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屍操令嬢と死者の軍団  作者: 杜来 リノ


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12/33

 

 王宮の外に出るまで、しばらく無言のまま三人は歩き続ける。


「もう夕方になってしまったわ。……あ、お兄さま、見て」


 黄昏色の夕焼けの中。


 軍部と正門へ向かう分かれ道に差しかかったところで、遠くから暗灰色の毛並みをした大型の犬が駆けてくるのが見えた。主の帰りを待っていたのであろう愛犬グルドに、兄が手を振っている。


「……リュスティ、完全に守ってやれなくてすまない」


 父がリュスティの肩を抱き、小さな声で謝罪の言葉を呟いた。


「そんな、お父さま。謝らないでください。お父さまは悪くありません。謝らなければならないのは私のほうです」


 リュスティが幼稚な癇癪を起して懐中時計を突き返したりしなければ。イスカルドに対して、もっと友好的に振舞っていれば。


 こんな風に容疑者となり、家に迷惑をかけなくて済んだはずだ。


「そうじゃない。犯人捜しのことなら我らも陰から手助けすることができるし、最悪お前の死を偽装して他国へ逃がすこともできる。リューセンデなどすでにその手はずは整えているだろう。俺が言いたいのは、王太子殿下との婚約解消を防げなかったことだ」


 父の言葉に、リュスティは胸を突かれたような気持ちになった。知らず、まぶたが熱くなっていく。こんな事態になってしまったにもかかわらず、父は娘の思いを気にかけてくれている。


「そのお言葉だけで充分です。リュスティは、幸せ者です」


 こぼれ落ちそうになる涙をこらえながら、リュスティは父と兄を見上げた。


「本日から三か月。私はそれこそ死ぬ気で頑張ります。どうか私を信じて、待っていてください」


 リュスティは力強く宣言する。父と兄は同時に頷いてくれた。


「もちろんだ。それでも困ったことが起きたら、なんでも言いなさい」

「それで、これからどう動くつもりだ?」


 リュスティは視線を動かした。やるべきことは、もう考えてある。


「まずは真犯人側から襲撃される可能性も考えて、私に忠実な護衛を手に入れようかと思います」


 視線の先には聖堂がある。そしてその裏手にあるのは、罪人墓地。


「あぁ、なるほど」


 父は得心したような顔になったが、兄は渋い顔をしている。


「いや、見ず知らずの者どもを呼び起こすよりも、グルドを連れて行けばいいのではないか?」


 賛成です、とでも言うかのように、グルドは右の前脚を上げた。


「いいえ、グルドにはこれまで通りお兄さまのご家族を守ってもらいます。お兄さまのお留守の間、誰がお義姉さまをお守りするの?」


 兄の妻、オランシュは現在妊娠中だ。ついこの前まで大きなお腹を抱えながら魔術師として仕事をしていたが、現在は休職して屋敷で過ごしている。


「オランシュは二つ名持ちの魔術師だぞ? 少々の暴漢など返り討ちにできる」

「そういう問題ではありません。日常に訪れる困難は暴漢だけではないんですよ? それに、お義姉さまはもういつ生まれてもおかしくない状態じゃないですか。グルドが側にいれば、安心だと思うの」

「それは、そうだが……」


 兄はまだ不満そうな顔をしている。


「シルヴェル、リュスティの好きにさせてやれ。妹を信じてやるのも兄の務めだぞ」

「……はい、父上」


 父のとりなしにより、兄は不満そうな顔をしながらも引き下がってくれた。


「ありがとうございます、お父さま、お兄さま」


 リュスティは手を伸ばし、父と兄の大きな手を握った。


「護衛を手に入れたら、そのまま調査を始めようと思います。しばらくお家には戻りません。お母さまにどうかよろしくお伝えください。それから、心配をかけてごめんなさい、と」


 母ペルレは国王クラフトの実妹だ。亡くなったイスカルドは母の甥にあたる。その甥の殺害容疑が娘にかけられているのだ。きっと誰よりも辛い思いをしているに違いない。


「ペルレのことは心配しなくてもいい。お前の母はそんなに弱くないからな。それから、これも持って行きなさい。お前も相応の準備をしているのだろうが、これから色々と入用になるだろう」


 そう言うと、父は軍服の懐から革の袋を取り出した。


 中には、輝く金貨が十数枚ほど入っている。


「これは……。お父さま、ありがとうございます」


 ──高位貴族の令嬢や令息、そして富裕層の子女の一部は万が一の時に備えて上着やドレスの裾など、衣服の目立たない場所に宝石を一つか二つ縫いこんでいる。


 リュスティの着ている黒のワンピースも、レースのあしらわれている左襟に金剛石ダイヤモンドを一粒縫いこんでいた。売れば、金貨十枚にはなる。


 だが父の言う通り、この先なにが起こるかわからない以上お金はあるに越したことはない。


「それでは、行ってまいります」


 リュスティは父と兄に背を向け。聖堂裏の罪人墓地へと向かった。


 歩くごとに夕暮れの空がわずかに赤みを帯び、足元に長い影が伸びていく。


 なんとしてもイスカルドを殺した真犯人を見つけ出し、大切な半身を失い、傷ついたイスクレムの心を救いたい。


「……大丈夫。私ならできる」


 リュスティは深く息を吸いこみ、わずかによぎる不安をかき消すように勇気を奮い起こして歩みを進めた。


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