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屍操令嬢と死者の軍団  作者: 杜来 リノ


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29/33

家族と仲間と抱える思い

 

「なんだか、年単位で留守にしていた気分だわ」


 リュスティは客間のソファーに座り、両手をあげて大きく伸びをした。


 帰るなり急な帰宅に驚く侍女たちを急かして湯を浴び、髪も身体もしっかりと洗い着替えたおかげで身も心もさっぱりとした気分になっている。


 死者たちはイスカルド以外、リュスティを囲むようにして立っていた。


「うーん、さすがモルゲンレード公爵家。あたしですら名前知ってる貴族家だからすごい家に住んでるんだろうなーとは思っていたけど、思ってた以上だったわ。あたしんちもそこそこ名の知れた商会だから家はそれなりに大きかったけど、比べ物になんないね」

「前庭だけで、わたくしが暮らしていた教会が三つは建てられそうでしたわ」


 感嘆の声を漏らすポラーリスとスティエルネの横で、ノールは興味深そうに周囲の調度品を眺めている。そしてウルヴ夫妻は、グルドと親し気な視線を交わし合っていた。


「疲れたでしょう? リュスティ」

「はい。でも、スティエルネのおかげで村に行く時の半分も疲れていません」


 リュスティは熱い紅茶を一口飲んだ。母ペルレは隣に座り、リュスティの薊色の髪をずっと撫でている。


 今、屋敷ここにいるモルゲンレード家の家人は母だけだ。義姉は先日、無事に出産をして現在は入院中らしい。父と兄は前もって連絡しておいたおかげで、仕事を早めに切り上げ帰宅してくれることになっている。


「屋敷に戻るまで、私はほとんど歩いていないんです」


 ──一刻も早く屋敷に戻る為に、とスティエルネの発案で、リュスティは彼女に抱きかかえられて移動をしていた。恐るべき腕力を持っているとはいえ、柔らかな女性の腕の中は案外と居心地が良い。リュスティは行きの時にあれだけ「休まらない」と言っていた割には、スティエルネの腕の中で熟睡までしていた。


 立ち止まるのは食事と“花摘み”の時のみ。


 おかげでモルゲンレード家には行きよりもずいぶん早く帰って来ることができた。


「そう。それは良かったわ。でもリュスティ。それならなおさら、みなさまに座っていただかなくてもいいの?」


 母ペルレは困惑の眼差しを死者たちに向けている。もちろん彼らが何者であるか、母はきちんと理解している。


「何度言っても座らないのだから、もう好きにさせておいていいのですよ」

「でも、あなたを守って助けてくれた方々なのに、相応の礼を尽くさなくては……。旦那さまやシルヴェルだって、きっとそういうわ」


 リュスティは溜め息をつきながら壁かけ時計をちらりと見た。もうじき、父と兄が帰って来る。確かに、彼らを立たせたままにしておくと母が注意を受けてしまうかもしれない。


「あなたたち。お母さまもこうおっしゃっているのだし、ひとまず座ってくれないかしら」


 だが、誰も動こうとしない。


「奥さま、ご令嬢。我々のことはお気になさらず。そのお言葉だけでじゅうぶんです」

「えぇ。わたくしどもはすでに死んだ身。おまけに一般庶民ですわ。高貴な御方がお座りになるところに、この穢れた身を置くわけには参りませんの」

「まぁ、そんなこと──」


 母がなにか言いかけた次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。


「それは聞き捨てならんな。俺のグルドも穢れた身だということか?」


 入って来たのは、兄のシルヴェル。


 急いで帰ってきてくれたのだろう、軍服姿のままの兄に向かって、グルドが嬉しそうに駆け寄っていく。


「ただいま、グルド。……リュスティ、彼らにグルドのことを話していないのか?」

「うっかりしていたわ、ごめんなさい。みんな、このグルドはお兄さまの愛犬なの。それから、あなたたちのお仲間でもあるわ」


 エルスカー以外の四人は、きょとんとした顔になっている。


 そして意味を理解したとたん、これまた同時に両目を大きく見開き驚きの表情を浮かべた。


「そ、そうだったのですか」

「ぜんぜん気づかなかったよー。だって、公爵家のお犬さまになんかあったらいけないと思って、近寄らないようにしてたし……」

「エル、わかっていたなら教えてくれれば良かったのに」

「いや、オレは心臓の音が聞こえないからてっきりそうだと思っていたんだが、そうだよな。人間みんなには聞き取れないんだからわかるわけがなかったか」


 四人がわいわいと騒ぐ中で、スティエルネは跪き兄の前でこうべを垂れた。


「……大変、失礼を申しました。グルドさまを貶めるつもりはございませんでしたの。どうか、お許しを」

「い、いや、別にそこまで怒っていたわけでは」


 兄はあたふたとしながら、助けを求めるようにリュスティに視線を向けてくる。


「スティエルネ。お兄さまはこんなことで怒るような器の小さなかたではないわ。今のは、あなたたちに“自分を貶めるな”ということをお伝えになりたかっただけよ」

「そ、そう! そのとおりだ!」


 シルヴェルは風を切る勢いで何度も頷いている。


「まぁ、そうでしたの……! さすがはお嬢さまのお兄さまですわ……!」


 スティエルネは感極まったように口元を押さえた。


「もう、お兄さまは本当に口下手なんだから」


 兄は優しい。短気なところは変わらないが、細かいことに気がつくし思いやりもある。けれど残念なことに言い回しが下手くそなせいで時に誤解を招くこともある、と義姉のオランシェがよくこぼしていた。


「……それ以前に、たいして面白い性格ではないのだから無理に冗談を言おうとしなくてもいいのよ」

「まあまあ、そこがシルヴェルどののいいところじゃないか、リューセンデ」


 続いて入ってきたのは、姉のリューセンデとその夫である義兄レヴ。姉のお腹は、心なしかふっくらしているように見える。


「姉さま! 義兄さまもいらしてくださったのですか」

「おかえりなさい、リュスティ」


 リュスティは立ち上がり、姉のもとに駆け寄っていく。優しい姉の眼差し。目が合ったとたん、なぜか涙が溢れてくる。


「まぁ、どうしたの」

「姉さま、私……」

「なにも言わなくていいのよ。よく頑張ったわね」


 姉はこぼれ落ちる寸前の涙を指で拭い、ぎゅっと抱き締めてくれた。


「ほら、いつまでも泣いていては駄目よ。それより、彼らを紹介してくれる? お父さまは所用でご帰宅が遅れそうなのですって。私が代わってすべての話を聞いておくようにと言われているから、お願いできるかしら」


 リューセンデの言葉に促され、リュスティはこくりと頷いた。


「はい。姉さまと義兄さま、こちらにおかけください。みんな、集まって」


 姉リューセンデと義兄レヴ、そして実兄シルヴェルが座る長椅子の前に、死者たちを集める。さすがに緊張しているのか、全員の表情はどこか硬い。


「あらためて紹介するわ。グルドと一緒にいるのは私の兄シルヴェル・モルゲンレード。隣はリューセンデ・スクムリング。私のお姉さま。そして義理の兄レヴ・スクムリング」


 そしてそのまま、死者たちの紹介にうつる。


「先にご連絡させていただいたとおり、ここにいる全員は死者です。私が護衛のために彼らを復活させました。第二王子殿下に“死者蘇生”をかけてはならないと言われましたが、他の者については言及されませんでしたので」


 屋敷への伝言には“呼び戻した仲間を連れていく”という一文をつけておいた。ゆえに、家族の顔には驚きは一切見られない。


「こちらはノール・フォルシュニング先生。百五十年前の医師です。ちょうど今、私が翻訳している文献が彼の著書だったのでとても驚きました。今回も、主に薬品関係で助けてもらったの」


 ノールは無言で静かに頭を下げている。


「まさか、ノール・フォルシュニングに会えるとは思わなかったわ」


 興味深そうな姉とは裏腹に、兄は渋い顔をしている。


「とんでもない犯罪者じゃないか。リュスティ、大丈夫なのか?」

「……なによ、その言いかた」


 なぜかポラーリスがムッとしたように小声で呟いたのが聞こえた。


「大丈夫です。いえ、大丈夫もなにも、彼は冤罪ですから」

「いや、でも……ん? 冤罪?」

「はい。少なくとも、絞首刑に処されるようなことはしていません。むしろ、彼の話を聞きもせずさっさと絞首刑にした当時の元老院が処罰されるべきだったと考えています」

「そうなのか!?」


 リュスティはゆっくりと頷く。


「……そう。昔は一部の権力者の心一つですべてが決まったり逆に決まったことが覆ったりしていたようだものね。まぁ、その名残は今も残っていなくはないけれど」


 リューセンデは一瞬遠くを見つめたあと、静かに息を吐いた。


「紹介を続けますね。彼女はポラーリス・ベル。亡くなったのは二十年前。現ベル商会の長、フロスト・ベルの実姉です」

「……どうも」


 ポラーリスは軽く会釈をしたあと、うつむいたまま後ろに下がっていく。


「待て、あのベル商会の娘? 実家に強盗に入ったあげく、護衛に返り討ちされたという?」

「それも冤罪だと思っています。彼女からは詳しい話は聞いていないですが、ポラーリスはとっても明るくて前向きな人ですから」

「そう、か……」


 兄は納得できないのか唸り声をあげている。だが、姉は無言のまま目で先を促してきた。


「尼僧服の彼女はスティエルネ・ヨードバール。死してもなお、癒しの魔法が使える八十年前の聖女です」

「……“無慈悲の聖女”」


 今度は、義兄レヴの発した低い声が室内に響いた。


「あぁ……貴方さまはスクムリング家の御方でしたか」


 義兄に向けるスティエルネの眼差しは暗い。リュスティはスティエルネの口からスクムリングの名前が出たことに驚く。


「スティエルネ、あなた、スクムリング家となにか関係があるの?」


 聖女は口を開かない。代わりに、レヴが答える。


「……無慈悲の聖女が殺したのは子供だけじゃない。教会を警護していた騎士も何人か犠牲になっている。その中に、我がスクムリング家の者がいたと聞いている」


 リュスティは両目を見開き、義兄の顔を見た。いつも陽気な笑みを浮かべている義兄の顔は、見たこともないくらい強張っている。


「お義兄さま。私は──」

「リュスティ嬢。その先は言わなくてもいい。だがキミが信用できるからといって、こちらにもそれを求めようとしないでもらえると助かる」

「……はい。わかっております、お義兄さま」


 これは仕方がないことだ。今のリュスティは、スティエルネが冤罪であることを証明する証拠ものをなに一つ持っていない。


「では、こちらの二人を。エルスカー・ウルヴとシェーリヘット・ウルヴ。二人は夫婦です。そして五か月前に起きた人狼事件で、濡れ衣を着せられ処刑されました。ですが、エルスカーの冤罪はすでに晴らしております」


 そこで、リューセンデが首を傾げた。


「それは良かったわ。……でもリュスティ、あなたは第二王子殿下殺害事件を解決するために動いていたのでしょう? 彼らの冤罪を晴らすことを優先したのはなぜ?」

「はい、姉さま。それは、人狼事件を解決することが殿下の真実に繋がると思ったからです」


 人狼事件が起きた現場の近くでイスカルドの遺体が見つかったことには、なにかしらの関連があると考えたことを説明した。そして殺害された人狼の傷が、刀傷であったことも。


「……刀傷」

「はい」

「第二王子殿下のご遺体にも剣で一突きされた痕があったと聞いているわ」

「そうです」


 リューセンデはそこではじめて、息を潜めるようにして座っているイスカルドに目を向けた。


「それで、第二王子殿下がここにいらっしゃるのはなぜなの? 陛下から殿下には死者蘇生をかけてはならない、と厳命されたはずよね?」

「……はい。どうやら、罪人墓地で死者蘇生を展開した際、魔法が聖堂にまで届いていたようで、それで。ちなみに、殿下にはご自分が亡くなった時の記憶が一切ないそうです」

「クソッ! なんてことだ……!」


 シルヴェルは頭を抱えている。リュスティは姉の目をじっと見つめた。


「姉さま。明日、私は王宮に向かい陛下の御前で真実を述べるつもりです。殿下の件を陛下よりも先にお話しするわけにはいきませんので、この場で言えることはありません。ですが、どうか私を信じてください」


 姉はスッと両手を組み目を閉じた。それを目にした兄の喉が、ごくりと上下する。


「あなたの中にある真実は、家を救うもの?」

「……結果的には」

「なるほど。あなたが本当に救いたいのは、他にあるのね」


 リュスティは迷いなく頷く。


「私はイスクレムを、殿下を救いたいと思っています」


 しばらく室内に沈黙が流れ、やがてリューセンデはゆっくりと閉じていた目を開けた。


「信じるわ、リュスティ」

「姉さま、ありがとうございます」

「私はこれから王城に向かうわ。そこで“真実の繭”を用意していただくよう、陛下に進言してきます」


 ──真実の繭。


 それは王家に伝わる結界秘術で、国王しか使うことができない。文字通り繭のような光の結界の中では、いかなる虚偽も許されない。たとえ悪意があろうとなかろうと、繭の中で嘘をついた者はすべからく結界魔法にその身を切り裂かれることになる。


「ま、待ってください姉上! そんな、なにもわざわざこちらが不利になるような進言をせずとも……!」

「私が申し上げるまでもなく、陛下はリュスティが報告に現れたら“真実の繭”をお使いになるでしょう。けれど、王家あちら主体で用意するのと当家こちらから申し出るのでは、発言に対する印象ががらりと変わる。それはわかるわね?」

「し、しかし!」


 兄は姉とリュスティの間で視線を往復させている。リュスティは兄に向かって微笑みかけ、真剣な眼差しを姉に向けた。


「わかります、姉さま。……ありがとうございます」


 リュスティは胸に抱えている思いや考えを口にしてはいない。さすがの姉も、現在の状況をすべて理解しているわけではないだろう。


 それでも、すべてを守ることができる一手を打ってくれた。


 その期待にはなんとしても、応えなくてはならない。



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