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屍操令嬢と死者の軍団  作者: 杜来 リノ


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17/33

令嬢と死者たちの旅立ち

 

 死者たちを引き連れたリュスティは、事前準備のために一軒の宿へ立ち寄った。


 そこは冒険者や出張してくる技術者たち御用達の宿で、安価にもかかわらず防犯面がかなりしっかりしている。それに、衣服を破損しやすい職業の人々を泊めるということで宿の一階では提携している武器装具店の武器に防具、衣料品店の衣服などを販売している。


 宿に入ったのはかなり遅い時間だったが、宿の主は以前モルゲンレード家で長らく務めてくれていた使用人夫婦。


 彼らに頼み込み、簡易テントや夜光茸やこうだけを使ったランプ、調理器具などを調達し、死者たちの新しい衣服も見繕ってもらった。


「リュスティさま、なんでテントなんか必要なんだ?」


 着替え終わったエルスカーが山と積まれた荷物を見て、不思議そうな顔で言う。


「貴方たちの村、西の人狼族の村は深い森の奥にあるのでしょ? 途中に宿があるわけではないのだから、当然野営になるじゃない」

「いや、それはわかっている。だがオレたち死者は眠る必要もない。オレとノール、第二王子殿下が交代でリュスティさまを運べば二日もしないうちに到着すると思うが」


 とても合理的な意見。


 だがリュスティはその意見を却下した。


「あのね、常に誰かに抱きかかえられた状態でゆっくり眠れると思う? 泉や川があればそこで身体だって綺麗にしたいし、夜も足を伸ばして眠りたいわよ。それに私は非常時以外でクレム……イスクレム殿下以外に抱きあげられるなんて嫌だわ」

「そ、そうか。確かにそうだな。無神経で悪かった」


 エルスカーは決まり悪そうに引き下がり、妻シェーリヘットは苦笑を浮かべながらしょんぼりと肩を落とす夫の背中を優しく撫でている。


「それから、申し訳ないけど野営の時は見張りや料理をお任せすることになると思うの。お願いできる?」


 今は高位貴族でも働く時代。料理も刺繍も楽器演奏も学院の授業に含まれていたが、恥ずかしながらリュスティは勉強以外の成績は壊滅的だった。刺繍も料理もなんとか合格をしたが、はっきり言って「ほとんどできない」部類である。


「はーい! 任せて、料理は得意だから」


 ポラーリスが元気よく手をあげた。


「ありがとう、ポラーリス。それからスティエルネ、貴女の服は入手先が限られてくるからできるだけ破かないようにしてもらえると助かるわ」


 スティエルネは当然、とばかりに力強く頷く。


「もちろんですわ、お嬢さま。わたくしのためにご尽力いただいた御恩は生涯忘れません。……いえ、生涯はもう終わっておりますけれど」

「……笑えない冗談はやめてくれ、聖女殿」


 えへへ、と笑う聖女にノールが渋い顔を向ける。


「宗派が違うみたいだから貴女の着ていた尼僧服ものとは違うの。そこは我慢してね」

「我慢だなんて、そんな。わたくしの神は服が変わったくらいで怒るような心の狭い御方ではございませんわ」


 スティエルネの着ていた尼僧服は燃えていたこともあり、死者たちの中でもっともボロボロの服を着ていた。だが彼女は何度説得しても、尼僧服以外の服を着ようとしない。そこで仕方なく、リュスティが自ら近くの聖教会へ足を運び、夜遅くの訪問に対する非礼を丁寧に詫びながら尼僧服を譲り受けてきたのだ。


「それよりも、夜遅くにお嬢さまにお使いをさせてしまって申し訳ございませんでした」

「大丈夫よ、ノールが一緒に来てくれたし。それに、貴女のそういうぶれないところは私、結構好きだわ」

「まぁ、なんてありがたきお言葉……」


 感激したように胸元で手を組む聖女に微笑みかけながら、リュスティは他の面々に目を向ける。


 ポラーリスは女性冒険者に人気だという、可愛らしいブラウスと短靴、軽鎧を合わせたような動きやすい服装。エルスカーは胸元の開いた開襟シャツにポケットがたくさんついた作業用ズボン。シェーリヘットはシンプルなワンピースを選び、ノールは背広スーツを着込んでいる。


「……うーん、生きていた年代が違うと、服装も見事にバラバラになるものね」


 ──宿に来るまでの間、全員の亡くなった時期と年齢を確認した。年齢といってもリュスティ以外は“享年”になる。


 最年長は医師ノールの二十九歳。生きていたのは百五十年前。次に人狼エルスカー。彼は二十八歳で、妻シェーリヘットは二十六歳。彼らと十八歳のリュスティ、二十歳のイスカルドは同じ年代。スティエルネは二十四歳。八十年前の聖女。ポラーリスは十九歳で、命を落としたのは二十年前。


 苦笑を浮かべながら、窓辺でぼんやりと立っているイスカルドを見つめた。深くフードを被っているため、こちらからは表情が見えない。けれど窓ガラスに映る左目は、なにか考え事でもしてかのように伏せられていた。その証拠に、わいわいと騒ぐ死者なかまたちにまったく意識を向けようとしない。


 イスカルドは着ていた服の上から、魔術師が好んで身に着けるフードのついたローブを羽織っている。他の死者たちと異なり、彼は地中に埋まっていたわけではない。ゆえに汚れや破損はなく、着替える必要がなかったからだ。


「殿下」


 ──返事はない。


 リュスティはふっと溜め息をつき、イスカルドのもとへ近寄り人差し指で右肩をつん、と突いた。


「うわっ!? あぁ、すみません義姉上。なにか?」


 イスカルドはリュスティに向き直り、かぶっていたフードを外した。


「その“義姉上”って言うの、やめていただいてもよろしいですか?」

「いやぁ、でも、義姉上は義姉上ですから」

「……違います」


 リュスティは今、首の皮一枚繋がっているだけの王太子妃“候補”でしかない。義姉上、と何度も連呼されると正直不愉快な気分になる。


「では、なんと呼べばいいですか? お嬢さま? ご令嬢? リュスティさん?」

「貴方が呼びたいように呼んでいいわ。ただし、“義姉上”以外でね」

「これはまた、難しいことを言いますねぇ」


 イスカルドはこめかみをぽりぽりと掻きながら、思案顔になっている。


「そうね、殿下は私のクレムと違って女性たちと華やかにお過ごしでしたよね? その時は彼女たちをなんと呼んでいらしたの? 俺の蜂蜜ちゃん、とかコケモモジャムクッキーちゃん、とかですか?」


 学院の友人から、男性は愛する人を甘いものになぞらえるのだ、と聞いた。


「……よく出てきましたね、そんな呼びかた」

「あら、もしかして当たっていました?」


 遠くでポラーリスが「だっさ……」と言っているのがかすかに聞こえた。イスカルドにも聞こえたのか、端正な顔を引き攣らせている。


「義姉上は俺をなんだと思っているのかな。そんな風に相手を呼んだことは一度もないですよ。きちんと家名で呼んでいました。これは本当に本当です」

「ふぅん、そうなんですか。では、私が決めて差しあげましょうか?」

「……え?」


 イスカルドはきょとんとしている。


吹雪スノーストルム。たった今から再び眠りにつくその日まで、貴方はスノーストルムと呼ばれることになります。いい?」

「へぇ、かっこいい名前。さすが義姉上、素晴らしい感性をお持ちですね」

「気に入っていただけて良かったわ。では」


 リュスティは死者たちをぐるりと見渡した。


「みんなも彼の事は“殿下”ではなくて私の決めた名前を呼んでね」


 全員、同時に頷く。


「他に、なにかご質問は? なければ私は休ませていただくけど」

「あ、はーい!」


 またしてもポラーリスが手をあげた。


「はい、なぁに?」

「あの、ずーーっと思ってたんだけど、あたしの身体、ちょっと変な気がするの」

「変って?」


 ポラーリスは左耳を引っ張った。


「なんか、こっちが聞こえづらい。ううん、聞こえない。それに視界も暗いっていうか、狭いというか」

「あら、そう言われればそうですわね。耳がちょっとおかしいですわ」

「……本当だ、オレもなんだか妙な感じがする。シェリー、お前は?」

「えぇ、私もなんだか聞こえづらいし見えづらいな、と思っていたの」

「わたしもです」


 わいわいと騒ぐ死者たちを前に、リュスティは急いで死者の肉体について説明する。


「ごめんなさい、説明し忘れていたわ。私の魔法“死者蘇生”で蘇った死者は身体の機能が一部利かなくなっているの。日常生活では差し支えないと思うけど、戦闘になると話は別よね。エルスカー、なにかあったら貴方に頼らざるを得ないから、自分の聴覚や視界の範囲を把握しておいてね」

「わかった。気をつける」

「お嬢さま、わたくしも戦えますわ」


 スティエルネが鉄球を軽々と掲げてみせた。


「そうか、貴女には鉄球それがあったわね。なら、エルスカーとお互いを補い合えるから良かったわ。……スノーストルム、貴方はできるだけ前線には出ないでください。損傷した肉体は術者の私が直せるとはいえ、“何度も直せるかどうか”はまだわからないんです。万が一、修復に制限があってそれ以上直せない、となったら困ります。私も、私の実家も」


 あえて、モルゲンレード家が困る、と強調する。


 リュスティだけではなく家にも悪影響が出る可能性を示唆しれば、彼はそう強く出て来ないはずだ。


「はいはい。わかりましたよ、お姫さま」

「……お姫様?」


 イスカルドはおどけたように両手を広げた。


「義姉上と呼ぶな、と言うから。いいじゃないですか、今の貴女は死者われわれに守られるか弱き姫君なんだから」

「……なによ、それ。嫌み?」

「いえいえ。ま、素直に受け取っていただければ」


 ──言い返したところで、けむに巻かれて終わりだ。これ以上、押し問答をしている時間がもったいない。


「いいわ、それならせいぜい、私に仕えてちょうだい。じゃあ、今夜は解散。女性陣はこのまま私と一緒に部屋にいてね。男性陣は隣の部屋に移動して」


 リュスティの指示に、イスカルドとノールは素直に従い部屋の外に出ていく。


 だが、人狼エルスカーだけ動かない。


「どうしたの?」

「リュスティさま、オレもこの部屋にいたら駄目か? シェリーと離れたくない」


 エルスカーは大きな身体を縮めるようにしながら、シェーリヘットにぴったりと寄り添っている。


「気持ちはわかるけど、私はこれからお湯を浴びたいし男性に居座られると困るのよ。着替えやお手洗いのたびに貴方を廊下に出すことになるし、それなら隣の部屋でもかまわないじゃない」

「しかし、シェリーが……!」

「エル、わがまま言わないで」

「嫌だ、シェリー……」


 これまでエルスカーは従順だった。なのに今は、妻のシェーリヘットが宥めてもかたくなに言うことを聞かない。


「いいわ。それならシェーリヘットをそちらのお部屋に連れて行って」

「それは困る。男の中にシェリーを入れたくない」

「ちょっと待ちなさい。婚約者でもなんでもない男性と同じ部屋で眠らなければならない、私の気持ちはどうなるのよ」


 さすがのリュスティも、段々とイライラし始める。


「エル、いい加減にして!」


 それはシェーリヘットも同じだったのだろう。ついには怒りの声をあげ、縋りつく夫を冷たく突き放した。


「し、仕方ないだろう! オレのせいでシェリー、シェリーが! あんなに矢がいっぱい、痛かっただろうに! だからオレは、今度こそシェリーを守らないといけないんだよ!」


 エルスカーはその場にうずくまり、両手で髪をかきむしっている。ここまで冷静な態度を崩さなかったエルスカーの豹変ぶりに、ポラーリスやスティエルネもなにも言えなくなったのかただ茫然と立ち尽くしていた。


「……わかった。わかったわ、エルスカー。大丈夫よ、貴方はここにいていい。だから落ち着いてちょうだい。シェーリヘット、彼の側にいて。離れないであげてね」

「は、はい。わかりました」


 リュスティはがたがたと震える人狼を見つめた。


「……迂闊だったわ」


 蘇るのは彼の肉体だけでなく、死に際の記憶もだ。身に覚えのない罪を着せられ、有無を言わさず処刑の場に引きずり出され、愛する妻が無残に傷つく姿を目の当たりにした。


 リュスティにとっては“少し前の出来事”でも、彼にとってはつい先ほどの記憶なのだ。それをすっかり失念してしまっていた。


「どうしました? なにがあったんですか?」


 不穏な気配を察したのか、部屋から出て行ったはずのノールとイスカルドが急ぎ足で戻ってきた。部屋の中央でうずくまるエルスカーを見て、訝しげな顔になっている。


「なんでもない。エルスカーはシェーリヘットと一緒にいるから、心配しないで」


 リュスティは片手を振り、ノールとイスカルドを追い返す。


 これはエルスカーだけの問題ではなかった。


 絞首刑になったノールも生きたまま焼かれたスティエルネも、死の記憶はすぐそこにある。


 存在としては生者と死者で明確に分かれてはいるものの、彼らにだって色んな思いや感情がある。


 実際、傷の修復を申し出た時エルスカーに頼まれてシェーリヘットの矢傷を直したあとは、誰の傷も直していない。顔を直したスティエルネですら、身体の火傷は修復を求めてこなかった。


 彼らはこぞってこう言った。


『忘れたくない』と。


 彼らはリュスティの心一つでいつでも物言わぬ死者に戻る。だが、彼らは決して道具ではない。


 そこを忘れてはならない、とリュスティは改めて己に言い聞かせていた。


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