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屍操令嬢と死者の軍団  作者: 杜来 リノ


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14/33

 

「はじめまして、モルゲンレードのご令嬢。私はノール・フォルシュニングと申します。薬学専門の医師をしていました」

「ノール・フォルシュニング……?」


 その名前なら知っている。


 なぜなら、リュスティが今携わっている書き写しの仕事、その原本を書いたのが百五十年前の医師フォルシュニングだからだ。


「お会いできて光栄ですわ、フォルシュニング先生」


 薬学の権威であり、高名な医者である彼が罪人墓地に埋葬されている理由。それは彼が禁忌の麻薬を製造したから。フォルシュニングが作ったとされる麻薬『ガル・ったフォール』の正確な製造方法が記された本はいまだに発見されていないが、偉大な医師は許されざる重罪により絞首刑になったのだ。


 よく見ると、ノールの首回りには薄っすらと縄の痕がついている。


「そのお顔を見るに、私の罪状はご存じの用ですね」

「そうですね、貴方はとても有名なかたですから。……まぁ、いいわ。貴方の心残りがなんなのかともかく、先生の医学知識は役に立ちそうですもの」


 彼が違法薬物精製に手を染めたことで一気にたがが外れたのか、様々な犯罪組織が違法薬物の製造に手を出し始めた。それらの麻薬は、裏社会の大きな収入源になっている。しかし本人には一見して凶暴性はない。ならば、側に置いておいて損はないだろう。


「なになに、自己紹介すればいいの? じゃあ、次はあたしでいい?」


 ノールとリュスティの間に、勝気そうな黒髪の少女が割りこんできた。


「あら、積極的にありがとう。では貴女のことを聞かせて?」


 リュスティはゆっくりと少女の周りを歩いて全身を観察する。ボロボロの衣服の背中は、大きく切り裂かれていた。


「あたしはポラーリス・ベル。ベル商会の娘。あ、娘だった、かな」

「まぁ、貴女はベル商会の娘さん? では、現在の商会長フロスト・ベルは──」


 ベル商会は雑貨から武器までなんでも扱っている、王都でもっとも大きく勢いのある商会だ。客の質を選ぶことなく、貧民街の住人から犯罪組織まで多岐に渡って商売をしている。  


 時に犯罪組織を摘発することもある父の意向もあり、モルゲンレード家ではベル商会から一切物を買うことはない。


「うん、あたしの弟」

「……なるほど。弟さん、なのね」


 少女は十七歳のリュスティと同じくらいの年齢に見える。対してフロスト・ベルは確か三十代半ばだったはずだ。ということは、少女が亡くなったのは二十年ほど前のことなのだろう。


「いいわ、ポラーリス。貴女はこっちに。そう、フォルシュニング先生の隣」


 少女が移動したのを確認したあと、リュスティは次の人物に手招きをした。


「同じ流れでお願いできますか? シスター」

「もちろんですわ、高貴な御方」


 優雅な礼とともに、歩み出てきたのは水色の髪を緩く編み込んだ尼僧のような服装の女。


 “尼僧のような”というのは、服のほとんどが焼け焦げているからだ。


「わたくしはスティエルネ・ヨードバールと申します。うふふ、この先は説明しなくともよろしいかしら?」


 可憐に微笑むスティエルネの顔も、衣服と同じく無残に焼けてしまっている。


「えぇ。歴史の授業で習ったわ。教会の井戸に毒を混ぜ、子供たちを殺した“無慈悲の聖女”のことは」


 ──途端に、スティエルネの顔から潮が引くように笑みが消えた。代わりに、暗く澱んだ表情が浮かぶ。その変わりようは、つい先ほどまでとは同じ人物と思えないほどだ。


「聖女さまは、癒しの魔法を使えるのでしたよね? それは今のお身体が“そのような状態”でも可能なのでしょうか?」

「……えぇ、可能ですわ」


 聖女は陰鬱な表情のまま頷く。


「それなら聖女さまもそちらへ。ポラーリスの隣に」

「……わかりました」


 聖女スティエルネはのろのろと歩き始める。


「待って。お待ちください、聖女さま」

「え?」


 リュスティは聖女を引き止めた。そして振り返ったスティエルネの顔を両手で挟んで目を閉じる。いきなりのことに戸惑っているのか、スティエルネは身体を強張らせたまま動かない。


 やがて十数秒ののち、リュスティは聖女の頬から両手を離した。


「いいわ。どうぞ、二人の横に行って」

「あ、お、お嬢さま、これは……」


 スティエルネは自身の顔に触れ、驚きの声をあげた。スティエルネの焦げた顔が、すっかり元に戻っている。


「貴女さまも、癒しの魔法をお使いになれるのですか?」


 リュスティは苦笑しながら首を振る。


「いいえ。私はただ、“修復”しただけ」

「修復? それは……いえ、わたくしはなにもお訊きしませんわ。お嬢さまの、お心のままに」


 再び穏やかな顔に戻った聖女は、大人しくポラーリスの隣に並んだ。そして優しい笑みを浮かべたまま、ポラーリスになにか話しかけている。


「次で最後ね。えぇと、あなたがたはご夫婦なのかしら?」


 残ったのは、寄り添う男女二人組。


 銀灰色の髪の大柄な男は、薄茶色の髪をした女の腰を片手でしっかりと抱き締めている。二人の左手薬指には、結婚指輪には珍しい鼈甲べっこうの指輪がはまっていた。


「そうだ、モルゲンレード公爵令嬢。オレはエルスカー・ウルヴ。こっちは妻のシェーリヘット。向こうにいる彼らには未練を訊いていたな。知りたいのであれば話す。オレの未練は、家族を巻きこんでしまったことだ」

「……奥さまが一緒にいらっしゃるわけだから、まぁそう言う事になるのかしら。でも私、あなたがたの情報をなにも知らないわ。なぜかしら」


 リュスティは首を傾げた。夫婦で罪人墓地に葬られるなど歴史上でも滅多にあることではない。それなのに、この二人の情報をなに一つ知らないというのは、どういうことだろう。


「うかがっていいかしら。あなたがたはいつ墓地ここに埋葬されたの?」

「ほんのつい最近だ。オレは人狼族だが妻は人間だ。同族殺しの罪で妻ともども処刑されたが、オレはなにもやっていない。だが、家族を巻きこんでしまったことが本当に許せなくて悔しくて、ゆっくり死んでもいられなかった。ご令嬢、貴女には感謝している」

「……待って。ど、同族、殺し?」


 仰天したリュスティはエルスカーと名乗った人狼の男を呆然と見つめた。


 よく見ると顔や首元、着ている衣服のあちこちに穴が開いている。寄り添う妻の服も、同じようになっていた。


 ──まさか、この人狼ひとは。


「あ、あなた、もしかしてこの前、処刑された……?」

「知っていたのか。そうだ。でも、オレは仲間を手にかけたりなどしていない! ご令嬢、どうかオレに時間をもらえないか?」

「時間?」


 人狼はゆっくりと頷いた。


「オレたちは人狼族の伝統的な処刑法、弱点である銀の矢を撃ちこむ“銀星雨ぎんせいうの刑”に処された。オレたちは縛られ家の中に転がされ、外から無数の銀の矢を撃たれた。蘇った時に妻が言っていた。息絶える直前、息子だけは誰かに助け出されたようだと」


 エルスカーの妻、シェーリヘットは夫の腕にすがったまま、期待をこめた眼差しをリュスティに向けている。

「そう、息子さんは助かっ……息子!?」


 人狼事件については父から情報を得ていた。処刑が“家族もろとも”だったということも聞いていし、先ほど本人もそう言っていた。だが、子供がいたという報告は受けていない。


「そんな、子供まで殺そうとするなんて信じられない! あ、でも助け出されたようだ、というならお子さんは生きていらっしゃる可能性が高いのね?」

「あぁ。だから息子の安否だけはなんとか確認したいんだ。息子はまだ十一歳で、一人で村にいるのかもしくは追い出されたのか。ともかく行方だけでもわかれば、すぐに戻ってあなたのために働いてみせる。約束する」

「うーん、そうね……」


 リュスティは悩む。


 嘘を言っているとは思えない。それに、正直子供も心配だ。


 もし本当にエルスカーたちが冤罪で処刑されたのだとしたら、現在まさに冤罪をかけられているリュスティとしては彼らの疑惑を晴らしてやりたいとも思う。けれど、こちらもそう時間があるわけではない。それにイスカルド殺しの真犯人を探すのに、この誠実そうな人狼は護衛としてぜひ側に置いておきたいところだ。


「ごめんなさい。あなたたちの気持ちはわかるのだけど──」

「おーい、ちょっといいかな」


 迷った末、リュスティが断りの言葉を口にしかけたその時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


 軽々しい響きのそれは、今ここで聞こえるはずのない声。


「……嘘」


 おそるおそる振り返った先には、片手を振る金髪碧眼の若い男が立っていた。


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