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屍操令嬢と死者の軍団  作者: 杜来 リノ


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32/33

 

「ど、どういうことなの!?」


 王妃スミラの甲高い悲鳴が、謁見の間に響き渡る。


「それは間違いないのか?」


 叫び声こそあげないものの、国王クラフトの顔はあからさまな驚愕に歪んだ。


「はい。第二王子殿下を殺害した者など、最初からいなかったのです」

「……まさか。いや、そんな」


 国王は頭を抱え、王妃は両手で顔を覆う。


 彼らはリュスティの言葉を信じているわけではないが疑ってもいない。“真実の繭”が無反応だからだ。だからこそ、二人は苦悩している。


 ──誰にも殺されていない。けれど、イスカルドは死んだ。他殺ではないのなら、残された可能性はあれしかない。おそらく、王も王妃も同じことを考えているのだろう。


「……他殺ではないという、その根拠は」


 ようやく、王が言葉を絞り出した。


「ここからは私の推測になります。ですが、それが正しいのかそうでないのかは、この“真実の繭”が判断してくれるでしょう」


 リュスティは腹部に力をぐっとこめる。ここからが肝心だ。決して、言葉選びを間違えてはいけない。


「まず、数か月前に起きた人狼事件から説明させていただきます。ご存じのとおり、人狼の若者が何者かに殺害され、遺体の近くで気を失っていた人狼が犯人とされた。そしてその人狼は、一家ごと処刑された」

「その件なら報告は受けている。巻きこまれた家族は痛ましいが、その同族殺しの亡骸を王都の犯罪者墓地前に捨てていくとまでは思わなかったな」

「はい。ですが、処刑された人狼は犯人ではありませんでした」


 国王の顔が一瞬だけしかめられたが、すぐもとの無表情に戻った。


「……そうか。で? それがイスカルドの一件となんの関係が?」


 光の繭の中から、困惑顔の国王夫妻が見える。彼らは繭の中を見ることはできないが、繭が反応しない以上リュスティの話を信じるしかないことはわかっているだろう。


「殺害された人狼は、薬物によって精神錯乱状態にありました。そんな彼を死に至らしめたのは、身体を斜めに切り裂く刀傷。その傷を与えた人物こそが、第二王子殿下なのです」


 “真実の繭”は反応しない。やはり、この仮説は正しかった。背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、リュスティはほっと安堵の息を吐く。


「ちょっと待て。なぜイスカルドが人狼を殺す必要がある? 西の村との協定が決定したのはつい先日だ。イスカルドが亡くなった時はまだ話し合いの最中で、むしろもっとも緊張感に満ちていたと言ってもいい。そんな大切な時期に人狼を殺めるような真似を、あのイスカルドがするわけがないだろう!」


 珍しく王の語気が荒くなるも、リュスティは焦ることなく落ち着いて言葉を続ける。


「もちろんです。第二王子殿下はわざわざ人狼を殺害したわけではありません。そうですね、仕方がなかった、というべきでしょうか」

「仕方がなかった……?」

「はい」


 繭の中で、リュスティは頷く。


「繰り返しになりますが、例の人狼は錯乱していました。そしてその人狼は、目に入った動くもの、つまり第二王子殿下に襲いかかった。そして殿下は、反射的に人狼あいてを切り捨ててしまった」


 繭は反応せず、国王夫妻もなにも言わない。ただ、王太子だけがわずかによろめいたのが見えた。


「人狼の遺体は、後日殿下のご遺体が発見されることになる場所の近くにありました。協定を結ぶのに尽力されていた王太子殿下はともかく、一切関与していなかった第二王子殿下が足を運ぶことはない場所です」

「……それで、責任を感じたイスカルドが事件現場に再び足を運びその場でなにかが起きた、と言うことなのか? それはそれで筋が通っているが、そもそもなぜイスカルドは普段は行かないような場所に行った?」


 ──イスカルドがなぜレキスに遭遇してしまったのか。そこは最初、リュスティにもわからなかった。その部分に触れなくともこの場は乗り切れるだろうと思っていたのだが、昨日の父の話を聞いた時にその不透明な部分がはっきりと見えた。


「……眠りの小道」

「眠りの小道? それはどこにあるの? 聞いたことがないけれど」


 王妃は首を傾げている。


「はい。ちょうど西の人狼族の村に向かう手前に、薄紫の縦縞が入った百合のような花が群生している場所があるのです。その花は強力な睡眠作用を持っていて、夏場は特にその作用が高まる。人によっては、眠ったまま目覚めないこともあるそうです。第二王子殿下は博識なかたですので、その花をご存知だったとしてもおかしくはない。殿下は、その花を摘みに行かれたのではないかと」

「睡眠作用のある花を、か? 確かに聞いただけでもそれが珍しい花だとわかる。だが、わざわざ王子が護衛もなしに自ら森の中へ入っていくとは思えない」


 ──けれどイスカルドには理由があった。その花を、手に入れたいと思う理由が。


「モーネさまに、花をお渡ししたかったのだと思います」

「モーネ嬢に?」


 国王夫妻が同時にモーネ・シルシャンを振り返る。


「殿下がわたくしに、ですか?」


 いきなり注目されたモーネ嬢は驚き戸惑いつつも、視線は真っ直ぐこちらに向いている。見た目は儚げなのに、実際は芯の強い女性らしい。未来の王妃は彼女のような人であるべきだ、とどこか誇らしく思う。


「私が親しくしている薬師に確認したところ、例の花は乾燥させれば程よい睡眠効果が得られる可能性が高いそうです。モーネさまは第二王子殿下と文通を始められていたそうですね。殿下は“眠りの小道”に咲いている花を押し花にして手紙とともに贈ろうと考えられたのだと思います。勤勉ゆえに、寝不足になりがちな婚約者のモーネさまに」

「殿下……わたくしのために、そんな……」


 モーネはドレスの胸元を握り嗚咽を漏らしている。その華奢な背中を、隣の王太子がそっと優しく撫でていた。


「冷静に考えれば、いきなり襲われた第二王子殿下はむしろ被害者です。王室から抗議をしてもおかしくない事案でした。けれど、事実を隠すことを選択せざるを得なかった。いくらあちらに過失があったとしても、人狼側とは少なからず遺恨が残ってしまう。第二王子殿下は無駄にするわけにはいかなかったのです。人狼族との協定を結ぼうと、懸命に奔走しているイスクレム王太子殿下の努力を」

「あぁ、イスカルド……! なんてことなの……」


 王妃スミラは、ついに泣き出してしまった。


「けれど第二王子殿下は次第に、隠蔽の事実に耐えることができなくなった。それで、責任を取って自らの命を絶とうと事件現場に再び向かわれたのでしょう。ご自身の私室でなかったのは、そのほうが万が一事が露見した時に人狼側へ精一杯の謝意を見せつけることができるとお考えになられたのかもしれません」


 ──繭は沈黙したまま、なんの反応も示さない。


(なるほど。“かもしれない”という曖昧な表現は許されるのね)


 “真実の繭”の攻略法を一つ得たところで、国王が錫杖の先端をリュスティに向けた。


「イスカルドの遺体の側にイスクレムが持っていた懐中時計が落ちていたことに関しては、どう説明する?」


 リュスティは右手をぎゅっと握った。


「第二王子殿下がいらっしゃらないことに気づかれた王太子殿下が、手勢を率いて第二王子殿下を探しに行かれたと聞いています。殿下がたは絆の強い双子でいらっしゃいますから、魔力の痕跡を辿れば居場所はすぐにおわかりになったでしょう。そして第二王子殿下を発見した王太子殿下は──」


 あえて、そこで言葉を切る。


「……イスクレムは、イスカルドを見つけてひどく動揺したであろうな」

「おそらく、懐中時計はその時に落とされたのだと思います」

「なるほど。その部分はそなたの父オスカが言っていたとおりだったか。では話を要約すると、つまりはこういうことか」


 国王は深い溜め息をついた。


「モーネ嬢に贈り物をするために森に入ったイスカルドは、薬物で錯乱した人狼に遭遇。攻撃を受け思わず反撃をした結果、相手を死に至らしめてしまった。だがイスクレムを思い、あえて遺体を放置しその場をあとにした。しかし罪悪感に苛まれ、再び事件現場に戻り剣で自らの命を絶った。こういうことか」

「第二王子殿下は自らの存在を消した。それが事実です」


 片手で顔を覆う国王クラフトの手を、王妃スミラがそっと握る。王妃の目には、もう涙はない。


「……最後に一つだけ訊きたいことがある」

「なんなりと」

「ここまでの事実をつかんだ手腕は見事だ。さすがは稀代の才女、リューセンデ・スクムリングの実妹なだけはある。その上で訊く。よもや、イスカルドに“死者蘇生”を使ったわけではあるまいな? イスカルド本人から事実を聞いた、ということではないな?」


 リュスティは薄っすらと笑みを浮かべた。姉リューセンデはリュスティに頭を使い言葉を操り、“真実の繭”で『こちら側の真実』を確定させろ、と暗に示していた。


 だがリュスティの本当の目的は、この時のためにあったのだ。


「はい。私は第二王子殿下に“死者蘇生”を使用してはおりません」


 ──はっきりと答えた直後、リュスティの周囲から光の繭が消えた。リュスティはすかさずひざまずき、深くこうべを垂れる。


「リュスティ・モルゲンレード。ご苦労であった。そなたをイスクレムの婚約者に戻してやることはできないが、なにか望むものがあればなんでも言うがいい。褒美として贈らせてもらおう」


 リュスティはゆっくりと首を振った。


「いいえ、望むものなどなにもありません。王家のために尽力するのは国民の義務です。ですが、願いを聞いていただけるのなら一つだけ、よろしいでしょうか」

「申してみよ」

「はい。王太子殿下とモーネさまへ最後にもう一度、祝福の言葉を述べさせていただきたいのです」


 これだけは伝えたい。この先、茨の道を歩くであろう彼に。


「……許す」

「ありがとうございます」


 ひざまずいたまま、身体だけ二人の方へ向ける。王太子の顔色はいまだ悪いままだが、瞳の奥には強い決意がうかがえた。


「王太子殿下。貴方さまはいずれ、このヴェルシグネルセ王国を力強く照らす太陽になる。わたくしは一国民として、その光の庇護下で生きていけることを大変誇らしく思っております。お二人に、数多の祝福が降り注ぎますように」


 これでいい。彼はきっと、歴史に残る賢王になる。王妃とともに、この王国を間違いのない方向へ導いてくれるに違いない。


「ありがとう。モルゲンレード公爵令嬢」


 ──凪いだ湖面のような穏やかな顔。当分の間、その顔に笑顔が浮かぶことはないだろう。けれど、彼が心から笑える日はきっと来る。


 リュスティは立ち上がり、完璧な淑女の礼をする。


 そしてドレスの裾をひるがえし、もう二度と足を踏み入れることのないであろう王城をあとにした。



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