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屍操令嬢と死者の軍団  作者: 杜来 リノ


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11/33

 

 静まり返った、国王クラフトの執務室。


 呼び出したわりには、国王が姿を現したのは昼をかなりすぎてからだった。


「待たせたな」

「いいえ、陛下」


 六時間以上も客間で待たされた。だが当然文句など言うわけにはいかない。


 父と兄は一度軍部に戻り、二時間ほど前に合流した。今、二人は広い執務室の後方に下がっている。


 緊張感が張りつめる中、淑女の礼をしたリュスティは国王夫妻の前に一歩進み出た。


「リュスティ・モルゲンレードでございます」

「よく来てくれた。どうぞ、座ってくれ」

「はい。失礼いたします」


 国王の顔は色濃い疲れが滲んでいる。隣に座する王妃スミラにいたっては、紫の目の下にくっきりとしたくまができていた。


「モルゲンレード公爵から話は聞いたようだな。自分がなぜ王宮に呼ばれたのか、わかっているな?」

「はい」

「では説明を。なぜ我が息子、第二王子イスカルドの亡骸の側にモルゲンレード家二女、リュスティの名前が刻まれた懐中時計が落ちていたのか。調べたところ、それは王太子イスクレムが王都の宝飾店で特別に作らせたものだと聞いている。それを持って二日前、モルゲンレード家を訪れたことも」


 国王の言葉に重ねるように、傍らに控える国王専属の近衛が証拠品である懐中時計を差し出す。


 双子の王子の髪色と同じ黄金色の時計をじっと見つめながら、リュスティは目まぐるしく頭を回転させていた。


 事件が起きたのは昨日の昼。


 懐中時計の入手先まで知っているということは、ほぼすべての情報が届いているはずだ。その上でリュスティが懐中時計を突き返したことに触れないということは、リュスティがなにもかも正直に話すか試しているのかもしれない。


「はい。その時計は確かに、王太子殿下が我が家にお越しになった折にわたくしへ贈ってくださいました。ですが、わたくしは受け取っておりません。口にするのも情けなく、また甚だ不敬でございますがわたくしは時計の受け取りを拒否してしまいましたので」

「なぜ、拒んだのだ?」

「子供のような癇癪かんしゃくでございます。お忙しい殿下が会いに来てくださり、わたくしは舞い上がっておりました。それが、到着して十分もしないうちに王宮へお戻りになるとおっしゃったので、つい……」


 王妃スミラはなんともいえない表情をしている。国王クラフトは軽蔑の眼差しをリュスティに向けた。


「王太子妃のとる態度とは思えんな。イスクレムがどんな状況に置かれていたのか、知らなかったとでも?」

「お恥ずかしいことですが、殿下がお優しいことに甘えていたのだと思います。ですが、わたくしは第二王子殿下がお亡くなりになられた件とは無関係です。昨日は一日、自室におりました。ご必要でしたら、我が家のメイド長が証言させていただきます」

「モルゲンレード公爵家の使用人は忠誠心が厚いと聞いている。その証言は公平性に欠ける」


 冷たく言い放たれ、リュスティは溜め息をつきたいのを寸前でこらえた。


「わたくしの失態を見ていたのは、我が家のメイドだけではございません。王太子殿下の護衛官も、その場にいたと記憶しております。彼らはなんと証言をしているのでしょうか」


 リュスティのささやかな反論を受け、国王は不快そうに眉をひそめた。


「“雰囲気としては、令嬢が受け取らなかったような気はする。しかしはっきり見たわけではない”と、全員が口を揃えて言っていた」

「え!? いえ、ですが……!」


 そこで、リュスティはあることに思い至り寸前で口を噤んだ。


 護衛官かれらは嘘をついていない。おそらく、本当に“リュスティが懐中時計をイスクレムに押しつけた瞬間と、イスクレムがそれを受け取った瞬間”を見ていないのだ。いや、意図的に見ようとしなかった。


 ──婚約者に贈り物を拒まれるという場面を直接目にしないことで、主に恥をかかせないようにした。


 これはまずい。リュスティの背に冷たい汗が流れる。


 彼らの忠誠心を甘くみすぎていた。護衛官たちの証言があれば、そう時間をかけることなく疑いを晴らすことができると思っていたのに。これは見通しが甘かったと言わざるを得ないだろう。


「そういえば、聞いたところによるとリュスティ嬢。そなたはイスカルドにあまり良い感情を持っていなかったらしいな」


 国王はどこか嬉しそうにリュスティを見つめる。どうしても、リュスティを犯人にしたいらしい。


「いえ、悪感情を持っていたわけではありません。第二王子殿下は高い能力をお持ちでいらっしゃるのに、そのお力を発揮しようとはなさらなかった。そこがもどかしかっただけです。亜人種との話し合いも、王太子殿下と第二王子殿下で分担したほうが国のためになるのではないかと」

「なるほど。それで、イスカルドに力づくで言うことをきかせようとしたのか? そなたの操り人形である死人たちを使って」

「そんな……!」

「イスカルドは胸を一突きされて絶命していた。剣を得意とするイスカルドがそうそう簡単にやられるとは思えない。であれば、イスカルドが油断をするような間柄の者が犯人だと考えるのが普通だろう」

「違います! 断じてわたくしではありません!」


 確かに、イスカルドは剣の達人だ。王国一と言っても過言ではない。死者たちを使って襲撃したところで、一瞬で蹴散らされたことだろう。


「違う、違うというだけなら誰にでもできる。自分が犯人ではないという、明確な証拠はあるのか? ないのであれば、現時点でそなたがもっともあやしいと言えるだろう」


 そう言われると、“やっていないという明確な証拠”はない。


 リュスティは昨日、一日中屋敷から出ていない。けれど常に人が側にいたというわけではない以上“屋敷にいた”という、確たる証拠を提示することはできないのだ。


「現時点で疑いを完全に晴らすことができない以上、リュスティ・モルゲンレードを王太子妃の立場に置いておくわけにはいかない」

「陛下。発言をよろしいでしょうか」


 突如として、背後からこれまで無言を貫いていた父オスカの声が聞こえた。


「……許す」


 許可を出しながらも、国王はどこか不満そうな顔をしている。筆頭公爵にして王国陸軍提督の発言を無視することはできないが、息子殺しの容疑者の父でもあるという事実に葛藤しているのだろう。


 本来であれば臣下の前で感情をあらわにするような王ではない。イスカルドを失ったことが、王の心をこうまで激しく乱している。


「ありがとうございます。陛下」


 父はリュスティの横をすり抜け、国王の前に進み出ると膝をつきこうべを垂れた。


「王太子殿下が娘に贈るはずだった懐中時計が第二王子殿下の傍らに落ちていた。その事実だけを元に考えますと、娘以外の人物が置いた可能性もございます。確かに、おっしゃる通り娘が犯人ではない証拠はありません。ですが、犯人であるという証拠がないのも確かです」

「……そうだな」


 国王クラフトは顎を撫でながら、なにやら考え込んでいる。


「確かに冷静に考えるとオスカ、お前の言うことにも一理あるな。ではモルゲンレード家としてはここからどうするつもりだ?」


 父はひざまずいたまま、ゆっくりと頭をあげた。


「真犯人を探し出してみせます。モルゲンレード家の威信にかけて、必ず」

「……なるほど」

「陛下、ちょっとお待ちくださいな」


 王と父の間に割って入ったのは、王妃スミラだった。


「スミラ、どうした?」

「真犯人を探させること自体に異論はございません。ですが万が一リュスティ嬢が犯人で会った場合、あまり猶予を与えては証拠の隠滅を図られるかもしれませんでしょう? 真犯人を見つけ出すのに、期限を設けてはいかがですか?」

「しかし、それでは──」


 これまで、王妃は国王よりも比較的リュスティに好意的だった。けれど今は、氷の刃のような視線をリュスティたちに向けている。


 それを悲しいとは思わない。


 これまで王妃スミラには王太子妃になる者としてたくさんのことを教えてもらった。


 教養面だけではなく、母の目線で見た二人の王子について驚くようなものから微笑ましいものまで色々と話してくれた。


 接する態度は厳しかったものの、信頼関係はしっかり築けていたと思う。


 けれど王族ともなると、物語のように『あの人がそんなことをするはずがないと私が一番よく知っている』という具体性のない考えを通すわけにはいかないのだ。


「いえ、期限を設けていただいて構いません」


 リュスティは困惑する父の言葉を遮りながら、父の横に行き同じようにその場へひざまずいた。


「……っ」


 貴族令嬢がまずやることのない臣下の礼に、王妃が怯んだように目を逸らした。


「で、ですがイスクレムとの婚約は解消してもらいます。それについて異論はありませんね?」

「異論などあるはずがございません、王妃陛下」


 ──本当は嫌だ。胸が引き裂かれそうなほど辛い。けれど、こうなってしまったらもうどうしようもない。


 それなら一刻も早くイスクレムの心を癒すためにも、イスカルド殺しの犯人を見つけ出すしかない。


「では、三か月だ。三か月以内に見つけられなければ、無実を証明できないとしてリュスティ・モルゲンレードを王族殺害の罪にて処刑する。真犯人が曖昧なままでは葬儀をあげることもできぬがその間、イスカルドの身体は王宮魔導士に守らせておく」

「……御意に、ございます」


 父の声が震えている。


 これは仕方がない。王族殺しは重罪だ。犯人とされれば、処刑は免れない。そして三か月の期限。


 かなり短いが、聖堂の四方に陣取り二十四時間体制で肉体が腐敗しないよう結界を張り続ける王宮魔導士の体力を考えると、そのくらいが限度だろう。


「それと、もう一つ条件がある。真犯人捜しはリュスティ嬢が一人で行うことだ」

「む、娘が一人で、ですか!?」

「陛下、それはあまりにも……!」


 思わず、といったように父オスカは立ち上がり、兄シルヴェルも後方から駆け寄ってくる。


「……お父さま。お兄さま。陛下の御前ですよ」


 リュスティは前を向いたまま、父と兄を静かにいさめる。


「構わん。オスカ、そなたやシルヴェルには国防という大切な仕事があるだろう。心配するな、例え結果がどうなろうとモルゲンレード家の立場はなにも変わりはしない。もちろん、長女リューセンデの嫁ぎ先であるスクムリング家もだ」

「ご慈悲に感謝いたします。陛下」


 深々と頭を下げながら、リュスティはホッと安堵していた。自分はどうなろうと構わない。


 仮に失敗してもリュスティ一人の命で済むのであれば、心置きなく任務を遂行できる。


「話はこれで終わりだな。下がっていい。あぁ、言っておくが“死者蘇生”をイスカルドには使うな。真犯人を見つけるためにそうするつもりだったのかもしれないが、イスカルドの魂を冒涜することだけは許さない。もしこの命令を破ったら、即刻全員を処刑する。いいか? “全員”だからな?」

「もちろん、承知しております」


 ──全員。


 それはモルゲンレード家と姉の嫁ぎ先のスクムリング家。すべての家族とその使用人を指している。


 陸と海の提督を揃って失うようなことになれば、ヴェルシグネルセ王国の軍事力は一時的にとはいえ弱体化する。本気であることに変わりはないが、そうしなければならない事態にするなと脅しをかけている、ということなのだろう。


 どちらにしてもリュスティの『死者蘇生』は未練を抱えた者しか復活させることはできない。


 いつでも自由で好き放題に生きていたイスカルドに未練があるとは思えないし、どちらにしても復活させるのは無理だったと思う。


「お時間をとっていただきありがとうございます、陛下。では、わたくしどもはこれで失礼いたします」


 リュスティは立ち上がり、一礼をしたあと父や兄とともに素早く王の執務室をあとにした。



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