⑥
リュスティがイスカルドに対してここまで苛立ちを募らせるのには理由がある。
双子の王子とリュスティが通っていた魔法学院では、魔力の属性によりクラスが三つに分けられていた。
『火・風』のクラスと『水・土』のクラス。ここまでは通常クラスになる。
そして属性者が少ない『雷・聖・闇』は授業内容も異なる特別クラスだった。
数が少ないとはいえ、『聖』や『闇』ほどではない『雷』が特別クラスに組み込まれているのは、現在のヴェルシグネルセ語そのものが雷属性だからだ。
イスクレムは『風』属性でイスカルドは『雷』属性。
『闇』のリュスティは学園長でもある王妃スミラの判断により、反対属性が存在する『雷・聖』、つまりイスカルドと同じクラスになることになった。
平穏な学生生活を送っていたある日、リュスティたちのクラス内で小さな事件が起こった。
学園に五人しかいない『聖』属性を持つ生徒の一人、ブラード伯爵家の令嬢が婚約者からもらったブローチを失くしたと騒ぎ出したのだ。
「誰よ! 誰がわたしの大切なブローチを盗んだの!?」
その言葉を聞いた時、リュスティは思わず眉をひそめた。単に失くしただけかもしれないのに、盗まれたと決めつけるのはいかがなものかと思ったからだ。
「ちょっと貴女! 学友を疑うのはどうかと……!」
「まぁまぁ、落ち着いて。ご令嬢、貴女が盗まれたと思う根拠を教えてくれないかな」
リュスティが令嬢に食ってかかろうとしたその時、イスカルドがどこからともなく現れするりと間に割って入ってきた。
「だ、第二王子殿下……」
伯爵令嬢は怯んだような顔になった。自分でも、いささか感情的になっている自覚はあったのだろう。
「あぁ、大丈夫。責めているわけじゃないんだ。ただ根拠を聞いてそれを分析すれば、解決の糸口がつかめるんじゃないかと思っただけだから」
「わ。わかりました」
令嬢はこくりと頷き、盗まれたと思った根拠を語り始めた。
「薬品実験で制服の上着を濡らしてしまったので、乾かすためにブローチを外しました。そして自席の机に置いて、火属性の幼馴染の元に向かいました。魔法で乾かしてもらいすぐに教室へ戻ったらブローチが失くなっていたんです。その間、十分も経っておりませんのに」
「なるほどね。で、ご令嬢。貴女の席はどこかな」
「そこの窓際です」
イスカルドは人差し指で顎を撫でながら、令嬢の席をじっと見つめなにやら考えこんでいる。やがて小さく頷くと、人好きのする笑みを浮かべながら伯爵令嬢に向き直った。
「今、窓は開いているね。ご令嬢、貴女がブローチを置いた時窓はどうなっていた?」
「窓、ですか? はい、開いていたと思います」
「なるほどね。それなら……」
なぜか笑顔になったイスカルドは、令嬢の席に近づいていく。そして、窓から身を乗り出しなにかを確認するかのように周囲をきょろきょろとしていた。
「あの、第二王子殿下? なにをなさっているのですか?」
意味がわからず、リュスティも窓辺に近寄りイスカルドの肩越しに外を覗く。
「ほら、犯人はアレだよ」
「え? ……あ、あれは」
イスカルドが指さす方向には、緑の葉っぱが生い茂る巨木があった。その枝の間に、小枝で作られた鳥の巣のようなものが見える。
「そう、鴉だよ。彼らは光るものを好むからね。ご令嬢のブローチを窓の外から見かけて、欲しくなってしまったんじゃないかな。待ってて、兄上を呼んでくるから。風魔法でブローチを浮かせて取り返してもらおう」
イスカルドの言うとおり、カラスの巣には令嬢のブローチがあった。
自分が騒ぎ立てたせいで王子たちの手を煩わせた、と伯爵令嬢は泣きそうなほど恐縮していたが、リュスティはイスカルドの意外な冷静さに感心していた。無関心に見えてイスカルドはむしろ周囲をよく見ており、必要な情報を抜き出す能力に長けている。
また別の日。
イスカルドとリュスティ含む五人のグループで、遥か古代で使われていた古代語で記された資料を解読することになった。解読方法自体はそう苦労することなく見つかった。
けれどそれは石板に刻まれた古代語と現在使われているヴェルシグネルセ語の共通点を一つ一つ拾い上げ、繋げていくという途方もない時間と手間がかかる。
「……これは、到底期限には間に合いそうにないわね」
リュスティは学院の書庫から借り出した四枚の石板を見つめながら溜め息をついた。ごく薄く加工されているとはいえ黒曜石の石板はそれなりに重たく、表面には細かい文字がびっしりと刻み込まれている。
「モルゲンレード公爵令嬢、どうしますか? こうなったら課題を変えていただくのが一番だと思うのですが」
と、一人の生徒が言う。不本意だが、リュスティもこの意見に賛成だった。
「そうね。もしかしたら解読方法を見つけ出す、ということが答えだったのかもしれないし」
だがそこでイスカルドが反対をした。
「待って。諦めるのは早いんじゃないかな」
「でも殿下、期日までに間に合う方法はありませんよ?」
「いや、ある」
そう言うと、イスカルドは右手を石板にかざした。
「殿下? なにをなさるおつもりですか?」
「ほら、よく考えて。ヴェルシグネルセ語の起源は魔力文言だろ? その属性は?」
リュスティは少し考え、そしてすぐに気がついた。
「あ、雷属性……!」
「ご名答。では、この石板に俺の属性魔力を流し込むとどうなる?」
「“雷”に反応して、なんらかの変化を起こすはずです!」
ここまで来ると他の生徒も理解したのか、周囲から歓声があがった。
「信じられない……! これなら反応した文字を繋げていけば、明日中、いえ今日の午後には解読できるはずだわ!」
「すごいです、第二王子殿下!」
みんなが興奮しイスカルドを褒めそやすなか、リュスティはイスカルドに驚きの眼差しを向けた。前回の件と照らし合わせても、イスカルドは非常に頭がよく思慮深い。
むしろ、天性の才能といえるのではないだろうか。
結局、課題はイスカルドの提案したやり方でおこない非常に高い評価を得ることに成功した。けれど課題が終わると同時に、イスカルドは元のやる気のない駄目王子に戻ってしまった。
高い才能を持ちながら、それを生かすことなく女子学生と遊び歩いている未来の義理の弟に、リュスティが怒りを募らせていくのも当然の流れだったと思う。
そしてイスカルドは終始へらへらとした態度を崩さないまま、イスクレムとともに学園を卒業していった。そのあとは、かろうじて外交などをこなしているものの基本的には自らが管轄する王国騎士団の訓練所に入り浸り、剣を振るう毎日を送っている。
リュスティが口出しすることではないが、二十歳の誕生日にイスクレムに特注の剣を強請った、と聞いた時には苛立ちが納まらなかったものだ。
だがイスカルドに向けるこの気持ちが、国のためを思ってではなく自分がイスクレムと会う時間が少なくなっている不満をぶつけているだけ、という身勝手な部分があることも充分に理解していた。