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屍操令嬢と死者の軍団  作者: 杜来 リノ


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21/33

 

「お、おれさまの首を折ったりしたら、親父が黙ってねぇぞ。おれさまの父親は、族長なんだからな」


 リュスティは思わず、スティエルネと顔を見合わせた。


「あなた、族長さまのご子息なのね。ちょうど良かったわ、これからあなたのお家にうかがうところなの」

「ボクの家に!? き、貴様、なにをするつもりだ!?」

「……あら、“おれさま”から“ボク”に変わりましたわ」


 変わった、というか、これが本来の彼なのだろう。口調こそ威勢がいいものの、髪と同じ赤い目には明確な怯えが浮かんでいる。


「い、いいから離せ、この怪力ババァ! ボクを殺すつもりか? こんなところでボクを殺したら周りにばれるからな!?」

「周り、って誰のこと? エールリグくんなら、とっくの昔に帰ったわよ」


 スティエルネに片手で吊るされ、宙にぶらんと浮いている両手足がぶるぶると震えているのに赤髪の少年は勇ましい物言いを崩さない。そんな強がる姿をどこか微笑ましく思いながら、リュスティは少年の頬を人差し指でつんつんとつついた。


「残念ながら、私はあなたを殺してもばれないようにすることができるの」

「……ホントに?」

「えぇ。本当」


 リュスティは少年の赤い目を見つめながら頷く。


「どうやって?」

「んー……そうね、あなた、今なにか心残りがあったりする?」


 少年は少し考え、やがてこくりと頷いた。


「……ある」

「そう。それなら、“ばれない方法”は知らないほうがいいわ」


 リュスティは薄く笑った。少年の顔色が、一気に悪くなっていく。


「……ミューレン。ミューレン・クレディット」


 赤髪少年は抵抗をやめ、観念した様子で己の名前を口にした。


「ありがとう、ミューレンくん。ご年齢は?」

「九歳」

「九歳ね。ちょっと歩きながら色々訊いてもいいかしら?」


 リュスティはスティエルネに目配せをし、少年を吊るしたまま族長の家に向かうべく再び歩を進める。


「……いいよ」

「さっきの灰銀の髪の子は誰?」

「エールリグ」

「お友達、ではないのよね? 石なんて投げていたし」

「……」

「人殺しの子、というのはどういう意味?」


 ここの部分についてはもちろん知っているが、あえて知らないふりをする。


「……あいつの父親が、仲間を殺したんだ」

「そう。でも、彼は関係ないわよね? それに、仲間を殺したっていう証拠はあるの?」

「そんなの知らない。でも、みんなが言ってるからそうなんだよ。それなのにアイツは“父さんは人殺しじゃない”って言い張るから、学校でもちょっと浮いてる」

「なるほど。では、あなたはどう思っているの?」

「え、ボク?」


 リュスティはミューレン少年と目を合わせたまま、ゆっくりと頷く。


「仲間を殺すとか、やっちゃいけないだろ。それは人間だって同じ、だと思うし……」


 勢いよくあれこれと悪口を言ってくるのかと思いきや、予想に反しミューレンの歯切れは悪い。


「では別の質問ね。あなた以外で彼にいじわるなことをする人、他にいる?」

「……いない。ボクの母さんが、そういうとこ厳しいから」

「あなたのお母さん、ということは族長夫人ね。良かったわ、上に立つ人がきちんとした考えを持ってくれて」


 ──人に向かって石を投げる、という行為が悪いことであると理解はしているのだろう。ミューレンは気まずそうにうなだれている。


「お嬢さま、つきましたわ」


 歩くこと十数分。大きな邸宅の前に到着した。


 屋敷の造り自体は華美でないものの、他の住宅と比較すると三倍近い大きさがある。屋敷をぐるりと取り囲むように花壇が作られ、そこには黄色と橙色の花が植えられていた。


「お疲れさま、ミューレンくん」

「いいかげんに降ろせよ! もういいだろ、ババァ!」


 自宅の敷地内、ということで勢いを取り戻したのか、ミューレンはさっそく悪態をついている。


「はいはい、ですわ」


 スティエルネは襟首をつかんでいた手をぱっと開いた。


「まったく、首のところがしわになったじゃないか。この服、なにでできていると思ってる? 絹だぞ? ま、古くさい尼僧服を着ているババァにはわからないかもしれないけどな」


 ミューレン少年は綺麗に着地したあと、ぶつぶつと文句を言いながら身なりを整えている。


「ところで、亜人種の族長は権力をふるえる範囲が限られているせいで独裁的になりがちですの。こちらの族長さまは違うようですが、その子息ともなれば周囲への対応はいっそう気を遣わねばなりません。それなのにこんな物言いをしているようでは……。実はあなたこそ学校で浮いているんじゃありません?」

「な……っ」


 不貞腐れていたミューレンの顔が歪み、見開かれた両目にはみるみるうちに涙が溜まっていく。


「……スティエルネ。よしなさい」

「も、申し訳ございません、お嬢さま。ババァを連呼されて、つい我を忘れてしまいました」


 さすがに泣かせるつもりはなかったのか、スティエルネはミューレンの前でおろおろとしている。


「ごめんなさい、ミューレンくん。彼女に悪気はなかったの、と言いたいところだけどどう見ても悪気はあったと思うわ。無理に許す必要はないけれど、今後はあなたを傷つけるようなことを絶対に言わないと彼女に誓わせ──」

「ミューレン!」


 謝罪の言葉を遮るように甲高い女性の声が響き、リュスティたちの視線が一斉に門の先へ向いた。


 現れたのは、光沢のある黒色のワンピースに身を包んだ三十代くらいの女性だった。燃えるような赤い髪をすっきりとまとめ、金の装飾があしらわれた耳飾りが陽の光を受けてきらめいている。


 女性はリュスティたちに目をくれることなく、怒り心頭の面持ちで一目散にミューレンへと駆け寄ってきた。


「ミューレン、あんた、エルに怪我をさせた!?」

「え……っ!」


 ミューレンは明らかに動揺し、つい先ほどまでの強がりはどこへやら、途端に視線をうろうろと左右に泳がせている。


「お、お母さん、違う、ボクは」

「違わない! エルが怪我して帰ってきたからなにがあったのか訊いた! あの子は転んだって言っていたけど、転んでできた傷じゃない。誰かにやられたんだってすぐにわかった! エルが庇うとしたらあんたしかいないのよ!」


 怒鳴り散らす女性の前で、ミューレンはかわいそうなほど震えながら蒼白になっている。


「ご自分のお子さまをしっかりと諫めていらして素晴らしいですわ。族長夫人は、ずいぶん公平で人間ができた御方ですのね」

「えぇ、そうね……」


 同意する素振りを見せながら、リュスティはひそかに首を傾げた。


 確かに族長夫人という立場であれば物事を公平に考えなければならない。我が子とはいえ、他者を傷つけてしまったならばきつく叱るのは当然だ。


 しかしミューレンはエールリグが村の中で“同族殺しの子”として浮いている、と言っていた。要するに、あまりいい立場ではない。そうなると、まだ子供のミューレンがその空気に呑まれて暴挙に出てしまうことはある程度予想ができるはずだ。


 それに、スティエルネが言うように本当に“人間ができている”のならば、話を聞くこともなくあんな風に頭ごなしで怒鳴りつけたりするものだろうか。


(……ん? 待って、夫人かのじょは今、なんて言った?)


 ──エルが怪我して()()()()()から。


「あ、あの!」


 リュスティはなおも言いつのろうとする族長夫人とミューレンの間に割り込んでいく。


「……誰? 人間? なんでウチに?」


 今気づいた、と言うような顔。よほど周りが見えていなかったらしい。


「申し遅れました。こちらにいらしゃるのは聖女スティエルネ。私はその付き人でリュスティと申します。この地に罪人が出たという話を小耳に挟みましたので、穢れを祓いに参りました。ですので村の中を歩く許可をいただこうと思い、こうして族長さまのお屋敷にうかがった次第です」

「……穢れを、祓う」

「えぇ。穢れの起こった土地は不幸を呼び込みやすい。まだ、この村は穢れを祓っていないとお聞きしておりますが」

「……」


 族長夫人は黙ったまま、ふっと屋敷の方を振り返った。


「あ、エールリグくん」


 視線の先には如雨露ジョウロを持ったエールリグが立っており、不思議そうな顔でこちらを見ている。


「……少し待ってて。夫に訊いてくるから」


 夫人はそれだけ言い、足早にエールリグのもとに駆け寄っていく。そして何事かを話しかけ、一人で屋敷の中に入っていった。エールリグは花壇の花に、黙々と水をやっている。


「ボク、もう行くから」

「ちょっと待って、ミューレンくん」

「……なに」

「エールリグくんは、もしかしてあなたの家に住んでいるの?」


 ミューレンは面倒くさそうな顔で頷く。


「いそうろう、ってやつだよ」

「……ふぅん、そうなのね」


(居候? 罪人の息子が、族長の家に?)


 もちろん、リュスティはエールリグが“罪人の息子”ではないことを知っている。しかし、村の人狼たちはそうではない。


「ねぇ、エールリグくんがこの家で暮らす、というのは族長さまがお決めになったの?」

「……ちがう。母さんが父さんに頼んでた。父さんは見守りをつけながら村はずれの小屋で一人暮らしさせるつもりだったみたいだけど」

「一人暮らし? 族長さまは、子供を一人で暮らさせるつもりだったの?」


 そんなひどいことをするなんて、エルスカーから聞いていた人柄とはずいぶん違う。


「……心配しなくても大丈夫だよ。あいつは、完全獣化かんぜんじゅうかができるから」

「完全獣化?」

「人狼族は人間型の狼だから“人狼”なんだよ。獣化すると牙や爪、獣毛も生えて耳も変化するけど、普通の狼みたいに四本足にはならない。でも、一部の人狼族は完全獣化、つまり狼型になることができるんだ」

「そ、そうなの!?」


 それは初耳だ。


「村で完全獣化できるのは、父さんとエルスカーおじさん、それからエルスカーおじさんに殺されたレキスのお兄さんだけだった。でも、エールリグは人間の血が半分混じっているのに完全獣化できる。だから一人にしといても大丈夫って思ったんじゃねぇの?」

「なるほど。そういうことね」


 エールリグには人狼たちから忌避される要素が満載だ。人間との間に生まれた子。罪人の子。完全獣化できる子。族長はあえて冷たく突き放すことで、膨れあがる村人たちの攻撃的な感情を鎮めるつもりだったかもしれない。


「子供の一人暮らしなんて考えられない、と思ったけど、村人たちへの心理的影響という意味で考えると“一人暮らしをさせる”という提案はあながち悪いものではなかったのかもしれないわね」


 そうなると、また気になることが出てくる。


「他に、反対意見は起きなかったの?」

「あー……、ラックスのおじさんが最後まで反対してたかな。でも母さんがどうしてもって言うから諦めたっぽいよ」


 ──ラックス。エルスカーの話も聞かず、処刑を命じたという族長補佐。


「もういい? 宿題もあるし、母さんの説教も聞かないといけないから」


 そう言うと、ミューレンはエールリグを見ないようにしながら屋敷に向かって駆けだしていった。


「スティエルネ。族長夫人が戻ってくる前に、エールリグくんと話をしておくわ」

「はい。あ、ご両親のことをお伝えになるんですのね?」

「いいえ、それはまたあとで──」

「……俺の両親のことってなんですか?」

「っ!?」


 急に間近から少年の声が聞こえ、リュスティは飛びあがるほど驚いた。


「こんにちは、聖女さまと付き人のお姉さん。俺はエールリグ・ウルヴといいます」

「こ、こんにちは……」


 礼儀正しい挨拶。そしてこちらをじっと見つめる菫色の目。


 いつの間にここまで近づいていたのだろう。つい今まで彼は花壇に水をやっていたはずだ。おまけに花壇とリュスティたちが立っている場所は、それなりに距離がある。


「不覚ですわ……! このわたくしが、ここまで接近されたことにまったく気づかなかったなんて」


 聖女らしからぬ台詞を発しながら、スティエルネは悔しそうに舌打ちをしている。


「……エールリグくん、もしかして私たちの話が聞こえていたの?」

「すみません、盗み聞きをするつもりはなかったんです。でもミューレンがヘクスさまに怒られているのが気になって、ついずっと聞いてしまいました」

「……ずいぶん、耳がいいのね」

「あ、い、いえ、つい耳を澄ましてしまっただけで、いつも盗み聞きしているわけじゃないんです」


 エールリグは慌てている。


「ちょっと嫌みっぽい言いかたになってしまったわね、ごめんなさい。実は私たち、あなたのお父さまの事件について調査に来たの。彼女が聖女というのは本当なのだけどね」


 人狼の優れた聴力のことをすっかり忘れていた。内心で焦りながら、澄ました顔でごまかす。


「それでエールリグくん、このことは誰にも言わないでくれる?」

「わかりました。あの、それはお父さんが犯人じゃないって信じてくれたってことですか?」


 リュスティは大きく頷く。


「もちろん。でも、証拠がない。だからそれを探しにきたの。だから、なにかちょっとしたことでもいいから気になったことがあったら教えて欲しいの。なにかをやった証拠、というのは案外簡単に見つかるんだけど、なにもやっていない証拠、というのを見つけるのはとっても大変なのよ」

「証拠、ですか……」


 エールリグは思案顔になっている。


 どうやら、この子は身体的能力に優れているだけではなく頭もいいらしい。目鼻立ちが整っていて性格も穏やかなようだし、あと五、六年もすれば少女たちが放っておかないだろう。


 そこで、リュスティはふと湧いた疑問を口にした。


「エールリグくん。この家に住んでいるということは、ミューレンくんから連日嫌がらせを受けている、ということ?」

「……それ、お姉さんに関係ありますか」


 冷めた菫の瞳には、感情が浮かんでいない。


「ないわ。ないけど、気になるじゃない」

「……別に、罪人の子が自分の家に暮らしていたら、誰だって嫌な気持ちになるじゃないですか」

「あなた、お父さんは無実だって、信じているのではないの?」

「信じてます。でも誰も信じてくれません。……ミューレンだって」


 エールリグの両目が揺れ、涙の代わりに色濃い悲しみが浮かんでいく。


「エールリグくん……」


 少年の、あまりにも寂しさに満ちたその表情がリュスティの胸に深く突き刺さった。



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