13. パワーゲーム
7月ι日、土曜。
日本時間で、夜の10時を迎える頃。
堅牢なセキュリティで保護されたオンライン会議上に、再び日米を含む7か国の指導者たちが集結していた。
『プレアデス協定』――7か国秘密同盟の第2回目となる会合だ。
目下の議題は、2日後に迫るG7+サミットの決議事項。そして、会議の進行を予想し、いかに彼らが思い描くシナリオ通りに着地させるかである。
日本の首相、汐崎崇元が口火を切る。
「――本日、中国・ロシア両国より、明後日のサミットに対する正式な参加の連絡がありました」
汐崎が報告した後、会議システムのスピーカーは各国首脳の得も言われぬ溜め息を拾った。
中国とロシア。
いずれも、西側諸国とは思想や立場を異にする大国だ。
両国が来るサミットに、どのようなスタンスで臨むかはわからない。しかし、下手を打てば会議は荒れる。――この会合に参加する7か国首脳の間には、そんな共通認識があった。
続いて発言したのは、米大統領のケネス・ハリソンだ。
『これで役者は揃った。次のステップは、参加国にどうやって世界の危機を伝え、我々が目指す決議への支持を引き出すかだ』
オーストラリアの首相が懸念の声を上げる。
『例の「全球汚染シミュレーション」は刺激が強すぎるのではありませんか? 半年で文明社会が崩壊するという予想は、爆弾そのものだ。中露両国の反応を硬化させるリスクがあるでしょう』
2、3名の代表者がこの言葉に納得したように頷いていた。
しかし、汐崎は毅然とした態度で反論した。
「……いえ。あえてそこをスタートラインとすべきでしょう。前提が異なれば、各国が正しく危機を認識することができない。事実は事実として訴えるべきだ」
ケネス米大統領がすかさず同調する。
『シオザキ総理に賛同する。脅威の情報は可能な限り正確に伝えるべきだ。それを以って、彼らを我々と同じ土俵に引きずり込みたい』
日米の強気な主張に各国の代表が戸惑いを見せる中、いち早く理解を示したのは英国のメアリー・パーカー首相だった。
『……なるほど。脅威の情報を見せ札として、決議案への賛意を引き出すというわけですね』
汐崎総理とケネスが揃って頷いた。
ケネスが力強い声を上げる。
『中露両国の賛同を引き出せるか否か――それが、我々が提唱する「全球脅威対策機構」成立の鍵を握るだろう』
†††
――翌7月κ日。中国、北京にて。
中南海の一角に位置する政府庁舎。
中国国家主席である劉昭宸の執務室はここにあった。
中国標準時で午後3時になる頃、劉は明日のG7+サミットに関連する情報を確認していた。
彼は様々な情報源を通じて、日本を襲う恐ろしい感染症の発生状況を凡そ把握していた。
「『Acu-SHE』か……」
非常に高い致死率を示すその奇病の発症地域は、既に日本列島の大半に広がっているらしい。
――そして、ζ日水曜に発覚したという海洋生態系の異常。
なんと、今朝には朝鮮半島の南岸でも鯨類の死骸が漂着しているという。
明日には、中国の沿岸で同じ現象が見られても不思議ではない。
鯨類の死因が「Acu-SHE」だということは、既に日本国内だけでなく国際的にも公表されていた。日米の情報戦略タスクフォース『AEGIS』の広報によるものだ。
劉昭宸は、ふと不安に駆られた。
……もしも、「Acu-SHE」の波がこの国に押し寄せたら、日本以上の大惨事になるのではないか――
執務室にノックの音が響いたのは、そんなときだった。
ドアが開き、劉に忠実な秘書が入室する。
「電話会談の準備が整っております」
『……劉主席、明日のサミットとやらの準備は順調かね?』
ロシア大統領、ヴラジスラフ・ゴルスキー。
劉昭宸の会談相手は、この老獪な男性だった。
劉はロシア語に堪能な通訳を介して、ゴルスキー大統領との対話に臨んだ。
「ええ。各種情報は抜かりなく収集できています」
劉は母語である中国語で答える。それを通訳がロシア語で通話先へと伝達した。
劉はまず、自国の観測衛星によって掴んだ鯨類の死骸の状況や、「虚潮」の拡散について簡単に情報を共有した。
『……なるほど。どうやら海で異常が起こっているというのは冗談ではないらしい。しかし、西側の動きは怪しい。日本と欧米諸国が結託して、会議の場で我々に不利な注文を突きつけて来るとは考えられないかね?』
それは、ある意味で邪推だと言えた。
しかし、劉はその邪推を否定する材料を持ち合わせていなかった。
「十分考えられることです、閣下」
劉は率直に回答した。
続けて劉は、日本の窮状についてゴルスキー大統領に伝える。
「しかし、閣下。日本が困窮しているのも事実です。あの『Acu-SHE』という病は実に恐ろしい。公表はされていませんが、当局が掴んだ情報によれば、致死率は低くとも9割です」
『……それは深刻な脅威だな』
ゴルスキーは同意を示した。
彼も昨日、日本の科学者らによって発表された論文の情報を掴んでおり、自国の科学者の見解を含めて内容を把握していた。
「ええ。――重要なのは、彼らが全ての情報を開示していないことです。ここに付け入る隙があります」
劉昭宸の話が核心に近づく。
『ほう。例えば何かね?』
ゴルスキーの声音は、話題への興味を示していた。
「1つには、日本の初動対応が挙げられます。最初の被害は茨城の那実川流域で始まりました。適切な対処ができていたならば、海洋汚染を食い止めることもできたのではないでしょうか。――これほど短い期間での広範囲に及ぶ被害の拡大について、初期の対応に全く問題がなかったとは考えづらい」
その劉の説明を受けて、ゴルスキーの声色に喜色が混じる。
『なるほど、日本の責任問題か! それは良いカードだな』
劉の説明は続く。
「明日の会議では、次のようなシナリオを考えています。まず日米に対し、脅威に関するあらゆる情報の開示を要求する。……何かを隠しているのは、間違いありませんから。――その上で、一連の脅威への対応について、G7ではなく我々両国を含む国連安保理常任理事国が中核を担うべきだと主張します」
劉のプランを聞いて、ゴルスキーは鼻息を荒くした。
『そうだな。西側の好きにはさせておけん。貴殿の提案に賛同する。明日は両国で連携しよう』
「ええ。望むところです」
劉のその言葉を最後に、電話会談は終わった。
通信室を出た劉は、ふと窓から空を見上げる。
(……我が国の立場としてはこれで良いはずだ。しかし、この胸騒ぎは何だ?)
北京の空には、暗雲が立ち込めていた。




