、そんな言葉を直接口にしてしまうところだった。
その原因の1つとして、連日の災害対応と総理大臣としての激務、そしてこのサミットのための準備のために、極限まで疲労が蓄積していたことは挙げられるだろう。
汐崎は心を落ち着けるために深呼吸をする。
予定にはなかった彼の振る舞いに、ケネスはじめ『プレアデス協定』に属する国家の首脳たちは内心で焦りを感じた。
「――我が国は今、国家的な危機に陥っています」
たっぷりと間を置いて、汐崎は明瞭な日本語で語りだした。
それを日本側の通訳が、ピボット言語である英語に同時通訳する。英語が母語でない国では、各国の通訳がそれを自国語に翻訳する形だ。
「奇病『Acu-SHE』による国内の死者数は25,000名を超えました。これは近年に発生した災害の中で最悪の数字です。が、まだまだ死者は増え続けるでしょう。『Acu-SHE』の致死率は99.9%。感染すれば、生還は絶望的です」
汐崎は〝「Acu-SHE」の致死率〟という1枚の手札を明かした。
その余りに高い数値に、列席者たちがざわつく。
「既に公表したように、海で集団死した鯨類の死因も『Acu-SHE』だと判明しました。――そうです。この病は水を通して感染する。そして、その原因とされる微生物は既に洋上で増殖・拡散している」
『Acu-SHE』という恐怖が、海を通じて世界中に拡散している――その事実に数名の国家首脳の顔色が青くなった。
汐崎の演説はまだ続いていた。
しかし、ロシアのゴルスキー大統領がそこに割り込む。
『……その問題には貴国が責任を負うべきではないのかね?』
オンライン会議の仮想空間上に、先ほどまでとは別種の緊張が走る。
ここだ、とばかりに中国の劉昭宸国家主席が追従する。
『――災害が日本国内で発生したことは明白です。周辺諸国のみならず、地球全体に汚染を広げてしまったということであれば、なおさらその原因を詳らかに示していただきたいですね』
『プレアデス協定』に属する西欧諸国の面々は、固唾を呑んで状況を見守っていた。
その内の1人、イギリスのメアリー・パーカー首相は手が真っ白になるほど拳を握り込んでいた。
――中露がこれほど早く仕掛けてくるとは予想外だった。
ここで介入すべきか、否か。
ロンドン市内、ダウニング街10番地にある首相官邸の一室で、メアリーは大型ディスプレイに映った汐崎総理の姿を見つめる。
鬼気迫る顔つきだった。
眼下に濃い隈を刻み、血走った目がギラギラと輝いている。メイクを施しても、そこだけは誤魔化しようがなかったのだろう。それ以外の見た目が整っているだけに、険しい目元が逆に強調されていた。
メアリーは『プレアデス協定』を通じて、日本の窮状を嫌というほど理解している。
……彼の、いや日本の力になりたい。
しかし、メアリーが具体的な行動を取るよりも早く、汐崎が口を開いていた。
――そしてそれは、単に当時の状況を弁解するためではなかった。
その直後、汐崎以外の列席者たちは一様にポカンと口を開く。メアリーも、ケネスも例外ではなかった。
文字通り、開いた口が塞がらない状況だ。
あまりに予想外の出来事に、ある者は一時ここが主要国首脳会議の現場であることさえ忘れた。
「……くふっ……ハハハッ! アハハッ、アーハッハッハッハッハッ…………!!」
汐崎総理は肩を震わせ、腹を抱えて心底おかしそうに笑っていた。
数秒後、ハッと我に返ったケネス大統領やメアリー首相は、顔を青くした。
――タカモトは、気が狂ってしまったのではないか
そう疑った。




