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 リュスティは生まれた時すでに、二歳年上の王太子イスクレムの婚約者として決定していた。


 イスクレムは冬の十二月に生まれ、リュスティは八月の暑い夏に生まれている。婚約式はイスクレムの誕生月に合わせて十二月に行われたらしい。


 リュスティが婚約者に選ばれたのは、モルゲンレード公爵家がヴェルシグネルセ王国の筆頭公爵家であるからだ。おまけに父オスカは王国陸軍総督を務め、母ペルレは国王クラフトの実妹にあたる。


 貴族令嬢の頂点といっても過言ではなく、さらに王太子の従姉妹であり婚約者でもあるリュスティがここまで他人から避けられているのには理由がある。


 といっても、複雑な事情があるわけではない。


 ──宿している魔力が貴族階級ではまずいない『闇』属性だからだ。


 人は誰しもが魔力をその身に宿しているが、その魔力を練りあげ“魔法”として使うことができる人間はそう多くはない。生まれた時に測定される魔力とその波形によって分けられる“属性”は出生記録にも記入され、就職の際にも参考にされる。


 もっとも多い属性は『土』だ。

 その次が『風』。

 それから『水』・『火』・『雷』と続く。

 特に少ないのが『聖』でさらに少ないのが『闇』になる。


 聖魔力を持つ者は解毒、解呪、治癒といった癒しの力を持つ者が多く、大抵が神職につきその次は医療系の職に就くことが多い。


 ただし、現在の治癒魔法は千年以上前の古代治癒魔法と異なり、完全に傷を治すことは出来ない。


 溢れ出る血をひとまず止めたり痛みを和らげたりすることは出来るが、傷口を跡形もなかったように消すことは出来ないのだ。傷や病気を治す場合、魔法ではなく医者の力に頼らなくてはならない。


 そして『闇』。


 この属性魔力を有している者が得意とするのは、幻術や呪術といった他人の精神に作用し魂にダメージを与える魔法になる。


 属性が『闇』、そして魔法を行使できるほどの魔力の高さだということが判明してから、物心がつくまでリュスティはヴェルシグネルセ王国聖教会の最高司祭ローシネールに身柄を預けられ育てられていた。


 どういった能力を秘めているのか不明な以上、暴走した時のことを考えられていたのだろう。


 しかしリュスティはこれといって不気味な魔法を使うことはなかった。


 多少の癇癪を起しても司祭や修道士、そして修道女たちにおそろしい幻を見せたり呪いにかけたりすることもなく、植物や食べ物を腐らせる、ということも一切ない。


 そのため五歳になった時、ローシネールの判断により家へ帰ることが許された。


 リュスティには七つ上の姉リューセンデと五つ上の兄シルヴェルがいる。


 姉のリューセンデは夢のように美しい容姿をしており、金の髪を揺らしながらいつも穏やかな笑みを浮かべている。属性はおっとりとした姉にどことなくそぐわない『火』。すでに海軍総督スクムリング将軍の令息、レヴ・スクムリングとの婚約が決まっている。


 兄のシルヴェルは頑固で少々怒りっぽい面はあるが、リュスティには非常に甘く優しい。長めの髪が多い高位貴族の男性には珍しく、銀の髪を短く切っている。その髪型は、刃のように鋭い雰囲気を持っている兄にとてもよく似合っていた。そんな兄の属性は『水』。来月、魔術師団の団長令嬢オランシュとの婚約披露会を控えている。


 屋敷に戻ったあとも、リュスティは特に魔力を暴走させることもなく穏やかな日々を送っていた。婚約者である王太子イスクレムとも定期的に交流を持ち、まだ愛や恋を理解できない年齢ながらもイスクレムと一緒にお菓子を食べたりする時間をとても大切にしていた。


 だがリュスティが七歳になった頃、とある事件が起きた。


 その日、姉リューセンデと兄シルヴェル、そしてリュスティの三人は屋敷の中庭でお茶を飲んでいた。


 十四歳の姉は学校や淑女教育などに忙しく、普段は一緒にゆっくりとお茶を飲む時間などない。兄も次期当主教育で連日予定がみっちりと詰めこまれているため、こうして三人でお茶を飲めることがリュスティはすごく嬉しかった。


「リュスティ、美味しい? このバターケーキには練乳が練り込んであるのだけど、とっても優しい甘さになっているわよね」

「はい。リュスティは、このケーキが大好きです」

「俺には少し甘すぎますね。女性はなぜ、こうまで甘いものを好むのでしょうか」

「待ちなさい。主語が大きいわ、シルヴェル。甘いものが好きではない女性もいるし、甘いものがなによりも好き、という男性もいるのよ」

「……はい。申し訳ございません、姉上」


 兄は姉に弱い。それは幼いリュスティの目にもわかることだったが、兄が姉を非常に尊敬している、ということも同時にわかっていた。


「お姉さま、お庭の裏にウサギさんが住んでいると聞きました。見にいってもいいですか?」


 ちょうど数日前、メイドから庭に野兎ノウサギが住み着いていることを教えてもらい、いつか見てみたいとわくわくしていたのだ。


「えぇ、いいわよ。見に行きましょうか。でも少し待ってくれる? ウサギたちはとっても怖がりなの。いきなりみんなで行くと驚かせてしまうかもしれないから、姉さまが先に様子を見てくるわね」

「はい、お姉さま」


 姉は優しく微笑み、薔薇のアーチを潜って裏庭に向かい歩いて行った。


「リュスティ、俺はちょっとグルドを運動させてくる。姉上が戻ってくるまで待っているんだぞ」


 “グルド”とは兄が仔犬の頃から飼っている、暗灰色の毛並みを持つヴェルシグネルセ帝国原産の大型犬のことだ。


「はい、お兄さま」


 大人しく頷くリュスティの頭を優しく撫でながら、兄がふと首を傾げた。


「……ん? グルドはどこに行った? さっきまで俺の足元にいたのに」


 リュスティはテーブルの下を覗き込んだ。キツネのような顔も、暗い毛並みも見当たらない。


「グルドがお兄さまから離れるなんて珍しいですね」


 忠誠心の厚いグルドは、基本的に兄の側から離れることはない。


「グルド! どこに行っ──」

「きゃあぁっ!」


 突如として裏庭のほうからつんざくような姉の悲鳴が聞こえた。


「姉上!?」


 兄は即座に反応し、真っ先に飛び出していく。リュスティも集まってきたメイドたちの隙をついて兄のあとを追った。



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